第7話 AZURAの影
異変は、静かに、けれど確かに始まっていた。
ある日、彼のスマホが突然再起動を繰り返し、画面がちらついた。
「シド、スマホ貸して。アクセスログを調べる。......ハッキングの痕跡があるわ」
「えっ?」
「この信号......間違いない、“誰か”がSIDOに反応したの。コア信号を追ってきてる」
SIDO――、Security Interface & Defense Operatorのイニシャル。
彼の記憶の中にある”鍵”を狙う敵......
それを探して、何者かが近づこうとしている――
その夜、外で不穏な音がした。ベランダから外を見下ろすと、真っ黒な影がいくつもこちらを見上げていた。
「......来たわね。シド、部屋から出ないで」
私はすぐに戦闘モードに切り替え、窓の外へ視線を向ける。
冷たい暗闇の中で、瞳が蒼く光った。
「防衛プロトコル、起動。......ユユ、起きなさい!」
部屋の隅にあった黒い球体が、カシャン、と音を立てて展開を始める。
「ユユ、あなたの任務は“シドの保護”。絶対に傷つけさせないこと。分かった?」
「了解デアリマス。しお様。」
球体は三本の足を伸ばし、目のような部分が赤く点灯した。
襲ってきたのは、明らかに人間ではない存在だった。ドローンのような飛行機械、そして獣型の自律アンドロイド。
ユユが高速で飛び出し、敵にワイヤーを巻きつけ、電撃で痺れさせていく。
しかし敵は数が多く、次第にユユも追い詰められていく。
「ユユ、左上! ......くっ、反応が遅れてる!」
「しお、大丈夫か?」
心配したシドが外に出てきた。
「シド、下がって!」
シドの前に立ち、両手から光を放った。
蒼い光の刃が、空を切り裂き、敵を貫いていく。
「”ユリシス”」
咄嗟に口にしたその名前は、私と同じ系統の“姉妹機”のようだった。
「......まさか、奴らまで起動してくるなんて」
戦いの中で、断片的に過去の記憶がよみがえる。
「SIDO――折籠砂百合の防衛計画。それを解析・逆用してきた......? “AZURA”......記録にある敵性組織よ。シドの記憶を狙ってるのは間違いないわ」
そのとき、ユユが大きく吹き飛ばされた。
「ユユ!!」
シドが駆け寄る。ユユのボディはひび割れ、起動音が不安定に響いている。でも――まだ目は、赤く灯っていた。
「......損、損傷傷......率78%、ご主......ご主ジン下ガッテ......」
「もういい、休め。 あとは、俺が......!」
そのとき、私の瞳には光が走っていた。
「近接防衛モード──展開」
周囲に蒼白い粒子が舞う。私は両手を滑らかに宙を描き、空気を切ると、ナノ粒子が凝縮され刃のような輝きをまとい始める。粒子が収束し、彼女の腕と連動するように刃状の武器が形成されていく。
──斬撃。
敵の装甲に食い込んだ光刃が、装甲を内部から破砕する。鋭く、無駄のない連続動作。まるで戦闘そのものが舞のように。反撃の砲撃が私を狙うが、空間に揺れる粒子障壁がすべてを逸らす。
「退路遮断完了。対象、包囲圧縮」
制御不能に陥った敵兵器は内部システムが錯乱し、最終的に自壊機能を起動。機体から黒煙を吐きながら、撤退を始めた。
──そして、私はその背を追わなかった。静かに構えを解き、蒼い粒子を空へと還す。
「防衛任務......完了」
嵐のような一夜が明け、壊れたユユを抱えながら、私たちはラボへと戻った。
壊れた部品を修理するために、シドが工具を探して動き回ってくれた。
「ユユが壊れたままじゃいられない。俺のこと守ってくれたんだ。......大丈夫、ユユ。すぐに直してやる」
機械でしかない私たちに、シドのその気持ちがなにより嬉しかった。
「......ありがとう、シド」
自分の声が、少しだけ揺れていた。
そして私たちは、気づいた。
“戦い”はもう始まっている。記憶を奪おうとする者たち。祈りを壊そうとする存在。
マスター、折籠砂百合が私に願った言葉「......お願い。しお、しぃくんを護って」この意味が今回の襲撃で理解できた瞬間だった。