プログラム№1 求人⑤
再びチャイムが鳴らされ、俊介の心臓は大きく脈打つ。
気のせいか顔のあたりが、カーッと熱くなって思考も怪しくなってきた気がする。体中に血が流れて行くのが、手に取るように分かる感覚。米神あたりの神経が浮きだって痛いくらいだ。この感覚。前にも一度だけあった気がする。いつだっけ。あっそうだ。小学生の時、嫌がらせを受けて、気が付くと目の前でそいつが倒れて頭から血を流していたんだっけ。そん時の記憶、あんまり残っていないんだよな。大人たちが話し合って、しばらく学校を休まされたんだ。揉め事が大きくなりすぎたから、ほとぼりが冷めるまでの辛抱よって、母親が言っていたな。
しかし、錬三郎なる老人が打つ、キーの音が耳障りに感じていた俊介だったが、ほれポチッとなという声が聞こえた途端、霧が晴れるように思考がはっきりしてくる。
目がちかちかとして、顔をしかめる俊介に何食わぬ顔で錬三郎がどうかされたかなと声を掛ける。
「どうもこうも……」
気弱な俊介が振り向く。
次々に展開していく状況に、ついていけなかった。躰から力が抜けて行くのが分かった。チャイムがもう一度鳴らされ、塩乃木さんと呼ぶ声。夢なら早く覚めてくれ。そう思いつつ流し台の前、すりガラスにぼんやりと映し出されたオレンジ色のシルエットに、恐る恐る声を掛けると、甲高い声が返って来た。
「おはようございます。宅急便です。塩乃木俊介さんにお荷物です」
昔見たホラー映画の一コマを思い出していた。
郵便局員じゃなく、宅配業者。どちらにしてもこの状況は、まともではない。この際誰でも良い。助けを求めるしかない。
それにしても……。
俊介は首を傾げてしまう。
大概、家に届く荷物は母親からのものばかりで、しかも事前に必ず連絡が入る。
「本当にウチですか?」
半信半疑でドアを開ける俊介に、配達員は満面の笑みを見せる。
「おはようございます。塩乃木俊介さん? えっとこちら着払いの品物ですね。9990円になります」
鮮やかなオレンジ色の制服に、長い髪を束ね口ひげまで生やした風貌をしていた。 ふつふつと湧き上がる感情が抑えきれず、少し凄むように下から見上げる俊介に、配達員はまたもや不似合な笑みを見せる。
「は? 何かの間違いじゃないですか? そんなもん頼んでねーよ」
そう言われた配達員が、しげしげと伝票を見直す。
どうにも感情が抑えきれずになった俊介は、徐に手を振り上げていた。
パシッと手を掴まれ、手にしていたコップを錬三郎がにこにこと取り払う。
「ああ、儂じゃ儂じゃ。儂が頼んだ。思ったより早よう届いたのぅ俊介君。彼は水と言ったんじゃないよ。金って言ったんじゃよ。」
目がチカチカし次の瞬間、錬三郎が一万円札をひらひらさせながら近寄ってくるのが目に飛び込んできて、俊介は目を見開く。
「じじぃ、何やってんだよ?」
目をひん剥き怒鳴る俊介をよそに、錬三郎は涼しい顔で、ご苦労様とその一万札を配達員に渡した。
「何って、宅配の人も忙しいんじゃ。早くしてやらんと次に間に合わなくなってしまうじゃろ。早よう支払わんとのぅ。これで良いかな」
「はい。お釣りですね。こちらの方にサインか認め印をお願いします」
錬三郎は、テーブルに放置されていた俊介の印鑑を押しながら、さりげなく営業を始める。
「いやー、お宅ら業界も大変じゃろ? うちもなこんな会社を設立したんじゃが、何か用があればよろしく頼みます」
名刺を差し出され、配達員の男は苦笑でそれを受け取る。
「何でもお助け会社。料金は100円から。へー、面白そうな会社ですね」
「ふむ。仕事は選ばないのが、わが社のモットーでのぅ。遠慮なく頼んでくだされ。どんな事でもお引き受けしますぞ」
「はい、確かに」
伝票を受け取った配達員は、じゃ、何かありましたらよろしくお願いしますと、さわやかな笑顔を残し去って行き、俊介は呆然と手にした荷物を見つめていた。
確かに通販会社の名が書かれてある。差出人は、(有)ジャパンオアシスと記載され住所は大田区となっていた。
肩を軽く叩かれ、束縛されていたものが解けるようにその場に俊介はへたり込んでしまう。