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序章②

 渋々と地下に続く階段を下りて行く。


 かび臭く、がさがさという奇妙な音に身を縮めながら、私は覚悟を決めて重い扉を開く。

 「スイッチ、スイッチ」

 スイッチを入れるための懐中電灯の明かりをつける。

 中学生の時、クラスメイトのイタズラで体育準備室に閉じ込められたことがある。独特の臭いと、暗さの恐怖を今も覚えている。

 パッと明るくなった部屋に、目が瞬く。

 あの日から私は人をあまり信じない。本気で物事をするのも何だか馬鹿げている気がする。親もうっとしいだけの存在。口も利きたくない。就職が決まってすぐに部屋を借りた。女の子の一人暮らしは危ないと、一丁前に心配しているふりをしていたけど、ありゃ見せかけだ。私のことなど、どうでも良いと思っているくせに。

 陳列された商品番号と数量を一つ一つチェックしていく。

 輸入雑貨に酒や食品。

目敏いものは何でも仕入れるやり方は如何なもんだろうか。売れ筋のものだけが本社に大事にストックされ、いつか出るだろうというお試しが、ここに押し込められている。

 ガサガサと何かが動き回る音。

 私の体は、その音に敏感に反応を示す。

 鼠だ。

 懐中電灯を握りしめ、棚の下に仕掛けられた鼠取りを引っ張り出す。

 息絶えている鼠にゾッとしながら元に戻す。

 こういう時、加治木がいないのは不便だ。

 無表情でゴミ袋に回収していく姿は、唯一私が彼女を尊敬できることだった。

 バーコードを読み込ませ、数を打ち込んで行く。

 「まただ。配送は適当で困る」

 週に二度来る配送担当は、私以上にやる気がない男で、いくら言っても賞味期限順に並べて行かない。

 当然持ち出し表の付け方も打ち込みも、呆れるほど適当だった。

 先週だったか加治木がものすごい剣幕で彼を怒った。

 「何言ってんですか。俺らは言われたものを運んで持ち運びするだけっすよ。管理するのはあんたらの仕事でしょ。役割分担を間違って貰っては困るな」

 煙ったそうに言い返され、わなわなと震えていたっけ。

 その後だ。本社に抗議しに行くって言いだしたのは。

 よりによって今日を選ぶか?

 3袋も出来たゴミの山を見て、私は苦笑した。

 ズッシ。


 奇妙な音が聞こえ、棚のものがガチャガチャと騒ぎ出す。

 

 一瞬の出来事で何が起きたのか分からずにいた。

 

 数秒の出来事だったのだろうか。それとも、もう何時間も経てしまったのだろうか……。


 埃臭い部屋。体に乗っかっているものを払いのけふらふらと立ち上がる。明かりもなく、何かに躓いて嫌って言うほど膝を打ち付ける。米神に生暖かいものを感じ、私はそっと拭い取り、その手を嗅いでみた。

 血? 生臭い血の匂い。

 痛みなど感じなかった。今、自分が置かれている状況を把握することに神経が集中しているからだろうか。

 私は近くに転がっているはずの懐中電灯を手探りでさがす。

 微かに、指の先に何かが触れた感触。

 「あった」

 夢中で手繰り寄せて、スイッチを入れた。

 「何これ?」

 方々に散乱してしまった備品や商品。押さえてあったはずの扉はわずかな隙間を残しているだけになっていた。

 無我夢中で扉を押す。


 ――びくともしない。


 懐中電灯を付けたまま足元に置き、両手で押したがやはり駄目だった。

 「備えあれば憂いなし」

 にやりとした部長の顔を思い出す。

 非常ベルの存在。

 闇の中に光を当てる。

 赤く点滅しているはずのベルも、闇の中に埋もれてまったく位置が分からない。

 闇雲に照らされる白光の線。


 あろうはずの場所を定め照らす先に赤ランプは見つからず、私は肩を落とした。

 「だから整理しろって言うの」

 棚が壊れ、ボタンなど押せそうじゃないのは一目瞭然だった。


 呆然と立ち尽くしていると、ぱらぱらと埃が落ちて来たかと思うと、地面が大きく上下運動を始め、次第に激しさがまし、立っていることすらままならなくなる。


 這うように扉の前に辿り着いた私は、ありったけの力でドアを押した。


 どうにも動かないドア。


 ふつふつとわき起こる不満が口を衝いて出る。


 「だから言ったのよ。こんな地下に物を大量に入れ込んでどうするって。だいたいこんな危険な場所に女性を行かせること自体間違っているわ。そうよ、これも全部あの加治木さんが何でもしちゃうのがいけないんだわ。部長も新聞ばかり読んでいるんじゃねーって言うの。ああ、係長は口が臭いし、最悪な会社だ。もう。開きなさいよったら開きなさい」


 満身の力を込めてドアを押すが、びくともしなかった。


 「……だから……、これからはちゃんと働きますから。もう、お願いだから、助けて……。誰か助けて!」

 耳がわーんとなり、自分の声がこだまする。


 私はドアをたたき続け助けを呼び続ける。

 手の感覚がなくなり、ドアには無数の血の跡が付く。

 「私は……、私はここにいます。生きています。誰か……」


 ――数時間後、それでも力尽き、どうしようもない虚しさに苛まれながら私は、地べたに座り込んでしまっていた。

 


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