【4】 小鳥の巣
ヨリには、気に入っている遊びがある。
堤の芝の中に、小鳥の巣を探すのだ。
もっともここらへんで、トンビや雲雀の声など聞いたことはないし、ついぞ小鳥を見かけたこともない。
だが絵本の中には小鳥もいたし巣もあった。
ヨリは急いでいなかったから、辛抱強く堤の芝の中を探して歩いた。
すると、わりと家に近いあたりで、雨で土が流れたか誰かが気まぐれに掘ったか、芝の斜面に小さな窪みが見つかった。
それを『小鳥の巣』と決める。
草の葉や小枝を取ってきて底に敷きつめた。
あたりを探してみるとくちばしの長い鳥のような形をした小枝が落ちていたので、親鳥ということにして巣に入れる。
もちろん巣には卵も入っていると考えた。数は五個。
もちろん、それが小鳥の巣なんかではないことは、よくわかっていたけど。
堤防を下り、薄暗い路地を歩きながら、ヨリは想像を巡らせる。
何日も卵があたためられてひびが入って、いつか雛が孵るのだ。
雛はどんな羽の色、どんな目をしているのだろう。
何を食べさせよう。
すっかり親鳥になった気持ちで本気で悩む。
悩んでいるうちは他のことを忘れていられる。
小鳥のえさ。
ことりのえさ。
ブツブツ言いながら夕方になって家に帰ると、ヨリは念入りに戸締りをした。
白いむく犬のぬいぐるみを連れてタオルケットにくるまり、暗い机の下にもぐりこむと初めて安心する。
机の下の、ヨリだけの隠れ家。
本のページをめくりながらヨリは懸命に考える。
小鳥の巣のこと。
白い綿毛のぽわぽわしている雛のことを思う。
やがて夜が来る。
家々のあかりが落ちて路地が暗くなっていく。
長屋の壁は薄くて、隣の家の物音や話し声も、まるで隣の部屋と同じくらいによく聞こえてきてしまうのだが、しだいにどの家も寝入ってしまって、静かになる。
すると、あいつがやって来る。
玄関の戸の向こうに見える黒い影。
『どうした! ひどいじゃないか、なんで閉め出すんだい? 頼むよ、あけておくれ。前みたいに一緒に遊ぼう。楽しいよ……』
叫びながらガラス戸を乱暴にガタガタ揺さぶる。
影みたいな、黒い男。
やだな、やめてよ。
うるさいのはいやだ。
戸が壊れたら困る。
だけど今夜は、そんなことたいしたことじゃない。
……巣には雛がいるから。
その夜、黒い男はすぐに諦めたみたいに、帰っていった。
翌日、ヨリは堤防を歩いていた。
『小鳥の巣』のある場所にやってきたとき、思ってもいなかったものを見た。
黒い小鳥が飛んだ!
ほんとうは確かに何にもいないのを知っている『小鳥の巣』。そのあたりから、真っ黒な翼を羽ばたかせて小鳥が飛び立ったのだ。
ヨリは急いで駆け寄った。
立派な、小鳥の巣があった。
小枝を集めてしっかりと作られた巣だ。
中身は、空っぽだった。
けれどあたりを見回してから、もう一度、巣を見ると、空っぽだったはずの巣の中に、小さな卵があった。
……真っ黒な。
こんな卵から孵るのはどんな雛?
目の前が、急に暗くなった。
それはもちろん、日が陰ったせいに決まっている。
小鳥の巣に伸ばした指先が、震えているのに気づく。
震えながら、ヨリは卵を手に取ろうとする。
その瞬間だった。
「そこにはなにもないよ!」
強く、元気な声がした。
女の子の声だ。
ヨリはハッとして振り返った。
誰もいない。
見晴らしのいい堤防の上に急いで登ってみる。
けれど堤防の上の道にも河原にも長屋の路地にも、遊ぶ子供の姿も何もない。
声らしきものも、まったく聞こえていない。
……今のは、なんだったんだろう?
ヨリは再び堤を下りた。
どういうわけか小鳥の巣がどこにあったのか急にわからなくなった。
日が傾くくらい長い間探して、やっと見つけたのは……ヨリが草の葉を運んで詰めた、小鳥の巣に見立てたくぼみだけ。
もちろん何もない。
巣に詰めた草の葉はしおれていた。
さっき見た小鳥の巣も、中にあった黒い卵も、どこにもなかった。