第15話 かけらの在処
白を基調とした研究ラボの一室に、モニターの光が優しく差し込む。
その中央に設置された大型スクリーンには、遠くオーストラリアの海洋研究拠点にいる砂百合の姿が映し出されていた。
「さて、みんな集まってる?」
映像越しでも変わらぬ砂百合の声に、あまゆりが画面へ手を振る。
「うん。みんないるよー!」
「情報分析・解析担当、ココロ。起動後の初任務となりますわ。お手柔らかにお願いいたします、さゆ姉様」
「はいはい♪頼もしい子が増えて何より。それじゃ始めて頂戴」
紫藤は椅子に座り直し、前方のココロへと視線を向ける。
「それで──“あの信号”の件。進捗は?」
「ええ。祈り因子と思われる信号の再検出に成功いたしました」
ココロは手元のホログラム操作パネルを展開し、電磁スペクトラム上に浮かぶ淡い光の揺らぎを表示する。
「この帯域、以前ユユとあまゆりちゃんが高所で観測した反応と一致。しかも──」
「しかも?」
「拡散経路を解析したところ、水深三〇〇メートル付近で信号の再検出に成功。そしてその流れがさらに深く、約七〇〇メートルの海底へと向かっていたことが判明しましたの」
ラボ内が一瞬、静まり返る。
「海底か……あのドローンが墜落した地点?」
「そうね。位置座標も一致しているわ」砂百合が同意しさらに続ける。
「わたしも数日前にログを再解析してて、気づいてた。でも確証が持てなくてね。ココちゃん、ありがと」
「ふふん♪ 当然の結果ですわ。お役に立てて光栄です、さゆ姉様」
紫藤が静かに立ち上がり、全員へと目を向ける。
「目的は、海底にある“しおゆりの痕跡”──それを見つけること」
「あの……」
あまゆりが、申し訳なさそうにそっと手を挙げた。
「しどぉ。ママの痕跡が海の底にあるって分かっても……あま、深い海の中に行くのは、まだちょっと……怖い」
ぽつりとそう漏らしたあまゆりに紫藤は静かに言った。
「あまゆりは海に潜る必要はないさ。あまのセンサーは高性能だ。でもそのぶん、負荷にも弱い……
深海の信号は濃い。だからこそ、あまが行ったら逆に“祈り”に呑まれてしまうかもしれない……。それ以上に、危険なところにあまを行かせたくないってのが一番の理由だ」
あまゆりは胸元の受信端末を握りしめた。
「でも……あま、ちゃんと探したいの。
前に、高台の上でママの声が聞こえたから。もしかしたら、また呼んでくれてるかもって……」
ココロがホログラム端末を操作しながら静かに言葉を添える。
「上空への信号拡散は十分あり得ますわ。電磁波の一部は反射・拡散しており、過去の観測記録とも一致しますわ。再スキャンによって、“痕跡の構造解析”がさらに進む可能性が極めて高いんですの」
紫藤は頷き、あまゆりに視線を向けた。
「じゃあ今回は、ふた手に分かれて動こう。俺とココロが海底データの解析と準備を進める。
あまゆりとユユは、“上空の痕跡”を追ってくれ」
「うん!がんばる!」
あまゆりが力強く拳を握る。
「あま、また高いとこ行く! 空に向かってアンテナ伸ばして、しおママに呼びかける!」
「今回は私がスキャナーも強化してありますわ。あまゆりちゃん、データ収集は任せましたわよ?」
「まっかせて!ママのこと、あまがいちばんに見つけるんだから!」
そして画面の中、砂百合が優しく微笑む。
「紫藤、あまゆり、ココロ、ユユ……お願い。わたしの、大事な“妹”を──迎えにいってあげて」
深い祈りと共に、探索任務が静かに動き出す。
「……ところで。今回のあまゆりちゃんの任務、地形はかなり不安定、さらに距離もそこそこありますわね」
ココロがちらりとユユを見やり、にっこりと微笑む。
「ユユ、あなたに少し改造を施してもよろしくて?」
「…………ッ!? そ、それは、どのような改造でアリマスか……!?」
明らかに身構えたユユの声が裏返る。
「ふふ、ご安心あそばせ。機動性と運搬能力の強化を少々……試作バイクモード、作って差し上げますわ♡」
「今の“試作”というワードに極めて不安を覚えたでアリマス……」
そんなやりとりの数時間後──
「ユユ・バイクモード、完成ですわ♪」
ココロの自信満々の宣言とともに、改造されたユユが試運転の準備を整えていた。
「なんだか……かっこいい!あま乗ってみたい!」
「タイヤ……増えているでアリマス……」
ユユのバイクモードを見つめながら、あまゆりは胸が弾んだ。
(──いよいよ、ママを探しにいくんだ)
──そして翌朝。
朝焼けのなか、旧折籠邸の裏手に広がる林道を進むユユのバイクモード。その背には、あまゆりがしっかりとしがみついていた。
「わあっ、風がきもちい〜♡ ユユ、はや〜いっ!」
「制御限界の80%で走行中。安全速度でアリマス」
舗装されていない山道を、ユユの車輪が軽快に駆け抜けていく。鳥のさえずりや木々のざわめきが、朝の清涼な空気の中に溶け込んでいた。
「このあたり……しおママの記憶にあるかなあ?」
あまゆりが空を見上げながらぽつりとつぶやく。
「推測するに、この山の稜線には過去、SIDOのテスト施設も存在していた可能性が高いでアリマス」
「ん〜……だったら、きっとママの“想い”が風に混ざってるよね」
あまゆりは目を細め、胸元の受信端末に手を当てる。
「まっててね、ママ……あま、探しにいくよ!きっと届くよね──あまの声も、ココちゃんの声も、全部」
風が、彼女の髪を優しく揺らしていた。
その風の中に、微かに“しおゆり”の声が混じったような気がして──あまゆりは、そっと目を閉じた。
──その数時間後。
砂百合は一人、オーストラリアの仮設ラボの一室で、日本政府からの通信を受けていた。
「──つまり、南極からは共同補給便を使って移動したが、帰国手段がない状態での滞在中だと?」
「そう。しかもこっちは“しおゆりのコア”の情報を分析できる唯一のチーム。無為に寝かせておくのはもったいないと思わない?」
画面越しの官僚たちは難しい顔をしていた。
「それにね──ひとつ、お願いがあるの」
砂百合はにっこりと笑い、政府高官と密談をしていた。