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1.口裂け女

「ナオキ、パパはこれから仕事に行かなくちゃいけないんだ」


一人の男が僕に目線を合わせて話しかけてくる。


「そんな心配そうな顔するなよ。この任務が終われば安全な部署に異動になる。だから心配しなくていい。」


この男は黒田トオル。僕の父親だ。ああ、これは夢なんだ。


「それじゃあ、行ってくるね。」


数日後、父親は遺体となって帰ってきた。遺体は喋るわけもなく。あれが僕が聞いた父親の最後の言葉だった。





目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響いている。僕はソイツを黙らせるように一撃で屠る。


夢、か。父親が出てくる夢を見るのは何年ぶりだろうか。小学生だった頃はショックのあまり毎日のように父親の夢を見ていた。だが、事実を受け入れることができたからなのかはわからない。父親の夢は見なくなっていった。


「準備するか」


なぜ今になって父親の夢を見るのか、心当たりはある。怪異や超常現象などから国民を守る政府機関。通称「怪異対策機動本部」に今年の4月から入庁し、二カ月間の研修を経てついに怪異対策機動本部の二課に所属することになった。二課は対話不可能、もしくは交渉決裂した怪異の強制排除を目的としている。そして、一課との決定的な違いは


「リープロギア・システムを保有していることだ」


そう、黒田トオルはリープロギアの第一号装者だったのだ。そして僕もリープロギアの装者になった。


「行ってきます」


朝食を済ませ誰もいない寮の部屋に挨拶をする。鍵を閉め扉に背を向けて歩く。


───これは、僕の物語だ。





陸上自衛隊立川駐屯地の敷地内に怪異対策機動本部は位置している。建物の自動ドアが開き中に入ると一人の男が立っている。


「時間ぴったりだな、ナオキッ!デカくなったなッ!」


この身長190cm越えで筋骨隆々の大男は西園寺リョウ。怪異対策輝度本部の司令を務めており、僕の父さんとは公安からの同期だそうだ。


「ご無沙汰しております、西園寺さん」


「苗字呼びはよせやい。よそよそしく感じちまう」


「じゃあリョウさん?」


「応ッ!そうしてくれッ!まっ、どうせ司令呼びさせるけどなッ!」


「今のくだり要ります?」


「ガハハッ」


西園寺さんは昔からこうだ。でも、西園寺さんなりの優しさなんだ。父さんの葬式の時もそうだった。


「とりあえず今日は軽い説明会のあとに黒田ナオキの新人歓迎会を行う予定だ」


「訓練だったり任務とかはしなくていいんですか?」


「しなくていんじゃない?」


「適当だなオイ...」


なんか不安になってきた。僕はこの組織でやっていけるのだろうか。



西園寺さんの案内でトレーニングルームに着いた。この部屋に僕以外のリープロギア装者がいるとのことだ。


「お前ら~ちゃんとトレーニングしてるか~」


西園寺さんに続いて入室すると異様な光景が光景が目に入った。片手でダンベルを持ち上げながらもう片方で電子タバコを持って吸っているの長身の男性。そしてもう一人はトレーニングすら行わずにベンチに座って一升瓶のまま日本酒を呑む女性。


「終わりすぎだろこの組織ッ!!」


「おっ、元気な新人君だ」


「こいつは期待できそうだな」


しまった。声に出てしまっていた。


「紹介しよう。本日付けで二課に配属された黒田ナオキくんだ」


「黒田ナオキですッ!よろしくお願いしますッ!」


「うへへ黒田くんか~私は伊吹アオイ~よろしくね~」


そう言ってきた女性は160cmほどで銀髪のショートボブ、ところどころ青のメッシュが入っている。てか酒臭いな。先程の電子タバコの男もこちらに歩いてくる。


「加藤ユウジだ、吸うか?」


「吸いませんよ」


即答する。こちらの男性は180cmほどで黒髪のマンバンスタイル。電子タバコ臭い。


「てか禁煙じゃないんですかここ?」


「一応喫煙OKだぞここは」


そうか、ユウジさんはまだ常識的だったのか。


「ナオキはまだ未成年だぞ、勧めるなよ」


「俺16の時から吸ってましたし大丈夫でしょ」


もう終わりだよお前たちは。とっとと解体しろこんな組織。


「司令~今日この子の歓迎会しますよね~?」


「ああ、これから買い出しに行くぞッ」


「やった~ッ!経費で呑める~」


しかし歓迎会を楽しむ雰囲気は唐突に破壊された。突如としてトレーニングルームにサイレンが鳴り響く。続いて女性の声でアナウンスが流れる。


「下北沢の住宅街にてNo,38509、俗称「口裂け女」の発生が確認されました。装者の皆さんは現場に急行してください。繰り返します~」


「だそうだ、歓迎会はお預けだ」


「ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~~、チッ」


ガチ目の舌打ちしやがったこの(ひと)。加藤ユウジが拳に手を当て指をパキポキと鳴らす。まるで暴力性が伝播したかのように。


「そんじゃあ、ぶっ排除(ころ)しにいきますかね」


「腹いせにボコさねぇと気が済まねぇわ」


先程とは明らかに打って変わった空気、二人の凄まじい気迫に僕は押されていた。これから始まるのだ、怪異との戦いが。








僕たち3人は怪異対策機動本部が所有しているヘリコプターで下北沢の上空へと到着する。


任務開始(ミッションスタート)だッ!」


「秒で終わらせるよッ!」


加藤ユウジと伊吹アオイが生身のまま(くう)に身を投げ出す。


「ちょちょちょ待ってくださいッ!」


二人が何の抵抗もなく空中に身を投げ出せたのは理由がある。


リープロギア


怪異対策機動本部元技術主任であり現在は失踪している「平野ゲンジュウロウ」。人が怪異に対抗すべくゲンジュウロウが開発した「対怪異撃滅特攻装束」それがリープロギアだ。


現在本部では3機のリープロギアを保有している。


第一号機「ジョワユーズ」。

前装者の黒田トオル、そして現装者の僕こと黒田ナオキが適合したギア。緑を基調としており戦闘スタイルは短剣、長剣などを用いる。


第二号機「ムラクモ」

伊吹アオイが適合したギア。青を基調としている。


第三号機「ドラウプニル」

加藤ユウジが適合したギア。赤を基調としている。


二人の戦闘スタイルは研修で教わらなかった。今回の戦闘で判断して連携などを考えるのがよさそうだ。ちなみに名称に神話の武器などが使われているのは特に意味はないそうだ。なんだそりゃ。


「ジョワユーズッ!」


ペンダントを持ちギアの名称を叫ぶ。僕の身体は光に包まれ先ほどまで着ていた装者専用の制服は光となって消え、代わりに戦闘スーツが構築されていく。その上にメカメカしい物体が装甲となって忙しなくくっ付いていく。好きな人にはたまらない変身バンクと言えるだろう。


「黒田ナオキッ!戦闘行動に入るッ!」


変身が完了しヘリから飛び降りる。空気抵抗を受けつつ二人がいる地点へと目掛けて降下する。二人から5m離れた地点に着地し駆け寄る。二人の足元は着地の際に発生した衝撃でコンクリートが割れていたが気にしないようにしよう。どうせ「だいじょうぶだいじょうぶ~修繕費は政府持ちだから~」とか言い出すんだろなぁ...僕は壊さず綺麗に着地したのに...。そんなことはさておき二人の目線の先には赤いコートを着た女が立っていた。


「アレが口裂け女ですか?」


「そうだろうな、伝承と合致する点が多い」


長く伸びた黒髪、顔をすっぽり大きなマスク、赤いコートに赤いハイヒール。鎌を鎖の両端に付け鎖鎌にしている点は気になるが。


「ナオくんは虚構共通認識の現実化フロイト・リアライゼーションはわかるよね?」


「はい、研修で習いました」


虚構共通認識の現実化フロイト・リアライゼーション


今回の口裂け女やきさらぎ駅、コトリバコなどは現実には存在しない空想上の存在だ。しかし多くの人間が噂を信じ流布する。恐怖といった人の想念により、莫大なエネルギーを得た噂は虚構から現実へと昇華される。それだけではない。現実に誕生した怪異が大多数の人間に目撃され、再び噂を流されてしまえばその噂をバフにして怪異は強くなる。厄介極まりない現象である。神代の大怪異「八岐大蛇(やまたのおろち)」や呪術で戦う漫画で一躍有名になった「両面宿儺(りょうめんすくな)」。この二つは元の強さに加え虚構共通認識の現実化フロイト・リアライゼーションのバフにより現代の人間では倒すことができないだろう。


「とりあえずポマード連呼で牽制しつ」


「何言ってんの?そのまま暴力(ボコ)すにきまってんじゃん」


あらあら、なんて野蛮で短絡的な思考なんでしょう!ではなく、戦術とかフォーメーションはどうするんだよ。


「あの...作戦とか、ッ!?」


僕の言葉は途中で遮られた。口裂け女が鎖鎌を投げてきたのだ。


「今新人に優しく教えてるところでしょうがッ!」


伊吹アオイはそう叫びながら口裂け女の元へと疾走する。


「ッ!?危ねえッ!?」


僕は加藤ユウジに突き飛ばされる。代わりに加藤ユウジが鎌を弾く。先程投げた鎖鎌を引き戻す際に僕の首を狩ろうとしたようだ。


「ありがとうございます」


「礼はいらねえよ。それよりお前は見学だ」


「足を引っ張るからですか?」


「それもあるけどヘリから飛び降りることすら日和(ひよ)ってたヤツが戦えんのかってハナシ」


痛い所を突かれた。だとしても、足手纏い扱いは癪に障る。だが、ここで感情的に動くのは組織の人間として失格だ。僕は沸々と湧き上がる怒りを抑え込み返答する。


「了解です」


「ま、俺も初任務でヘリ飛び降りはしてないけどな」


いやしてないんかーい。僕がツッコミを入れる前に加藤ユウジは口裂け女の元へ駆けていった。


「ワタシッ、キレイッ?!!!!!」


口裂け女はそう叫びながら鎌を振る。


「いいや、キレイじゃないねッ」


「だから俺らがキレイにしてやるよッ」


加藤ユウジは口裂け女の顔面に思いっきり右ストレートを叩き込む。口裂け女はよろめきマスクが剥がれる。その顔には伝承通りの人間のものとは思えない大きな口がぱっくりと開いていた。


「いや~ごめんね~コロナ対策してたんでしょ~?」


伊吹アオイはそう言いながら手の鉤爪同士を擦り合わせ耳障りな金属音を響かせる。


「お詫びとして、もっと感染(うつ)りやすいように口を広げて差し上げますわよッ!」


伊吹アオイは嬉々として口裂け女の口を目掛けて鉤爪を刺そうとする。口裂け女はそれを自身の手に巻き付けていた鎖でガードする。


「そう上手くはいかないか」


「連携で仕留めましょう、(あね)さん」


「おっけー、合わせてねユウくんッ!」


(おう)ッ!」


伊吹アオイの鉤爪を主体とした切り付けと刺突の攻撃。加藤ユウジの長い手足を生かした格闘攻撃。二人が織りなす連携により口裂け女はされていた。


「すごい...これが怪異との戦い...」


ギアを纏うことにより人間離れした動きを可能とする。そしてこれまで培ってきた絆。この二つが惚れ惚れするほど息の合ったコンビネーションを実現させている。


「だが、口裂け女の方も手強い」


口裂け女は完全に防御に徹し加藤ユウジの格闘、そして伊吹アオイの鉤爪攻撃を確実に防いでいく。攻撃に転ずればこの猛攻を防ぎきれずに倒されることをわかっているからだ。刃線、峰、柄、鎖を器用に使いこなし攻撃を的確にいなしていく。だが、数秒経過したところで口裂け女の防戦は綻び始めていた。それぞれの攻撃を防ぎきれず身体への直撃を許してしまっている。口裂け女はバックステップで二人から距離を取る。


「もっと私らと遊ぼうぜ~かわいいネエちゃんよ~」


伊吹アオイが煽る。しかし口裂け女はノってこない。


「なんだ?死んだか?」


いや違う。口裂け女(アイツ)は逃げるつもりだ。口裂け女は100mを3秒で走ることができるらしい。時速換算で約120km/h。常にその速度を維持できるわけではないだろうがギアを纏ったとしても追いつくことは難しい。確実に逃げられる。僕は短剣を投擲する構えに入る。そこで加藤ユウジの言葉を思い出す。


お前は見学だ


ナメるなよ。僕はそんな覚悟で装者になったつもりはない。僕だって戦えることを証明してやる。リープロギアは身体にくっ付いている装甲を変形させ武器にすることができる。脳内で自身の望んだ形状を想像することでギアが呼応するかのように武器を形作ってくれる。短剣を2本生成し構える。口裂け女は二人に背を向け走り出そうとする。


「あっおいッ!逃げるなッ!」


僕は照準を合わせる。踏み込もうとする左足、その膝裏。


「そこだッ!」


僕は目いっぱい力を込めて短剣を投擲する。射出された短剣は拳銃の弾丸より速く飛翔し口裂け女の膝裏へ直撃する。短剣が突き刺さった左足にうまく力が入らず体勢を崩す。倒れ込む間際鎖鎌を投げようとしていたがそうはさせない。僕は生成していたもう一本の短剣を投擲する。鎖鎌を持っていたはずの右手のひらには短剣が深く刺さっていた。鎖鎌を持っていたつもりが短剣を持っていたのだ。


「でかしたナオくんッ!」


伊吹アオイは口裂け女に馬乗りになる両手の鉤爪で口裂け女の胴体を串刺し、そのまま地面に固定する。


「オラアッッッ!!!!」


加藤ユウジは踵落としで口裂け女の頭部を破壊する。先程まで口裂け女だったモノは黒く変色し重油のように黒いドロドロとした液体となり最後は蒸発して消えていった。二人はこちらに向かって歩いてくる。


「はー疲れた」


「どうだったナオくん?これが怪異との戦いだよ」


伊吹アオイがニマニマしながら歩いてくる。


「怖気づいたかな~?ちゃんとやっていけそう?」


この女戦闘の余韻でアッパーになってやがる。伊吹アオイは僕の顔を下から覗き込んでくる。


「それとも、威勢がいいのはツッコミだけかな?」


自分の中で何かの糸が切れたのを感じた。


「うるさいんですよ」


自分でも驚くぐらいの低い声が出ていた。だが、それ以上に内心ヒリついていたのも事実である。


「おおこわ」


伊吹アオイはにやけながら背中を向けて歩き出す。


「期待してるよ~ん」


アオイは振り向かずにそのまま手を見えるように振る。


「ああ見えて(あね)さんは嬉しいんだよ、新しい仲間が増えて」


加藤ユウジはそう言って僕の隣に立つ。


「...だったらもっと素直に接してくれませんかね」


「ハハッ、それは同感だ」


ユウジは思い出したようにこちらに身体を向けてきた。


「それとさっきの命令違反の件だが」


そういえば待機命令の指示だったんだ。思いっきり感情で動いてしまっていた。


「『状況を鑑みて援護をすることが最適な行動だと判断した』でいいんだよな?」


これはユウジさんからの助け舟だ。間違っても感情的に動いてしまったなんて言えない。


「はい、そうです」


「いや、責めねえよ。それにナオキの投擲が無かったら逃げられてたかも知れない。だから、ありがとな」


「...ッ、はいッ!」


ユウジさんは早歩きでアオイに追い付こうとする。


「よーしッ!歓迎会の時間じゃーーーーーーいッ!」


(あね)さん、その前に報告書ですよ」


「...だる」


ああそうだ。僕は父さんに憧れて、背中を追いかけてリープロギア装者になった。怪異から人々を守りたいだとかそんな殊勝な思いを持って装者になっているわけではない。───だから、こんなとこで日和(ひよ)るわけにはいかねえんだよ。どんな怪異(ヤツ)だろうとぶっ倒してみせる。


───父さん、僕はあなたを■■(こえ)たい。


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