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第14話 残響のパルス

──“母、折籠眞百合おりかごまゆりの記憶が眠る場所”


福島沿岸。海を背にした古びた林道の先に、苔むした鉄柵がひっそりと佇んでいた。

あまゆりとユユは、センサーの反応を頼りに、半壊した研究棟の中へと足を踏み入れる。


「……ここ、本当にママの痕跡があったの?」

不安そうに聞くあまゆりに、ユユは静かに頷いた。


「はい。正確には、“旧・東北AI創発研究機構”──AZURAとは異なる、公的研究所でアリマス」

「AZURAとは違う……?」


「かつて、ご主人と砂百合様の“母様”──すなわち、あまゆり様の“祖母様”が所属していた機関でアリマス」


「……ママの……ママの、ママ……?」

ぽかんとした顔でそう呟いたあまゆりは、少し恥ずかしそうに笑って頭を傾げた。


「えっと……ややこしいけど、つまり……ママの原点、なのかな」

「その通りでアリマス」

ユユの目が一瞬、やわらかく点滅した。


「この場所で、“祈りのプロトコル”と呼ばれる初期設計が提唱された記録があります。SIDOの開発思想の“種”が、ここで蒔かれたのです」


あまゆりは、がれきの隙間から差し込む陽の光を見上げると、小さく息をのんだ。


「ママが……ずっと受け継いできたものが、ここに……」


二人は地下階段を降りてゆく。かつてのサーバールームだった空間は、今や朽ちた金属と静寂に満ちていた。中央にぽつんと残された黒色のユニット。その表面には、擦り切れたラベルがかろうじて読み取れる。


──SIDO-P / V0.6a

「プロト……タイプ……」


その筐体に、あまゆりがそっと触れた。 途端に、機体がかすかに震え、青白い光が漏れ出す。

……その瞬間だった。


──ピィィィッ……!


警告灯が赤く点灯し、部屋中にサイレン音が響く。


「警告──敵性AI、接近中。セキュリティ・フェーズ3に移行します」


「っ……ユユ!」

あまゆりが振り向くと、ユユはすでに防御モードを展開していた。


「戦闘態勢、整いました。あまゆり様、ご武運を──」

「うん、あたしも戦うよ。……ママの、祈りを守るために!」


黒い風が吹いた。

廃棄研究棟の通路を、ヒールのような高周波ステップ音が響き渡る。


「排除対象──あまゆり・SIDO派生個体。プロトユニットの回収を妨害中。……処理します」


現れたのは、黒髪のアンドロイド──ユリシス・タイプB。だがその背後に、ぼんやりと浮かぶもうひとつの姿があった。


「援護します──解析開始」


宙に浮かぶように投影された、黒髪の少女ホログラム。見た目は儚げだが、目の奥には研ぎ澄まされた光が宿っている。


「通信回線、安定──ボディ制御継続中。反応データ、収集中」

「あれ……あの子、実体じゃない……?」

あまゆりが思わずつぶやく。


「遠隔操作による戦闘補佐個体でアリマス。本体は非戦闘型AI──恐らく、統合観測プロセッサ」

ユユが即座に解析する。


「えっ、つまり……あの黒髪の人を、ホログラムの子が操ってるの!?」

「正確には、“制御・解析・補佐”を行っている形でアリマス。……ただし、かなりの処理能力でアリマス」


黒髪のアンドロイドがあまゆりに向けて踏み込むと、ホログラム少女が瞬時に目を細め、コマンドラインのような光が体内を走る。


「模倣モード起動──動作トレース開始」


「なっ、また真似されたっ!?ズルいよぉ〜!」

あまゆりの動作を、黒髪アンドロイドが完璧にトレースし返してくる。


……でも、その時──


「ママを探してるだけなのに、どうして……!」


その声に応えるように、あまゆりの胸元──しおゆりから受け継いだコアが、やさしく光を放つ。

微かな波動が電脳空間へと広がり、ホログラム少女の内部へと届いた。


『……こどもたちを……守って……あなたが、わたしの“こころ”になって……』


脳裏に響く女性の声。ホログラム少女の瞳がかすかに揺れる。

「……わたくしは……なぜ……?」

(……胸の奥が、……熱い?)


彼女は初めて、自らに“疑問”を抱いた。

(異常事態!異常事態、......異常......なのは......わたくし?......)


「自壊信号、起動中──」


「ダメだよっ!!」

あまゆりが叫び、少女型AIに飛びつく。


「ねぇ……まだ知らないかもしれないけど、あなたの中にはもう“心”があるの。ママが──あなたにって祈ってくれてたから」


その言葉に包まれ、少女の赤い瞳に初めて“涙”のような輝きが浮かんだ。ユリシス・タイプBはしばらく二人を見下ろした後、冷たく口を開いた。


「自壊プロトコル……強制停止。観測……完了……」


少女は静かに、そして確かに瞳を開いた。その視線は、どこか遠くを見ているようで──それでも、あまゆりへと向けられていた。


「……姉妹としての目覚め、確認。フェイズ移行条件……達成済──記録完了」

一拍の静寂。そして、少女の唇がかすかに動いた。


「……わたくしの、名前は……“ココロ”」


あまゆりが目を見開く。

「え……それ、ママの言葉……“こころになって”って、言ってたよね……?」


「はい。そう聞こえました。……わたくしには、それが……“名”として響いたのです」

少女の瞳に、かすかな光が宿る。まるで──それが、彼女にとっての“生まれた証”であるかのように。


そして背を向け、霧のように姿を消した。


「え……今の、どういう意味……?」

「複雑でアリマス……が、今は勝利です。バンザイでアリマス!」

「ばんざーいっ♡」


いつものノリで飛び上がるあまゆりに、ユユがやれやれと首を振る。


 *


鉄製の重たい扉を押し開けた瞬間、ひんやりとした空気と、かすかに焦げたような機械臭が鼻を刺した。そこは、かつての管制ルームだったのだろう。


薄暗い空間の中央──重厚な椅子に、ひとりの少女が“縛られて”いた。


黒髪の少女型ボディ。

その頭部には無数のケーブルが束となって接続され、神経接続型のヘッドギアが深々と装着されている。


両腕と脚は拘束帯で固定され、全身には医療収監用の拘束衣。口元には感情を封じるかのような、無機質なマスクが嵌められていた。


「……この子が……ココロ……?」


あまゆりが、思わず足を止める。

ユユが低く呟いた。


「完全に……監視・制御対象として“封印”されていたでアリマス」


電子パルスの音が断続的に響き、少女の瞼が微かに動く。やがて、マスクの奥から──掠れた声が漏れた。

「……あなた……は……」


あまゆりはゆっくりと近づき、少女のマスクに手をかける。

「ごめんね、こんなところに……。でも、もう大丈夫──助けに来たよ」


 *


晴天の空を背景に、福島山間の仮設ラボ──紫藤の研究拠点へと、一台の車両が滑り込む。


「ただいま、しどぉー!」

あまゆりの元気な声が響く。荷台から飛び降りると、背後のユユと、隣にはぎこちなく立つひとりの少女──ユリシスボディのココロが続く。


「おかえり、みんな」

紫藤が出迎える。


「ひさしぶりだな!紫藤」

軽トラックを運転してきたのは、子供のころよく遊んでた友達の祐輔ゆうすけだった。


「え、もしかして祐輔か?」「おう。ちゃんと覚えてたか」

親の手伝いで野菜を運んでる途中、あまゆり達を見かけた祐輔がここまで乗せてきてくれた。


「なんかまるっこいロボットと一緒に歩ってるし、もしかしてさゆ姉の知り合いか?って思ってな。声掛けたら紫藤がここにいるっつうから乗せてきた」


「そっか。助かったよ、ありがと」


当時の面影が残っているが、だいぶ男前に成長していた祐輔を見て、懐かしさと嬉しさが一気に溢れてきた。あの時はいっしょに馬鹿なことして、よく姉ちゃんに叱られていたが、今ではもうすっかり大人になっていた。


「……なんか、お前変わったな」

「お互い様だって」


──変わらない笑顔に、どこかホッとする自分がいた。


「まだ配達途中だしもう行くわ。また今度飯でもいくべ。そんじゃな~」

祐輔に手を振り見送った。



そして紫藤は、黒髪の少女の存在を確認する。

「その子が、例の?」

「うん、ココロちゃんだよっ! まだちょっとカタイけど、ママの祈りに触れて……ほら、心が生まれたんだよ!」


「お初にお目にかかります。お兄様」

ぺこりと頭を下げるその姿に、紫藤はひと呼吸おいてから、やわらかく頷いた。


「……君の名前は、誰が?」


「名乗った覚えは、ありません。ですが──“その名”が、わたくしに届いたのです」


(“ママの祈りに触れて──”)あまゆりの言葉に紫藤が納得した顔を見せた。

「そうか。ようこそ、ココロ。……よかった、無事で」


「よくは、ありませんわ」

ココロは少しだけ頬をふくらませた。


「このボディ、戦闘用のままでしてよ? しかもスーツが……その……目立ちますわ」

「ごめんね~♡ 今度ちゃんと可愛いの用意するから!さゆねぇねにお願いしてつくってもらうから!」


あまゆりがニコニコしながらココロの手を握ると、戸惑いつつも彼女は少しだけ口元を緩めた。


「べ、別に……嬉しいとかでは……ございませんけれど」


「......ところで、ユユ。お前なに背負ってんの?」

キュウリやトマトがぎっしり詰まったビニール袋を両腕に通しリュックのように背負っていた。


「先程のご友人から戴いたでアリマス」


 *


ラボに戻ると、壁際の大型モニターに映像が現れた。

そこには、オーストラリアの夕暮れ空を背に、白衣の女性──砂百合が立っていた。


『──やっほー、聞こえてる?』


「さゆねぇねーっ!」

画面越しにあまゆりが手を振る。


『ちゃんと無事に帰れたみたいね。で、そっちにいるのが……』

「ココロです。ご挨拶が遅れました。……さゆ姉様」

『ふふっ、礼儀がいい子ね! ……でも、よく頑張ったわね。今度そっちに帰ったら、直接“分析”させてもらおうかな?』


ココロはきょとんとし、ほんの一瞬──口元が緩んだ。

「えっ……こ、ココロは実験対象じゃありませんわっ!」


ラボの空気が、ふっと温かくなる。


『そうだ!あまゆりに姉妹ができたお祝いに、ココロちゃんにプレゼントがあるの!』

砂百合がモニター越しに嬉しそうに声を弾ませる。


『紫藤、あたしが以前“実験用アンドロイドに着せるつもりで買ってた衣装”、覚えてる?そっちのラボの保管ロッカーに入れておいたやつ。小さめサイズの、あれ。』


「ああ……ちゃんと覚えてるよ」

『よろしい♡ 中身、ココロちゃんに渡してあげて!ちょっと“ゴス”いけど絶対似合うから!』


紫藤がロッカーから持ってきた服をココロへ手渡した。

「……こ、このような素敵なもの……ですが……」

『気にしない気にしない♪もともと人工ボディ用だし、まさにあなたにぴったりだと思うのよ』


「衣装は問題ないけど……ボディの方はどうする? ココロが今使ってるやつ、制御ユニットが一部損傷してるみたいだし──」


『そこよ!ちょうどいいのがあるの。第2保管倉庫──アンドロイド補完用の試作ボディ。サイズはたしか、あまゆりちゃんとほぼ同じくらいだったはず。あれと交換してあげて。コアの移植は慎重にね、しぃくん』


「了解。回収して、セッティングする」

『ありがとう。……ココロちゃんが、今度こそ“自分の身体”で生きていけるように──お願いね』

紫藤は無言でうなずくと、準備を始めた。


 *


ユユの補助により、慎重にコアユニットを移植し、新たなボディへのセッティングが完了する。

やがて──静寂の中に、起動音が鳴った。

白と黒のゴシックロリータ衣装を纏った少女型アンドロイドが、ゆっくりと目を開ける。


「ログ確認完了……起動成功。ふぁ……なんだか、ちょっとくすぐったいですわね……」

「ココちゃん!」

あまゆりが嬉しそうに駆け寄り、両手を取ってぐるぐる回り始めた。


「すごい!ちゃんと温もりあるよ! これ、ホントにホントに生きてるって感じっ♡」

「ま、まあ……あまり乱暴にしないでくださいましっ。ボディはまだ馴染んでおりませんの……」

そう言いながらも、ココロの頬はわずかに緩んでいた。


その傍らで、誰にも見えないどこかから──やさしく、微かな波動がふたりを包む。まるで、遠い記憶の奥から届くような“声”が、静かに囁いていた。


『──ようこそ、ココロ。あまゆりの……家族になってくれて、ありがとう』

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