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小さな来訪者

 朝から暑くなりそうな陽射しと、草の匂いを含んだ風が夏の始まりを告げていました。

 郵便局で働く魔法猫のルカは、今日も日課の町の観察のため、町じゅうを散策していました。近頃、町に目立った変化はありません。それでもルカは、丁寧に観察をして回ります。

 石畳の通りを抜けて郵便局にたどり着くと、ポストの中から手紙を取り出しました。いつもは両手で抱えきれないほどの郵便物があるのに、今日は少し少なめでした。

 ルカは、町のみんなが気持ちを込めた大切な手紙を丁寧に抱え、郵便局の中に入っていきます。

 そして、今日も郵便魔法を使い手紙を届けるのです。届けたい家を思い浮かべながら、可愛らしいピンクの肉球を押し当てて、次々に魔法を使っていきます。

 手紙は、鳥や蝶の形の光となって空へ飛んで行きました。


 しばらくすると、ルカはドアの外でコツコツという小さい物音がしていることに気づきました。

 誰か切手でも買いに来たのかな。と思い、ルカは『いらっしゃいませ』と言いながらドアを開けました。

 ルカはまだ子猫なので、大抵のお客さんはルカよりも大きいことが多いのです。いつもの癖で上を見上げながらドアを開けましたが、そこには誰もいませんでした。視線を下に戻すと、少し離れたところに小さな鳥が倒れていました。

 もしかしたら、ドアを開けた勢いで転んでしまったかもしれません。慌ててルカは駆け寄って、『大丈夫?』と声をかけました。

 小鳥は元気に立ち上がり、ぴぃぴぃとこれまた元気に鳴いています。

 ルカは『ちょっと待っていて』というと、急いで道に出て、辺りを見回してみましたが、お母さんらしき鳥はいませんでした。

 ルカが戻ると、小鳥は小首をかしげて、不安そうに小さく『ぴぃぃ』と鳴きました。

 

「きみ、どこから来たの?」

「ぴぃ」

「名前は?」

「ぴぴぃ」

「お母さんはどこ?」

「ぴぃぃ」

 まだ赤ちゃんなのでしょう。懸命に答えようとしてくれていますが、ルカには言葉がわかりません。ルカは、とても困ってしまいました。

 小鳥をよく観察すると、ふわふわの黄色い羽毛、黒いくちばしの先端は黄色の斑点がちょこんとあります。ルカがこの子がカルガモの赤ちゃんだとわかりました。おそらく、迷子だということも。


 この子のお母さんを探しに行きたいのですが、届け終わっていない手紙があと数通残っています。

 ルカは、紙に「迷子のカルガモの赤ちゃんを預かっています」と書いて、目立つようにポストに貼っておきました。

「お仕事終わらせちゃうから、少しだけ待っていてくれる?」

「ぴっ」

 カルガモの赤ちゃんは、ルカの話していることは分かるようでした。

「それじゃあ、中で待っていてもらおうかな、ついてきてもらえる?」

 そういうと、ルカはカルガモの赤ちゃんがついてくるのを確認しながら、郵便局のドアを開けました。後ろを歩くカルガモの赤ちゃんの姿はとても可愛らしいものでした。


「じゃあ、ここで待っていてもらおうかな」

 ルカは作業台の近くに椅子を置き、そこへカルガモの赤ちゃんを乗せてあげました。ふっくらとした姿ですが、思った以上に軽くて、ルカは少しビックリしました。

 カルガモの赤ちゃんは、椅子のクッションをオレンジの小さな足で何度か踏んで、柔らかさを確かめてからちょこんと座りました。それを確認すると、ルカは残りの郵便物に取り掛かりました。

 ルカが、一通の手紙に魔法をかけ光が飛んで行くと、カルガモの赤ちゃんは「ぴぃ!ぴぃ!」と興奮した様子で鳴きました。今にも椅子から落ちそうで、ルカは慌てて手を伸ばしました。

「おっと、危ないよ」

 カルガモの赤ちゃんは羽で空を指しながら懸命に何か訴えています。

「もしかして……見えるの?」

 魔法をかけた郵便物は鳥や蝶の形の光になりますが、それが見えるのはルカだけで、だれにも見えません。届け先の家に郵便物が届くと、ふわりと元の郵便物が現れるのです。

 自分しか見えないこの綺麗な魔法を、一緒に見てくれる存在にルカはとても嬉しくなりました。

「残りも届けちゃうから待っていてね。あっ、危ないから静かにね」

 ルカは残りの郵便物にも魔法を次々にかけていきます。

 それをカルガモの赤ちゃんは、騒ぐことなく、うっとりとした表情で見つめていました。


 ポストに貼った張り紙は外して、代わりにドアへメッセージボードを掛けておきました。

「迷子のお母さんを探しにでかけています 広場方面」

 いつも郵便局を留守にする時、使っているメッセージボードです。小さい町なのですぐに見つけてもらえます。

「よし、お母さんを探しに行こうか」

「ぴぃ!」

 ふたりは人通りの多い広場へ向かうことにしました。ルカの後をカルガモの赤ちゃんが追いかけます。ルカはゆっくり歩いているつもりでしたが、それでも猫の歩く速さは少し速かったようです。

 ルカは赤ちゃんが追いつくまで待つことにしました。しっぽを左右にゆらゆらと揺らしながら。

 すると、カルガモの赤ちゃんはしっぽの揺れに合わせて右や左に体を揺らしながらちょこ、ちょこ、と歩き始めました。

 その姿にルカは、思わず笑ってしまいました。

 追いついたカルガモの赤ちゃんは、ルカが笑っている理由が分からず首をかしげています。

 ルカはまた笑ってしまいました。

「ごめん、ごめん。君があまりにも可愛かったから」

 ルカは一息つくといいことを思いつきました。

「もし良かったらだけど、君に名前がないと不便だから『ちょこ』って呼んでもいいかな?」

「ぴぃぃぃぃ!」

 カルガモの赤ちゃんは、その名前を気に入ったらしく、目をキラキラさせながら羽をバタバタさせて喜びました。

「じゃあ、きみは『ちょこ』。あぁ、そうだ。僕はルカ。改めてよろしくね」

 ルカは、にっこりと微笑みながら言いました。


 また歩き始めても、ルカのしっぽの揺れに合わせてちょこが体を揺らして歩くので、ルカもなんだか楽しくなって、同じように体を揺らして歩きました。

 それを見たちょこも楽しくなって、『ぴっぴっ』と鼻歌を歌うように、楽しそうな声を口ずさんでいました。

 すれ違う町の住人たちも楽しそうなふたりを微笑ましそうに見ていたり、声をかけてくれました。

「ルカくん、こんにちは。この可愛いお連れさんは?」

「どうも迷子みたいなんです。これから広場へ行って、お母さんを探そうかと思って。カルガモのお母さんご存じないですか?」

「見てないなぁ。ごめんね、お役に立てなくて」

「いえいえ、もし見かけたら教えてください」

 残念ながら目撃情報はありません。


 広場に着くと、後ろを歩いていたはずのちょこが見当たりません。ルカは慌てて周囲を見渡しました。

 ちょこは、すぐに見つかりました。香ばしく美味しそうな匂いに惹かれたのか、パン屋の前に佇んでいました。

 気づけば、太陽も高い位置に進んでいました。ルカは先にお腹を満たそうと思いました。

「こんにちは、ノンノおばあちゃん」

「やぁ、ルカ。いらっしゃい。今日は可愛いお連れさんと一緒だね」

 ここは、広場通りにあるパン屋『陽だまりの麦畑』。クマのノンノおばあちゃんが切り盛りしています。

 ルカは、迷子のちょこのお母さんを探していることを話しました。

「おまえさんも知っての通り、この街にカルガモはいないだろう?赤ちゃん連れて町の外から来たなら、宿に泊まったんじゃないかねぇ」

 確かに、その通りかも知れません。ルカは、後で宿屋に行ってみようと思いました。

 話をしているそばで、ちょこはパンに興味津々の様子。フンフンと匂いを楽しんでいました。

 ノンノおばあちゃんの焼くパンはどれも絶品です。ふわふわで柔らかい看板商品の『陽だまりパン』、風見鶏の羽の形をした『くるくるパン』、総菜パンも種類が豊富です。

 ルカは、自分用にハムとチーズを挟んだバゲットとちょこ用に陽だまりパンを買い、飲み物をおまけしてもらいました。

「暑くなってきたからね。まだ歩き回るんだろ?冷たいものも飲んでおきな」

 ふたりは、ノンノおばあちゃんにお礼を言ってお店を後にしました。


 広場へ移動すると、クローバーが広がる場所へふたりは腰を下ろしました。陽射しは強くなっていましたが、爽やかな心地よい風がサラサラと吹き抜けていきました。

 ルカは、まず陽だまりパンをちょこが食べやすいように細かくちぎってあげました。そしてお水もお皿に注いであげます。

 ちょこは、クンクンと匂いを確かめてから、一口パンを食べました。とても美味しかったのでしょう。羽をバタつかせながら、飛び上がるように喜びました。それから、お腹が空いていたのか、夢中になってパンを食べていました。

 美味しそうに食べるちょこを見ながら、ルカも自分のバゲットを食べました。冷たいお茶が喉を潤します。

 ちょこは早々にパンを食べ終わり、周りにあるクローバーの葉もついばみ始めました。

 やがて、お腹がいっぱいになり、気持ちのいい陽気と心地よい風に眠気を誘われたのか、ちょこはお昼寝を始めてしまいました。

 ランチの後片づけをして戻ってきたルカは、気持ちよさそうに眠るちょこを見て、お母さんとはぐれ、不安と緊張で疲れたんだろう。と思いました。

 ルカは、ちょこを起こさないようにそっと抱きかかえ、トゥーリが営む宿屋へ向かいました。

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