第一夜
雪の降る夜は好きだ。
全てを覆ってくれる。
悲しみも裏切りも。
静けさの中、俺はコーヒーの湯気を見つめる。
帝国軍との終戦協定が結ばれ、平和が訪れた。
「…見せかけだけだがな。」
俺は一人呟き、コーヒーにウイスキーを垂らす。
寒い夜には、コイツが必要だ。
眠りに誘うものと目を覚ますもの。
その間を揺蕩う感覚を少しでも長く味わっていたい。
コンコン。
詰所のドアをノックする音がする。
「誰だこんな時間に。」
俺は重い腰を上げる。
腰の剣に手を伸ばし、緊張しながら扉を開く。
軋む扉。
開いた扉の先には、フードを深く被った女。
「道に迷ってしまって…。」
俺は寒さに凍える女を小屋の中に入れる。
俺は周囲に視線を走らせる。
連れはいない。
ただ闇の中で降る雪が、室内から漏れる光に照らされている。
…危険はない様だ。
女をストーブの前の椅子に座らせる。
カップにコーヒーを注ぎ、女に差し出す。
「飲め。あったまるぞ。」
女はゆっくりと頷き、震える細い指でカップを受け取る。
その拍子にフードの隙間からこぼれ落ちた、ランプの光を受けて輝く髪に俺は一瞬心を奪われる。
「こんな夜中にこんな辺境の地で、何をしている。」
「…。」
女は答えずに、両手で持ったカップのコーヒーを冷まそうと息を吹きかける。
俺は警戒しながら、女の横の椅子に腰掛ける。
「旅をしている。」
「…旅?」
「あてのない旅。」
体が温まったのか、女はフードを外す。
こぼれ落ちる黒髪が、ランプの灯りで揺れる。
俺は女を観察する。
少し擦り切れたマント。
小柄な女。
武器は持っていない様だ。
小さなバッグが一つ。
使い込まれた革のブーツは、乾いている。
俺はそっと剣から手を離した。
「一人で退屈していたんだ、こんな夜に話し相手は誰だって大歓迎さ。」
俺の言葉に女は微笑む。
俺は暖炉の火に薪をくべる。
パチパチとはぜる火の音が小屋の中で響く。
ガタッと音がし、俺は振り返る。
女は、立ち上がりかけた様だ。
「…どうした?」
俺の問いに女は答えずに、ニコリと微笑む。
雪の様に白い肌に、赤い唇が映える。
「お主は、ここで何をしておるのじゃ?」
「傭兵だ。」
俺は椅子に座り直し、話を続ける。
「金で雇われて、この拠点の防衛をしている。」
女は首を傾げる。
「楽しいのか?」
女の問いに返答に詰まる。
「…楽しくはないさ。飯を食うために働くだけさ。」
しばしの沈黙。
小屋の中に、薪が弾ける音だけが響く。
「しばらくここに置いてくれぬか?」
女の言葉に俺は何を答えればよかったのだろう?
詰所の外では、ただ静かに雪が積もっていった。




