オグルマの花
突然、ちょこはルカの手を離れ走り出しましたが、急ぎ過ぎたのか転んでしまいました。
慌ててルカは駆け寄り、ちょこが起き上がるのを助けます。
「なにか、あったの?」
ちょこは、何かに急かされるようにしきりに鳴いて、道の先を小さな翼で示しているようでした。
「暴れないでね」
ちょこに伝えると、ルカはちょこを抱きかかえ、走り出しました。
草原の草は、背の高いものからだんだんと低くなり、ぽつぽつと木が増え始めました。
(風の感じも変わってきた)
ルカはそう思いました。町に吹いている熱を帯びた爽やかな風とは違い、ひんやりとした風がルカ達を包みます。
湖は、もうすぐそこです。
湖の入り口に着くと、ちょこが、一段と大きく鳴き始めました。
ルカにも、風に乗って誰かの歌声が流れてくるのが分かりました。
ちょこはこの声に反応していたのか、とようやくルカは気づきました。
ルカは、ちょこを丁寧に下ろしました。
ちょこは、一目散に湖へ向かってかけていきます。
湖のほとりには、カルガモの親子の姿がありました。
ルカは、ゆっくりとちょこの後をついていきました。
「ああ、坊や!」
カルガモのお母さんがちょこを抱きしめました。強く、そして優しく。
「ぴぃぃ」
ちょこも甘えた声を出して、久しぶりの母のぬくもりを感じているようでした。
「あなたが、坊やを連れてきてくれたのね。どうもありがとう」
スイは、再開を静かに見守っていたルカに声をかけました。
「僕は、風見の町で郵便局をやっています。ルカといいます。ちょこ……あなたのお子さんを届けただけです」
「いいえ、大切な大切なお届け物でした。本当にありがとう。もう会えないかもと思ってたのよ」
スイは涙を流しながら、にこやかに言いました。
「それにしても、坊や。ちょこってお名前をもらったの?」
「ぴっ」
ちょこは自慢げに答えました。
「ルカさん、坊やも気に入っているようだし、ちょこって名前そのままもらっていいかしら。この子達、まだ名前がないの。ここでゆっくり考えようと思っていたから」
「ぴぴぃ」
「ぜひ、喜んで!」
思いがけない提案にルカは嬉しくなりました。
「ちょこは、これからもちょこなんだ」
「ぴっ」
ふたりは笑いあいました。
一番先に名前をもらったのが羨ましかったのか、ちょこの兄弟たちがスイに駆け寄り、騒がしく鳴き始めました。
「あなたたちにも、素敵な名前を考えるわ。ちょっと待っていてね」
静かだった湖が、一気に賑やかになりました。
「じゃあ、僕はそろそろ帰ります」
辺りはすっかり夕焼け色に染まっていました。
「ぴぃぃぃ」
ちょこが寂しそうに駆け寄ります。
「また、遊びにくるからね。ちょこも大きくなったら町へ遊びにおいでよ」
そう言ってルカはちょこの頭を優しく撫でました。
ちょこはなにか思いついたのか近くの草むらまで行き、オグルマの花を一輪摘み取ってきました。
「ぴぴぴっ」
「ふふっ、ルカさん、頭を下げて欲しいみたいよ」
ルカが頭を下げると、ちょこはルカの頭に摘み取ったオグルマの花を飾りました。
白いルカの毛並みに、鮮やかな黄色の花がよく似合いました。
「ありがとう。大切にするよ」
「本当にありがとう」
「遊びに来ます。みなさんお元気で。ちょこ、またね」
ルカは、オグルマの花を落とさないようにしながら、町へ帰っていきました。
ちょこが、大きな声で鳴きながら羽を大きく振っているのがいつまでも見えました。
今日もルカは郵便の配達に大忙しです。
作業台の上には、あのオグルマの花を生けた花瓶が飾ってありました。




