謎の男①
誤字脱字ありましたら、すみません。お気軽にお読みください。
沈黙が続く中、砂漠を踏みしめる音に混ざって前方より人の賑わいが聞こえてきた。
その音に気付き足元から顔を上げると、温かな明りが視界いっぱいに広がる。
「―わぁ…っ。」
そこには、厚い布で張り巡らされいるゲルがあった。その周りでは、そこかしこに松明で明りが灯され、ゲルに囲まれるように中心では大きな焚き火が焚かれている。焚き火の近くでは、夕食の準備をする者、談笑をする者、何かを磨いている者など多くの人で賑わっていた。
「何時までそうされているつもりですか。」
その声にハッと視線を横へ向けると、意外と近くに無表情の男がいた。
「夜が来れば、今よりも寒くなります。そうなる前に、こちらへ。」
そう言って、焚き火の明りが届いていないゲルの横を縫うように案内される。すると、密集しているゲルから少し離れたところに、一つのゲルがポツンと佇んでた。どうやら、私はそこへ案内されていたようだ。
「―失礼します。『例』の娘をお連れしました。」
そう言うと、男は中からの返事を待たずに入口の扉を開け、入って行く。
続く様にして中へ踏み入れると、部屋には誰もおらず閑散としていた。見渡してみると、奥には机があり、その上にはいくつかの本が積み重ねられている。床は、夜の寒さを凌ぐためか温かな絨毯が敷かれていたが、四隅には箱がそこかしこに積み重ねられているせいで、広い空間であるはずの部屋も狭く感じられた。
声をかけて部屋に入ったのだから、誰かの部屋なのだろう。けれど…と疑問を感じずにはいられない。人の部屋にしては、置かれている物が多すぎるのだ。
―この部屋は物置きなのかな。
人の部屋だったら中をジロジロ見るのは失礼だと思いながらも、好奇心は抑えられなかった。
目に映るものがどれも珍しいものばかりなので、無意識に部屋の中をキョロキョロ見回していると、
「―汚い部屋でごめんね。」
「えっっ!?」
突然、背後から声をかけられ思わず声が出る。あわてて後ろを振り返ると、先ほどみた焚き火の炎のような鮮やかな朱い色が瞳に飛び込んできた。
目の前には、同年代の青年が立っていた。
朱い色は彼の髪から発せられており、良く見ると瞳も同じ色をしているようだ。背は少し高く、顔は子供から大人へと成長をしている年相応の青年らしい顔つきをしており、整った顔をしていた。
「君が『例』のお嬢さん?」
そう言いながら青年は小首を傾げると、左耳につけている耳飾りがシャラリと鳴った。
「『例』の…?…???」
何のことだか解らず、青年と同じように少女も小首を傾げると、
「ああ…そうか。…エントラーダ隊長、ご苦労様でした。ですが、主でしたら御不在ですよ。少し気になることがあると言って一足先に出立されました。」
自分に話しかけていると思ったら、青年は少女の後ろにいた男に話かけ始める。
「…そうですか。では、この娘について何かおっしゃっていませんでしたか?」
「しばらくの間、僕が世話をするよう仰せつかりました。」
「ならば、問題はありません。申し訳ありませんが、あとを頼みます。」
「はい。お任せ下さい。」
それでは、私はこれでと言い残し、少女を案内してくれた男は少女の横を通り過ぎ、扉へと向かって行く。
「あ―」
ありがとうございました、と案内してくれたお礼を言おうとしたが、それを言う前にエントラーダと呼ばれた男は出て行ってしまった。
―エントラーダさんて言うんだ。お礼言いたかったな。
小さく溜息をつき、先ほどまでそばにいてくれた人がいなくなった事に少し寂しさを感じる。
―そう言えば、エントラーダさんとこの人はさっきから『例』のとか、言っているけれど何の事を言っているの?それに…
物思いを耽っている少女の横では、じっと彼女の様子を窺っている青年の視線があった。
ふ、と少女の横で息を吐く音が聞こえると、
「さて、さっきのエントラーダ隊長との会話聞いて解ってると思うけど、君の身の回りは僕がするからよろしくね。あ。自己紹介まだったよね?僕はここで主の従者をしている、ラトナって言うんだ。取りあえず、疲れたでしょ?何か食べる?嫌いなものある?それより、もうすぐ夜が来るからその格好は冷えるか。寒くない?寒いよね?うーん、何か羽織るものが必要だよね。ええと、こっちのほうに確か布があったはず…あ、あった。少し大きいけれどこれでいいかな!はい、これ羽織ってごらん!――…僕の言っていること…解る?」
「あ…はぃ…?」
少女はをここまで案内していたエントラーダという隊長が無口だったせいか、マシンガントークと呼べる速さで次々に言葉を発する青年に、思わずポカーンと口を空けてしまう。
さっきまで考えてた事も一瞬にして頭の四隅に追いやられてしまい、最後に頭の中に入った質問にだけ、かろうじて返事をした。
ラトナはその様子を見て、優しく微笑む。
「まずは、ご飯一緒に食べようか?さ、僕は食べるもの貰ってくるからここに座って待ってて。さっき夕食の支度をしていたから、ちょうど温かいご飯にありつけるよ。」
そう言って毛布を花少女の肩へかけると、奥の机ほうへ連れて行く。少女を椅子に腰かけさせると、自分は扉のほうへ向かう。
「僕が戻ってくるまで、ここにいるんだよ。」
「はい。」
不安そうな顔をしながらも、素直に従う少女に満足したのかもう一度安心させるように優しく微笑むと、青年は背を向けて部屋から出て行った。
―あれ?私さっき何考えていたっけ?
自分の名前も名乗るタイミングを逃した少女は、嵐が去ったかのように静かになった部屋で、ひとり悶々としていた。
その時、青年が違う笑みを浮かべて出ていったことに気づかずに。
青年は少女がいる部屋の扉を後手で閉めると、ゆっくり目を閉じた。
どれくらいそうしていただろうか。もしかすると一瞬だったかもしれない。スッと目を開けた青年は、先ほどの優しい微笑みは嘘のようにかき消され、表情のない冷たい目をしていた。
そして、明りが灯されているほうへ足を動かし始めると、彼の背後に一つの影が現れた。
「しばらく、彼女は俺が見る。手出しはするな。」
前を見据えたまま、そう言い放つ。
「―おおせのままに。すべては『御樹』のために…ですね。」
影から静かに発せられた言葉を聞くと、ふと、ラトナは足を止める。そして、頭上を優しく照らし始める月を見上げながら、
「そうだね。」
と、小さく微笑むのであった。