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十三月の物語

九月の出会

作者: アルト

『アークライン-箱舟の軌跡-』に登場する人物二名の、開始前のお話

 そうだね、今日は僕があいつに会ったときの話をしようか。

 あのころの僕達はまだ異世界も魔法も知らず、退屈な毎日を過ごしていた。

 ◆


 あいつ、ミナを最初に見かけたのは学校の廊下だった。

 学校の中ではそれなりに有名な不良生徒と取り巻きに絡まれた不幸な生徒、そんな感じに見えたんだ。

 なにせ、僕が次の授業の為に廊下を歩いていると、人だかりで進めなくなっていたんだ。

 見ればその真ん中にはミナと不良三人がいて、ミナが躱して通ろうとすると、からかうように道を塞ぐ。


「…………」


 ミナは決して手出しをせず、一言も発さず、無表情だった。

 あの頃の僕には感情の欠落した人間、そういう風に見えていた。

 しばらくそんなことを続けていると、不良が殴るような素振りを見せ始めた。

 でも、フェイントだから当たらない。

 それでも人は反射的に避けようと身体を動かすはず。

 はずなんだ。

 なのにミナはそういう動きは一切見せなかった。

 まるでそれが本当に当たらないことを分かっているかのように。

 ミナが不良を躱して通ろうとして、別の不良が道を塞ぎ、寸止めのパンチを放つ。

 そんなことが何度か繰り返されているうちに野次馬が増えてきた。

 ミナも壁際まで動いている。


「おら、こいやぁ!」


 不良は挑発するが、ミナは一切動じない。

 それどころか、哀れな人間を蔑むような視線を投げた。

 それでキレたのか、不良が本当に当てるつもりで拳を放った。


「うっぜぇ!」

「…………」


 バゴッ……と、骨が軋む音がなる。

 ミナは一歩動いただけで躱して、背後の壁に不良の拳が当たったんだ。


「ぎぃや……!」


 不良はその場に座り込んで、拳を押さえながら半泣きになっていた。

 そんな中でミナは、道が開いたからと無視して通り抜けた。


「おっ、テメッ待てや!」


 取り巻きの声も無視してこっちに向かってくる。

 正面から見るとほんとに無表情で、まるで警戒しつつも一切気にしていないような感じ。

 人垣がぶわっと割れるが、僕は彼の無表情の奥に別の何かを感じていた。

 彼がすっと僕のとなりを過ぎて行く。

 音がない、気配がない。

 存在が希薄というのだろうか。

 通り過ぎて行ったミナが、角を曲がり完全に見えなくなると、確かに顔も全体像も見たのにぼんやりとしか思い出せない。

 まさか幽霊じゃあるまいし……。

 そんなことを思っていると、騒ぎを聞きつけたのか教師が怒りに来る。

 蜘蛛の子を散らすように、生徒たちが散って僕も紛れて次の授業のある教室へ向かう。


「うーっす。仙崎、悪いんだけどさ、またノート見せてくんね?」


 教室に入るなりいつもの連中がたかってくる。

 ホントに数人だけ、こういう不真面目がいて、断ると文句を言って来るんだ。

 僕としてはそういうことでぐだぐだ言われたくないので、すべて写してある予備を渡していつもの席につく。

 階段状になっている教室の窓側で後ろだ。


「…………あれ?」


 なんだかいつもと違ってこの辺りだけ人が少な……いない。

 まわりをきょろきょろと見回して、さっきノートを渡した不真面目くんが指さしていたので、そっちを見るとミナが二席分空けて隣にいた。

 まったく気づかなかった。

 でも原因はこの人なんだろうな。

 不良に絡まれて、人に避けられて、孤独な人なんだろうと最初の内は思っていた。

 退屈な授業、電子工学科の授業はほんとに退屈だ。

 回路図と理論。

 面倒な計算式。

 電子についてのあれこれ。

 前方下方向、不真面目くんたちを含め、大半の生徒は出席するだけであとは遊んでいる。

 で、隣は教科書広げて勉強してるんだよね。

 授業に出席するけど別のことしてるってどうなんだ……。


 一時間と半分、九十分の授業が終わると同時に教室のドアが開かれる。

 多分だけど、代替えやってる人もいるんだろうなー……。

 わらわらと教室から出て行く人を見送りながらぼんやりと外を眺める。

 一気に出て行こうとするから詰まって余計に遅くなるのに。

 と、そんな効率について考えていたら隣からダンッと机をたたく音が聞こえた。

 結構大きな音で、教室内のみんなが振り向いている。


「はぁ……」


 立ち上がって出て行こうとするミナ。


「おいコラ! 無視すんな」

「…………」


 不良の取り巻き達が結構な人数で押しかけてきていた。

 ミナは無言で道を譲れと言うように突っ立っている。

 さすがにこの人数は不味いだろう。


「ぉぃぉぃ」

「?」

「ぼけっとしてたら巻き込まれるって」


 不真面目くんに引っ張られて危険域(予測)から離脱する。

 ノートを返してもらって落書きがないか確認すると、最後のページに「次も頼むぜ!」なんて書かれていた。

 まったく……。

 視線を戻すと、不良たちがミナの荷物を奪い取って投げてからかっていた。

 からかっていたと言っても、ミナはそれを取り戻そうと動いたりはしていない。

 僕としても、そういう行動は無駄だと思っている。

 やればやるだけ相手を楽しませるだけだ。

 だから、微動だにしないミナを見ていらついた不良が、ミナが持っている最後の荷物、ハードカバーを狙って動いた。

 ミナは一歩動いて躱そうとするが、不良の手が栞紐を掴んでぶちっと引き千切ってしまう。

 それが合図だった。

 ドゴッ、バゴッと最小の動作で素早い連撃が放たれると、不良が二人倒れた。

 いきなりのことに固まっていた不良たちに近づくと、恐ろしい速さで突き出された手が腕が不良の首を掴んで、ボギッと、響かないはずの音が教室を走り抜けて、静まり返った。


「うぉ、うぉい! て、てめなにしやがぁっ!」

「黙れ、群れるのは雑魚の特権だな、ん? 自分たちは弱くてバカな人間のクズですって宣伝して回って楽しいか?」


 静まり返った教室に、感情の籠っていない声が通る。

 嘲笑もなく、怒りもない声は、なによりも恐ろしく思えた。

 その後の一分は日常ではまず見ることがない光景だった。

 野次馬になった生徒はスマートフォンで撮影するようなバカばっかで誰も止めに入らない。

 いや、入れない。

 階段状の教室、長机に挟まれて人がすれ違えるほどのスペース。

 数の利を生かすどころか、逆に逃げられなくなった不良生徒が軒並みダウンさせられたんだ。

 目立った外傷はない、生物学の教師が言っていた”人の急所”を殴りつける力任せの攻撃。

 逃げていく不良が人垣を割って、そこをミナが何事もなかったかのように通り抜けていく。

 そして外で見ていた事情を知らない野次馬に自然と紛れると、今更ながら教師たちが駆けこんできた。

 何があったと、事態に慌てる教師たち。

 さすがにこれだけのことをすれば退学だろう。

 教室から立ち去るとき、ふと足元に紐が落ちていた。

 あいつのハードカバーから千切れ落ちたのだろう。

 いつものお節介心か、親切心か。

 僕はそれを拾った。


 今日は午後までなにも授業を取っていないから、自由な時間がある。

 かといって数時間程度。

 学外に出て戻ってくる時間を考えれば、学内のカフェか図書館で時間を潰すのがいいだろう。

 と、思ってカフェに行けば今朝方の不良がいたので入り口でターン。

 図書館まで歩けば……忘れていた、今日って閉館日だった。

 やけに図書館方向から来る人も行く人も少ないのはこれだったか。

 入り口から引き返そうとしたところで、柱の陰から伸びる人の影が目についた。

 誰だろうか、思いながらそっと見ると、ミナが胡坐をかいて座っていた。

 何やら細々としたものを指で編んでいたが、それが千切られた栞紐だということにはすぐに気づいた。

 器用だ、編み棒を使わずに指だけで編んでいくなんて僕にはできない。

 なんて思いながら見ていると。


「…………」


 気付かれた。

 あっちからは見えないし、足元も消していたはずなんだけど。

 ま、いっか。


「これ、君のだよね」


 拾った紐を渡すと、黙って頷いた。


「ないと思えば拾われていたか。すまん、手間をかけた」

「いや、べつにいいよ」


 切れた紐を受け取ったミナは、編んでいたものをほどいて、千切れた個所をハサミで切断して少し解くと、そこから編んで繋げた。

 まともな道具もなしによくやるよ……。

 栞紐は三つ編みの黒。

 いまどき三つ編みの栞紐が使われている本はないはずだけど。


「その本って、何が書かれてるの?」

「さあ?」

「さあって……。見せてもらってもいい?」

「…………」


 黙って突き出して来たので受け取る。

 パラパラとページをめくってみれば読めない文字で書かれていた。

 漢字じゃないし……キリル、ヘブライ、アラビア文字でもない。


「読めないからパターンを探して解読を試みてる状態だ。とりあえず各地の文字と照らし合わせたがどれとも違うし、どれとも部分的に似ているところがあった」

「……この本、どこで?」


 返しながら聞いてみる。


「路地裏で拾った。ゴミに埋もれてたのに染みすらついてなかったからな」


 路地裏で変なもの拾うって……。


「誰か落し物じゃないのかい」

「それならそのとき。返すだけだ」


 ◆

 これがミナと初めて会話をしたときだと思う。

 よく覚えていないんだ、かなり昔のことだからね。

 でも、あのころの僕は、ただ単にコミュニケーションが苦手で孤立したんだと思っていた。

 何があってもだれにも頼らず、班行動を取る必要があれば形だけで実際は単独。

 人は一人じゃ生きていけない、あんなのをいままでも続けてきたのなら、きっといつか耐え切れなくなってさらに一人になる。

 ◆


 あれから数か月。

 授業以外であいつを見かけることは無かった。

 いや、きっと視界には入っていたんだろう。

 だけど僕が気づかなかっただけで。

 あいつは一切気配を出してないんだ。

 足音は恐らく真横にいても聞こえないだろう。

 意識も一点に集中させず、分散させているのか見られても視線というものを感じない。

 虚だ。

 あるけどない虚数と同じだ。

 あいつの存在に重なるように”虚”が存在している。

 そんな感じだ。

 光と遮るものがないと存在できない影。

 その影だけが単独で存在しているかのような……。


 そんなことを考えながら歩いていると、正面からふと気配を感じて意識を向けた。

 囲まれていた。


「おめぇよぉ、あのむっひょーじょーっな孤高気取りの厨二やろうと知り合いなんだってなぁ」


 言いながら見せてくるスマートフォンには、図書館前のときの写真が映し出されている。

 いつの間にとられたんだ……まさかこいつらずっと見張ってたのか。


「ちょーっと俺らと一緒にきてくんねぇかなぁ」

「もちのろん拒否権とかねーから」


 不味いな。

 荷物は全部ロッカーに置いてきたからいいとして。

 喧嘩なんて生まれてこの方したことのない僕に勝てる相手じゃない。

 しかも人数も多い。

 アレだけのことがあったというのに、停学処分ですんでいたようだ。

 まあ聞いた話、ミナは上手いこと逃げて何事もなかったとか。


「あの、それ拒否したらどうなります……?」

「はぁあ? どうなるって、そりゃ無理やりって相場だろぉが」


 うーん、本当に不味いね。

 駐輪場の端の方って、この時間はほとんど誰も来ないし……。

 とか思ってたらほんとに端っこの木の上からドサッとミナが下りてきた。

 完全な死角、監視カメラにはギリギリ腰から上が写らない場所。


「あ、ね、ちょっと!」


 そのまま僕のこと無視して通り過ぎようとしたものだからつい叫んでしまった。

 それで不良も振り向く。


「…………」


 ミナがいつもと違っていた。

 妙に口元には笑みがあって、目つきが恐ろしかった。

 片手にはあのハードカバーの本が抱えられているけど……まさか何か?


「うおっとぉ? いいところにいんじゃねえかよ」

「てめぇこのあいだの貸しはでけぇぞ」

「……はぁ」


 いままで完全無視の沈黙を決め込んでいたミナが溜息をついた。

 そして、妙な表情で僕ら全員を見た。


「来るなら来い。ただし、お前ら全員殺すけどな」


 ミナが掌を広げ、まっすぐに差し出した。


「ざけんじゃねえぞこの野郎!」


 不良の一人が腕を振り被りながら駆けだした、それと同時に素早くミナが監視カメラを指差す。

 つられて目を向けると煙を出しながら壊れている監視カメラがある。

 何をした?

 前に視線を戻す。


「焼けろ」


 ミナが腕を振るい、軌跡をなぞるようにボワァッ! と火炎が散らされた。

 それをもろに浴びた不良が火達磨になりながらのたうち回る。


「知ってて来たんだろ。この時間は誰も来ないからな、実験として何やっても証拠さえなければバレやしない」


 不敵な笑みを口元だけに浮かべながら、音もなく歩いてくる。


「て、てめ何しやがった」

「見ての通りだが。なんだ、燃焼の概念から教えないと分からないバカか?」


 煽られた一人が殴りかかる。

 だけど、簡単に躱されて、カウンターで首に手刀を叩き込まれた。

 手刀だけなら大した威力は無いはず、だけど不良はビクビクと身体を痙攣させながら崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 この時点で大半の不良は逃げ出したけど、いつかの廊下で自滅したヤツが残って殴りかかる。

 バカだなぁ、数の利を生かして牽制しつつ視界外から同時に攻撃すればいいのに。

 とか思った一瞬の間に、ミナに接近した不良は攻撃を躱されて、カウンターの掌底打ちを胸に食らっていた。

 しかも、爆発付きでだ。


「どぐっ……が、ほっ……」


 ばたりと倒れた不良の胸元は真っ白に凍り付いて、霜が張り付いていた。


「で、お前は」

「え……いや、僕は囲まれた方で君になにかしようとしたわけじゃないんだけど……」


 あんな、まるで魔法みたいな攻撃を受けたら死ぬって。

 冗談抜きに普通のケガじゃ済まないよ。


「ああそう」


 不意に振り返って腕を向けたミナ。

 その先には金属バットを持った不良が……倒れた。

 喉をかきむしってものすごく苦しそうにしているが、僕としてはどうでもいい。

 いきなり囲んで脅してくる失礼なやつらにはお似合いだ。


「ねえ、それなに? 魔法だったり……」

「しない」

「だよね、うん。そんな非現実的なものがある訳……って、だったら今のなに?」

「クラークの第三法則」


 言いながらぺりぺりと何か細い管のようなものを剥す。


「行き過ぎた科学は魔法と区別がつかない」


 服の中を通っていたその管は、ズボンのポケットの中へ。


「ってな」


 バッテリー、液化ガス、冷却剤……。

 うわぁー……。


「どこが行き過ぎた科学……」

「単なる手品だ。騙されるほうが悪い」

「え、じゃあ監視カメラは?」

「これだ」


 と、見せられたのはどう見ても改造したレーザーポインター。

 ああ、電子工学の授業であったな、撮影素子に強い光を当てると流れる電流が強くなって回路が焼けるんだっけ?

 あれ? どうだったっけな。

 CCDって確か……。


「おいこらぁ! 無視してんじゃねえぞこら!」

「ほんと、雑魚は群れるのがお好きなようで」


 ミナがバッテリーや液化ガスのカートリッジを投げる。


「伏せろ」

「へ?」


 伏せなかったからなのか、足を掛けられて強引に地面に倒された。

 その直後、爆音と肌をチリチリと焼く熱が来る。


「えぇっ!? それはさすがに不味くない!?」

「不味いだろうな。ま、顔もなにも写ってないから逃げてしまえばいいが」

「いや待ってよ、僕ばっちり写ってたんだけど」

「知るか」


 ◆

 確かこんな感じだったのが、二回目の会話の時だったはず。

 あのあと、逃げたはいいけど呼び出されて……。

 言い訳は不良に囲まれて怖かったので無我夢中で逃げました、後のことは全然知りませんでなんとかなったけど。

 で、カメラに写ってた不良は全員退学処分。

 爆発の原因とかその辺は一切不明で処理されて、ミナはまったく無関係の人……ということに。

 まあそんなこんなで、邪魔者がいなくなった学校生活を続けて、たまにミナと遭遇すれば解読に付き合って。


 それからかなり経ったある日に、僕らは異世界に行くことになった。



続・十月の転移


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