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あの日、学校で

作者: 登上 幹千

「まるで蟻だな……」

 廊下の窓枠に寄りかかりながら、彼は呆れたように、教室から出たり入ったりする制服姿の同級生たちを眺めていた。

「どういう意味?」

 彼は背が高い。少し斜め上に顔を上げて、そこから彼の視線の先を追ってみる。

「だってさ、みんな黒い制服着て、蟻みたいだろ。教室から出たり入ったり……、朝は列をなして、学校の昇降口に吸い込まれていくんだよ。俺にはその様子が、巣穴に向かう蟻のように見えるんだ」

 僕にとっては、ただいつも見ている日常の風景だ。

「そんな風に思ったこと、なかったよ。おもしろい感性だね」

「俺はここから抜け出したい。みんな同じ服着て、同じことして、面白くもなんともない」

 彼が最近、学校を休みがちなのは、そういう理由なのだろうか。

「でも……タケ君は頭もいいし、運動もできるし、友達も多いし、生徒会の役員だし、女の子にもモテるし」

「そういうことじゃないんだよ」

 話をスパッと切られた。なんだよ。ムッとして彼を見上げると、彼は、タケ君は、少し傷ついたような顔をしていた。別に何も悪い事を言ったつもりはないが、バツが悪い。

「ごめん……なんか」

 別に謝る必要なんてないんだろうけど。

 タケ君は表情を戻すと、同情するように僕を見た。

「……お前はなんていうか……大変だな。気にすんなよ。人の顔色なんて気にしていたら、自分の言いたいことが何一つ言えなくなるし、やりたいこともできないぞ」

 同級生に説教されるのは嫌だ。ただでさえ両親からいつも、お前はお前はと、言われている。ここは話を違う方向に持っていこう。

「でもさ、高校卒業したらさ! 蟻じゃなくなるよね? 大学は制服じゃないし」

「大学という巣穴に通うカラフルな蟻になるだけさ」

「でもでも! 社会人になったら、蟻じゃなくなる……だろ?」

「スーツ着てたら蟻感がむしろ増すな。巣穴も増えて……キモいな、マジで」

 タケ君が心底嫌そうにしているので、ついぷっと笑ってしまった。

「なんだよっ」

 そう言って僕を小突きながら、タケ君も笑っていた。

「じゃな。俺、しょんべん」

 タケ君は僕に後ろ姿を見せながら、軽く手を降ってゆっくりとトイレの方に去っていく。振り返らずにボソッと一言、吐き捨てるような声が聞こえた。

「でもな俺……、もう限界なんだわ」


 その1週間後、彼は死んだ。


 屋上に向かう階段には、立入禁止の黄色いテープが貼ってある。

 学校の屋上から転落死……つまりは自殺したのだ。

 警察だけじゃなく、家族も学校もその理由を探していた。そして僕も。

「もっと話してくれたら良かったのに……俺はバカだけど、わかるように努力したのに!」

 彼とあの日、話した廊下、あの場所で、トイレの方を見る。限界なのは、しょんべんじゃなかったんだ。

 この世界を……限界だと、そう思ったのだろうか。

 廊下の窓枠に腰掛けて、教室から出たり入ったりする制服姿の同級生を眺める。あの日一緒に見た風景と、まったく同じだ。


 ピーヒョロヒョロ……


 鳶の鳴き声がする。僕は窓の外に顔を向けて、その姿を探した。

 雲ひとつない青い空を、鳶が、円を描くように飛んでいる。

 太陽が眩しくて、思わず手をかざす。


 涙がスゥーと頬を伝った。

 あの日、もし視線を向ける方向が、教室じゃなくて、空だったら、彼は死なずにすんだのかもしれない。だって、空には何もない。ただ自由で真っ青な空間が広がっている。

 あの日、鳶が飛んでいたら……


 その時、鳶がチラリと僕を見た。

「あ……」

 鳶はその姿を誇るように、上昇気流に乗ってはるか遠くへと、消えて行った。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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