【1章】憧れの太陽と揺れ始める気持ち⑤
澪と一緒に弁当を食べるようになってから、
彼女は定期的に僕のために弁当を作ってきてくれるようになった。
中庭のベンチからは、すっかり桜の花が消え、
地面を染めていた花びらの赤い絨毯も、いつの間にか緑の葉に取って代わっていた。
気づけば、空気にはほんのり夏の気配が混じっている。
「もうすぐ夏だね~」
澪先輩がそう言って、少しだけ伸びをする。
「そうですね」
僕たちの会話は、いつもこんなふうだ。
先輩が気まぐれに話題を振って、僕がそっけなく返す――
ふと気になって、口を開く。
「それにしても、いいんですか?毎回こうやって弁当作ってもらっちゃって」
「いいのいいの。どうせ一人作るのも二人分作るのも変わらないし、それに誰かに食べてもらうって、思ったより嬉しいんだよね」
先輩の弁当は、見た目こそ普通だけど、やさしい味がした。
「やばっ、もうこんな時間!ごめん、私そろそろ講義だ!」
相変わらず、慌ただしく立ち上がる先輩。
手を振って駆けていく後ろ姿を、僕はなんとなく見送った。
……本当にこのままでいいのだろうか。
甘えてばかりじゃ、だめなんじゃないだろうか。
僕も、何か澪先輩のためにできることがあるはずなのに――。
午後の講義は、上の空だった。
「今日はここまでー」
教授の声で、ぼんやりした意識が現実に戻る。
「晴人~!ノート写させてくれ~!」
大きな声で教室に入ってきたのは、青山蒼真。
The・陽キャ。僕とはまるで別世界の人間だ。
知り合ったのは最近。
きっかけは読書。偶然、同じ本を読んでいることに気づいて、自然と会話が始まった。
ただ、彼は僕と違いすぎる。
性格も明るいし、顔もいいし、スポーツも万能。
共通点なんて、探す方が大変だ。
それでも、こんな僕にも気さくに接してくれる。
「ごめん、今日全然聞いてなくて…」
「珍しいな、晴人が聞いてないなんてな、なんか悩み事でもあったんか?」
蒼真の鋭さには、いつも驚かされる。
僕は少し戸惑った。
こんなこと、話してもいいんだろうか。
まだ知り合って間もないのに、変なやつだと思われないだろうか――
黙っていると蒼真は真剣な目を向けてくる。
「なんかあったなら、話してみろよ」
そこまで言われると、黙っている方が逆に失礼な気がした。
少しだけ迷って、思い切って口を開いた。
「……実はさ」
澪先輩が毎回弁当を作ってくれること。
自分も何か返したいと思っていること。
でもそれが、先輩にとって迷惑になるんじゃないかと、不安なこと――
蒼真は黙って最後まで聞いてくれて、
ふっと笑った。
「晴人がそうしたいと思うなら、絶対やったほうがいいよ。たとえ先輩がどう思おうと、気持ちを伝えることの方が大事だと俺は思うよる」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。
相談して良かった、そう思えた。
「ありがとう、やっぱり蒼真は頼りになるな」
「否定しないぜ!」
まるで太陽みたいに輝く笑顔。
僕も、あんな風に笑えたら――
少しだけ、羨ましく思う。
蒼真がふと、僕の目をじっと見る。
「それよりさ、晴人はその先輩のこと、どう思ってるんだ?」
「え?別に……」
思いもよらない問いかけに、言葉が詰まる。
「ま、いいや。また何かあったら相談乗るからな」
***
その晩、僕はなかなか眠れなかった。
蒼真のあの一言が、ずっと胸に引っかかっている。
(僕は、澪先輩のこと、どう思ってるんだろう)
最初の出会い、一緒に食べた弁当の日々。
「友達」だと思っていたはずなのに、
胸の奥がじんわり熱くなる。
「なんだよ……この気持ち」
まるで、思春期の少年みたいだ。
でもきっと、それだけじゃない。もっと深くて、複雑なものだ。
もっと先輩のことを知りたい。
もっと自分から話したい。
そんな思いを胸にしまい、僕は静かに目を閉じた。