第19話 灯を継ぐ者たち
朝、静かな光がガラス越しに差し込む。
旧・折籠家。福島の山間にあるその古びた屋敷の一室で、あまゆりは小さくあくびをした。
「ん……ふぁぁ……」
寝ぼけ眼のまま髪をふわふわと撫でながら、彼女はふらふらとダイニングへ向かう。
テーブルの上には、昨夜のうちに準備された栄養ドリンクが置かれていた。
濃い緑色。見ただけで“これはやばい”とわかるやつ。
「……えーと……“ゆりナミンEX”……」
補助用栄養剤ゆりナミンDの進化版。
恐る恐る手に取り、鼻をひくつかせて一言。
「……うわぁ……にがそ……」
紫藤がちょうどラボから戻ってきて、くすりと笑った。
「そんなにまずいのか、それ?」
「ん……でも……飲まなきゃ、ダメなの」
あまゆりは、口をキュッと引き結ぶ。
「……ママが言ってたの。“これ飲まなきゃ、大きくなれない”って……」
ちゅ、とストローで少しだけ吸った瞬間、顔をしかめてぴくりと震える。
「うぅ……がんばるぅ……」
紫藤はその様子に少し目を細めて、そっと頭を撫でた。
「……しお、見てるか? おまえの娘は、今日も元気だぞ」
しおゆりの魂は“あまゆり”の胸の奥に融合し、今は言葉を持たない。けれど、あまゆりが見上げるその視線の先には、いつもしおゆりの面影があった。
「ねぇ、ママ……聞こえてる?」
しん……とした静寂のなか。
それでもあまゆりは、小さくうなずいた。
「……うん。あま、わかるよ。ママの“気持ち”……あったかいもん」
(しお……おまえの魂は、ちゃんとあまゆりの中で生きてる。俺は、必ず――おまえをもう一度、この世界に連れ戻すよ)
風が、縁側のガラスを優しく揺らした。
* * *
一方、ラボの奥。
大型モニターに映された設計図を前に、砂百合とココロが向かい合っていた。
「ふーむ……もうちょい武装増やしてもいい気がするけど、機動性が犠牲になるなー……ねえココロちゃん、このユユの背面にアームつけたら?」
「却下ですわ、さゆ姉様。そのバランスでは即転倒不可避ですの」
「ちぇー。せっかく新しいツメでも付けてあげようと思ったのに」
「ユユはすでに過剰防衛機構で構成されておりますわ。あれ以上増やすと護衛対象が毎回電撃で焼かれてしまいます」
「それはそれで、楽しいじゃない?」
「えぇぇぇ……」
ふたりの会話はラボの一角で静かに続いていた。
その中心には、次世代ユニットのモックアップ。
“ユユVerⅡ”と仮名が書かれた設計ウィンドウが光っている。
* * *
その日の午後。郵便受けに、一通の手紙が届いた。
「……手紙?」
あまゆりが首をかしげながら、紫藤に封筒を渡す。
手書きの達筆な筆跡。差出人は――
「陽百合……ばあちゃん?」
紫藤が目を見開く。
その手紙には、こう書かれていた。
『紫藤へ。
砂百合にはもう伝えてある。
おまえたちに、会ってもらいたい人がいる。
折籠家を継ぐ者として、そろそろ知っておくべき頃合いだろう。
眞百合の神社へ行きなさい。
――陽百合』
紫藤は、しばらくその文面を無言で見つめた。
新たな祈りとともに、まだ見ぬ記憶の扉が――今、そっと開かれようとしていた。
(第2部 完)