夢見ぬ少女じゃいられない
くたくたになったバイトの帰り道、偶然中学の時の同級生と会った。
彼女は既に結婚していて、お腹には赤ちゃんもいるらしい。お相手は仕事で知り合った年上の男性という話で、嬉しそうにそれを話す彼女の笑顔が眩しかった。こちらには仕事できているそうだ。久しぶりの再会に私たちは大いに喜び合った。
「今何してるの?」
何気なく尋ねられたその質問に、私は咄嗟に答えられなかった。
歌手になりたくて、実家を飛び出したのがもう五年前だ。鳴かず飛ばすのオーディションを受け続ける傍ら、日々アルバイトで生計を立てている。一つのバイトだけじゃどうしても生活費が足りないから、二つ三つと掛け持ちしていくうちに、オーディションの機会も次第に少なくなっていった。どうしてそれが咄嗟に答えられないのか、私にはわからなかった。
「じゃあね、また会おうね!」
そう言って別れを告げた友人に、私は精一杯笑顔を取り繕って手を振った。彼女の姿が見えなくなった途端、急にこの世界にたった一人、取り残されたような気分が私と手を繋いだ。
私は一体、何をしてるんだろう…?
寂しさと右手を繋いで帰る道すがら、幸せになった友人との格差にふとそんな疑問が頭を過ぎった。
真っ暗な狭いボロアパートに帰ってくると、私は烏の行水を済ませ一目散に布団に潜り込んだ。明日は朝五時から早朝勤務だ。昼間まで荷物を積んで、夕方からは別の職場でレジ打ち。帰ってくるのは今日と同じ零時過ぎになるだろう。少しでも体力を回復させるためにも、今は寝る時間が惜しかった。
と言ってもここ最近、この熱さで碌に眠れていないのだけれども。
仕方がないので重たい体を起こし、軽く運動がてら自販機を目指し外に出る。明かりの消えた住宅街の隅っこから、私は満天の星空を見上げた。きっとあの星のどれもが、私が此処にいることを知る由もないんだろう。何だか途方も無く道に迷った気がして、私は目的地へと急いだ。
飲み物を買って帰る途中、路上で歌っている若者とすれ違った。この熱いのにご苦労なことだ。彼は演奏も歌も中々上手で、私は思わず耳を傾けてしまった。布団に戻ってからも、さっきのメロディがずっと胸の奥に鳴り続けながら私と一緒について来た。
私は布団の中でぎゅっと目を塞いだ。明日もバイトだ。今は寝ておかなければ。とても辛いことになる。それはわかっている。
わかっているのに。
気がつくと私は、ギターを右手に取っていた。
私はため息をついた。一体、何をしているんだろう…?折角寝る時間を作ろうと必死になっていたのに、毎晩この調子だ。こうなってはもう、どうしようもない。私にずっとついて来てくれたメロディが、胸の奥で踊り始めた。私は窓を開け放った。外は相変わらずだ。
この熱さじゃもう、今夜も眠れそうになかった。