5.妖刀-参式-
都内某所の遺体安置所にてある人物についての会話が繰り広げられている。そのある人物とは鞍馬ヒデオ。つい先日、立川駐屯地を襲撃した人物だ。
「それで今回お呼びしたのは鞍馬ヒデオさんの遺体のことなんですけどね」
一人の刑事が八千代スバルに話しかける。
「何か不思議な点でもありましたか?」
「ええ、凶器は日本刀、死因は首を刎ねられ即死。そこまでは断定できたんですが、断面が少し妙でして」
「妙...ですか?」
八千代スバルはそう問いただす。
「ヒデオさんの首の断面は頸椎ごと切られています。これはよほどの力でないと実現不可能です」
まだ切腹と介錯が存在していた時代、介錯人は頸椎の間の関節を斬っていた。そうしなければ首を上手く切断できずに切腹した本人を無意味に苦しめてしまうからだ。
「遺体はそのような力技で切った断面になっていないんです。まるで血管をメスで切ったような」
八千代スバルはふと、黒田トオルの遺体を思い出す。トオルの死因は肋骨を貫通し心臓へと突き刺さった刺突が原因だからだ。
「手や足も同様に骨ごと切られています」
骨のような硬い物だけでなく、悪竜の血により硬化した皮膚をものともせずに切る。例の妖刀を持った青年の仕業と見て間違いないだろう。
「ヒデオさんの遺体をこちらで預からせてもらえないしょうか?」
「了解しました、諸々の手続きを済ませますので少々お待ちください」
僕たち3人はスバルさんに呼ばれて技術課へやってきた。多分ヒデオの件だろう。
「みんなも聞いてると思うけど先日立川駐屯地を襲撃をし掛けてきたヒデオさんが遺体で発見された」
「へぇ~あのおっさん死んだんだ~」
アオイさんは雑に聞き流した。不謹慎だと思うが人間なんてそんなもんだと思う。親しい間柄とかじゃない限りは人の死に無関心というか。
「でも情報が聞き出せなかったのがイタいですね。いや、むしろそれが狙いかも」
口封じか。確かに、少し前に拘束されていた黎冥教の教祖も情報を吐き出す前に不審な死を遂げていた。宝条さん曰く、なんらかの術式が発動した可能性があると。問題はそこではない。
「犯人はどうやってヒデオの身体を切ったんですかね?」
ヒデオの身体はあの司令の攻撃ですら傷つかなかった。だから衝撃だけを通して内部を破壊するという意味不明な技を繰り出していたわけだが。
「あー確かに!悪竜の血で皮膚が固かったのに!」
「犯人はバルムンクでヒデオを殺害したとか?」
ニーベルンゲンの歌に登場するジークフリート、彼はファフニールをバルムンクで倒したとされている。バルムンクであれば硬化したヒデオの皮膚でも切れるかもしれない。
「いや、現在確認されている限りではバルムンクは欠片としてしか存在していないんだ。むしろ当初のままで現存している聖遺物の方が珍しい」
バルムンクの案はすぐに否定された。
「ナオキくんには辛い話になるかもしれないが...心して聞いてほしい」
僕にとって辛い話...まさか。
「恐らく、8年前に黒田トオルさんを殺した犯人と同一の可能性がある」
「グハッ」
僕はアオイさんの蹴りによって吹き飛ばされ地面を転がる。
「はい、これで7本目。ナオくん今日は不調か~?」
「いや姐さんどう考えてもさっきの話のせいだと...」
そうだ。父さんを殺した犯人が再び現れた。平常心を保てるわけがない。
「ナオくんはさぁ、父親を殺した犯人と出会ったらどうするつもり?」
どうするつもりって?そんなの決まってる
「殺しますよ。相手がどんなやつだろうと、どんなに強かろうと、命に代えても」
そうだ、父さんを殺したんだ。殺してやるとも、僕の分まで。
「お前はそこまでする必要はない、死ぬ必要はない」
「何すか?手を汚す必要はないって言いたいんすか?綺麗事でも言いたいんですか?」
僕は少しイラつきユウジさんに対し突っかかった言い草になる。
「そうじゃねぇよ。死ぬのは俺だけでいいってことだ」
「?.....それはどういう....」
静寂を破るかのように突如としてトレーニングルームにサイレンが鳴り響く。続いて女性の声でアナウンスが流れる。
「東京タワー展望台にて数体の悪霊発生が確認されました。装者のみなさまは速やかに現場に急行してください。繰り返します~」
「行くよッ!」
アオイさんの掛け声に呼応するかのように僕たちはトレーニングルームを出た。
僕たちは東京タワー展望台に現着する。しかし見渡す限りでは悪霊は一体たりとも見当たらない。
「こちら加藤、悪霊の類は確認できない。繰り返す、悪霊の類は確認できない、どうぞ」
ユウジさんが本部に向けて通信を行うも本部からの返答はない。ユウジさんは再び本部に向けて通信を行う。
「繋がンねえだろ?ジャミング装置を置いたからなァ」
突如として物陰から男の声が響き渡る。僕たちは声のした方向へと向き構える。
「そう警戒しないでくれよ、悪霊もお掃除しておいたンだからさァ....まあ撒いたのは俺なンだけどな」
日本刀を持ちワイシャツをタックインさせた男が物陰から現れる。
「何者ですか?」
僕はそう問いかける。
「早乙女アキラ、短い間だけど仲良くしようぜェ?」
男はそう言いながら鞘から刀を抜刀する。刀の刃先は白く輝いている。
「バトルで友情育むとか少年漫画かよ」
アオイさんとユウジさんが臨戦態勢に入る。だがその前に。
「一つ聞かせてください、鞍馬ヒデオを殺害したのはあなたですか?」
「そうだと言ったらどうするよォ?」
じゃあ...
「8年前、僕の父さんを殺したのもあなたですか?」
早乙女アキラは僕の顔をまじまじと見ながら考え込む。ふとひらめいたように言葉を発する。
「誰かに似てんな~って思ったらお前アイツのガキかぁッ!後ろからバッサリ刺したら瞬殺だったぜ」
「ブチ殺すッッッッッ!!!!!!!!!」
煽りだろうが挑発だろうが関係ない!僕の父さんを殺した男が目の前にいる!ならば感情のままにッ!衝動のままにッ!目の前のコイツをぶっ殺すッ!
僕は短剣を生成しヤツに向けて掃射する。同時にヤツに向けて跳躍する。アキラは短剣を全て斬って落とし僕へと向かってくる。
「ナオキッ!先行しすぎるなッ!」
ユウジさんの制止を完全に無視する。ユウジさんの懸念事項はわかっている。アイツの持つ刀になんらかの術式が施されている可能性がある。「硬度を無視して斬ることができる」つまり奴の斬撃はギアで防ぐことはできない、当たらなければどうということはない。
僕とヤツは互いに間合いへと入る。僕は心臓を目掛けて短剣を突き刺そうとする。しかしヤツの刀が迫りかかるためやむを得ず中断し回避に専念する。乱雑な刀の軌道、流派なんてあったものではない。しかしその素人の軌道であっても防御不可の攻撃であれば十分脅威である。僕は防御不可避の斬撃を何度も躱す。
「ナオくん加勢するよッ!」
アオイさんとユウジさんの加勢により状況はさらに混乱を極める。三人の連携も防御不可の斬撃の前によって崩される。いや、それよりも。
「このスピードはなんなんだよッ!」
ユウジさんの言う通りだ。剣技に関しては素人だがスピードが常人離れしている。なんらかの能力で身体強化しているのか?
「意外と気合でなンとかなるもんだぜェ」
「司令タイプかよッ!」
最悪だ。司令と同じ突然変異種だった。スピードは司令ほど速くはない。そこだけは救いなんだがリープロギアを纏っている僕たちと同程度のスピードはさすがに困る。なんとかヤツの斬撃をいなし続ける僕たちだったがついに斬撃がユウジさんの胴体に襲い掛かる。ユウジさんはその場に倒れ込む。
「ユウくんッ!」
ユウジさんの胴体に付けられた傷は浅いものの左胸筋から右内腹斜筋にかけて大きな切り傷となっている。
「あーあ、喰らっちまったかァ!」
早乙女アキラは僕とアオイさんに連撃を加え続ける。先程と同様に躱し続ける。
「この刀はちと特別でなァ!あらゆるものを斬ることができンだよッ!それが例え魂であってもッ!」
「何が言いたいッ!」
「致命傷になるってこったぁッ!」
早乙女アキラは回転斬りでアオイさんの腹部へ斬撃を喰らわせる。
「アオイさんッ!?」
刹那、僕の目の前に現れた早乙女アキラは僕の心臓の真横を目掛けて突き刺す。
「よそ見、してンなよ」
完全に油断していた。だが、これ以上状況を悪くするわけにはいかない。僕は刀の柄を掴みそのまま早乙女アキラを蹴り反動で自分の身体を真後ろへと移動させる。刀を侵入方向と全く逆の方向へ引き抜くために。少しでも刃先が心臓に触れてしまえばそれこそ僕の命は機能停止する。実際に少しズレはしたが致命的な傷にはならずに済んだ。
「心臓外しちまったかァ...父親とオソロにしてやりたかったンだけどなァ...」
僕は朦朧とする意識の中アオイさんの方を見やる。アオイさんはお腹の傷を抑えて倒れて混んでいる。臓物の類は出ていないようだ。よかった。
「流石に詳細を省き過ぎたなァ...この「妖刀-参式-」ありとあらゆる物質だけでなく魂とかも斬れるってことはさっき言ったよな?」
早乙女アキラは余裕をかまして歩いているようだ。
「例えばの話だ。この刀で腕をぶった斬ったとしよう。その状態で縫合や義手は付けらンねぇ。何故なら、魂には腕が斬られた状態がデフォルトになっているからだ。傷ついている状態が完治状態になンだよ」
早乙女アキラは倒れている僕の前でしゃがみ込む。
「血ィ流していずれくたばる。終わりだよテメェらは」
「だったら、せめててめえを道連れにしてやるよ」
ユウジさんはふらつきながらも立ち上がる。
「無理すンなよ。俺に斬り殺されて終わるぜ?」
「そうはなんねぇよ。こっちには切り札がある」
切り札...そう
自己存在証明濃度・極限低下
装者自身の存在証明濃度を限りなく低く、ないしはゼロにする。そうすることにより装者の魂が消失しギアを纏ったままの身体だけが残る。その身体に強力な霊を閉じ込め一時的に受肉させる。リープロギアは魂のエネルギーで変身しているのだ。強力な霊はそれなりのエネルギーを持つ。形勢逆転の切り札となりうるのだ。
デメリットといえば、装者本人の死が確定するということ。
「ユウくん、駄目だよ...それを使ったら」
「大丈夫っすよ姐さん、あの刀をぶっ壊せば何とかなるかもしれないです」
アオイさんが言いたいのはそうことじゃない...そういうことじゃないだよ...
「アオイさんは...死ぬなって言ってるんですよ...」
僕は苛立ちながらもユウジさんに問い詰める。
「知ってるよ、その上で自己存在証明濃度・極限低下を使う」
ユウジさんは少し間をおいて自嘲気味に語り出す。
「仕方ないだろ?最大多数の最大幸福。これが最善の策なんだよ」
「いまどき....自己犠牲なんて流行らないんですよ...」
「自己犠牲、俺は好きだけどな」
ユウジさんはその言葉で僕との会話を区切り早乙女アキラの方へと顔を向ける。
「待たせて悪いなぁッ!面白いモノを見せてやるからよぉ、せいぜい仲良くしてやってくれ」
ユウジさんは拳を突き出し叫び出す。
「安全装置・解除ッ!」
その叫びに呼応するかのようにユウジさんを中心とした稲妻が無数に発生する。その余波で煙も少し立ち込める。
「命を燃やせッ!自己存在証明濃度・極限低下ッ!」
ユウジさんから発生した突風により僕らは圧される。
突風はやみ、幾秒の静寂。煙が立ち込めるなか、ユウジさんは立っている。
「ユウジ...さん?」
「いいや、今の俺は」
煙が晴れユウジさんの顔が姿を現す。
「邪剣-禍夜-だッ!」
「禍夜さん...その右腕は...?」
禍夜と呼ばれる男の右腕は人間の皮膚がなく、代わりに何枚も細かい骨が組み合わさっており、その形状は鎧を想起させる。
「これは並行世界で妖刀-参式-の使い手と戦った時の名残だな」
「へぇ、こいつァなかなか楽しめそうじゃねえかよ」
早乙女アキラが話に割り込んでくる。
「並行世界の早乙女アキラはまあまあ強かったよ。こっちの早乙女アキラはどうだろうな?」
「理解らせてやンよォッ!」
二人は同時に地面を蹴り互いが間合いへと入る。防御不可の斬撃が禍夜を襲う。禍夜はその数多の斬撃をなんなく躱してゆく。
「すごい...あの数の斬撃を...」
防御不可の斬撃が続く。一つの斬撃が禍夜の左腕に斬りかかろうとする。
「禍夜さんッ!」
しかし禍夜の腕に斬撃は当たらなかった。禍夜の左腕の関節が通常とは真逆の方向に曲がり回避したからだ。禍夜は関節を元に戻しそのまま早乙女アキラの顔に拳を叩き込む。アキラはよろけて少し後ろに下がる。
「驚いたよな?邪剣-禍夜-の能力は「身体の超再生」。外傷を常人の数倍の速さで治すことができる」
禍夜さんは腰に帯刀していた自身の邪剣を抜刀し地面に突き刺す。
「そしてこういうこともできる」
禍夜さんは地面に突き刺した刀の刃先に向かって蹴りを繰り出す。当然、人間の肉体は刀に勝てるわけもなく。禍夜さんの足が切断され早乙女アキラの方へと飛んでいく。切れた足は突如として破裂しクラスター爆弾のように骨を周囲に撒き散らす。
「超再生を意図的にバグらせ急増殖、便利な爆弾の完成だ」
禍夜さんはそう語りつつ切断された足を完治させる。
「そうかよ、だったらこの参式でぶった斬っちまえば再生できねえよな?」
妖刀-参式-は魂をも斬ることが出来る妖刀。身体の超再生を持ってしても魂の形を変えられてしまえばどうしようもない。
「...そうかもな」
禍夜さんは含みのある言い方をしながら攻撃に移行する。アキラと禍夜さんは互いの連撃を繰り出し、互いの連撃を躱していく。先にアキラが限界に近づき拳や蹴りを喰らって吹き飛ばされる。
「ちゃんとスタミナも付けとけよ」
「別に、スタミナが切れる前に倒せばいンだよ。強けりゃ何でもいンだよ」
「強けりゃ...ねえ?」
禍夜さんはまるで嘲笑するかのように笑いながら話す。
「何がおかしい?」
アキラは禍夜さんの言動に苛立ちながらも質問する。
「強さを求めるなら地球最強の生物、西園寺リョウに喧嘩を売ればいいのにそうしない。装者として部類の強さを誇る黒田トオル、そいつとも真っ向から勝負せずに背後からの不意打ちを仕掛ける。結局お前は、雑魚狩りしてイキってるだけのカス野郎ってことだ」
「ベラベラとくっちゃべってンなよクソ野郎、殺してやるよ」
「図星かよイキリ野郎」
「二度と無駄口を叩けないようにしてやるよ」
アキラは妖刀-参式-を鞘へ納刀し抜刀の構えへと入る。居合の構えだ。禍夜さんは警戒する。数秒の沈黙が続く。数秒が数時間も経過したかと錯覚させられる。先程の戦いの喧騒が嘘のように感じられる。
刹那。白弧の斬穢が禍夜を襲う。
禍夜の頭が地面を転がっていった。
「そん...な...」
思わず声が漏れ出てしまう。短い月日とはいえ大切な先輩を、目の前で殺されたのだから。怒りと悲しみとそして恐怖、それらの感情が肺の中にたまった空気と共に吐息となって出る。
「俺の得意技なンだわ。高速を越えた神速による抜刀。回避不能かつ防御不可の斬撃は、どんなやつだろうとぶっ殺せる」
早乙女アキラは頭部の無くなったまま立っている禍夜さん、いや今はユウジさんの身体を見ながら話を続ける。
「こいつも運が無かったよなァ~?俺に勝てないからと決死の覚悟で並行世界の自分を憑依させるもあっさりと死ンじまうンだからヨォ~もう聞こえてないだろうがな」
「バッチリ聞こえてるけどな」
そこからの展開には目を疑った。首のないユウジさんの身体が動き出したのだ。ユウジさんの左手は早乙女アキラの妖刀を持った右手を掴み、ユウジさんの身体は右手で喉、鼻、みぞおちへと拳を叩き込む。ついでと言わんばかりに早乙女アキラの膝を思い切り蹴り骨を折る。さいごに胴体に蹴りを入れ早乙女アキラを吹き飛ばす。
「何が...起こって...」
この状況にはアオイさんも虚を突かれている。
「俺もあんなに速い居合術をみたのは初めてだ。驚かされたよ」
禍夜さんの頭が落ちている方向から声がする。
「危うく回避が間に合わないところだった。間に合わなくても大丈夫なんだけどな」
首のないユウジさんの身体が声の頭が落ちている方向へ向かって歩いていく。
「なんで首斬ったのに身体が動いてンだよ、ニワトリかよオイッ!」
早乙女アキラの言葉には苛立ちが混じっている。それも無理はない。通常の人間であれば首を斬られた時点で死亡が確定するものである。
「そこは俺の能力「身体の超再生」の応用だ。意外となんとかなるもんだぜ」
首のないユウジさんの身体が頭を拾い上げ互いの切断面を合致させる。切断面はみるみるうちにつながって元の身体へと戻っていく。
「妖刀-参式-でぶった斬ったんだぞッ!再生できるわけねンだよッ!」
「そう焦んなって、お前が首を斬ったと思い込んでいるが実際は違う。寸前のところで自切して刃先に当たらないようにしたんだよ。今まで豆腐みたいに斬ってきたんだろうから勘違いするのも無理はない」
「そんな芸当が可能なの...」
アオイさんと同意見だ。これが邪剣使い、妖刀使いのスキルというわけか。
「肉体が躱したところで魂は躱せ....まさかッ!」
「そう、そのまさかよ。肉体の首を自切すると同時に魂の首も自切して躱したんだよ。自分で魂を変える分には問題なく超再生できるからよォ」
もはや人の領域を超えている。この人と戦っていれば僕たちは勝てなかっただろう。
「さて」
禍夜さんは早乙女アキラの折れていない方の足を掴み、アキラの身体を壁や床、天井へと様々な場所に叩きつける。禍夜さんに振り回されるアキラはまるでボロ雑巾のようだった。
「おいおい、強くなりたいんだろ?俺みたいな雑魚にやられないでくれよ」
禍夜さんはそう言いつつも振り回す力を緩めない。このままではアイツが死ぬ。
「禍夜さん...そこまでです」
禍夜さんは振り回す手を止める。早乙女アキラはカーペットのように床に転がっている。
「どうした?ここにきて急にこいつがかわいそうになってきたか?」
「違います...」
数秒の沈黙が流れる。先に禍夜さんが口を開く。
「トドメは自分が、ってことか。いいぜ、くれてやるよ」
禍夜さんはそう言い早乙女アキラの元を離れていく。
「もうそろろ時間だ、有益な情報を一つ。ドイツの錬金術研究機関「アーネンエルベ」。そこに連絡すれば今回の件も対処してくれるだろう」
禍夜さんはそう言い残し床へと倒れ込む。アオイさんが駆け寄る。
「大丈夫、なんでかはわからないけど息はしてる」
本来であれば自己存在証明濃度・極限低下を使用することにより本人が死亡するはずなのだが、今はこの奇跡を噛み締めよう。
あとは...
ぼくはゆっくりと早乙女アキラが転がっているところへと歩く。心臓を避けたとはいえ肺を思い切り串刺しにされたのだ。立っていられるのが不思議な状況だ。
早乙女アキラの前に立ち短剣を握りしめる。目の前に父さんの仇がいる。こいつを殺せば僕の復讐は完遂される。
「被害者は復讐なんて望んでいない」とか「復讐は虚しいだけだ」とかそんな言葉には靡かない。自分が今殺したいから殺す、ただそれだけ。
短剣を逆手持ちで握った拳を振り上げる。このまま奴の頸動脈を目掛けて振り抜けば殺せる。簡単な作業だ。
待てよ。本当にここで殺していいのか?妖刀-参式-なんてものをただの個人で用意するのは難しいはずと、であれば、ここでこいつを殺すのは得策ではない。ここで殺してしまえば背後にいる組織にたどり着けなくなる。だから...
「どうした?殺れよ?」
早乙女アキラが僕に向けて挑発する。
「この期に及んでまだ迷ってンのか?自分に正直になれよ」
「僕は....」
「欲望のままにブチ殺してみせろよッ!!!!!!」
「あああああああああああああッ!!!!!!!!」
僕は思い切り早乙女アキラの左頬を殴りつける。アキラはそぶっ飛びそのまま気絶する。
「ここでアンタを殺せばッ!背後にいる組織に辿り着けなくなるッ!僕一人の感情で台無しにするのは得策じゃないッ!僕は衝動で生きるアンタとは違うッ!」
そうだ、僕は父さんを■■なきゃならない。そのためにも、早乙女アキラに父さんを殺すように指示した人がいるはずだ。だから...
「...だからッ」
歩こうとするも足に力が入らず床に倒れこんでしまった。そうだった、今の僕は肺に穴が空いているんだった。傷口の止血もままならない状態で大声出したり殴ったりしてたんだ、そりゃ倒れもするか。
ぼやける意識の中でアオイさんが駆け寄ってくるのが見えた。
いつもと違って優しいなぁ...アオイさん...。
ある書斎にて、一人の女性が腰掛けている。金髪の西洋風の顔立ちだ。
「ジャンヌ様、早乙女アキラが怪異対策機動本部に捕らえられたとの情報が入りました」
そう話しかけたのは長身で西洋風の顔立ちをした黒髪の男だ。
「何?それは本当か?」
「はい、速水カイトからの情報です」
「誰に倒された?西園寺リョウか?」
「いえ、相手はリープロギア装者の三人とのことで」
ジャンヌと呼ばれた女性は考え込むようなそぶりを見せる。
「西園寺リョウのみが障害になると踏んで他は捨ておいたが、まさか思わぬ伏兵が潜んでいたとは」
「いかがなさいますか?ジャンヌ様」
ジャンヌは立ち上がり黒髪の男へと指示する。
「ジルッ!直接出張るぞッ!リープロギア装者は我々の手で屠るッ!」
「御意ッ!」
目が覚めれば、そこには見知った天井が広がっていた。怪異対策機動本部の医務室だ。
「生き...てる...?」
妖刀-参式-で斬られた箇所は縫合ができず出血多量で死に至るはず。胸に手を当てる。
「傷口が...塞がってる...!?」
「ナオくんが目を覚ました!よかった...」
視線を右に向けるとアオイさんが椅子に座っており僕の顔を心配そうに見ていた。その目には涙が今にも溢れだしそうになっていた。いつもこうだったら可愛いんだけどな。その隣には上体を起こしてベッドで安静にしているユウジさんもいた。
「ナオキ、すまねえ。罠だとわかっていれば俺が出ていたというのに」
たしかに司令が出ていれば早乙女アキラは瞬殺できていただろう。しかしあいつは悪霊を召喚していた。司令は悪霊の攻撃を躱すことができても倒すことはできない。結局僕たちが出るしかなかったのだ。
「それは仕方ないことです...それより、なんで僕たちが生き残れているのか、説明をお願いできませんか?」
「それは僕から説明しよう」
司令の隣にいた八千代スバルさんが前へと出てくる。
「といってもまずどこから話したらいいか...まずは早乙女アキラが所持していた妖刀について説明しよう」
「妖刀-参式-。旧日本陸軍が大戦末期に開発していた妖刀だね。錬金術の「分解する」術式が刀の刃先に組み込まれていて「分解して斬る」をコンセプトに開発されたそうだ」
「錬金術って日本じゃ馴染みないような気がするけど...」
アオイさんと同意見だ。錬金術は古代エジプト、古代ギリシアを発端としやがてヨーロッパ圏内に広まっていったと認識しているけど...。
「これは仮説なんだけど、対戦時にドイツ軍から日本軍に錬金術の技術供与が行われたんだと思う」
「日独伊のやつね、授業で聞いたことある」
「話を戻すよ、妖刀-参式-の分解能力、いや、正確には早乙女アキラが帯刀した場合での分解能力は魂にも影響を与えることができる」
「そのあたりは早乙女アキラから聞きました。身体の傷だけを治しても意味がないとも」
だから魂ごと治す必要があるんだが...
「そう、そこで加藤くん、いや邪剣-禍夜-さんが口にしていた「アーネンエルベ」。なんとかして彼らと連絡をとり運良く日本に滞在しているアーネンエルベの研究員を派遣してくれたということだ」
そのアーネンエルベの研究員が僕たちの魂を修復してくれたってわけか。感謝してもしきれないな。
「研究員の方は今どちらに?」
「君たちを治療した後はすぐにドイツに帰っていってしまったよ」
「そうですか...」
「感謝の気持ちやらその他諸々はこっちでやっておく」
そう言いながら司令は話の主導を自分へと移していく。
「今回捕縛した早乙女アキラを尋問したところ、素直に背後にいる組織について話したぞ」
「あいつ素直に話したんですね...」
「パレイーズ結社、イルミナティとも呼ばれており、欧州で端を発する秘密結社だ」
「イルミナティって都市伝説とかそういうレベルの存在じゃないの?」
「姐さん、虚構共通認識の現実化の線もありますよ」
「残念ながらパレイーズ結社は昔から存在していた組織らしい。そうありながらも公安ですら尻尾を掴めなかった連中だ。詳細な情報は目下捜査中とのことだ」
「そうですか...あ、最後に一つだけいいですか?」
「言ってみろ」
「早乙女アキラは誰の指示を受けて今回の事件を引き起こしたんでしょうか?」
司令は少し口を摘むんだかと思いきやすぐにまた口を開く。
「樋口コウスケ、早乙女アキラに今回の事件と黒田トオルの殺害を指示した男だ」
「ああああああああああッ!誰かッ!助けっ」
断末魔はそこで途切れる。悪霊たちに襲われ初老の男性は息絶える。
「もうええわい、もうええって、ええって言いよーだろッ!ええ加減にせえよホンマ」
悪霊たちは動きを止める。播州弁の男は死体へと歩み寄る。
「よし!ええ感じの死体を作れたな!あとはわかりやすいとこに捨しといたら任務完了やな」
播州弁の男は悪霊たちに指示し死体を運ばせる。
「そやけど、パレイーズ結社の幹部様がわざわざ相手するほどの相手なのかねリープロギア装者っちゅうんは。今回の「コトリバコ」で十分や思うけど...ま、えっか!わては研究ができたらそれでええし!」
播州弁の男は悪霊たちについていくように歩き出す。
「まあ、人生を面白くしてくれんならそれでもいいけどよ」