第13話 模擬戦
『模擬戦開始』
華城団長の声を合図に、全員が森に駆け始める。俺たちは、俺を先頭にして三角形を作るように、花木と天瀬が位置取りをしている。俺の能力を活用して索敵をしながら、森の中を進む。
理想は奇襲だけど、最低限こちらのタイミングで接敵したい。あちらのタイミングで接敵されたら、上から押しつぶされる。となれば、少しでも相手より早く発見しなければいけない。
少し走ったあたりで能力の探知範囲に音無、木宮、矢部の3人が入った。直線距離で約10m。後方の2人へ止まるように手で合図を出し、木々に身を隠し様子を窺う。
彼らは、こちらを気にしていないかのように楽しげに談笑しながらゆっくりと歩いている。
誘ってるのか?そう判断するには早計か。仮に誘ってるなら、各個撃破されかねない。他の奴らも集まって来てる。あんまり褒められた手ではないけどやるか。
「10時方向、10m。パターンC。他、同期、左方」
予め決めていた言葉で、簡潔に現状を2人へと伝達する。
「プランBでいきます。カウント……3……2……1」
花木のカウントが終わると同時、天瀬は、ナイフを標的である音無らとは、異なる他の同期がいる左方向へ投げる。投げられたナイフは、30mほど飛び、急に音無らへと進路を変えた。
標的へと進路を変えたナイフは、目の前を通過するに留まる。しかし、曲げられたナイフの軌道に俺たちの居場所を誤認させ、別の誰かへと意識を向けさせた。
「2時からナイフが飛r――」
俺は、天瀬がナイフを投げるのを確認して走り出す。より速く走る自身をイメージし、木々の間を縫うように駆ける。およそ人が出せる速度を超えて駆け抜ける。
音無たちへ向かって走る背後から赤い光が俺を追い抜いく。俺を追い抜いた光の正体は、花木が放った拳大の火球だった。
ナイフが通過してから俺が到着するまでの1秒に満たない僅かな時間。その時間を埋めるように火球は、標的の眼前で炸裂し、眩い光を放つ。攻撃性は皆無に等しい。しかし、それを補って余りあるほど発光によって音無らの視界を奪う。
ここまでは、作戦通り。こっから一気に1人引き剥がす!他の奴もバカじゃない、残った2人を狙うはずだ。足止めに使わせてもらう。
光による一瞬の目眩まし、僅か2秒に満たない時間。その一呼吸できるか、できないかの時の中で利き手と思われる左腕を掴む。全神経、思考を音無を投げる集約させる。目的遂行の為に脳細胞は、現実と差異がないほどのイメージを想像する。構築されたイメージは、俺の身体を稼働させ、俺よりも1回り大きい音無を容易に50m近く投げ飛ばす。
「おわっ!」
俺が音無を投げ飛ばした直後、花木が土壁を形成し、音無の援護を妨害する。
頭の中のイメージを切り替え、投げ飛ばした音無へと走る。
よし!音無を引き剥がした。こっからは、さっき以上のスピード勝負。援護が来る前に倒さないと磨り潰される。引き離したとはいえ、現状でも拮抗できているとも思わない。一瞬の油断が敗北に直結する。
3秒弱で投げ飛ばした音無へ追いつき、能力の探知範囲内に収める。既に体勢を立て直し、出方を伺うように立っている。
音無の正面にある樹木に身を隠す。この場所から出たら直ぐに戦闘になる必然。作戦実行の為にもここで準備を済ませておく必要があった。
身体能力を底上げしている思考を停止させる。
こう、数ヶ月とはいえ、ずっとしていたことを止めると何か違和感あるな。一度身体の状態をイメージできるようになってからは、ずっとしてたからな。時間もないし始めるか。
数ヶ月ぶりに自身の身体の感覚を見失うことに懐かしさを感じたが、すぐにその感情を隅へと追いやる。今必要なのは、能力による迅速な物体の生成。その為に全神経/思考を注ぐ。
能力の生成を遅くさせていた多くの要因は、生成に必要な『設計と設定』を用意するのに時間がかかってしまう所にあった。言うなれば、全力疾走しながら現実と遜色のない3Dデッサンをしろと言っているような無茶振りだ。するにしても時間がかかるのは明白であった。だから、前もって用意しておくことにした。
夏に入りで気温がかなり暑くなっていた。暑さは、思考を鈍らせようとする。思考を緩慢にしようとする暑さを振り払い。設計の為に更に思考を加速させる。吐く息が白く変わり、空気に溶ける。
"構築開始。形状決定、必要強度策定、基本骨子設定。素材決定。設計完了"
素早く、だが、丁寧に組み上げたそれに、ヨシッと納得して第一段階を終える。間髪を容れずに生成の為に利用される思考を更に速度を速める。頭は、その速度に抗議するように頭痛を訴える。
"相対座標、設定開始――――完了、全工程終了、構築設計装填"
シリンダーに弾丸を込めるようにイメージをして思考をゆっくりと減速させていく。そうすると、熱を持った頭が冷えていくのを感じながら息を吐き、顔を上げると天瀬がいた。
「首尾は?」
「問題なし」
天瀬からの状況を確認するだけの短い言葉を返し、駆けだす準備を始める。こちらの動きを待っているように、その場で留まっている音無を一瞥して、大きく深呼吸をする。すぐに音無へ視線を戻し、右手を柄に添えながら走り出す。
何もしていない人間の身体能力での真正面からの突貫。舐めているのかと思われてもおかしくない行為だ。しかし、音無は、何をしてくるのか楽しむような表情を浮かべる。
敵から一瞬を奪い続けろ!剣を抜く暇を与えるな。相手は、俺を舐めている。実力に裏付けされた慢心。現にさっきうちに剣を抜かなかった。最後の手で、落とすために一瞬を奪え!
一瞬。苛立ちにせよ、好奇にせよ。確実に音無の意識は、俺へと向いていた。残り5m。そこへさらに柄に添えていた右手で胸ポケットから花木に渡されたアンプルを割り、音無へと投げる。アンプルは、ちょうど俺と音無の中間で人の大きさほど火球となり音無へと迫る。とっさに右へと飛びのくように避けた音無へ近づき刀の間合いに入ると同時に柄を掴む。
さらに一瞬。俺へ向いた意識の死角を縫うようにさっきと同様の火球が音無の眼前へと迫っていた。
「ッ?!」
俺へと向いていた意識ごと、目の前に現れた火球が飲み込む。音無は、火球を左腕で弾く。もう一瞬。音無の完全に意識の外に出た俺は、音無の脇を通り背後に抜けながらさっき用意した設計図を実行に移す。
”生成開始――”
雑音が耳を打つ。色彩が瞳を貫く。そこにある物が俺へと敵対を始めかのように、辺りが変革を開始したことを能力から伝えられる。それらの元ある通りにあろうとする力を、意思/思考によって歪ませる。何もない空間に一本の線を生む。それは、金属の冷たく重い光沢を放ち、音無の首の前を通り俺の両手をつなぐ。
”――完了”
作られたのは、一本のピアノ線。冷たい線を両手に巻きつけ、力の限り引き、背負うようにして音無の首を絞める。呼吸器官だけではなく、脳へと続く頸動脈も締め上げようと力を込める。
「……惜しかったな」
「ッ?!まずっ!」
本来するはずのない声に驚愕のあまりに声が漏れる。能力で音無の姿を確認すると、右腕をピアノ線と首の間に入れていた。
腕を割り込んだのか?!いつ?防がれた!気づかれてた?いや、それより!
想定されていた出来事ではあった。しかし、音無が作った一瞬の間が確信を生み、確信を崩されたことによって思考は、混乱してしまっていた。
混乱によったまとまらない思考を叩き出し、何とか行動に移る。音無と俺が動いたのは同時。俺は、ピアノ線を離し、振り向き様に剣が通るだろう位置へ足を振り抜く。対して音無は、腕を軸に頭を抜き、振り向き様に抜かれるはずの剣へ目がけて放たれた蹴りに対して柄を掴んでいた左手を離す。そのまま俺の脚を掴み、俺を天瀬が走ってきている方向へ投げ飛ばす。
天瀬は舌打ちをしながら足を止め、投げられた俺に一瞬触れ、横に腕を振るうと不自然に俺の軌道が変化する。何とか受け身を取り、すぐに立ち上がり音無を見る。
「俺を隔離するために光での攪乱し引き離す。2つ目の火球へ注意を誘導させ、自身から意識を外し、その状態からワイヤーで攻撃することで、再び注意を向けさせることで周囲への注意を外させ奇襲」
音無は、話しながら胸ポケットから葉巻を一本取り出して吸い始める。油断してるとも取れる棒立ちの状態でありながら、その瞳は俺たちを見据えている。
「初対面の相手とした連携と考えたら120点をくれてやりたいぐらいだ。だが、そう足りなかったわけだ。色々と分岐点があったのは、事実。だが、そんなものは結果論だ。今は、気にするな!さて……次はどうする?」
ニヤリと口角を上げる音無。鞘からロングソードを抜き、初めて戦闘態勢に入る。




