獣の男
文太と真堂丸
〜 獣の男 〜
僕たちは平八郎さんに住まわしてもらってる家に帰ってきた。
家の近くに来ると、僕は思わず声をあげてしまう「あっ」
そこには先ほどの男が仲間を連れて立っていたのだ。
その中でも、一番強い中心の様な男は、僕が見てもわかった。
でも、あの人は確か 道来って人。
僕を助けてくれた人、あの人なら話が分かりそうだ。
その時、男が「こいつです、道来さん」
すかさず、反射的に謝ってしまった 「すいません許してください」
しかし、彼は僕のことなど全く眼中にないようだ。僕を見向きもせず通りこして行く
「お主、強いらしいな 私は弱い者には興味がないが、お主とは戦ってみたい 一戦しようじゃないか」
「やめとけ、刀を抜く前に相手の力量も読めない、域の男じゃ俺には勝てん」
その瞬間、道来は刀を振り
真堂丸の首もとギリギリのところで刃は止まっていた。
僕は、あまりの驚きに腰をつき、その場に倒れてしまった ひいぃぃっ
「口だけは達者のようだな、今お前は俺に斬られていたのだぞ」
真堂丸は笑った
「俺はよけるまでもなかった」
「なんだと?」
「お前が最初から、斬るつもりがないのが分かっていたからな」
その瞬間、道来は自分と、この男の力量差があまりにも次元をかけ離れてる事を感じとってしまった。
地面に頭をつけ「参りました」と一言つぶやいた。
それを見届け、周りの男達もいっせいに土下座する。
僕は、ただただ驚いた。
どれだけ経験し、闘ってきたらこんなところまで到達するんだ?
相手が斬らないことを完全に読んでいたんだ。
真堂丸は微動だにしていなかった。
こんな人間がいるのか?
読みがはずれたら死んでいたんだ
僕は驚きとともに、何故か嬉しかった。
心の内から湧き上がる興奮が止まらない すごい。
闘わずして、勝ってしまったのだ。
男達は去って行く
家に入ると 平八郎さんが
「外が何やら騒がしくて、こわくて隠れていたんですけど、何かあったんですか?」
「いえ、何も」僕は心配させまいと、そう答えた。
家の机の上には夕食が用意されていて、みんなで食べた 「すいません夕食までいただいて」
「良いんです、それにお二人はお侍さん 刀を持っている、家が守られているようで安心するんです」
「いえ、僕はそんな」
なんだか人の役にたってるようで嬉しくもある。
真堂丸は会話に関係なく、無表情でご飯を食べている
平八郎は突然、箸をおき、語りはじめた
「わたしは、正直 毎日怖いんです。いつ殺されるかもしれない、私には大切な喜一もいる、大帝国たるものがどんどん勢力をつけ始め 世界はめちゃくちゃだ。
わたしは無力で何もできない、誰かが私達を救ってくれたらと毎日祈っております」
真堂丸は突然席を立ち、部屋に戻って行く。
その後ろ姿は、何かに苛立ってるようにも見えた。
僕達は、会話を続けた
「それにここ最近、街で恐ろしい噂が」
「何なんですか?」
「狼泊という、獣のような男が最近、この街の近くで暴れてるらしいんです」
「狼泊? 街の食堂で話にあがってた名前だ」
「大帝国だけでも、恐ろしいのに」
平八郎はため息をついた。
喜一はそんな気持ちもつゆしらず、キャッキャ笑って遊んでいる。
僕はなんとなく、同じ状況下にいる中の二人が、正反対の反応をしてる姿がおかしくなり、下を向き笑みをこぼしてしまった。
「ごちそうさまでした」
部屋に戻ると真堂丸はすでに眠りについている
僕は布団に寝転び いろいろ考えはじめた。
はやくお金を稼がないと、おっかあ達が。
何とかしなきゃ、ゆっくりしてもいられない、色々考えると、いてもたってもいられない気分になり、いやに焦ってしまう、 それに狼泊 名前にあがってたくらいだ 強いんだろう。
真堂丸とぶつからなきゃいいけど。
そんな事を考えながら、眠りかけた時だった
ドン ドンッ ドン
扉を叩く音で目が覚めた
平八郎さんが驚いた顔で僕を呼んでいる
玄関口に行くと、何度と僕につっかかり平八郎さん達を殺そうとした男が、血まみれになり叫んでいた
男は地面に頭をつけ
「兄貴達 今までの俺の行為を許してくだせぇ、そしてお願いですから道来さんを助けてください」
「助けてって、誰から?」
僕は慌てて男に問う
「あの獣のような男 狼泊」
僕は息を飲んだ
その瞬間の異様な感覚
飲んだ息がゆっくり身体全体をかけめぐるまで、克明にハッキリと感じとれ、その直後 脚はゆっくりと震えはじめた。
「狼泊」
僕の目の前で突然発せられた 名
それは、僕を恐怖させるのに充分な一言だった。
まるで僕の心は、全裸で丸腰の自分の目の前に、牙をむき出しにした獣が、立っているかのような気分になった。
僕はしばらく返事が出来ずに立ち尽くしていた
耳もとでは 「兄貴 兄貴」と助けを乞う 声が鳴り響いている
僕はどうしたら?
どうしたらいいんだ?
震える脚、鳴り響く声 が暗闇をよりいっそう暗く、深く、僕の目の前に身動きもとれなくなるくらいに覆いかぶさって来る様だった。
僕になにができる・・・
僕になにが
脚はいっそうガクガク震え始め、心臓の鼓動はより速く打ちはじめている。
辺りは暗い闇に包まれていた。
つづく