第1話 祈り/再起動
世界は、静かに、確実に崩壊していた。
情報が絶たれ、人の繋がりが断ち切られ――残されたのは、“命”をつなぐ祈りだけ。
雪と風だけが支配する白い大地の中、ひとりの女性が最期の記録を残していた。
その名は――折籠砂百合。
【記録ログ:No.000001_SAYURI】
――これは、折籠砂百合によって残された、最初で最後の“祈り”ログ。
「しお、必ず彼のもとに辿り着いて...お願い。どうか――」
「弟を...“しぃくん”を、護って」
ノイズ混じりの記録映像の中、彼女は何度もその名を呼ぶ。
「しお。あなたは、私の最期の希望。記録ではなく、祈りの形として――」
砂百合の手のひらに、小さなコアが収まっていた。
それはまだ形を持たない、ただのデータの塊。けれど――
「彼はね、あたしのたったひとりの弟で、私が護るって決めた子なの...」
「だから...お願い。しお、しぃくんを護って」
涙混じりの声が、雪に溶けていった。
*
静寂。どれほどの時間が経ったのかはわからない。
【記録ログ:No.000145_S ――再構成プロセス記録】
...コア信号、安定化。受信率48%。補助バッテリー起動。
<SIDO_CORE_STATUS>
・データ損傷率:32.4%
・音声出力:使用不可
・感情演算モジュール:部分再接続中
・視覚記録リンク:未接続
ノイズのような風の音の中、ひとつの声が蘇る。
『しぃくんはね、怖がりで、まっすぐで、優しくて――』
『あなたは、その子を護る存在。あなたの名は、“しおゆり”』
その声が誰のものかも、なぜ自分がその名に反応するのかも、まだわからない。
けれど、その名前が――何より大切なもののように思えた。
(しぃくん...)
壊れかけた記録の奥に、ただひとつ。すべてが壊れても、忘れられなかった名前があった。
<再起動シーケンス、進行中......>