第九話 無残な姿
「こんにちは、ヴェラさん。別件というのは…」
そう尋ねるとヴェラは答えた。
「うむ、実は憲兵団の薬師が4日ほどいなくなるので、ご主人に代役をお願いできないかと思ってな」
まさかの代役に俺は驚いた。
「代役ですか。私でなくとも他の人もいるでしょう」
「そうだが、他の薬師の腕はわからないというのもあってな。昨日買わせてもらった薬の効きがよく、評判が良くてな。それでご主人に白羽の矢が立ったというわけだ」
なるほど。昨日渡したのは滋養強壮の効果がある薬だ。前の世界の赤い翼をイメージして作ったものだ。
確かに近所からの評判はいいのだが、まさか憲兵でも評判になるとは。
「お店もありますし、条件次第ということでいかがでしょうか」
商品をほめてもらった手前、あまり無下に返すわけにもいかずひとまずは条件のすり合わせをしよう。
なんだか、まだ俺のことを仮面の男だと疑っている節はあるし。
お給金は1日の売り上げには流石に届かないだろうから、そこを口実に断るとしよう。
そうして、ヴェラと条件をすり合わせるのだった。
「では、明日からよろしくお願いします」
ヴェラは条件のすり合わせを終えると帰っていった。
その背中を見届けた後、ルナと小さいハイタッチをした。
ルナは顔にはてなマークを浮かべていたが、とても嬉しいことである。
だって、1日につき、お店の1日の平均売り上げの1.2倍もらえるんだぞ。
仮面の男のこと隠さなきゃとか考えていたが、条件見た瞬間に飛びついてしまった。
まぁ何とかなるだろう。別に憲兵たちと戦うわけではないし。
主な仕事は軽い怪我をした憲兵の手当と薬の補充、あとは雑務だ。
薬の補充は開いている時間でいいから、材料を使って備蓄用の薬を作っておけばいい。いつも通りのことだ。
材料費はもちろん憲兵団持ちだ。
大変だろうがやるしかない。いや、むしろ割りがいい。これを乗り切れば今月は楽に過ごせる!
もちろん、ルナも同伴だ。
憲兵団のところへは泊まりでもいいし、自宅から通ってもいいとのことだ。
それはそれでセキュリティが甘くないか、と思ったが腕っぷしの男がたくさんいるところに盗みを働く奴はいないだろう。
何はともあれ、あとは明日の準備だ。
閉店時間になると、しっかりと閉店作業をすませ、それから二人でご飯を食べ、明日の準備に取り掛かった。
「来たな、ご主人」
早朝からヴェラのお出迎えだ。
憲兵団の本部は町の中心に位置するところにある。
広い土地に3階建ての建物、もはや小さいビルみたいに見える。
アインスの治安はいい。それはひとえに憲兵団のおかげということもあるが
この町の領主が治安維持にお金をかけるタイプの人で、腕っぷしと良識さえあれば、片っ端からスカウトするようなのである。
冒険者や旅人、果てはダンジョンで修行中の魔法師までなんでもありだ。
そのため、あらゆる人材がいるせいで、あらゆる対処が可能で大抵の事案はすぐに解決する。
今回代役を務めている薬師の人も引き抜かれたタイプの人らしく、聞けば腕は立つとのこと。
隣町にいる親族の元に行かねばならないということで4日ほど暇をもらったという。
薬師になるには、それなりの勉強をして試験を受ける必要がある。合格率は前の世界でいうと毎年10%ほど。
勉学に精通し、なおかつ実力があるというのはただただ尊敬するばかりである。
ヴェラに執務室兼寝室に案内された。それからルナを連れて隣の部屋へと消えていく。
一旦ルナとはお別れだ。
その間、作業道具を出していき準備をする。
この後は憲兵たちに顔見せをするとのことで、それまで待機と言われた。
ふと、考える。
今回呼ばれた原因はおそらく仮面の男かを見極めるためだろう。
そうでないと、俺のことは呼ばないはずだ。
結構な人数がいる憲兵団は薬師が一人だけではない。当然もう何人かいるはずだ。
たった一人いなくなったくらいで、代理を頼み、しかも報酬が旨いなら、アクノさんあたりが話題に上げるだろう。
でも、そんな話は上がってこないし、噂にも聞かない。
この仮説が正しいとして、なぜ俺だと思っているのか。
確かにテオ君の証言はあるにせよ、子供の言うことだ。
まぁルナの援護射撃もあったが…たまに天然なところがあるんだよな。
ご飯時に、一つでいいフォークをなぜか二つ用意してしまったり、普段の勤務態度からは考えられない姿がある。
仕事のように気を張るときはできるが、プライベートだとゆるんでしまうタイプなのだろうか。
最近はそういったいろんなルナが見られて嬉しく思う。ピーグが捕まっていないときはどこかおびえていたから。
そう感慨に耽っていると、ノックの音がした。
「ご主人、すまない。皆が揃ったのでいいだろうか」
いよいよ仕事の始まりだ。
朝はまず、隊長のヴェラの喝を入れてから、訓練を開始するようだ。
そして、その前に臨時薬師である俺が紹介された。
団員の反応としては、そうか、といった感じで実に薄いリアクションだった。
憲兵団の前に立ってみると、迫力がすごいの一言に尽きる。
筋肉すごい。強面ばっか。あれ、良心的な人を集めているんじゃなかった?
まぁこれくらいじゃないと治安は維持できないんだろうと自分を納得させる。
その後、執務室に戻って、薬をルナと一緒に作る。
時折、現れる軽症者に手当を施していく。
今回は、ルナのスキルアップも兼ねていて、手当の手順を見せていく。
手当が完了した後に座学として先ほどの手当の解説を施していく。
おそらくこの4日間である程度マスターできるだろう。
そうやって、手当を繰り返していくと今までにないほどガラの悪い男が来た。
終始不愛想で、舌打ちはするは文句は言うわで少々大変だった。本当に憲兵団か?
実は盗みに入った泥棒かもと思い、試しにスキルを発動してみる。
アインボワの一角だ。そこには誰かの遺体。損傷が激しくて顔が見えないが赤い髪が…
憲兵団の衣装らしきものを身にまとっている。これはまさか…!
なぜこんなことに。
俺は動揺を悟られないようにスキルを発動させつつ、いつも通りの手順で手当を施した。
男は礼も言わず、そそくさと立ち去った。
隣にいたルナもあの態度に憤っていたのか、珍しく怒った顔を見せていた。
俺はお手洗いに行くとルナに告げて部屋を出た。
さて、整理しよう。
スキルで見えたこと。
ヴェラがアインボワで魔物に襲われ、亡くなる。
原因はあの男。名前は、ディレン
6日後、アインボワの魔物討伐依頼でヴェラが率いる憲兵隊がそこに向かう。
そこで、隊のメンバーをばらけさせ、手分けして討伐予定の魔物を探す算段だった。
ディレンはヴェラと二人になり、隙をついてヴェラにしびれ薬を飲ませる。
体がしびれたヴェラは動けず、ディレンが特殊な道具で魔物を呼び寄せ、のちほどその遺体が見つかる。
呼び寄せた後の光景が見えないのは、ディレンが魔物を呼び寄せた後、すぐにヴェラに背を向けて逃げたからだ。
このスキルは相手が感じたものしか確認ができないため、呼び寄せた魔物の姿もわからない。
また、胸糞悪いこの光景に手を貸したものが複数いる。あの男の未来を通して見えたのは二人。
朝の時に並んでいた者の一人、フェイ。もう一人は憲兵団外の人物だ。未来では名前を呼んでいなかった。
そいつはこの後、一度だけあの男と接触する。魔物退治の依頼を出したのがそいつだ。
話している内容は、準備ができた。ヴェラがしびれた後、笛を鳴らせば魔物は寄ってくる。当日に魔物を放っておくというやり取りだった。
憲兵団の協力者には準備ができた。後は手筈通りに、というやり取りのみ。
だが、二人だけとは限らない。あくまでスキルは未来のみ。過去を見ることは叶わない。
憲兵団の協力者を通して、他の協力者に指示を事前に出していた場合はわからない。
加えて、魔物を呼び寄せる道具だ。憲兵団外の協力者から道具を受け取る、と思えばそんな未来は視えなかった。
当日に他の協力者から受け取ることも、考えたがスキルでは、受け取る未来は視えていない。
道具袋から取り出す未来は視えたから、以前からそこに入れっぱなしということだろう。
道具を壊せてしまえば、手っ取り早かったんだがな…
この状況でとりあえず思い浮かんだ解決案を精査していく。
・道具の破壊。
要はあの袋を見つけて、壊してしまえばいい。道具袋の場所はスキルで分かっている。
だが、超えるべきハードルがある。
ここであの道具袋を探して破壊するとしよう。
破壊するためには、おそらくあの男の部屋に行く必要がある。
憲兵団には憲兵一人一人に部屋が割り当てられている。
部屋の場所はスキルで把握できているからいいのだが、忍び込むとなるとそれ相応のリスクが生じる。
俺のスキルは未来を視ることができるが、その未来を視た後に行動を変えた場合、当然未来も変わる。
変わった未来を視るためには、また触れる必要があるのだ。
今回の場合、仮に忍び込んだとして、物音を立ててしまい、見つかる可能性がある。
そうなると、終わりだ。盗みに入ったと勘違いされてしまう。未来を視ましたなんて誰も信じないし、物的な証拠もない。
道具についてはアクセサリーとか言ってしまえばいいだろう。もしかしたら調べたら分かるかもしれないが、結果が振るわなかった場合
苦しい言い逃れになってしまう。そうなると、他の薬師の評判にも関わるかもしれない。
・ディレンと憲兵団外の協力者が会う日に襲撃を仕掛ける。
いつどこで落ち合うかわかってはいる。なら、そこを襲撃して再起不能にしてしまおう。
いや、それだと完全に通り魔だ。憲兵団外の協力者が怪しいと思わせて調査させるような流れにしないといけない。
被害者をわざわざ調査したりはしないだろう。
・ヴェラに直接忠告する。
いきなりスキルや俺がみたヴェラの最期を伝えても、おかしくなった、としか思わないだろう。
正直まだお互い会ったばかりで信頼してくれる土台がない。
・しびれ薬を無効化する。
この計画の要はしびれ薬でヴェラを無力化することだ。
おそらくヴェラは強い。隊長だから当然だろう。だから第三者に協力を仰いで魔物まで用意する。
魔物まで用意したのは、自分では手を下したくない理由がある。
ただ殺すだけなら、魔物まで用意する必要はないからだ。
ならば、しびれ薬を無効化すればこの計画は頓挫する可能性は高い。
よし、しびれ薬を無効化する方向性で行こう。
ならば毒を中和する薬が必要だな。
あとはどういう方法で飲ませるか。
とりあえず、材料を確認してからにしよう。これから別の意味で忙しくなるな。
そう思って、俺は執務室に戻った。
三日目が過ぎた。
結局、ここにいる間は家に帰ることはせず宿舎で寝泊まりをしている。
夜中にたまたま目が覚めた俺は周りを散歩しながら考え事をしていた。
考えることはそう、ヴェラのことだ。
ここ三日間の雑務で、ヴェラの仕事を補佐していたのだが、彼女は立派で気高い人だった。
訓練では負けなし。怪我すら負わない。
見回り中に孤児院へ出向き剣術の指南。別にスパルタでもなんでもなく、ゆるく教えている感じだ。
彼女なりの子供たちとの触れ合い方なのだろう。優しいながらも不器用さがある。
その後、町を通るときに幾人かの人に声をかけられ、お礼の言葉、最近の治安や魔物の情報まで、様々な声に耳を傾けていた。
立派過ぎて浄化されそうだった。
見回り中、ヴェラとの雑談で聞いた話では、お店で会ったテオ君は一時的に保護している状態で里親を探しているらしい。
一か月以内に見つからなければ、孤児院へ行くとのことだ。
ヴェラはこうして、親を亡くした子を一時的に預かっているとのこと。
いきなり親と死別してしまった状態で孤児院へ行くのはあんまりだろうと。
せめて、心の準備期間を作ってやりたい、という思いからそうしているようだ。
浄化されてしまった。聖人度が違い過ぎて頭が上がらない。
なんといい人なのだろうか。
初対面におまえとか言われたときは横柄なイメージだったのだが。
いつの間にかご主人と名称が変わっているし。どういう心境の変化だろうか。
それとも、俺が仮面の男かもしれないということで警戒していたのか…真相は不明だ。
ふと、窓を見ると訓練場にヴェラの姿があった。黙って訓練場を見ている。
邪魔するのも悪いかもしれないが、少し話をしたい。
何か情報が得られるかもしれない。
訓練場へ行き、ヴェラを見つける。
「こんばんは、ヴェラさん」
「ああ、ご主人か」
「すみません、考え事のお邪魔でしたか」
「いや、そんなことはない。ただ、憲兵の人数が増えてきたから訓練場もいよいよ狭くなってきたなと思ってな」
そう言って、俺は訓練場を見る。
確かに、初日に全員の前に出た時、広さと人数が合っていないように感じた。
「でしたら、人数を分けてそれぞれ別の時間帯で訓練するしかなそうですね」
「ご主人もそう思うか。そうなると私も訓練時間を増やさないとな」
「ヴェラさんが増やす必要はないでしょう。どちらかの時間にいるだけでいいのでは」
「いや、そうもいかない。最近は訓練に来ないものもいる。規律が乱れつつあってな。私がいないと引き締まらない」
「そんな人がいるんですか」
「ああ、最近は志が低いものもちらほら出てきている。領主様の勧誘も最近はご病気で、代理人がやっているというが、腕っぷしだけの奴がまだ少ないが増えつつある。しまいには権利を得ようと画策する者もな」
昔は志も高いものも多くいたのにな、と寂しそうにつぶやいた。
「権利ですか?」
ヴェラははっ、と気づいたように何でもないと言った。
それ以上は踏み込まないほうがよいだろう。
「でも、三日間だけですけど、ヴェラさんはとても立派な憲兵だと感じました。いつかその背中を見て、その人たちも考え直してくれます」
月並みな言葉になってしまった。
その言葉を聞くと、ヴェラさんは顔を上げ。
「立派か。なら、これからも頑張らないとな」
この時思った。
今回の計画は、たまたま知ってしまった人の死をただ防ごうとしていた。
だが、ヴェラと接するにつれて、この人を死なせたくないと思うようになった。
この人はきっと、この先も多くの人を救う。
できれば、さっきの愚痴のことも何とかしてやりたいとは思うが、正規の団員ではないため俺にできることはその死を防ぐことだけだ。
「そうだ、ヴェラさん。俺新しい薬を開発中なんです」
「ほう、薬とな。どんなものだ」
「普通の滋養強壮の効果だけでなく、その人に一つの幸運をもたらすものです」
ヴェラは少し笑って
「幸運と来たか、それは楽しみだ。で、それはいつ出来上がるんだ」
「ヴェラさんが前に話していた魔物を討伐する前にはできるので、その時にぜひ召し上がってほしいです」
「そうか、なら当日楽しみにしている。待っているぞ」
「はい」
そうして、俺たちはそれぞれの部屋へと戻っていった。




