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第6話 小さな守護者

朝焼けがゆっくりと空を染め、ひんやりとした空気がまだガレージを満たしていた。


「……ついに完成、だな」


何度も設計図を書直しては試行錯誤の連続。部品が足りないときは隣町まで探しまわった。

護衛AIロボ“ユユ”がついに完成した。


紫藤は小さく息を吐きながら、作業机の上に置かれた球体を見つめる。

直径およそ50センチ。ころんとした丸いボディの両脇には、まだ収納されたままの三本脚ユニット。前方には丸い目がふたつ、感情表示用の液晶パネルは予算上断念した。

しおゆりが隣で、最終チェックリストを確認している。


「バッテリーユニット、接続良好。センサーモード、スタンバイ状態。……AIコアへの電力供給、準備完了よ」


「よし。じゃあ、いくか」


紫藤がスイッチを押すと、球体の内部から小さな起動音が鳴る。

数秒後――両目に“光”がぽっと灯った。


「……っ、来た……!」


機体がわずかに震え、カチリと内部機構が動く音が響く。


「起動ログ……確認。セキュリティプロトコル、正常作動。自己認識を開始シマス……」

その機体が、初めて声を発した。


「識別コード:ユユ。防衛任務対象――ご主人、<オリカゴ・シド>。優先度ランクAでアリマス」


「……喋った……! しかも語尾、なんか変じゃないか?」


紫藤は驚きつつも笑ってしまう。


「たぶん姉貴だな……」


ユユはその間も、目をパチパチと点滅させていた。どうやら表情パターンも登録済みらしい。


「任務開始。……護衛対象、分析開始……身長:178センチ、体温:36.4度、表情──ほのかな緩みでアリマス。」


「うわ、分析やめろ!」


「了解でアリマス。警戒モード、スタンバイ」


その間に、ユユの三本脚がウィンッと伸び、がしゃりと地面に着地した。

球体のボディがぐるりと回転しながら歩き始める。


「動き……スムーズだ。安定感もあるし、跳ねない」


紫藤は感心して見守る。

試作1号機のガタガタした挙動とはまるで別物だった。


「この出来ならあなたもエンジニアの才能あるんじゃないかしら」 

しおゆりの言葉に、紫藤が照れ笑いを浮かべた。


「しおのおかげだよ。俺一人じゃ、ここまでは無理だった」


しおゆりの目が一瞬だけ笑ったように見えた――。


 *


夕方。

初期起動テストを終えたユユは、休む間もなく第二段階の稼働モードに移行していた。


「現在、護衛行動シーケンスを展開中でアリマス」


「対象:ご主人。状況:想定敵対環境。訓練モード、起動──」


紫藤は床に立ったまま、やや緊張した面持ちでその球体を見下ろす。


「お、おい……ちょっと、念のため聞くけど、電流は流さないよな?」


「安全対策プロトコル:適用済み。実戦訓練における電撃出力はダミー信号でアリマス。ご安心を」


「“ご安心を”ってお前な……その言い方がすでに不穏なんだけど」


しおゆりが脚立の上から監視しながら、静かに記録をとっていた。


「ワイヤーユニットの可動域は約15メートル。目標の四肢を拘束し、内部高圧回路を通じて電撃を与える構造よ。……本気を出せば、軍用ドローンでも機能停止に追い込めるわ」


「だからって……俺相手にやらなくていいってば!」


だが、もう遅かった。

ユユの両側面から、キュインッという音とともにワイヤー射出ユニットが展開される。


「対象捕捉。――拘束開始ッ!」


バシュッ!

細く鋭いワイヤーが二本、風を切って伸びた。

反応する間もなく、紫藤の腕がくるりと巻き取られる。


「うおっ、ちょ……!? 速っ!? やめっ!!」


そのまま体幹、脚へと自動追従。

数秒のうちに紫藤はぐるぐる巻きにされ、ガレージの柱にもたれかかるように固定された。


「拘束確認。ご主人、行動不能でアリマス。……任務完了」


「完了すんなぁーーっ!!!」


しおゆりが淡々とコメントを挟む。


「……完璧な制圧動作ね。反応時間、約2.4秒。制圧範囲も良好」


「良好どころじゃないから!! 助けて、マジで、しお!!」


しおゆりはため息をついて近づき、ワイヤー解除コマンドを静かに入力する。


「ユユ。模擬訓練終了。拘束解除」


「了解でアリマス」


カシャッ、バシュウッ。

ワイヤーが素早く巻き戻され、紫藤はその場にぺたんと尻もちをついた。


「……やっぱお前、こえぇよ……」


「評価、ありがとうゴザイマス」


ユユは誇らしげに点滅していた。



その夜――。

紫藤はソファに寝転びながら、天井を見上げた。


「……まぁ、確かに頼もしいっちゃ、頼もしいんだけどさ……」


「不満?」


「いや、なんというか……愛嬌はあるけど、容赦がねぇっていうか……」


そのやりとりを静かに聞いていたしおゆりが、ふと呟く。


「でも、あなたを“守る”っていう点では、彼は最適な構造よ」


「……ああ。そうだな。俺のために、ふたりで作ったんだもんな」


ユユは、そばの充電台で丸くなりながら、うっすらと目を灯していた。

それは、守る者として目覚めたばかりの、小さな命のかたちだった。

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