第十一話 ヴェラ
私の中には、ずっと消えない想いがある。
――私みたいな子を、もう二度と生まないために。
幼い頃、両親は目の前で野盗に殺された。
逃げることも、叫ぶこともできず、ただ立ち尽くしていたあの日の光景は、今も夢に出る。
泣き叫ぶ私を拾ったのは、偶然通りがかった憲兵だった。
そして、私は孤児となった。
幸運だったのが、孤児院は裕福ではないもののきちんとした食事が提供され、寝床もしっかり用意されていたことだ。
孤児院を出る年齢になったとき、迷わず憲兵団の門を叩いた。
理由は単純だった。
力が欲しかった。
憲兵団で訓練すれば少なくともある程度の力はつくと思っていた。
それは、あの時の何もできなかった自分を否定したかったかもしれない。
剣を握り、血を流し、仲間を失い、それでも私は前に進んだ。
私は数年の訓練と実践を経験し、やがて憲兵隊長となった。
給料は増え、そのほとんどを、かつての孤児院に寄付した。
子どもたちと遊び、剣を教え、時には泣く子の背をそっと撫でた。
時には、憲兵団の訓練や剣術なども実施するが、これはあまり人気ではない。
私は苦笑しながらも、私と同じ境遇に陥った子供をできる限り見ていきたいと思っていた。
時には、テオのような突然、親と死別することになった子供がいれば、その心の準備ができるまで一緒に過ごした。
親代わりなんて言い方はおこがましいが、せめて区切りのつく時まで一緒にいた。
まぁ離れても、孤児院に行けば会えるのだが。
皆の顔が見れると、とてもほっとする。
あの時のように、理不尽な別れがあるのではないか、時々怖くなった。
そうならないように私自身が強くなるだけでなく、憲兵団自体も強くならなければならないと常々思っていた。
私一人だけが強くても、手が回らないことだってある。
幸い私ほどではないにしろ、そこそこ腕の立つものはいた。
だが、ここ最近は腕もそうだが、心根が少しばかり曲がっているものが増えてきたように思う。
憲兵団の仕事は誇り高さもさることながら、待遇がよい。
食事、寝床の保証がある。給料もそこそこ良い方だそうだ。
時には命を落としてしまうかもしれないので、良くしているのだろう。
だが、訓練をさぼるもの、仕事をさぼるものが出てきている。
終いには憲兵団であることを笠に着て、たかりまがいのことをする者もいるとか。
――悲しかった。
守るべき立場の人間が、踏みにじる側に回っている。
私が指揮をしている間は皆言うことを聞いてくれるので、緊急時の対応は問題なかった。
しかし最近、隊長の座を狙うものがいるという噂を耳にした。
隊長であることは立派なことではあるが、この座は歴代の隊長が、人を導くものにふさわしい、という者に就かせる座だ。
この座は、名誉の椅子ではない。
人を導く覚悟のある者だけが座るべき場所だ。
欲望で奪っていいものでは、決してない。
ある日、奴隷商のピーグがこの町にやってきていたが、なぜかその日に壊滅をしたのだ。
ピーグ本人から聴取すると、謎の仮面の男が奴隷を解放して、暴れまわったらしい。
私は、なんだかその仮面の男のことが無性に気になった。
奴隷を解放し、憲兵に保護してもらうように指示を出した、その行動はまさしく正義のようであった。
できれば、会って話がしたかった。
なぜピーグを壊滅させたのか。
姿を現さなかった理由は。
どんどん興味がわいてきて、仮面の男を探そうとした。
手がかりがなかったわけではなく、奴隷として捕まっていたテオが仮面の男の声を覚えているという。
他に何人か声を聞いたものはいたが、仮面の男は一言しか話さなかったようで、記憶が薄れており、手がかりにならなかった。
好機と思い、できるだけテオと町に出かけ、その声に似ている人物を探した。
少し時間はかかったが、とある男の声にテオは反応した。
私はその後ろをついていき、ある薬屋の店主をしていることが分かった。
その翌日、私は思い切って薬屋の店主を問い詰めてみた。
だが、中々口は割らない。
天然かわからないが、従業員の少女がピーグが壊滅した夜にいないことを言っていたが、これも決定打にはならなかった。
だが、なぜだか、この店主が仮面の男のような気がしたのだ。
それは私の長年の憲兵団としての経験による直感だった。
ひとまず退散した私は、憲兵団で薬師が一人、四日間休暇をもらうことを聞いた。
一人欠けるくらいは何でもないが、これを口実に薬屋の店主に探りを入れられる口実ができたと思った。
翌日の朝、再度薬屋に行き、事情を話し条件をすり合わせた。
こちらの提示した報酬が旨かったのか、即答で、行きます、と返事をもらったときはついに自分の勘が鈍ったのかと疑った。
それからの四日間は何事もなく過ぎていった。
いや、夜に店主と話し込んでしまった。
しかも、憲兵には話さないような愚痴に近いことをべらべらと言ってしまった。
隊長という立場上、不用意な発言は士気を下げかねないから、誰にも言うつもりはなかったのだが。
隊長としての不安。
部下への失望。
誰にも言えなかった弱音。
彼は黙って聞いていた。
否定もせず、励ましもせず、ただ静かに。
――こんなにも、楽になるとは思わなかった。
店主には、おもわず本音を言わせる、そういう魅力があるのかもしれなかった。
それか、私自身が誰かに吐いてしまいたかったのかもしれない。
次第に積みあがっていく不安を誰かに吐いて少しでも気を楽にしたかったのだろうか。
隊長としての責務、落ちていく憲兵の質、ここ最近は嘆くことばかりだった。
別れる際、なにやら店主が幸運の薬とやらを開発中らしいと言っていた。
眉唾ものではあったが、なんだかあの店主なら作れそうだなとも少し思った。
魔物討伐の日、早朝、店主と会った。
あの幸運を呼ぶ薬ができたという。
面白くなって、私はすぐさまそれを飲んだ。
店主に礼を言い、訪れる幸運を楽しみにしながら魔物が住む森へ向かった。
まさか、その幸運が命を救うほどのものだったとは思わなかった。
アインボワに入り、隊をツーマンセルに分け捜索をしたところ、ディレンとペアになった。
奴にしては熱心に、私とペアになることにこだわっていたようだったのが不思議だった。
だが、それはすぐにわかることになる。
魔物方向が聞こえ、その声の咆哮に警戒を向けていると、突然、後ろのディレンから無理やり薬を飲まされた。
すぐに体にしびれが走った。しびれ薬と気づいたときには遅かったが不可解なことが起こった。
体のしびれが軽く、すぐに治まったのだ。
粗悪品の薬を掴まされたのかもしれない。
すぐに私はディレンを捕まえた。
その後、ディレンは自暴自棄になったのか、すべてをぶちまけた。
隊長の座を狙っていること、私を殺そうとしたこと、怪しい男に魔物の手配をしたこと。フェイも共犯であること。
眩暈がした。殺そうとしたことだけでなく、憲兵団が本来討伐するはずの魔物を手配するなど。あってはならないことだ。
ディレンがそこまで暴走していることに、気づけなかった自分の甘さも痛感する。
謎の男の素性はディレンは知らないの一点張りだ。何か脅されているのか、本当に知らないのかわからない。
また、他にも不可解なことはあった。
今回の魔物はサイクロプスだったわけだが、なぜかアインボワで死体となって発見された。
ディレンを捕縛した後、隊を組みなおし、あの咆哮があった周辺を探していたところ、その遺体があった。
誰がやったのか不明なまま、私たちはただその処理をするしかなかった。
ギルドには事実のまま報告したが、サイクロプスを倒したなんて冒険者は終ぞ現れなかった。
謎が積みあがる。
それに、私のしびれ薬に関してもおかしい点があり、薬を調べてもらうとちゃんとしたものであり
服用すればしばらくは動けなくなるほどの代物だそうだ。
だが、確かに私はその薬を飲んだが、すぐにある程度回復した。
体内にごく微量の解毒剤が事前に存在していなければ、その回復速度は説明できません、と専門家にも言われた。
なぜあの時に限って薬の効力が弱かったかはわからない。
事前に解毒薬なんて飲んでいないはずだが…。
いや、あるとすれば、今朝に飲んだあの薬だ。
店主からもらった幸運を呼ぶ薬。
事前にあれを飲んでいた。
まさか、あの薬に解毒か耐性を付けるものが入っていたのでは。
いや、それができるということは、今回の事件を事前に知っていなければできない。
できるはずがない。
本当に幸運を呼んだのか…?
ここ最近はうまくいかないことが多い。
魔物を手配できる謎の男。
サイクロプスを倒した何者か。
結局、仮面の男の素性も何もかもわからず終いだ。
「いらっしゃ…、ヴェラさん、こんにちは」
薬屋へ足を運ぶ。
「こんにちは、ご主人」
笑顔の店主が出迎える。
「この前いただいた幸運の薬、早速、幸運があったよ。礼を言う」
「いえいえ、良かったです!」
そう言って、店主が私の手を握る。今日はオフだから素手だ。
たまに町の人と握手はするが、いつもは手袋を履いているから、何とも思わないがなんだか今日は少しどぎまぎしてしまう。
「これからも合間を見て薬を作っていきますね」
ああ、こういう人々の笑顔のために私はまた頑張ろうと思える。
私は人々を救い続けると決めた。
だから景気づけに、命を救ってもらったあの幸運を呼ぶ薬を一つ頼んだ。
売り切れだった。




