【1章】桜の終わりと新しい風④
僕は――野良猫、いや先輩との食事を終え、学内の休憩スペースでひと息ついていた。
窓から差し込む光に包まれながら、
まだ肌寒さが残る空気の中、心地よい風が頬を撫でる。
日向に身を預けていると、少しだけ眠くなりそうだった。
「……他の人と話したのは、久しぶりだな」
人と話すことが得意ではない。
会話のテンポ、間、話題――全部が苦手だ。
けれど今日は、不思議と自然体で話せていた。 それが少し、心地よかった。
そんな時、ポン、とスマホが震えた。
画面を見ると――澪先輩からのメッセージ。
『明日のお昼予定ないでしょ? 中庭にきてくんない?』
相変わらず、遠慮のない文章。
ストレートというより、少しデリカシーがない気もする。
それでも嫌じゃなかった。
特に予定もなかった僕は、迷わず返信した。
『わかりました』
次の日の昼
約束の中庭に着いたが、先輩の姿はまだなかった。
ベンチに腰を下ろし、風に舞う花びらを眺める。
桜は散りかけ、春が終わりに向かっていた。
その景色は、何かが変わる季節を告げているようだった。
「ここ、桜がすごく綺麗に見えるんだよ。……まだ見れてよかった」
後ろから澪の声がした。
まるで、僕の心を見透かしたかのように――。
「遅れてごめん!これ、渡したくて」
差し出された袋の中には、弁当箱が入っていた。
「これは?」
「お弁当」
即答。音速のように答えが返ってきた。
「いや、そうじゃなくて……なんで弁当なんですか?」
「嫌だった? お弁当」
問いには答えず、逆に質問を返してくる。
澪は少し照れながら、それでも真っ直ぐに言った。
「昨日のお礼っていうのもあるんだけどさ……君ともっと話してみたいと思ったんだ。それに君って猫みたいだよね」
「僕が……猫、ですか?」
疑問と同時に、少し驚いた。
僕も先輩を見て、同じことを思っていたから。
「なんか構いたくなるんだよね。一目見たときから、そう思った」
澪はふっと笑い、弁当を僕に手渡した。
「まあ、そんなに出来は良くないけどさ。
嫌じゃなかったら、一緒に食べない?
……それでよければ、友達にならない?」
照れくさそうに笑う澪は、昨日とはまた違って見えた。
「僕、面白くもなんともないですよ。
それでもいいなら――」
「いいよ。そういうとこ、猫っぽいし」
二人で笑い合いながら、弁当のふたを開けた。
まだ冷たい春風が吹く季節。
けれどその弁当は――春風を包み込むように、暖かかった。