第6話 夜の病室、闇にたたずむ
その夜、ヨリは夢を見た。
夢だったのだと思う。
たぶん。
だって本当に起こった事だなんて思えない。
「ヨリ、起きてるだろ?」
真っ暗な病室。
ベッドに隠れるように薄い布団を頭から被ってもぐりこんでいたヨリ。
もうこの世にいないはずの誰かの声が聞こえるなんて。
「そんなはずない」
「はずなくない。呼んだだろ。お兄ちゃんを」
「だってお兄ちゃんは!もうどこにもいない!」
「だいじょうぶ。兄ちゃんはヨリのそばにいるから。ずっとそばに」
そんなつごうのいいことがあるものか。
兄は死んだのだから。
ヨリを助けて、溺れたんだ。
「だから、そこが違うんだよ」
ふたたび、はっきりと聞こえた。
「ちがうって? どこが?」
おもわず独り言。
ぜんぜん期待していなかったのに、それにはすぐに返事があった。
「ヨリはまちがって覚えてる。おれが死んだのはそのときじゃない。ヨリが河にはまった一年後だ。風邪をこじらせて肺炎になって入院してた。ここに」
「この病院に?」
ヨリは隠れていたのも忘れて起き出した。
兄は、いた。
真っ暗闇に立っているのに、くっきりと見える。
ヨリがおぼえているより少し大人っぽい姿をしているので驚いた。
「そうだよ。ここで死んだ」
「ここで」
そう考えたら、不思議な気がした。
「ずっと見てたんだよ。なにもかも」
兄は話し続けた。
父が帰ってこないこと。
母が夜遅くまで働いてること。
鍵っ子になったヨリがひとりでいろんな怖いことを考えていたこと。
それをぜんぶ見ていたことを。
「ずっといたの?」
「うん。だけど見てるだけしかできなかった。もう、いいかげんそれが嫌になって、神様に願ったんだ」
「神様?」
どんなかみさまなんだろう。
ふと考えてみた。
きょうかいにいるひと?
おてらにいるひと?
どこかに、いる?
「ここにとどまりすぎたって。もうそろそろ生まれ変わって次の人生に行かなきゃいけないんだって、前から言われていたんだ」
生まれ変わり? そんなことあるの?
「じゃあ…いまは、なんになったの?」
「まだ教えない。さがしてみて。ヨリのそばにいるから」
兄さんは手をのばしてヨリの額に触れた。
笑って、こう言った。
「おやすみ。家に帰ってもだいじょうぶ。もう心配しないでいいんだよ。なにもかも」
ヨリは眠った。
こんどこそ夢もみないで。