第八話 セクハラをするしかない
「お前がピーグを捕まえた仮面の男か?」
女性の言葉にどきっとしてしまった。決して恋ではない。
なぜ俺が仮面の男だと…。
いや冷静になれ、疑問形だ。まだ相手は確信しているわけではない。
探りを入れている段階だ。
それよりも憲兵の人がいきなり何の用だろう。
確かにピーグを捕まえた時に、その過程で法律違反は一応しているが、実質無罪のはずだ。
この世界の法律は悪人には厳しく善人には優しいところがある。
俺がピーグを捕まえる時に違反した法律はおそらく物損罪、要するにむやみに物を壊してはいけない法律だ。
だが、特例が存在する。
憲兵、一般市民問わず、犯罪者を捕まえる過程で破壊したものについては無罪となる。
それが町のお店の壁でも無罪となり、国で費用を立て替えてくれる。
過去、一般市民が犯罪者を捕まえる過程で物を壊したときは、お咎めなしだった。
これを鑑みるに、仮面の男は実質無罪で彼女は仮面の男を捕まえようとしていない可能性が高い。
では、何が目的で仮面の男を探しているのか。
「違いますが…仮面の男ですか。あの奴隷商ピーグを捕まえたという」
俺はとぼけて見せる。
「そうだ。この子供が道で聞いたお前の声が仮面の男の声と似ていると言ってな」
そう言って、彼女は一緒に来ていたであろう子供を前に出した。
覚えている!この子供はピーグの馬車にいた。
そう、母親の亡骸と一緒にいた子だ。
確かに、逃げてもらうため活を入れた。その時に声を出したんだった。
初歩的なミス!
声を出す予定がなかったから、声を偽装するアイテムを持って行かなかった。
まぁ、そもそもそんなアイテムは持っていないのだけども。
冷や汗が流れる。
「気のせいではないでしょうか、私にそんな力はありませんよ。興味本位で聞いてしまうのですが、なぜ仮面の男を探しているんですか」
と、目的を尋ねた。
「ピーグを捕まえた実績を買って憲兵団に加えたいのだ。強いやつがいればいるほど治安強化となるからな」
なんという脳筋思考…!だが理に適っている。
小さな揉め事から犯罪者逮捕まで行うのだ。強いのがいれば制圧がしやすくていいだろう。
だが、これで目的はわかった。断固拒否だ。
俺は薬屋をやって悠々自適に暮らしたいんだ。
荒々しいところは御免被る。
「確かに一人でピーグを倒した手腕は憲兵団にいれば心強いですね。失礼ですが、お名前は」
「まだ名乗ってなかったな、ヴェラだ。おい、テオ、本当にこいつの声で合っているか」
そう言って、テオと呼ばれた少年が口を開いた。
「うん、すごく似ている。たぶん、背も同じくらい」
まずいまずい、なんとかごまかさないと。
声だけでなく背も同じと言われてしまった。これでは疑念は深まってしまう。
「ピーグ逮捕の記事が出た前日の夜、何をしていた」
ヴェラが探りを入れてくる。
「確か、早めに寝ていたと思いますが」
これでごまかされてくれ。こういうのは苦手なんだよ。
「…言っていいのかわからないのですが」
と、今までの成り行きを見守っていたルナが口を開いた、が嫌な予感がする。
「その日は夜遅くに出かけていませんでしたか、夜起きた時、部屋のドアが開いていて中を見たら誰もいなかったので…」
部屋の戸締りくらい確認してほしかったな、過去の俺。
「ほう…」
「そういえば、眠れなくて近所を散歩してましたよ」
ヴェラに疑いの目で見られる。
「…わかった。今日は退くとしよう。それとこのメモに書かれた薬をくれないか」
そう言って、メモを受け取る。
ルナに渡し、薬を集めてもらう。
その間俺は、スキルを使う機会を考えていたが問題が一つあった。
素肌を露出しているのが顔しかない。
憲兵団の服はいくつか魔法が編み込まれている。
防御力を上げて、退団者を減らす配慮だ。
その考えの元、憲兵団の服装は長袖に長ズボンだ。
漫画なんかに出てくる露出が多い服装ではない。そこはちょっとだけ期待していた。
暑い季節だと蒸れると思うのだが、そこも魔法の出番だ。
暑くても風通しがよく、ひんやりして気持ちいいらしい。
逆に寒い日は風通しをなくし、温めてくれる一級品だという。
なんでそこだけは前の世界より発展しているんだよ。
ヴェラの感じを見るに、まだ疑っているように見える。
ならば、どうなるかわからない今、事前に未来を視てその対策を立てねばならない。
だが、顔しか触れる場所がない…セクハラだ。
触ろうとすれば、前の世界のコンプライアンス違反を犯してしまう。
その前に、警戒されて腕を掴まれるか、投げ飛ばされるかもしれない。
それは勘弁願いたい。
なら、テオの方はどうだろう。
素肌が出ている分、ヴェラよりは難易度は低いが、いきなり触れるのはまずいか。
最悪そっちの趣味があると思われるかもしれないし、ヴェラに捕まるかもしれない。
なにより、ルナに変な奴と思われたくない…。
ならば最後の賭けだ。
ルナが集めた薬を俺に渡してくる。
「お待たせしました。お代は3000モルドになります」
5000モルドを受け取り、2000モルドのお釣りを手渡す。
ヴェラが財布にお金を入れている間に、切り出す。
「お薬はテオ君に渡せばいいかな」
そう言って、薬を渡そうとするが
「いや、私が持つ。これは憲兵の物資だからな。また来るぞ」
そう言って、薬の入った袋を横から取ってしまった。
ヴェラとテオはそのままお店から出ていった。
うまくいかなかったか…
薬を渡すふりをして、テオ君に触れられればいいと思っていたが横からかっさらわれてしまった。
少し落胆していると、視界に入ったルナの様子が気になった。何かを訝しんでいるような…
「どうしたルナ、何かあったか」
「…いえ、なんでもありません」
直後、お客様が来店したので二人して対応に当たった。
まぁ、ヴェラに疑われたままだけど、そんな頻繁には来ないだろう。
時々来る程度なら適当に相手をして仮面の男でない、と言い続ければいいだけだ。
あの感じだと、買い物も兼ねているようだから、薬の売り上げにもなりそうだし。
と、考えていた時期が俺にもありました。
「また来たぞ、ご主人。今日は別の用事だ」
翌日、ニヤリと笑ったヴェラがまた来店した。




