プログラム№1 求人③
「ほぅ」
感心するように覗き込まれた俊介は、ムッとしながら、脱ぎ捨ててあった上着のポケットから、駅前でもらったポケットティッシュを取り出し、その印鑑を押し当てる。
くっきりと映し出された塩乃木の文字を、契約書に押された文字の上に重ね合せる。
「ビンゴ!」
耳元で老人が愉快そうに言う。
そんなバカな。もう一度ティッシュに印鑑を押し当て、その文字を重ね合わす。
「何なら知り合いの鑑定士を紹介しても良いが」
老人は気の毒がる様に、そんな言葉まで発してきた。
「結構です。これは何かの間違いだと思うんです。お願いです。帰ってください」
今にも泣きそうな情けない顔をして頭を下げる俊介を無視して老人は、再び座り直しパソコンを弄り始め出す。
チラッと見た携帯は、まだ圏外になったままだった。
「あのぅ、僕の話を聞いています?」
老人は、カチカチとキーを叩き続けていた。
「朝食の心配は要らんよ。そろそろ来るころじゃからのぅ」
「だからそう言うことじゃなくって……。来るって?」
タイミングよく鳴った間延びしたその音に、俊介は肩をビクンと動かす。
「ホホー、来おったか]
「誰が来たんです?」
鋭く聞く俊介に老人は手を休めずに、仲間じゃよ仲間。と言う。
数回鳴らされたチャイム音に変わり、ドンドンと扉を叩く音に変わっていた。
「出んでいいのかのぅ?」
「ちょっとー、誰もいないの? もしもーし」
ドアを乱暴に叩く音は、一向に鳴り止む気配を見せない。むしろ、ムキになって叩かれている節がある。いよいよ大声を張り上げられ、俊介は渋々とドアを開けた。
「……」
絶句だった。
思わずそのままドアを閉めてしまおうと思ったぐらい、突飛ない格好をした人物と目が合い、そのまま固まってしまう。
真っ赤に染められた髪に、長いまつげが重そうにバサバサと瞬かせている……、そう若くない(そんな歳じゃないだろう)てきな女性が、不機嫌そうにドアの横にある表札に視線をおもむろにやる。
「ここって、平和基地じゃないんですか~」
ガムをくちゃくちゃさせながら聞かれるのを、ただ茫然と眺めてしまっている俊介に訊いてきた。
完璧に、部屋を間違えらえている。
「イチジク荘308号室だし。間違ってはいないと思うんだけどと」
「そうじゃ、確かにここが平和基地じゃが、君は、金城まどか君かな?」
イエスと答えるその女性に老人は、ホホーと目を細める。
「申し訳なかったのぅ。開設したばかりの事務所でのぅ、部屋もこの通りで、看板まで到達しておらんのじゃよ。迷わして大変申し訳なかったのぅ。申し遅れましたが、儂はここの責任者をさせてもらっておる蓮池錬三郎と申します。堅苦しくなるのが儂はあまり好きじゃないんでのぅ、儂のことはれんれんとでも呼んでくだされ」
錬三郎と名乗った老人は、口をぽかーんとさせたまま突っ立っている俊介を押しのけて、金城まどかに握手を求める。
「れんれん?」
「そうじゃ、れんれん」
「かわいい。本当に良いんですか」
「儂が目指すのは、フレンドリーな会社じゃ。大いに呼んでくれたまえ」
胸を張って見せる老人を横目に、僕は恐る恐る口を挟む。
「盛り上がっているところ大変申し訳ありませんが」
「おお、すまんすまん。忘れておった。まどか君と一緒に働いてもらう塩乃木君じゃ。ま、ここでは何だから中へ入りたまえ。ちと散らかっておるが」
「散らかっていて悪かったな。何を勝手なことを言っているんですか? あんたもこんな怪しい爺さんに引っ掛かっているんじゃないよ。明らかにおかしいだろ? 平和基地って何ですか? どう考えたって」
え?
錬三郎の目が潤むのを見つけ、俊介は言葉を飲む。
「虐待」
ポツリとまどかにつぶやかれ、俊介はち、ち、ち、違いますとおろおろとし出す。
「腹が空いたのぅ」
「ご飯も食べさせてもらえないんですか?」
だから。
まどかは、じろりと俊介を睨んだ。
そんな目で僕を見るな。僕だって怒る時は怒るんだ。
怒りが込み上げて来た俊介は、錬三郎とまどかを有無も言わせずに外に追いやると、鍵をかけ、へなへなとその場にしゃがみ込む。