第三話 不穏な影
どう見ても少女だ。少なくとも外見だけは。
月明かりに照らされて目が赤く光っている。
その少女の身長の2倍はありそうなイノシシ型の巨体【グロボタリー】を軽々と持ち上げている。
抵抗するように【グロボタリー】はその鳴き声を上げた。
少女はその鳴き声に反応一つせず、【グロボタリー】の前足を持ち上げ地面にたたきつけた。
先ほどの衝撃は【グロボタリー】をたたきつけたことによるものか。
とても普通の人間には見えない。
魔法で強化しているなら魔力光が出ているはずだ
俺はあまりの光景に目を奪われていた。
完全に動かなくなった【グロボタリー】を少女は確認するように持っていた前足を関節とは逆の方向に曲げた。
あの巨体を持ち上げる力と言い、足を素手で折る力といい、すさまじい怪力だ。
少女は完全に息絶えたことを確認すると、静かに笑みをこぼした。
次の瞬間、少女はこちらを向き、臨戦態勢をとった。
急な出来事でおどろいた俺もつられるように戦闘態勢に入る。
お互いの視線が絡み合う。
正面から初めて見るが、どう考えても人間の少女だ。
年齢は10代後半、服はぼろぼろの状態でところどころ肌が見えている、体のあちこちに泥のようなものがついていた。
その中でもその黒髪は他の汚れをものともせず、月の光を浴びて輝いていた。
俺はとてもきれいだと思った。
――場違いな感想だと自分でも思う。
何もしてこない俺に少女はしびれを切らしたのか。ものすごい勢いで突っ込んできた。
腕の怪力もさることながら足の力も同等のようだ。
だが、見切れない速さではなかった。
俺は突き出された拳を寸でのところでよけ、その背中に回り込む。
少女も俺の動きは見えているようで、視線を俺に向け、裏拳を叩きこもうとしてきた。
それもよけ、ついでに背中の服の穴から見えている素肌にそっと触れ、スキルを発動
できないっ!
あわててバックステップで距離を取り、大きく後ろへ飛んで大きく離れる。
スキルが発動しなかった。こんなこと初めてだ。条件はそろっているはずだ。
人相手に使ってきて、発動できなかったのは今まで一度もない。
少女は俺の動揺を悟ったのか、距離を詰めてきて、その大きすぎる威力の拳と蹴りの連打を放ってくる。
俺は動揺しているせいか、精彩を欠き何発かかすめるほどだ。
「眠って」
やはり少女らしい声を発し、その蹴りをもろに食らってしまった。
体が吹っ飛ばされて、木に激突する。木から地響きみたいな音が聞こえた。
俺は魔力を集中させて体を硬化させており、見た目ほどダメージはないが衝撃がすごい。
ただ吹っ飛ばすことに集中した一撃という感じだ。
このショックのおかげか動揺が収まった。
そしてスキルが発動できなかった原因に思い当たる。
「君、人間じゃないね」
その一言をきいた瞬間、少女の様子が変わった。
ひどく動揺したようで後ずさりしている。
俺はその隙を見逃さず、当て身をし、気絶させた。
意識を失った少女を抱えた。
…この娘はきっと悪い娘じゃない気がする。
先ほどの眠ってという言葉。威力はあったが殺さない程度の威力の蹴り。
何か事情があるかもしれない。
いや、予想が正しければ事情はあるし、これから少し面倒なことになるかもしれない。
スキルが発動しないということ、あの場面なら発動しないはずがない。
…ということは混血族か。
とにかくこんな若い少女を森の中に放置するのは流石にできない。
やれやれと思いながら俺は少女を抱えて家へ向かった。
家に帰った俺は、影からの視線に気づかなかった。
「ようやく見つけたぜぇ、ルナ」
醜悪な笑いを浮かべた男はそうつぶやいた。




