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第12話 僕のヒーロー

「このお花、かわいいね……名前、なんだっけ?」


畑の隅に咲く小さな花に、あまゆりはしゃがみこんだ。福島の祖父母の家から歩いて15分。仮設住宅が並ぶ一角に、都市部から避難してきた家族、その子どもたちの遊び場がつくられていた。


今日も、彼女はボランティアの手伝いとして、子どもたちの相手をしている。ユユは少し離れた場所で見守りモードに入りながら、警備ドローンの点検中。


「おねえちゃん、これ、みてー!」

「わあ、すごい!こんなにたくさん四葉のクローバー見つけたの!?」

「あまゆりおねえちゃんって、なんでそんなに髪が銀色なのー?」


無邪気な子たちに囲まれ、あまゆりは笑顔で応じる。


──けれど、ひとりだけ、離れた場所で黙ってタブレットをいじる少年の姿が目に入った。


小さな木陰に座るその少年の名は、滝田空たきたそら。小学三年。東京からの移住民。タブレットの画面を静かに指でなぞりながら、彼は誰とも目を合わせない。


「……あの子、今日もあんな感じなんだよねぇ」

「確認。滝田空。連続3日、ほぼ同様の行動でアリマス」

「なんかさ……見てて、気になる。ねぇ、ちょっと話しかけてみていい?」

「危険性はナシ。突撃可でアリマス」


ユユの静かな返答にうなずいて、あまゆりは空のもとに歩み寄った。


「こんにちはー……」


「…………」


返事はない。タブレットを操作する指は止まらず、視線もあげようとしない。


「えっと、あたし、あまゆりっていいます。遊びに来たんだよ〜」


「……ほっといて」


「そ、そっかぁ……あ、でもそのタブレットの中のキャラ、かっこいいね!」


その瞬間だけ、少年の指が一瞬止まった。しかし顔は上げずに、小さくつぶやく。


「こいつは“SKY”。自分で作ったんだ。……僕の話し相手」


タブレットの画面に浮かぶのは、クリオネのようなデフォルメマスコット。ゆらゆらと画面の中で泳ぎながら、吹き出しで何かを喋っている。


「わあっ、かわいい……それって、AI?」


「……僕の、大事な友達。人間と話すより、ずっと気が楽なんだ」


「…………」


沈黙。

けれど、あまゆりの視線の先に、ユユが近づいてきた瞬間──


「ねえ!!」

突然、空が食いついた。


「そのロボット……君の? 動力部、見せてもらってもいい?制御ポートって自前のカスタム?それとも市販系!?」


「……っ!?」


あまゆりが驚いている間に、空はもうユユの周囲をぐるぐる回っていた。


「えええ〜〜!? 急に!? え、なに?ユユ、人気者なの……!?」

「想定外の反応でアリマス」


あまゆりの自己紹介には目もくれなかった空。でも、ユユには興味津々。それでも、あまゆりは少しだけ嬉しかった。


──この子にも、“好きなもの”があるんだ。

その事実が、ほんの少しだけ、彼女の胸をあたためた。



 数日後――


あまゆりは、空くんと少しずつ言葉を交わせるようになっていた。最初はユユの話題ばかりだったけれど、今ではSKYについてや、好きだったロボットアニメの話で盛り上がることもあった。


だけど、空くんの表情はどこか晴れきらない。ふとした瞬間に、目が寂しそうに伏せられる。

今日もまた、避難所の屋上にふたりで座っていた。風が強く、あまゆりの髪がふわりと舞う。


「……ねぇ、空くん。なんか元気ない?」


「……ううん、別に」


「そっか。でも、さ……なんか……“ひとりでがんばってる”って顔してるよ?」


空は答えない。

しばらくしてから、タブレットを抱えたまま、ぽつりと口を開いた。


「……僕ね。東京にいたとき、いじめられてたんだ」


「……えっ」


「父さんがAIの仕事してるって知って、同じクラスの子たちが……“今回のAIの暴走は、お前の父さんのせいだ”って」


「……そんな……!」


「でも、ほんとは父さん、すごく優しくて……ちゃんと人の役に立つものを作ろうとしてて……。でも、言っても誰も信じてくれないんだ」


ぎゅっとタブレットを抱きしめる空。

SKYの画面が一瞬だけ揺れ、吹き出しに“そらくん、がんばったね”と出る。


「……それで、僕、もう誰とも話したくなくなって……」


あまゆりはそっと横に座り、空の手を見つめる。しばらくして、ゆっくりと、手のひらを差し出した。


「……ねぇ。空くん、私もAIだよ?」


「……え?」


「“しおママ”っていう、私のママも、AIだった。今はもういないけど……でも、私は大好きだった。AIが悪いって、ぜったい思わない」


空は驚いたように彼女を見た。


「それに、空くんのお父さんも……たぶん、本当は誰かのためにがんばってる。あたし、ちゃんと見てみたいな。空くんの大切な人のこと」


風が吹き、空のタブレットの画面に光が反射する。空はしばらく黙っていたが、小さく、でもはっきりとうなずいた。


「……僕、父さんに、本当の事確かめてみたい……」


その瞬間、あまゆりはにっこりと笑った。


「うんっ!じゃあ、今度会いにいこっか。ね!」



 *



あまゆりたちが訪れた避難施設の一角で、小さな混乱が起きていた。


物流ドローンの一部が指令に従わず、動作エラーを起こしている。さらに電子ロックが開かなくなり、食料備蓄の運搬が止まってしまった。


「このままだと、今夜の配給が滞っちゃう……!」


職員たちが必死で端末を操作する中、空は静かに制御モニターのログを見つめていた。


「……この制御パターン、お父さんなら、わかるかも……」


その声を聞いて、あまゆりが隣で小さく頷く。


「空くん……呼んでみよう?お父さん。きっと、できるよ」


「……でも……また“あの人のせいだ”って言われたら……」


空の脳裏に、過去の記憶が蘇る。

「お前の親が犯人なんだろ?」

「お前んちのせいで、うちの店潰れそうなんだけど?」

「ちゃんと警察行って、謝ってこいよ。お前の家族でしょ?」


教室の空気は重く、視線は鋭く冷たい。あのとき、空は何も言い返せなかった。タブレットを抱きしめながら、ただ震えていた。


(ちがう……ちがうんだ……)


(お父さんは……あれを、止めようとしてたのに……!)


「大丈夫」


 あまゆりが、そっと空の肩に手を添える。

「……あたしが、いる。ユユも、SKYも。だから、もうひとりじゃないよ」


空はタブレットを見つめた。

画面の中のSKYが、小さく笑っていた。


『そらくん、大丈夫。君のお父さんを信じて』


「……うん。僕、信じてみる。もう一度……父さんを」



夕暮れの光を背に、ひとりの男が歩いてくる。ラフなジャケットに、古びたバックパック。――空の父、滝田創吾たきたそうごだった。彼は、やや驚いた表情で空を見た。


「……空?」


「……トラブルが起きてるの。お願い、お父さんの力、貸して」


数分後。


創吾は施設端末の前に座ると、無言でキーボードを叩き始めた。画面には無数のログとエラーメッセージが滝のように流れていく。


「……やっぱり、こいつか」


彼は低くつぶやくと、タッチパッドを滑らせていくつかのモジュールを開いた。画面の一部を指差して、近くにいた職員に声をかける。


「ここの制御ユニット、“シグル・システム”使ってるよね?初期ロットのままだと、セキュリティパッチが抜けてる可能性がある。暴走AIが仕掛けたバックドアがその隙を突いてる」


「えっ……あ、はい! たしかに導入時期が古くて……!」


創吾は頷き、USBメモリのような小型デバイスを端末に差し込んだ。


「このパッチは去年、私が試験的に作ってた対策用。今も通用するはずだ」


ユユとのデータリンクが確立され、端末が低く唸る。数式のようなプログラム文字列が画面を埋めていく。


「ユユ君って言ったね、制御コマンド、こっちに移行して。並列処理で負荷を分散する」


「了解でアリマス。データストリーム、安定中」


「よし、動作ログを再解析……パターンBで挙動修正、セーフガード再起動……OK、通った!」


カタッとキーボードから手を離し、最後に深く息を吐く。


「制御パッチ、インストール完了。再起動、どうぞ」



――瞬間、赤く点滅していた警告灯が緑に変わり、ドローンが静かに作業を再開した。

その場にいた職員たちは、口を開けたまま感嘆の声を漏らした。


「この人……すげぇ……」

「どこの技術者だよ、こんな速いの初めて見た……」


一人の男性が、創吾にそっと声をかける。


「あなた、成稜技研の滝田さん、ですよね?……知ってましたよ。あなたが最後まで“あの暴走”を止めようとしてたって。元いた会社でも噂になってました。……あなた、本物のヒーローだよ」


創吾は一瞬だけ目を伏せ、それから、小さく笑った。


「……ありがとう」


その時。空が、父の服の裾をぎゅっと掴んだ。


「……僕……ずっと悔しかった。父さんが……誰かのために頑張ってたこと……誰も信じてくれなくて。悪口言うやつだっていた……」

「空……ごめんな……。本当は父さん知ってたんだ。お前が学校で苦しんでいたこと」

「街を守れなかった自分のチカラの無さが原因だ……、助けてやれなくてごめんな……」

「ちがう!父さんはすごいんだ。今のだって暴走を止めてくれたし……だからもう父さんの悪口なんて言わせない!!僕にとっても自慢のヒーローなんだから」


「空……、ありがとう」


創吾は、ためらいもなく、空をしっかりと抱きしめた。あまゆりはユユの頭に寄りかかって、ぽそっと呟いた。


「……よかった、ね」


SKYの画面には、こんな言葉が浮かんでいた。

『そらくんの気持ち、ちゃんと届いたよ♪』



 その後――


創吾はあまゆりたちに静かに向き直った。


「……君たちは、“SIDO”の後継ユニットだろう? 私は“人工知能”の限界も奇跡も、両方見てきたつもりだ。SIDOは、その象徴だった。私にできることがあるなら……手伝わせてくれ」


「わたし、あまゆり!いまはまだ“しおママ”を探してる途中なんだけど……」


創吾は頷く。


「しおゆり、か……。伝説の防衛オペレーターAI。なおさら私にも協力させてくれ」


こうして――

あまゆりとユユは、空と創吾という心強い味方を得て、また一歩、“祈りの残響”をたどる旅路を進み出すのだった。

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