5年ぶりに会う幼なじみ(勇者)の様子がおかしい
エディットの部屋は邸の3階にある。バルコニーに出て格子に寄りかかると、夜空に背を向けて1人で酒瓶を開けた。
今日はハレの日だ。めでたい日。――500年ぶりに復活した魔王が倒された。選ばれし勇者とその仲間達によって。王都に凱旋した勇者達を祝福して、盛大なパーティーが催され、王都の空には無数の花火が上がったらしい。僻地のこの村では見えないが。
先日成人もしたし、1人だろうと飲んでも良いだろう。しかしお酒は初めてで、少し口に含むと苦さにむせてしまった。
「ゴホッ!お酒ってこんなに苦いの?」
だが今のエディットの心情には苦いくらいが丁度いい。グイッと煽る。
エディットの最愛の幼なじみが、村を出ていって5年。ようやく思い出しても胸が痛まなくなった。5年をかけて気持ちが整理出来たのだ。それでも、この日は流石にお酒でも飲まないと夜が越せそうにない。また一口口に運ぶ。更に一口。
「今ごろ、お城でお姫様とダンスでも踊ってるのかしら」
「――誰の事を言ってる?」
ここに居るはずもない人物の声が暗闇から聞こえ、エディットは飛び上がった。
「きゃあぁ?!」
飛び上がった拍子に足がもつれ、身体が傾く。
バルコニーから落ちる恐怖に思わず目を閉じたが、暗闇から現れた人物に支えられ落ちる事はなかった。
「すまない。そんなに驚くとは思わなかった」
目の前に鍛えられた胸板が見えた。5年前とは雰囲気も服装も変わっていたものの、エディットが彼を見間違うはずはない。
「ジークハルト···!どうしてここにいるの」
ジークハルト・ユースティス。選ばれし勇者であり、エディットの幼なじみだ。
(飲みすぎたのかしら?これは夢?)
ジークハルトが聖剣に選ばれて村を出て5年。シナリオでも、村に戻ることはあったけど、それはまだ先の話だったはず。
「魔王討伐が終わったから、戻ってきたんだけど」
ジークハルトの声が、エディットが知っている声より少し低くなっている。
(何を言ってるのよ。これから王女との結婚式があるでしょ)
知っている。エディットは全部知っているのだ。だから、ジークハルトを送り出したのだから。
くらくらする頭に耐えきれず、エディットの意識は途切れてしまった。
エディットは産まれた頃から意思を持っていた。前世を覚えていたからだ。成長するにつれ、前世の記憶は段々と薄れたが、なくなる訳ではなかった。
隣の家に住むジークハルト・ユースティスが、この世界の物語の主人公であり、勇者だったから。
【聖剣の勇者と空色の聖女】エディットが前世でプレイしたRPGゲームだ。最果ての村に住む勇者は、聖剣に選ばれ、冒険の末に聖女である王女と出会い、仲間を増やして魔王を倒す。よくあるストーリーだが、エディットはこのゲームがとても好きだった。中でも勇者ジークハルトが大好きで、レベルをカンストしても何度もやり込んだ。
だから自身の見た目と名前ですぐにこの世界が【聖剣の勇者】の世界だと知った。
エディットは勇者の幼なじみで、オープニングに一瞬と、チュートリアルの時に登場するモブキャラだった。自覚が出来てしばらくは、聖女が良かったと悔やんだりもした。しかしジークハルトが旅立つその日まで近くにいられる存在だ。悔やむのは止め、その日から旅立つ日まで徹底的にジークハルトに付いてまわった。
ジークハルトが山に魔獣を狩りに行けば、自分も弓矢を持って付いて行き、海底まで遺跡を探しに行くと聞けば自分も行ける所まで付いて行った。そのおかげが、その辺のハンターより腕は立つ。更に聖剣が眠る山のダンジョンにも一緒に行き、聖剣に選ばれる瞬間をこの目で見る事も出来た。
(そう、悔いはない。私の幼なじみ人生に悔いはないの。昨日だって、お祝いでお酒を飲んだんだから。決して、王女とジークハルトが結ばれる事が辛かった訳ではないのよ)
異性として惹かれなかったと言えば嘘になる。元々好きだった相手が、目の前に現実として存在するのだから。藍色の髪も、涼しい金色の瞳も、見る度に心臓がざわめいた。それでも相手が決まっている人だ。想うだけ。伝える事はない。伝えようとも思わない。
(だいたい、ジークハルトの博愛主義も気に食わないもの)
ジークハルトは皆に平等に優しかった。もちろんエディットにも優しかったが、他のレディ達も例外ではない。そのため、村の女の子は皆ジークハルトが好きだった。故に誰も想いを告げなかったのだが。
(いつも皆に優しい目を向けてたわね。村で産まれたにしては紳士的で。やっぱり勇者だからかな?)
「うーん···」
お腹が苦しい。そして気持ち悪い。
(昨日のお酒、度数が高かったのかしら)
重苦しさに堪らず目を開けると、お腹に何か巻き付いている気がする。視線を向けると、エディットは絶句した。
男の人が、自分のお腹に抱きついている。寝ている?
「な、ななな」
まさか。
(嘘でしょう?夢じゃない?)
目に映る藍色の髪は、どう見てもジークハルトだった。
ジークハルトは頭をエディットに押し付けながら呟いた。その言葉にエディットは更に言葉を失う。
「僕の最推し···」
更にぐりぐりと頭を押し付けてくるので、エディットは思わず蹴飛ばした。
「ぅぐ」
加減をせずに蹴飛ばしたので、ジークハルトは壁に叩きつけられる。更に頭上の棚から小瓶が落ち、頭に直撃した。
さすがにエディットも慌てて駆け寄る。
「ご、ごめんジークハルト!大丈夫?」
差し出したエディットの手を、ジークハルトはするりと自分の手に絡めた。そして自分の頬に当ててうっとりと言った。
「あー。生エディット。夢みたい」
ぞわりと背筋に悪寒が走り、手を奪い取り壁際まで逃げる。エディットは目の前のジークハルト?を睨みつけた。
「あ、貴方ジークハルトなの?言ってることがおかしいわよ」
ジークハルトは涼やかな金の眼でエディットを見据える。エディットがびくりとすると、すぐに笑顔を作って言った。
「僕はジークハルトだよ。エディットの知るジークハルトとはちょっと違うかもしれないけど」
ジークハルトが立ち上がると、ガシャガシャと割れた小瓶が床に落ちる。
エディットは逃げたい衝動に駆られたが、ドアはジークハルトの後ろだ。
「そんなに怖がらないで。それにしてもエディット。やっぱり君も前世の記憶持ちなんだね」
「何ですって?」
ジークハルトの口から信じられない言葉が出て来た。
(君も?)
ゆっくりとジークハルトが近付いて来る。
「僕もね、思い出したんだよ。この村から旅立ったあの日に」
エディットの背後の壁に、ジークハルトの手が伸びる。気付けば両腕に閉じ込められていた。5年前までなかった体格差にエディットは驚いた。
(ち、近い)
手で押しても動かない。
「ちょ、ちょっと離れて」
半泣きになりながらエディットは言った。
「はぁ。ちょっと待って。ごめん怖がらせるつもりはないんだけど」
動かないジークハルトに、エディットは限界だ。怖いとかはないけど、とにかく恥ずかしい。
「あぁ。5年も耐えたから、もう少し。もう少しだけ」
スン。と鼻息がかすかに肩にかかった。
(な、嗅いでる?!)
限界を迎えたエディットは、足の間を思いっきり蹴り上げた。エディットは腕の力は普通の女性並みだが、足の力はハンター並みの力を持つ。――その事はジークハルトも知っていたので、ジークハルトは光の早さで身体をずらした。
「ごめん。もうしない」
ジークハルトは顔を真っ青にして謝った。
❉❉❉❉❉❉
「旅立ちの日、エディット来てくれなかっただろう?アレンに手紙だけ預けて」
「そうだったわね」
エディットとジークハルトは邸の応接室に場所を移した。エディットは村長の娘である。その為、邸もまあまあ大きい。ジークハルトが戻った事を知られるのは良くないと思い、こっそり移動して扉に鍵もかけた。ジークハルトが鍵はかけないでくれと言ったが、誰かが入って来たら困るではないか。
(旅立ちの日は行けなかったのよ。朝まで泣いて目がパンパンで。だから手紙を友達のアレンに託したのよね)
「道中読みながら歩いてたんだ。そしたら木の根っこに足が引っ掛かって見事にすっ転んでさ」
「えっ!危ないじゃない!止まって読みなさいよ」
「いや、普段ならそれでも転ける事なんてないんだけど、なんでだろう」
普段も何も、ながら歩きは危ないに決まってるじゃないか。じとりと呆れた視線を送る。
「まあとにかく、その時に運悪く···いや、僕にとっては良かったけど、岩で頭を強く打ってね。その時に前世とか、この世界の事を思い出したんだよ」
「えぇ···」
(そんなことあるものなの?俄には信じられないけど、私も前世の記憶持ちだし···)
前世の記憶を持った自分が渡した物が、こんな自体を引き起こしたのならバツが悪い。
「な、なんだかごめんなさい。私の手紙のせいで」
「いや、僕にとっては喜ばしいことだった」
ジークハルトは謝罪を強く否定した。金の眼が輝き始める。
「僕ね、【聖剣の勇者と空色の聖女】、めっちゃ好きだったんだよ。世界観も、ゲームのシステムも、魔術の使い方とかシナリオも」
輝く眼を見てエディットは悟った。
(――オタクだわ)
自身もそうなのだ。同類はすぐに分かる。エディットは喜びを抑えきれない。
「わ、私も!私も好きだったの!聖剣の勇者!」
前のめりになりながら言うと、ジークハルトの眼が真ん丸になった。
ハッと気付き慌てて言い直す。
「あっ!勇者も好きだけど、ゲーム自体がね!聖女も好きだし、魔法使いリリーシャも好きだし···」
ふいにジークハルトを見ると、ふわりと優しく微笑いこちらを見ている。
「僕はね、中でも一番エディットが好きだったんだ」
「えっ!エディット?でも少ししか出てなかったのに···」
確かにモブキャラの中でもエディットは人気がある方だ。
(おかしくはないけど···)
「オープニングのエディットを見過ぎてディスクがすり減ってさ。買い換えたよね。チュートリアルのエディットの言葉は一言一句記憶しているし、エディットが出てる同人誌も網羅したな。クリア後のサブイベントでまたエディットが登場するって聞いて何徹したことか···」
(···本物だわ)
ピタリと言葉が止み、ジークハルトの表情がみるみる曇る。
「どうしたの?」
ジークハルトが低い声で思い詰めた様に口を開く。
「そう···サブイベントで村に戻った時、エディットは結婚してて···しばらく立ち直れなかった···。し、してないよな?まだ」
恐ろしい物でも見たかのように顔が青い。
(そういえばそうだったわ)
「してないけど」
「あぁー!良かった!良かった!気が気じゃなかったんだ」
ジークハルトは顔に手を置き天を仰いだ。 大きな安堵を見てエディットは思わず微笑った。
「大げさね」
エディットとしては、ジークハルトの事でいっぱいいっぱいで、自身が結婚するとされていた男の子の名前すらうろ覚えだ。
ガバッと身体を起こしてジークハルトは言った。
「大げさじゃないさ。記憶が戻ってすぐにずいぶん悩んだんだ。すぐに村に戻ろうかって。····でも魔王は倒しておかないとエディットも危険になるし、早く討伐して戻ろうと思ってたのに、5年もかかるとは思わなかった」
(そ、そうなのね)
確かに魔王討伐の時期が早いかもしれない。ゲームの中では時間軸が分かりにくくて気付かなかった。
「何をせよ間に合って良かった。討伐してすぐに戻って正解だったな」
にやりと満足そうに言うジークハルトに、エディットは違和感を感じた。
「でも、昨日はたしかお城で魔王討伐の記念パーティーだったはずよね?倒したのも数日前だっただろうし···どうやって戻って来たの?」
もしやパーティーにも出ず、1人で戻って来たのだろうか?他の仲間は?
「ああ。すぐ戻れるように瞬間移動の魔法をリリーシャに習ってたんだ。だから魔王城から直帰したよ」
「え、えぇ?他のメンバーは?」
「あいつらにもちゃんと言ってる。皆強いから俺が居なくても大丈夫だよ」
(いや、だめでしょう。討伐の凱旋に勇者がいないなんて)
開いた口が塞がらないエディットに、ジークハルトは溶ける様な視線を送る。
「な、なに?」
エディットはジークハルトを胡乱げに睨んだ。
「はぁ。本当に可愛い。その目もたまんない」
ジークハルトはうっとりと言う。エディットは顔から火が出そうだ。
(お、落ち着いて。ジークハルトが言ってるのは原作のエディットよ。私じゃない)
「ご、ごめんなさいね!大好きなエディットがこんな態度で」
ツンとして言っても、ジークハルトは表情を変えなかった。
「僕は原作のエディットも好きだったけど、今のエディットが一番好きだ。最推しの中に好きな子がいるなんて、すごく興奮···いや、なんて気分が高まるんだろう」
言ってる事がちょっと怖い。エディットの赤くなっていた顔はすぐに冷めた。
「ふう、エディットやっぱり外に出よう」
ジークハルトは立ち上がると扉に向かった。
「え?ちょっと待って。他の人に見つかったら···」
まだ他の人にジークハルトの事をどう説明したらいいのか考えていない。
「他の人には普通に里帰りでいいよ。それよりこれ以上エディットと密室に居続ける方がまずい」
そう言われてはこれ以上引き留められない。エディットは何と言ったらいいか分からず、無言でジークハルトを追いかけた。
「どこに行くの?ジークハルトの家?」
ジークハルトは邸を出て目的があるようにまっすぐ進む。
「んー、たしかに僕の家も気になるけど···」
ジークハルトの両親は早くに亡くなっていて、今は無人だ。
「それより、ラスボスを倒しにかな」
ぎょっとしてエディットはジークの腕を掴んだ。
「ラスボス?魔王の他にも居たの?」
(私は知らない。ジークハルトの方が明らかに原作をやり込んでそうだし···)
ジークハルトがまた危険に身を投じるのは看過できない。
心配と不安が混じり、手が震える。ジークハルトは微笑んだ。
「いや、ごめん。言い方が悪かったな。魔王の様に、世界を滅ぼす訳じゃない。俺にとっての、ラスボスなだけ」
「···?」
どういう意味だろう?勇者にとっての敵なんて、人類にとっての敵同然だ。
「エディット。僕がラスボスに勝てたら、僕と結婚してくれる?」
「えっ?何を···」
「前世の記憶が戻っても、産まれてからの記憶をなくした訳じゃない。思い返しても、エディットも僕の事、少しは好きそうだったし···」
エディットは慌てて手を離して距離を取る。こういう駆け引きに全く慣れていないのだ。すぐに顔が熱くなってしまう。
「だ、誰が···ジークみたいな博愛主義者なんて···」
「博愛?」
ジークハルトが首をかしげた時、高い声が響いた。
「きゃあ!ジークハルト!帰って来てたの?」
「きゃー!本当!いつ戻ったの」
村の女子達がジークハルトに気付き集まって来た。
エディットが顔を手でパタパタと仰ぎ、赤面を抑えようとしている間に、十数人の村人に囲まれていた。
「魔王を倒したんでしょう?」
「すごく背が伸びたのね!」
「前もカッコ良かったけど、今はもう···」
群がる女子を見て、エディットは顔を逸らした。
「な、なんだか雰囲気が変わったわね?」
恐る恐るという様な言い方に、エディットが目を向けると、そこには無表情なジークハルトが立っていた。なんなら不機嫌にすら見える。
「ああ。さっき帰って来たんだ。もういい?どいてくれる?」
ジークハルトの明らかな拒絶の言葉に、女の子達は道を開けた。
冷ややかな金の眼は少し怖く見え、それ以上話しかける女の子はいない。
エディットはぽかんと見ていた。
(博愛どこ行った?)
「エディット!」
ジークハルトが呼ぶので、エディットは小走りで追いかけた。
「な、なんか冷たくない?」
「そりゃ、怒ってるからね」
「え?何に?」
「エディットに大事な話してる所を邪魔されたからだけど?」
「···じゃ」
(邪魔って!さっきのけ、結婚とかの話はどこまで真面目に言ったの)
赤くなりながら、ぱくぱくと講義するように口を開くと、ジークハルトはにやりと微笑った。
「返事は後で聞くよ」
ジークハルトの破壊的な笑顔にエディットは立ち尽くした。心臓は煩いほど鳴っている。エディットの知っている優しいだけのジークハルトはそこにはなく、どこか空想めいていた彼が、いきなり地に足をつけて現れたかのような。
「いたな。アルフレッド」
ジークハルトが低い声で言った。ピリリと空気が冷え辺りに緊張が走る。
エディットはジークハルトの冷めた瞳が見つめる先に視線を向けた。
(な、何?どうしたのジークハルト···)
ジークハルトの視線の先にいたのは1人の青年だ。青年はジークハルトに気付くと穏やかな笑みを浮かべた。
「ジークハルト!帰ってたのか!」
笑顔で駆け寄る青年と、温度差の激しい冷ややかな表情で立ち尽くすジークハルトを見て、まさかとは思ったが、エディットは走った。
「ちょ、ちょっと待って!」
青年は止まり、エディットに気付くと問いかけた。
「いたのか?エディット。ジークハルト帰ってたんだな」
「そ、そうなの!さっきね!久しぶりねアルフレッド」
エディットとアルフレッドが話し始めると、物凄い剣幕で睨みながらジークハルトが間に入った。
「···?おかえり?ジークハルト。なんか人相変わったな?」
頭にクエスチョンをたくさん抱えたアルフレッドは首を傾げる。
エディットはジークハルトを強引に引きずってアルフレッドから引き離した。
「ジークハルト。まさかとは思うけど、違うわよね?違うと言って」
「何のことだ?邪魔しないでくれないかエディット。僕はラスボスを退治しに来たんだ」
(いや、ラスボスって····!)
アルフレッド・ノイマン。彼は原作でエディットと結婚したら男だ。
驚くべき事にジークハルトの手が光り始め、その手に聖剣が現れた。
「ジークハルト?!ちょっと!嘘でしょ!」
よもや罪もない村民に聖剣を向けようとは。
(こ、こいつは···!)
エディットは拳を握りしめた。――が、エディットの拳は弱い。思い直して足を振り上げる。目の前で足を上げたものだから、ジークハルトは驚いて振り返った。スカートの中が見えたに違いない。
(私の恥じらいなんて気にしてられないわ)
油断している。間違いなくきまる。
エディットは固まったジークハルトの頭に、渾身の踵落としをお見舞いした。
❉❉❉❉❉❉
「ひどい。エディット」
そんな所も好きだけど。と呟くジークハルトを見据え、エディットはため息を付いた。
踵落としは見事に決まったが、気絶させるつもりだったのに痛がっているだけだ。
(仮にも勇者なのだから当然か)
ただの村人が勇者にダメージなど与えられるはずもない。
「どっちがひどいのよ。一般の人に聖剣を使おうなんて」
「僕だって聖剣を使おうとはしてない。脅そうと思っただけで」
(それを使うと言うのよ···)
一瞥すると、ジークハルトは項垂れた。
「はぁ。そんな目で見ないでくれ。僕の負けだ。どうすれば良いんだ」
「何が?」
「君とアルフレッドだ。ご、5年も我慢して会いに来て、君とアルフレッドが····口にもしたくないが、一緒になる姿なんて耐えられない」
「あのね、ジーク···」
エディットは驚いた。なんとジークハルトの目から涙が落ちた。
「ちょっと、泣いてるの?」
「泣いてない」
泣いてるじゃないか。エディットは込み上げて来た愛しさを抑えようとした時、はたと気付いた。
(そうか。もう抑えなくていいんだわ。私、ジークハルトを好きになっても良いんだ)
流れる涙を手で掬うと、藍色の前髪を上げて額にキスをした。
ジークハルトは呆然とエディットを見つめている。
「え?なに、今の」
エディットは軽く咳払いをした。
「こほん。えっと、べつに私、アルフレッドと結婚なんてしないわよ。好きでもないし」
ジークハルトの目が輝いた。
「えっ!本当?」
「うん」
「もしかして、僕が好き?」
じとりと睨む。
「調子に乗らないで。私は5年で貴方への気持ちを整理したの」
ジークハルトの肩が落ちる。
「なんだよ····期待させて···」
「でも――」
「まぁいいよ。整理したってことは、好きって気持ちはあったんだろ。もう一度好きになってもらう。···というか好きになってもらうしかない。僕はエディットとしか結婚する気はないし、エディットが誰がとくっつく所を見ていられる訳もないし···僕と結婚するしかなくないか?」
エディットが言いかけた言葉を、ジークハルトが引き継いだ。そのあとにぶつぶつと余計な事も呟いているが。
「ん?さっき何か言いかけた?」
覗き込むジークハルトを、エディットは慌てて押しのける。この表情を見られてはまずい。
言ってる事はおかしいのに、何をときめいているのだ私は。
エディットは思い知る。5年経っても、気持ちの整理など全く出来ていなかったことを。
❋終わり❋
読んでいただきありがとうごさいます。
勇者討伐後のお話大好き。
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