湖へ
ルカはゆっくりと歩きました。ちょこが起きないように。
両手の中に、ほんわりとした温かさが広がりました。
広場から宿屋までは、それほど時間はかかりません。少しだけ坂を上るとすぐに見えてきました。
カランカラン――。
ドアを開けると、ドアベルが優しく響きました。
その音を聞いて、ちょこは目を覚まし何やら騒ぎ始めました。
「ちょこ?ちょっとどうしたの?危ないから暴れないで」
やっとのことでちょこを優しく床へ下ろしていると、奥からおかみさんのトゥーリが顔を出しました。
「あら?ルカくん、いらっしゃい。さっき郵便が届いたけど、何か間違いでもあったかい?」
「あれ?君は……」
ちょこはとても嬉しそうに羽をバタつかせながら鳴いています。どうやら、トゥーリのことを知っているようです。
「あぁ、やっぱり。昨日のカルガモのおちびちゃんだね。どうしたんだい?まさか迷子かい?」
「実は、その通りなんです。この子ひとりで郵便局に迷い込んでしまって、お母さんを探しているところなんです。」
「それは大変だ。でも残念だけど、町の中を探してもスイさん……この子のお母さんはもういないよ。」
「え?」
ルカはとても不安になりました。
「大丈夫。行き先は分かっているからね。南の草原を抜けて湖へ行くそうだよ。今朝早く出発したのさ。」
ルカは一転、思いがけない手がかりを聞きとても安心しました。
「ちょこ、良かったね。お母さんの居場所が分かったよ」
「ぴぃ!」
ちょこも嬉しそうに鳴きました。
「なんだい、その子ちょこって言うのかい」
「名前がないと不便なので、仮の名前を付けました。なんだか気に入ってくれたみたいで」
「とってもお似合いの名前じゃないかい。」
トゥーリは『よかったね』とちょこにも声をかけました。
「これからどうするんだい?」
トゥーリは尋ねました。
「今からなら夕方には湖に着きそうなので、いってきます」
「それなら早く出発した方がいい。気を付けていっておいで。カルガモのお母さんによろしくな」
「はい」
「おちびちゃん……。いや、ちょこだったね。また会えて嬉しかったよ。またね」
「ぴっ!」
カランカラン――。
ドアベルの優しい響きがふたりを送り出しました。
ふたりは来た道を戻ります。
広場を抜けて郵便局の前を通り過ぎ、南の草原を目指します。
郵便局の前を通り過ぎる時、ちょこが『ここじゃないの?』と言いたげに短く鳴きました。
「お母さんのところに行くんだろ?僕も、君と一緒に行くよ」
とルカは答えました。
ちょこは嬉しそうにルカに駆け寄り、そして隣を歩き始めました。
ルカもちょこのスピードに合わせてゆっくりと歩きます。
町を出てすぐの交差点を、森とは反対の方へ曲がります。
草原の中を通る細い道に入ると、イヌショウマの花が風に揺れていました。
白くて小さな花が、ふわふわと縦に並んで咲いています。
町よりも少し強く、青草の匂いが確かに感じられる風が吹いていました。
その風に乗って、花たちは静かに揺れていました。
ちょこは、揺れる白い花が面白いのか、興味津々で右や左に立ち止まっては引き返そうとします。ルカはちょこの羽を優しく掴んで一緒に歩くことにしました。
なんだかルカは、弟ができたような気持ちになりました。そして、自分が小さい頃に母と手を繋いで歩いたことを思い出しました。
ちょこは、ルカを見上げながら楽しそうに歩いていました。
いち、にい、さん……うん、全員いるわね。
六羽を連れた大移動は大変だ。
途中で風見の町に寄ったのは正解だった。
子どもたちもグッスリ寝ていたし、私もよく眠れてスッキリだ。
とても賑やかな客だっただろう。しかし、風灯亭のおかみのトゥーリは、楽しそうに子どもたちの面倒まで見てくれた。おかげで時間通りに出発できた。感謝でいっぱいだ。
今日も暑くなりそうだが、目的地まではあと少し。
今日中には、広くて涼しく、ご飯にも困らない湖に着くことができるはずだ。
昨日も子どもたちからすれば、かなり歩いただろう。それでも、しっかりと全員ついてきてくれた。一番マイペースな子も、心配ではあったが頑張ってくれた。この旅の中で成長したのかもしれない。
この調子なら……今日も、きっと大丈夫。
――そう思っていたのが、油断を招いたのかもしれない。
町を出てから、しばらくして一羽足りないことに気づいた。
見当たらないのは、そう一番マイペースな子だ。
どこではぐれたのだろう。
どうしよう。
子ども一羽では、ここまでたどり着くのは難しい。
そして子どもだけでは、ずる賢いカラスに狙われてしまう危険があるのだ。
このまま引き返して探したいが、残りの5羽の子どもたちにはそこまでの体力はないだろう。
今日中に湖へ着かないと、この子たちにも危険が迫ってしまう。
疲れた子を狙う者たちは多いのだ。
心配に後ろ髪を引かれながら、私は5羽を連れてこのまま湖へ移動することにした。
私は、歌声に魔法を乗せると風によく乗り、遠くまで声を届けることができた。
無駄かもしれないが、今私があの子にしてあげるのは、風に乗せて声を届け居場所を知らせるくらいだろう。
歌いながら湖まで向かおう。
風よ、お願い。坊やにこの声を届けてちょうだい。
僕は、その『いえ』に入って確かめたくて、くちばしで叩いてみたら突然ドアが開いた。
誰が出てきたのかよく分からなかった。
何かにぶつかって、急に世界がグルグルしたから。
強いのかな?怖いのかな?今度こそ食べられちゃうのかな?
恐る恐る目を開けると――白くておめめの色が違う、かっこいいネコのお兄ちゃんがいた。
お兄ちゃんは『いえ』に入れてくれるらしい。やった!
そしてあの綺麗な光は、お兄ちゃんが使っていた魔法だった。
少し暗がりの『いえ』の中で見る光はもっと綺麗だった。
あまりにも綺麗だったから、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった。怒られるかと思ったけど、お兄ちゃんはとても驚いているようだった。
お兄ちゃんは、とっても優しい。ママを一緒に探してくれるんだって。
フワフワの美味しいご飯を一緒に食べた。
昨日のフワフワの巣がある『いえ』にも一緒に行った。やっぱり『おかみさん』はとっても優しかった。ママの場所を教えてくれたんだ。
楽しかっただけじゃないよ、ママがいないことに気づいてからとっても寂しかったんだ。
だから、ママのところへお兄ちゃんが連れて行ってくれるって言ってくれた時はすごく嬉しかったし、ホッとしたんだ。
お兄ちゃんと一緒にいると楽しい。ただ一緒に歩いているだけなのに。
何かお話をしながら歩いている訳じゃないけど、時々見上げるとお兄ちゃんも僕を見てくれる。
そしてふたりでニコニコするんだ。
それだけなのに、とっても嬉しい。
僕のそっくりさん達と一緒にいる時と同じくらい……いや、もっとかな?
あっという間に思えたけど、どのくらい歩いただろう?
かなり歩いて来たと思う。町が見えないから。
その時、道の先から風がすぅっと吹き抜けた。
とっても小さいけれど、確かに――ママの声が、聞こえた気がした。
この先にママがいるんだ!




