第十話 憲兵隊長の危機を事前に解決する
憲兵団での四日間はあっという間に過ぎていった。
その二日後の早朝。
俺は憲兵団本部の前にいた。
今日は例の魔物討伐の日。
「ご主人」
ヴェラの顔があった。
「おはようございます。ヴェラさん。約束通り持ってきましたよ」
すると、ヴェラは合点がいったように
「ああ、例の幸運を呼ぶ薬か」
「はい、ようやくできましたよ。こちらをどうぞ」
俺は飴玉サイズの薬をヴェラへ手渡す。
ヴェラは包みから薬を出すと、そのまま口へ放り込んだ。
俺は少し驚いた。
なんの躊躇いもなく飲むとは。
あの四日間で信頼されたのか、豪胆なのかわからないところである。
「では、行ってくる」
俺はヴェラの背中を見送った。
ディレンは元は普通の家に生まれたが、よくいじめっ子にいじめられた。
その経験があって、人の上に立つことが一番安全だと気づいたのだ。
子供の間では腕っぷしがよければ、カースト上位になることは簡単だった。
鍛錬を積み、自分をいじめていたいじめっ子をぶちのめしたときは人生で最高の快感を得た。
その時の快感が忘れられず、より鍛錬を積んだ。
大人になる頃、周りのチンピラを従えるようになった。
だが、なぜか快感は少なかった。
鍛錬を積もうと、ダンジョンに一人で潜った。
出てくるモンスターを狩りまくってもなぜか強くなった気がしなかった。
ふと、護衛を連れた男がモンスターに襲われていた。
護衛は強くなく、モンスターに殺された。
だが、ディレンがモンスターを瞬殺し男を助けた。
助けたというわけでなく、モンスターだったから、ただ倒しただけだった。
ディレンが助けた男は領主のスカウトを代理で行っている男で、結果的に助けてもらった形だったということもありディレンはその場で憲兵団へのスカウトを受けた。
初めてスカウトというものを受けて、ディレンは嬉しくなった。
そうして憲兵団への入団を決めた。
ディレンは自分より強い者はいないと思っていた。
だから、憲兵団という強者の巣窟でトップになれば満たされると思っていた。
実際憲兵団の中では負けなしだった。
だが、その考えが間違っていた。
憲兵団の隊長に成すすべもなく負けた。
あまりの実力差にかすり傷すらつけられることもなかった。
屈辱だった。
それからも鍛錬したが一向に縮まる気配もない。
弱かったわけではない。ヴェラが強すぎたのだ。
力の差をいやでもかと思い知らされた。
次第にディレンは卑屈になっていった。
純粋な力で勝てないならば、何をしてでも勝てばいい。
そう思い始めるようになった。
そんなある日のことだ。
とある男に呼び止められた。
フードを被った顔が見えない男だ。
得体のしれない男に付き合う気はないと一度は袖にしたが、ある一言でその足を止めた。
「トップになりたいんだろ」
フードの男は名乗らなかった。自分の心の中を見透かされたような気がした。
なぜ知っているとか、そんなことはどうでもよかった。ただ直感で、天啓を得たと思った。
だが、足をとめたディレンに対して、フードの男は暗い路地裏を促すように指を指すと、そのまま路地に入り込んだ。
そして、ディレンは男の後ろについていった。その日は快晴だったが、やけに暗く感じた。
今回の計画はフードの男からの提案だ。
しびれ薬の手配、魔物の手配、ギルドへの依頼もすべてがフードの男だ。
あまりの手際のよさに少々怖くなったが、トップになれればもういい、と思っていた。
そして、今日それが成就する。
一番の懸念は魔物討伐時のツーマンセルの組み合わせだ。
だが、それは隊長に自分たち二人ならより広範囲を探索できるということでごり押した。
隊長は少し渋っていたが何とかなった。
もし、これが通らなかった場合、部下のフェイがペアになったら役割を自分と交代する。
ディレンとフェイがペアになった場合は、隙を見て二人で襲撃。
それぞれが別のペアとなった場合は、はぐれたふりをするという話だった。
その場合のヴェラの探索方法はフードの男から居場所を知らせるアイテムをもらう手筈だった。
まぁアイテムはいらなくなったが。
アインボワに到着して、魔物の捜索に入る。
程よいところで、くだらない世間話をしながら隊長の隙を伺う。
そこで魔物の咆哮が鳴り響いた。腹の奥に響く。
ヴェラは声のした方向に対して、警戒を強めた。
後ろに対する警戒が弱まったと思い、後ろから近づいて、口を抑えるようにしてしびれ薬を飲ませる。
ヴェラに力いっぱい抵抗されたが、ひとまず飲ませることには成功した。
即効性のある薬だ。すぐに効果が出るだろう。
「今飲ませたのは即効性のしびれ薬だ、すぐ体が動かなくなるぜ」
そう言ったそばから、苦しみながらヴェラの体勢が次第に低くなりはじめた。
はじめただけだった。その反応がやけに薄いような。
ヴェラは変わらず立ったままであり、低かった体勢も次第に戻りつつある。
苦しそうな表情はどこへやら、今では全くの素面に戻っている。
「ばかなっ!なぜ」
あの男、偽物を掴ませたな!
「どういうことか説明してもらおうか」
無表情の隊長に対して、なす術も無かった。
「よしよし、解毒作用はちゃんと効いたようだな」
アインボワの木の上でその一部始終をみていた俺はほっと胸を撫でおろした。
未来では、ディレンが背後から口を塞ぎ、しびれ薬を無理やり飲ませており、先に解毒作用のある薬で耐性をつけておいたのだ。
ディレンがヴェラにお縄にされているのが見える。
これでヴェラが死ぬ未来は回避されたはずだ。
後は、もう一仕事だ。俺はピーグの時につけていた仮面を付け、魔物の咆哮がした方向へ向かった。
見た目上は元気に見えるヴェラだが、まだ少しはしびれが残っているはずだ。
まぁディレンに後れを取るレベルではないと思うが。
魔物はすでに解き放たれている。その魔物と遭遇してしまったら厳しいだろう。
魔物がいた。
大型の人型の魔物だ。これはサイクロプス。
片目の巨人だ。
その大きさは常人の数倍に及び、肩は山のように盛り上がり、腕は古木の幹ほどの太さを誇る。
皮膚は灰色がかった褐色で、長年の風雨と戦いにさらされたかのようにひび割れ、ところどころに傷跡が刻まれている。
その質感は革というよりもむしろ岩に近く、刃を弾くほどの頑強さを感じさせる。
相対する。こちらを認識したサイクロプスは威嚇するかのように咆哮をあげた。
俺は体内の魔力を高め、身体能力を強化する。
残り九分三十秒。
ここに来るのと、このサイクロプスを見つけるために三十秒を既に使ってしまった。
まだ時間はあるが、早めに倒しておきたい。
サイクロプスは腕を振り上げ、俺めがけて拳を繰り出す。
俺はそれを横にずれることで、躱し、空いた横腹に拳を叩き込む。
サイクロプスはうめき声をあげ、膝をつく。
体勢を崩したままの頭部へ、回転を乗せた蹴りを叩き込む。
踵がこめかみを捉え、衝撃は一直線に伝わった。
次の瞬間、巨体は宙を舞った。土煙を上げて転がる。
だが、サイクロプスはまだ終わらない。
咆哮を上げながら立ち上がり、理性を失ったまま突進してくる。
地を踏み鳴らし、ただ力だけで押し潰そうとする突撃。
俺は静かに構えた。全身の力を一つに集め、拳に込める。
距離が詰まる。独眼が目前に迫った、その瞬間全力の拳を放った。
空気が爆ぜ、拳は正面からサイクロプスを捉えた。
衝撃はその巨体を貫き、その内側を破壊する感触が手を伝わってきた。
サイクロプスはそのまま前のめりに崩れ落ちる。
しばらく様子をみたが、二度と動くことはなかった。
周囲を見る。
サイクロプスをこの森に呼び寄せた張本人がいないか確認したが、影も形もなかった。
体内の魔力を鎮める。
戦闘の時間と周囲の警戒で、三十秒ほど。
時間が余ってよかった。
俺は、その場を後にした。
気配を消していたフードの男は、ルークがその場を去った後、サイクロプスの亡骸を見た。
「まさか、あんな簡単に倒されるとは」
サイクロプスはフードの男が飼っている魔物の中でも、戦闘力は高めだ。
少なくとも普通の憲兵や冒険者一人に倒されるほどではない。
本来は三人以上のパーティで挑むレベルだ。あの強さは一体…
フードの男は仮面の男に不気味さを感じながら、その姿を消した。




