クモをつつくような話 2024 その3
8月26日。晴れ。最低25度C。最高32度C。
午前6時。
台所のシンクの中に体長4ミリほどのハエトリグモの仲間がいた。この子は昨日から何回もシンクに入り込むので、その度に指に乗せて外へ出してあげていたのだが、いつの間にかまた入り込んでいるのだ。どうやらシンクの中が好きで、しかもそのステンレス製の垂直の壁は登れないのらしい。これでは不用意に洗い物をすると溺れさせてしまいそうだ。しょうがない。マグカップを使って「森へお帰り」をさせてもらう。
午前9時。
あちこちの水田で稲の収穫が始まっていた。
コガネグモの妹ちゃんの姿はなかった。妹ちゃんが円網を張っていた電柱の2メートルくらい上にコガネグモの卵囊が固定されているから産卵を終えて立ち去ったか、力尽きたのだろう。さようなら、妹ちゃん。貴重なデータをありがとう。
午前10時。
光源氏ポイントではジョロウグモのカップルが4組できていた。もちろん20ミリちゃんの網にも体長7ミリほどの新たなお婿さんが同居している。
もしかして、オトナになるのが早すぎたジョロウグモの雄は雌に食われてしまいやすいんじゃないだろうか。逆に遅すぎた場合は交接していない雌がほとんど残っていないということになりかねない。確実に子孫を残すためには、ちょうどいいタイミングでオトナになる必要があるだろう。もしも生まれ変われるとしてもジョロウグモの雄にだけはなりたくないなあ。
草場の陰では……。〔やめろ。縁起でもない〕
もとい、草の葉の下ではハナグモがカゲロウを食べていた。
午後1時。
お隣の庭が工事中で重機が入っているのだが、重機がバタバタする度に床がぐらぐら揺れている。大地震が来たら潰れるんじゃないか、このアパートは。
午後7時。
玄関のヒメちゃんの卵囊が15個に増えていた。卵の数にして600個弱である。
8月27日。晴れ一時雨。最低26度C。最高31度C。
午前3時。
オニグモの20ミリちゃんは円網の半分を回収したところで休憩していた。あまりのんびりしていると夜が明けてしまうだろうに。
17ミリちゃんはきれいな円網で待機していたのでイナゴを投げ込んであげた。それに対して17ミリちゃんは、なんと、直接牙を打ち込んで仕留めたのだった!
ええと……冷蔵庫の中でかなり弱っていたイナゴだったからそのせいだろうか。いわゆる「暴れなければどうということはない」。あるいは、空腹なので早く食べたいとか、逆に空腹ではないので「逃げられてもいいわ」という消極的な気分だったという可能性もあるな。
東南の角ちゃんは産卵したらしかった。今は卵囊の上に座り込んでいる。
ナガコガネグモの20ミリちゃんは円網を回収して、残した糸の中心でゆらんゆらんしている。新しい円網を張る前の準備運動だろう。〔そうかあ?〕
ヒメグモたちがいたサザンカの植え込みは剪定されていた。まいるなあ。
午前6時。
また外した。ナガコガネグモの20ミリちゃんは円網を張っていなかったのだが、そのお尻が細くなっていたのだ。あのゆらんゆらんは産卵を無事に終えた後の喜びの舞いだったのだろう。円網の糸も産卵前に食べたのかもしれない。
午前10時。
サザンカの植え込みに2匹のヒメグモが帰ってきていた。台風も接近中らしいのだが、とりあえず、不規則網にアリを1匹ずつ投げ込んでおく。まあ、しばらくの間は剪定されることはないだろうから、その点では安心だな。
8月28日。晴れ時々曇り。最低25度C。最高32度C。
午前5時。
ヒメグモたちがいたサザンカの植え込みの上の方も剪定されたらしくて、枝葉が落とされていた。ヒメグモ2匹の姿は見えない。
オニグモの20ミリちゃんは円網を残したまま住居へ戻ったらしかった。
東南の角ちゃんはコガネムシを食べていた……のだが、そのコガネムシが脚を動かしている。体重があるのでクモの毒が効くのに時間がかかるのだろう。あるいは、耐性があるのか、だな。
ナガコガネグモの20ミリちゃんは三〇センチほど引っ越すことにしたらしい。サザンカの枝葉の横でゆらんゆらんしながら横糸を張っているところだった。後でイナゴをあげよう。
午前7時。
ナガコガネグモの20ミリちゃんが円網を完成させていた。その直径は約40センチで上下に隠れ帯が付けられている。当然、イナゴを投げ込んでも反応しない(冷蔵庫の中でかなり弱っていたイナゴなので、そのせいもあるだろう)。回収するわけにもいかないので、指先でツンツンして捕帯を巻きつけてもらった。
午前10時。
玄関のヒメちゃんの、多分11個めの卵囊の中心部が空になっていた。代わって別の卵囊の中心部が黒っぽくなってきている。
サザンカの植え込みに2匹のヒメグモが帰ってきていた。いやいや、同じ子だとは限らないんだが、とにかく2匹いる。アリを1匹ずつ不規則網に投げ込むとすぐにぽとんして、アリが白っぽくなるまで糸を巻きつけていた。不規則網を最初から張り直した分、空腹だったのらしい。
午後6時。
また間違えた……かもしれない。8月25日に枯れ葉を住居にしているマダラヒメグモらしいクモを見つけたのだが、そこに産み付けられた卵囊がどうやらオオヒメグモやヒメグモのそれのような見た目だったのだ。では何グモかというと、新海栄一著『日本のクモ』を開いて見てもそれらしいクモが見当たらないのである。ああっと、スーパーの排水管の裏で不織布の切れ端を住居にしている子もあやしいかもしれない。まいったね。
8月29日。曇りのち雨。最低24度C。最高30度C。
午前5時。
玄関先にダンゴムシがいたので、玄関のヒメちゃんにあげた。
サザンカの植え込みにいるヒメグモの1番目ちゃん(多分)の不規則網に冷蔵庫の中で力尽きていた体長15ミリほどのガを投げ込んだ。ヒメグモにとってはかなりの大物なので1番目ちゃんは知らん顔をしているが、安全だと判断すれば食べてもらえるだろう。
歩道を体長70ミリほどのセスジスズメの幼虫が歩いていた。踏みつぶされたりすると気の毒なので、捕まえて草地まで連れて行った……のだが、手のひらに載せて「はい、降りて」と言ったら噛まれた。〔それはだめだろ。セスジスズメ語でなくちゃ〕
皮膚が破れるほどの噛み方ではなかったから問題はない。それはいいとして、この子は手のひらから降りようとしないのだった。イモムシであっても好かれて悪い気はしないが、太いウ〇コをする子はちょっと無理だ。〔細いウ〇コならいいのか?〕
なお、この子の頭部側にある昆虫本来の脚3対6本はオレンジ色だった。
午前6時。
光源氏ポイントではジョロウグモの20ミリちゃんが雄といっしょに2メートルくらい引っ越したらしかった。新しい円網は縦が約40センチ、横が約25センチだ。もとの場所では円網を大きくするためのスペースがないので、広い場所に出る必要があったんだろう。体長20ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげると、獲物の上で円網に穴を開けながら近寄って牙を打ち込んでいた。
交接しているジョロウグモのカップルも一組……と思ったのだが、その雌のお尻は黄色と黒のまだら模様だ。黄色とグレー(青灰色)のしましまパンツに履き替えなければオトナとは言えないだろう。ということは、脱皮した雌がオトナになったかどうかを雄が確認していただけなんだろうか?
キシダグモ科のイオウイロハシリグモの卵囊からは子グモたちが出囊していた。キシダグモ科のクモたちは雌が卵囊を持ち歩き、出囊の前に網を造って固定するという習性を持つ。ユウレイグモ科と共に数少ない真の「卵囊を守るクモ」である。
体長15ミリほどのジョロウグモの円網には体長50ミリほどの行き倒れのシオカラトンボをあげた。もちろん知らん顔をされてしまったが、安全だと判断すれば食べてもらえるだろう。
午前8時。
用水路ポイントから道路を挟んで南側の水田脇にコガネグモが3匹いた。用水路沿いの藪には1匹もいなくなっているのは他のコガネグモがいた場所には円網を張りたくないということなのかもしれない。コガネグモはかなり強い縄張り意識を持っているようだ。また、そうでなければクモ合戦など成立しないだろう。
大型昆虫はその大きさの分、多くの食べ物を必要とする。そのため、単位面積当たりに生息可能な個体数は少なくなる。大型の獲物を狙うコガネグモもクモ口密度を上げるわけにはいかないのだろう。
午前10時。
シオカラトンボをあげたジョロウグモは獲物をホームポジションに運ぶところだった。で、この子はお尻から引き出したしおり糸でシオカラトンボをぶら下げて、円網がやや下向きになっている側から運んだのだった。これは賢い。
過去には、運ぶ途中でトンボの翅の先端が円網に触れてしまったので、仕方なくその場所で食べ始めたという観察例がある。ジョロウグモはコガネグモ科のように大きな獲物には捕帯を巻きつけてコンパクトにまとめてしまうということをしない、あるいはできないから、トンボの翅が円網に触れないように運ぶために必要なテクニックを持っていれば便利だろう。
8月30日。雨時々曇り。最低26度C。最高28C。
午後1時。
雨がやんだせいか、ナガコガネグモの20ミリちゃんが横糸を張り始めた。まだまだ降るらしいんだけどなあ。ちなみに9月3日までは雨模様の天気らしい。
8月31日。雨のち曇り。最低26度C。最高31度C。
午前11時。
オニグモの東南の角ちゃんは卵囊の側から離れていなかった。これは卵巣内の卵を使い切ったということのような気がする。
9月1日。曇り一時雨。最低26度C。最高30度C。
午前11時。
ナガコガネグモの20ミリちゃんはカメムシサイズの何かを食べていた。
午後2時。
大変なことに気が付いてしまった。池田博明氏が絶賛したことで有名なクレイグとバーナードの「紫外線を反射するクモの網の飾りに昆虫が誘引される」論文の要約(本文は有料)を読み直してみたところ、この論文が発表された日は、なんと「01 April 1990」だったのである! 言うまでもなく、4月1日はエイプリルフールだ。つまり、この論文は手の込んだジョークだった可能性があるわけだ。
4月1日にジョーク論文を発表するといういたずらは珍しいものではない。どういう論文かは忘れてしまったが、何十年か前、日本人研究者がある論文を読んで「本当にこんなことがあるのか」と著者に問い合わせたところ、日付にアンダーラインが引かれた論文が送られてきた、というような話を読んだ記憶がある。
ただし、クレイグとバーナードはけっこう手間のかかる実験をしているので、たまたま4月1日に発表してしまったという可能性もないとは言えない。何しろ単純に計算すれば365分の1、約0.27パーセントの確率だ(1990年は閏年ではない)。しかし、ちゃんとした研究者なら4月1日に発表するのだけは避けるんじゃないかという気もする。特にエイプリルフールが定着している文化圏の研究者ならなおさらだろう。
そして池田氏にとっては気の毒なことに、この論文がジョークであると仮定すると、内容のデタラメさも説明できてしまうのだ。
どこがデタラメかというと、
(1)彼らの実験からわかることは、第一にアメリカ産ギンコガネグモ(Argiope argentata)の隠れ帯が紫外線を反射すること、第二にギンコガネグモとその隠れ帯にショウジョウバエが誘引されたことだけである。
つまり、この論文は本来2編にするべき論文を無理矢理1編にしてしまっているのだ。なぜそんなことをしたのかというと、彼らは最初から「隠れ帯には昆虫を誘引する効果がある」という結論を用意していたので、それを裏付けるような実験結果を書きたかったのだろうな。こういうトリックは論文屋さんの間では当たり前のテクニックなのだろうが、残念ながら作者は観察者だったのである。
(2)「紫外線を反射しない隠れ帯にはショウジョウバエは誘引されなかった」という実験結果を得ているのかどうかが不明。
科学的には「AならばBである」という場合に「AでなければBではない」も成り立つことになっている……と思う。しかし、この2人はそういう実験はしていないはずだ。なぜなら、もしも紫外線を反射しない隠れ帯で実験をしていたならば、ショウジョウバエに対する誘引効果はたいして変わらないという結果が出てしまうことが予想されるからだ。どうしてそうなるかというと、ハエの仲間はおそらく、長時間飛び続けることが苦手な昆虫なので、常に翅を休められる場所を探しながら飛んでいる可能性があるからである。ついでに書いてしまえば、こういう性質を利用すれば、1.5倍だの1.7倍だのという数字も簡単に得られる……と作者は思う。
なお、作者は日本産コガネグモ科のクモの隠れ帯に誘引効果があるという実験結果を得たことは1度もない。ああっと、クレイグらの場合、実験はしたものの不都合な結果が出てしまったので、データを破棄したという可能性もあるな。論文屋さんならその程度のことは平気でやるだろう。
(3)実験は「ショウジョウバエ」で行っておきながら、論文のタイトルと要約では「昆虫」にすり替えている。
つまりこの2人は、「小はノミから大はヘラクレスオオカブトまで、世界中のありとあらゆる昆虫はすべてショウジョウバエである」と考えていたということになる。なんと、この2人はリンネ式階級分類体系を知らないのだ! その程度の知識でも論文は書けてしまうのである。まあ、考えようによっては楽な商売だな。
あるいは、話を大きくすることで価値のある論文だと思わせようとしたのかもしれない。逃がした魚を大きくするというのは釣り師や論文屋さんがよく使う手口なのだ。
(4)作者が日本産のナガコガネグモやコガネグモとイナゴなどを使って行った実験では「隠れ帯に誘引効果ある」と言える結果はまだ得られていない。
結局のところ、論文屋さんが書いた論文や解説書なんかを鵜呑みにする方が悪いのだろうな。
※2002年に渡辺健氏が「カタハリウズグモの隠れ帯にはショウジョウバエを誘引する効果がある」という論文を発表している。カタハリウズグモの雌の体長は最大で5ミリらしいから、体長3ミリクラスのショウジョウバエは手頃な獲物の範囲内なのだろう。しかし、宮下直編『クモの生物学』では、この「ショウジョウバエ」を「昆虫」にすり替えてしまっている。体長5ミリクラスのクモの網に頭角を含めた全長が最大88ミリというカブトムシの雄まで誘引することにも意味があると言いたいんだろうかね、この人は。
やれやれ……現在のクモ学世界にはリンネ式階層分類の知識がない論文屋さんが何人もいるということは間違いないようだ。迷惑だなあ。〔論文も解説書も読まなきゃいいだろ〕
午後11時。
玄関のヒメちゃんが16回目の産卵を終えていた。
9月2日。晴れのち雨。最低26度C。最高34度C。
午前8時。
サザンカの植え込みにヒメグモ2匹の姿はなかった。剪定のすぐ後に大雨では引っ越したくなるのも当たり前かもしれない。
午前10時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリちゃんのお尻が黄色とグレーの横縞模様になってきているような気がする。雄が積極的に交接しようとしていないからまだオトナになってはいないと思うのだが、脱皮する前からしましまパンツに穿き替えてしまうということなのかもしれない。
なお、20ミリちゃんと同居している雄は4本脚になっていた。交接させてもらえるなら脚の3本や4本は惜しくないということらしい。
午前11時。
用水路ポイントが草刈りされていた。すでにオトナのコガネグモたちはいなくなっているのだが、出囊していたはずの子グモたちが心配だ。
午後1時。
脱皮したらしい体長17ミリほどのジョロウグモが同居していた雄と交接していた……と思うのだが、そのお尻はどう見ても幼体のような黄色と黒のまだら模様なのだった。さて困った。
ええと……脱皮してオトナになると外雌器も形成されて交接できるようになるのは間違いない。それに対して、お尻の模様は別の要因、おそらくは栄養状態によって黄色と黒のまだら模様から黄色とグレーの横縞に変わるのかもしれない。つまり、栄養を十分に摂取してきた20ミリちゃんはオトナになる前からしましまパンツに穿き替えることができた。それに対して、比較的栄養不足の17ミリちゃんはオトナになってもまだら模様のパンツを穿いているという仮説である。そして17ミリちゃんがオトナになったのだとしたら、これからは太る方向へ成長するだろう。ある程度太ったらしましまパンツに穿き替えるんじゃないだろうか。
今日は風が強いので、何枚かのジョロウグモの網の係留糸が切れて網がロープ状になってしまった。その中には20ミリちゃんの網も含まれる。20ミリちゃんの網は草のてっぺんとか、ツタや樹木の枝先とかから糸を引いているので、強風で草や枝先が暴れると係留糸が切れやすいのだ。
午後2時。
スーパーの東側にいるナガコガネグモの20ミリちゃんが円網を張っていた。隠れ帯は上下に1本ずつだが、冷蔵庫の中でかなり弱ってしまったイナゴをあげた。命を無駄にしたくはないのだ。
午後7時。
オニグモの東南の角ちゃんが横糸を張り終えたところだった。「卵囊を守る」はやめたらしい。
9月3日。曇り時々雨。最低23度C。最高28度C。
午前11時。
オニグモの20ミリちゃんは卵囊の下側にいた。そのお尻は三角おむすび形になっているから産卵した……と思うのだが、2番目の卵囊らしい物は見当たらない。20ミリちゃんの側に不規則網状の糸で覆われている白っぽい塊があるのだが、どう見ても茶褐色の綿菓子ではない。これが卵の集合体だとすると、綿菓子で覆うのを忘れたのか、あるいは、その前に朝になってしまったので、続きは日没後、というつもりなのかもしれない。
体長20ミリクラスにまで成長したオニグモの17ミリちゃんは円網を張り替えたらしいのだが、それが穴一つないまま残されていた。つまり、昨夜は獲物が何もかからなかったというわけだ。
東南の角ちゃんは今日も「卵囊を守る」をしていた。この場合、科学的な表現は「卵囊の側にいる」になるわけだが、この場面を撮影して「卵囊を守るオニグモ」というキャプションを付ければ高く売れるはずだ。
ヒトは一度に産める子の数が少ないために「子供たちを大事にしなさい」と本能にゴシック体で書き込まれている。めざとい商売人はそんなものまで利用して銭儲けを企むのである。
ナガコガネグモの20ミリちゃんは円網の内側の直径25センチくらいの部分だけを張り替えていた(隠れ帯は上下に1本ずつ)。こういうことはオニグモのお向かいちゃんもしていたから、コガネグモ科のクモは雨がやんだら網を張り替えたくなるのかもしれない。それでいて時間の余裕がないので、直径約40センチの外周部分は残して張り替えたわけだ。しかし、隠れ帯を2本付けるくらいなら「今日はお休み」ということにしてもよかったんじゃないか? 人間に例えるなら、少しくらい熱っぽくても出勤してしまうような真面目なタイプのクモなんだろうか。
9月4日。曇り時々雨。最低23度C。最高26度C。
午前1時。
オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていた。2番目の卵囊(?)にはツツジの枯れ葉が何枚か付けられているが、綿菓子にはなっていない。「綿菓子にできないのなら枯れ葉を付けておけばいいじゃない」という考え方らしい。
20ミリちゃんにはとりあえずイナゴを1匹あげておく。
玄関のヒメちゃんにもダンゴムシをあげた。
午前9時。
また間違えた……かもしれない。どうやらジョロウグモの20ミリちゃんはオトナになっていたらしいのだ。
亜成体までのジョロウグモのお尻は黄色と黒のまだら模様なのだが、この段階ですでに黄色とグレーの横縞が隠れていて、お尻が膨らむ方向へ成長していくと横縞模様が現れるということになっているような気がする。
なお、20ミリちゃんと同居している雄は7本脚になっていた。というか、4本脚ちゃんは食われてしまって、別の雄が空いた席に入り込んだという状況ではないかと思う。この辺りは毎日24時間体勢で観察し続ければ検証できると思うのだが、作者には無理だなあ。
体長2ミリ以下くらいの羽虫が集団で飛ぶ場所に網を張っているジョロウグモの網には多数の羽虫がかかっていた。円網の大きさは縦30センチ横20センチくらいで、小指の先ほどの面積に9匹かかっているから、円網全体では100匹くらいの数になっていると思う。さらに、この大きさの羽虫に抵抗することなどできはしないから、ジョロウグモにとっては「捕食」ではなく「収穫」と言える状況になるはずだ。捕帯で獲物の抵抗を封じてしまうという狩りができないジョロウグモにとっては理想的な食べ方だろう。ただし、数十センチ離れた円網にはほとんど羽虫がかかっていなかったから、場所による当たり外れは大きいようだ。
お尻が細いナガコガネグモが1匹、円網の近くにたたずんでいた。おそらく産卵を終えて戻ってきた子だと思う。円網に乗るようならイナゴをあげよう。
体長17ミリほどのジョロウグモの円網には体長25ミリほどのセミが飛び込んできた。セミの翅は粘球が効きやすく、しかも面積が大きいので、いくら羽ばたいても逃げられない。しかし、ジョロウグモも大型で暴れる獲物は苦手なので、近くまで寄っていっても、セミが羽ばたく度に距離を取っている。まあ、円網から脱出する前に疲れておとなしくなれば牙を打ち込めるだろう「暴れなければどうということはない!」である。
※この子は1時間後にはセミを食べ始めていた。
午前11時。
1匹のジョロウグモの円網にワラジムシを投げ込んでみたところ、この子はちゃんと仕留めてしまった。ダンゴムシのように丸くなるとか、コメツキムシのように鞘翅が硬いとか、鱗翅目の幼虫のようにジョロウグモの毒が効かないとかいうことでもなければ仕留められるということらしい。
9月5日。曇りのち晴れ。最低21度C。最高29度C。
午前10時。
オニグモの20ミリちゃんの最初の卵囊が潰れていた。もともと雨が直接当たるような場所ではあるのだが、綿菓子が潰れてしまった卵囊を見るのは初めてだ。綿菓子用の糸の耐久性か何かに問題があったのかもしれない。というか、この子は本当にオニグモなのか?
午後9時。
オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたのでイナゴをあげた。大きめの雌だったので、20ミリちゃんはいったん円網の端まで逃げたのだが、すぐに駆け寄って捕帯を巻きつけていた。
9月6日。曇りのち晴れ。最低22度C。最高33度C。
午前4時。
玄関のヒメちゃんにダンゴムシをあげた。
午前6時。
光源氏ポイントでは体長18ミリほどのジョロウグモと雄が交接していた……のだが、去年のように雄が何度も何度もしつこく交接しようとしない。1度交接すると休憩して、それからまた交接というやり方をしている。その年その年で交接のトレンドが変わるんだろうか?〔んなわけあるかい!〕
気温が低めなので交接し続けるのは難しいのかもしれない。
ジョロウグモの20ミリちゃんは円網の5分の1くらいを張り替えていた。その他にも、作者が獲物をあげている子たちには部分的に張り替えている子や円網を小さくしている子が多い。食べさせすぎだなあ。
なお、20ミリちゃんと同居していた7本脚の雄の姿は見当たらなかった。
午前10時。
用水路ポイントの近くでコガネグモを1匹だけ見つけた。円網は張っていないから産卵を終えて戻ってきた子だろう。
午前11時。
玄関のヒメちゃんがダンゴムシを食べ終えたらしいので、コンクリート面に溜まっていた食べかす(主にダンゴムシ)を片付けた。獲物をあげても、食べかすの下をくぐって不規則網の外へ逃げられてしまうということが現れ始めているのだ。粘球糸は張り直してもらおう。
9月7日。曇りのち晴れ。最低24度C。最高32度C。
午前11時。
スーパーの東側にいるナガコガネグモの20ミリちゃんのお尻が細くなっていた。円網の隠れ帯は下側1本、上側にはあまりジグザグしていないのが1本とほとんど直線のが1本。横糸の間隔も乱れている。産卵の疲れで作業が雑になったようだ。
9月8日。晴れのち雨。最低24度C。最高30度C。
午前5時。
玄関のヒメちゃんの不規則網にアリを投げ込んでみた。コンクリート面まで落ちたアリが歩き出すと、すぐに粘球糸によって吊り上げられてしまった……のだが、ヒメちゃんはアリにお尻を向けている。ダンゴムシ以外は食べたくないということなのかもしれない。
午前6時。
光源氏ポイントでは体長17ミリほどのジョロウグモに体長30ミリほどのよく太ったガをあげてみた。この子は円網の上を転げ落ちていくガを追いかけていって牙を打ち込んだのだが、そこはガの脚だった。大きな獲物なのでまだ羽ばたけるようだが、いずれは毒が効いてくるだろう。逃げられなければ、だが。
20ミリちゃんはどうやら昨日のうちに円網の半分を張り替えて、そのままらしかった。体長17ミリほどのガをあげておく。
午前8時。
気が付いたら、二階屋の天井くらいの高さにある電線の間に3匹のジョロウグモが網を張っていた(おまけに雄も1匹)。もちろん、光源氏ポイントから南南東の方にある2本の電柱の周辺である。なお、この近くには街灯もあるので、その分獲物は多いのかもしれない。
午前9時。
2日前に見つけたコガネグモのお尻は薄べったくなって、その上しわしわだった。円網と呼べるようなものも張っていない。お迎えが来るのを待っているという状態である。お疲れ様。
午前10時。
産卵するとしたらこの辺りだろうと思って見上げた道路標識の裏側で2匹のオニグモが「卵囊を守る」をしていた。あっはっはっはっは。
水田と農道しかない場所だと、雨が直接当たらないのはポールに道路標識を取り付けるコの字断面のプレートの下くらいしかないのだろう。なお、今年のものだとは限らないが、卵囊は3個か4個はあるらしかった。
午後10時。
オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたので、そこらで捕まえた体長15ミリほどのガをあげた。
玄関のヒメちゃんの卵囊は17個になっていた。うーん……卵巣内の卵細胞か、貯精囊内の精子による限界があるはずなんだが……。
9月9日。曇り時々雨。最低24度C。最高30度C。
午前5時。
雨はやんでいる。
ナガコガネグモの20ミリちゃんが縦糸を張り始めたところだった。あとでイナゴをあげよう。
午前7時。
20ミリちゃんにイナゴをあげた。獲物が大きかったせいか、自身の体重が減っていたせいか、久しぶりにDNAロールを見せてくれた20ミリちゃんだった。
帰宅してみるとトイレに体長3ミリほどの黒い甲虫(?)がいたので、捕まえて、玄関のヒメちゃんの不規則網に落とし込んだ。ヒメちゃんは獲物に近寄ると、第四脚2本を交互に使って糸を巻きつけ、それから牙を打ち込んだらしかった。
午前10時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリちゃんは円網の4分の1くらいの範囲を張り替えていた。あまり食欲があるようには見えないのだが、今日はキリギリス体型の体長20ミリほどのバッタ3匹と体長15ミリほどのガ5匹を持参してしまったので、ガを1匹あげてしまう。予想通り、いったん知らん顔をしておいて、それからのろのろと獲物に近寄っていく20ミリちゃんだった。
そして、20ミリちゃんの網には雄が2匹同居していた。1匹は体長10ミリほどで、もう1匹は7ミリほど。どちらも7本脚だ。データは少ないのだが、ジョロウグモの場合、雄をよく食べる雌ほど同居したがる雄が多くなるような気がする。そういう雌は、より確実により多くの卵を産める可能性が高い。したがって、雄にとっては魅力的な存在になるわけだ。「1度でも交接できたなら食われてもいい」という覚悟は、人間の雄には理解し難いだろうとは思うが。
残りの獲物は食欲がありそうな子と、新たに見えるような場所に引っ越してきた子たちに配っておく。
目立たない場所にいたジョロウグモたちが姿を見せるようになるのは、そこに居続けたのでは産卵するのに必要な量の獲物を捕食できないと判断したからだろう。リスクを承知の上で獲物が多い場所に引っ越しせざるを得ないというわけだ。
午前11時。
堤防の上の舗装路では交尾しているトノサマバッタ(あるいはツチイナゴ)が増えてきている。冬が来る前に産卵しようということなんだろう。
午後4時。
スーパーの東側ではナガコガネグモの20ミリちゃんがイナゴをもぐもぐしていた。イナゴをあげてから約9時間である。クモ自身と獲物の体重、気温、空腹度などを補正してからでないと信頼できるデータにはならないのだが、コガネグモの妹ちゃんよりは消化能力が低いと言えるんじゃないかと思う。
午後10時。
オニグモの20ミリちゃんが円網で待機していたので、そこらで捕まえた体長40ミリほどのスズメガをあげた。ガならば、この大きさでもためらわずに牙を打ち込む20ミリちゃんだった。
17ミリちゃんは脚を伸ばしてはいるのだが、円網を張り替える様子がない。ここはまだ営業中の書店の前なので暗くなるのを待っているのかもしれない。
午後11時。
今のところ、作者の部屋には玄関のヒメちゃんの子らしいクモの幼体が4匹いる(他にもいるかもしれないが、確認できていない)。
台所と玄関の左前隅にいる子たちはどちらも体長2ミリほどで、お尻が黒くて頭胸部は赤黒い。玄関の右前隅にいる子は体長1.5ミリほどで、同じような体色。予備のロードバイクの前輪のところにいる子は体長1ミリほどで、お尻も頭胸部もより赤っぽい。ロードバイク子ちゃんは出囊したばかりで、1回脱皮すると1.5ミリ、2回で2ミリほどになるんじゃないかと思う。多数の卵を産むタイプの節足動物の生存率はこの程度なのだろう。
9月10日。晴れ一時雨。最低24度C。最高31度C。
午前2時。
オニグモの17ミリちゃんが円網で待機していたので、体長15ミリほどのガをあげた。この子のお尻もだいぶ膨らんできているから、そろそろ産卵するかもしれない。
午前6時。
オニグモの20ミリちゃんがスズメガを食べていた。もう明るくなっているというのに……そんなに飢えていたのか?
9月11日。晴れのち雨。最低25度C。最高34度C。
疲れているのできょうは1日休む。
9月12日。晴れのち雨。最低25度C。最高33度C。
午前6時。
玄関のヒメちゃんの不規則網の上からダンゴムシを落としてみた。これがコンクリート面まで落ちなくても、ちゃんと宙吊り状態になった。そこに粘球はないことになっているのだから、おそらく飛行性の小型昆虫も捕捉するしかけがあるはずだ。そうでもないとアイガーの北壁ちゃんのような子たちの存在を説明しにくいだろう。なお、ヒメちゃんはあまり積極的に捕食する気がない様子だった。
午前11時。
オニグモの17ミリちゃんがいなくなっていた。引っ越したか、あるいは掃除されてしまったのかもしれない。
東南の角ちゃんの姿も見当たらなかった。
なお、オニグモの卵塊を覆っている綿菓子は雨に弱いようだ。直接雨が当たるところにある卵囊は卵塊らしいものが見えてしまっている。綿菓子は水溶性の糸でできているのか?
9月13日。晴れのち曇り。最低25度C。最高35度C。
午前5時。
眠い。もう少し寝ることにする。
午前8時。
血圧は187と100。昨日飲んだ降圧剤が仕事をしていないようだ。それとも、薬が効いていてこれなのか? とりあえず無理してサイクリングしよう。注意力が低下しているから、車に轢かれないようにしなくちゃ。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長15ミリほどのガを投げ込んでみたのだが、知らん顔をされてしまった。お尻もだいぶ大きくなってきているから、そろそろ産卵するのかもしれない。
なお、この獲物にはヒメちゃんの不規則網の隅に居候していたらしい体長1ミリほどの子グモが寄ってきた。
午前9時。
光源氏ポイントではジョロウグモの20ミリちゃんが円網の3分の2くらいを張り替えていた。そして、同居しているのは体長7ミリほどの雄だけになっている。アリと小さめのハエを1匹ずつあげておく。
20ミリちゃんの他に体長18ミリほどのジョロウグモも円網をわずかに黄色くしていた。この子にはオンブバッタの雄をあげる。
ここにいるジョロウグモの雌たちのうち、雄2匹と同居している子は3匹、雄1匹の子は6匹、独り身の子は11匹だった(探せばもっといるかもしれない)。もっとも、独り身の子たちの多くはいかにも幼体という体型をしている。
午前10時。
道路標識の裏で卵囊を守っているオニグモをまた1匹見つけた。
午前11時。
玄関のヒメちゃんは産卵していなかった。またハズレだ。
「そんなこともあるさ。人間だもの」
午後2時。
ナガコガネグモの20ミリちゃんが円網を留守にしていた。円網そのものは残っているのだから人間に追い払われたわけではないだろう。産卵だろうか?
午後4時。
玄関のヒメちゃんがもぞもぞしている……と思ったら、卵囊が18個に増えていた。卵囊1個の中に40個の卵が詰まっているとして720個である。実際には小さめの卵囊もあるから、もう少し減るだろうが。
ちなみに、ジョロウグモの卵囊に入っている卵の数は400個から1500個だそうだ。お尻が小さくて一度に産める卵の数を増やせないとなると、産卵回数を多くして卵の数を増やすか、ヒメグモのように子育てをして生存率を上げるかする必要があるのだろうな。
9月14日。晴れ一時雨。最低25度C。最高30度C。
午前1時。
玄関のヒメちゃんの不規則網にアリを落とし込んだ。ヒメちゃんは左右の第四脚を交互に使って糸を巻きつけているようだった。
玄関の右前の隅にいるヒメちゃんの子らしい体長2ミリほどのマダラヒメグモの不規則網には体長8ミリほどのワラジムシを落とし込んだ。相対的にかなり大型の獲物になるので苦労している様子だったが、この子も獲物に向かって降りたり戻ったりを繰り返して少しずつ吊り上げようとしている。
午前2時。
オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えた様子だったので、そこらで捕まえたコガネムシをあげた。
9月15日。晴れのち曇り。最低26度C。最高34度C。
午前10時。
光源氏ポイントでは3匹目のジョロウグモが円網を黄色くしていた。
20ミリちゃんに体長15ミリほどの甲虫をあげたのだが、気に入らなかったらしくて捨てられてしまった。食べやすい獲物をあげすぎたかもしれない。
1匹のナガコガネグモは近くにいたジョロウグモのカップルをまとめて捕食していた。しょうがない。生きているということはいつかは死ぬということだ。合掌。
午後7時。
玄関のヒメちゃんの隣に不規則網を張っている体長2ミリほどのマダラヒメグモ(ヒメちゃんの子だと思う)の網に体長5ミリほどのアリを落としてあげた……のだが、この子は知らん顔をしている。それどころか、身動きしたアリに気付いて近寄って行ったのはヒメちゃんの方だった。なんと、そこはまだヒメちゃんの不規則網の範囲内だったのだ。2ミリの子は母親の網に居候していたのらしい。
しかもこの子は、アリに糸を巻きつけているヒメちゃんの反対側からアリに近寄って食いつこうとしているようだった。当然、気が付いたヒメちゃんに追い払われるわけだが、それでも懲りずに何度も近寄っていく。さらに、ヒメちゃんがアリに糸を固定してホームポジションに持ち帰ろうとすると、やはり反対側から糸を取り付けて綱引きに持ち込もうとするのだ。見上げた居候根性である。
※30分後、2ミリちゃんはアリがいた場所を脚探りしていた。諦めが悪い子である。ああっと、これはもちろん褒め言葉だからそのつもりで。
午後9時。
マダラヒメグモの2ミリちゃんはドアの前に不規則網を張ろうとしていた。独立しようという気概は認めるが、そこは開くようにできているんだぞ。
9月16日。曇り。最低25度C。最高27度C。
午前1時。
オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたので、小さめのイナゴをあげた。20ミリちゃんは獲物の下で実に丁寧に円網に穴を開け、そこから捕帯を投げ上げて、バーベキューロールに持ち込んだ。どうも、あまり食欲がなかったのらしい。悪いことをしてしまった。
午後5時。
台所の流し台の上、高さ1.7メートルくらいのところに体長1ミリほどの赤黒い子グモがいた。おそらく玄関のヒメちゃんの子だろう。やはり100匹から200匹に1匹くらいの割合でアイガーの北壁ちゃんタイプが含まれているような気がする。
9月17日。晴れ時々曇り。最低23度C。最高33度C。
午後11時。
玄関のヒメちゃんの卵囊が19個に増えていた。
オニグモの20ミリちゃんは住居から出てきたところらしかった。
9月18日。晴れのち雨。最低25度C。最高33度C。
午前2時。
オニグモの20ミリちゃんは張り替えていない円網で頭胸部を上に向けていた。お尻が重いんだろう。3回目の産卵が近そうだ。
9月19日。晴れのち曇り。最低24度C。最高30度C。
午前1時。
また外した。オニグモの20ミリちゃんが産卵を終えていたのだ。今は古い円網を回収している。これくらいの時間帯から産卵するだろうと思っていたのだけどなあ……。
玄関のヒメちゃんには体長18ミリほどのゴミムシ(?)をあげた。積極的に吊り上げようとしているのだが、さすがに長い脚で暴れる大型昆虫には苦労しているようだ。
※結局は逃げられたらしかった。
午前11時。
オニグモの20ミリちゃんは「卵囊を守る」をしていた。しかし、その3番目の卵囊が潰れていて、黄色い液体が流れ出した跡がある。何かトラブルが発生したらしい。
9月20日。曇りのち晴れ。最低24度C。最高34度C。
午前7時。
サイクリングしていたらサングラスの内側に体長2ミリと3ミリほどの羽虫が1匹ずつ入り込んできた。
水田の側では体長15ミリほどのオニグモ2匹が残業していた。1匹の円網には多数の小さな羽虫がかかっている。これは越冬前の食い溜めだろう。まだまだ暑いのだが、季節は確実に秋に向かっているのだな。
光源氏ポイントではジョロウグモの20ミリちゃんが無色の糸で円網を全面張り替えしていた。かなり空腹らしい。体長15ミリほどのガとベッコウハゴロモをあげておく。
手が届く範囲にいるジョロウグモたちにも、玄関のヒメちゃんが仕留め損なったゴミムシ(?)やオンブバッタの雄などを配って歩く。食べ盛りの子が多いと大変なのである。
午前7時。
殻の直径が17ミリほどのカタツムリが交尾していた。この種の交尾は心臓がピクピクするのが見えるので面白い。
久しぶりにコシロカネグモを見つけた。
午前11時。
帰宅してみると、3匹の小さな羽虫が胸に汗でくっついていた。胸のジッパーを開けて走っていたせいだな。
玄関のヒメちゃんは19番目の卵囊の近くにいた。ああっと、これは「卵囊を守る母親」状態だなあ。あっはっはっはっは。
午後8時。
オニグモの20ミリちゃんが横糸を張り終えたところだったので、そこらで捕まえた体長10ミリほどと15ミリほどの甲虫をあげた。さすがに甲虫だと牙を打ち込めるところを探すのに手間がかかるようだ。
死んだばかりらしいハエも拾ったのでついでに放り込んでおく。
9月21日。曇り時々晴れ。最低25度C。最高27度C。
午前7時。
昨夜はほとんど眠れなかった。
流し台の脇にいる玄関のヒメちゃんの子(多分)は体長4ミリほどになっていた。体長2ミリだった子が体長5ミリほどのアリを食べて4ミリまで成長したというわけだ。確認できている範囲でこの部屋にいるヒメちゃんの子は、この子の他には玄関に3匹しかいない。当たり前の話だが、クモの子が成長していけるかどうかは、基本的にその体長でも仕留められるような獲物に出会えるかどうかにかかっているのだろう。姿を見せなくなった子たちは引っ越したのか、あるいは力尽きてしまったのかもしれない。
そして、一度ヒメちゃんの子が現れた場所には他の子がやって来ないようだ。おそらく獲物の奪い合いになるのを避けているんだろう。それでいて母親がいなくなった後には、ちゃんとそこに入居する子が現れるのである。うまくできているものだと思う。
9月22日。曇りのち晴れ。最低21度C。最高29度C。
午前7時。
玄関のヒメちゃんが直径3ミリほどのつやつやした象牙色の球体にお尻ぺったんぺったんをしている。産んだばかりの卵塊を糸で覆う段階らしい。マダラヒメグモもお尻ぺったんぺったんするんだなあ。できれば、卵囊を造るすべてのクモの産卵を観察してみたいものだ。
約30分後、ヒメちゃんは20番目の卵囊の側でじっとしていた。最初から見ていたわけではないが、産卵開始から卵囊完成まで1時間以内というところだろう。
その近くには体長1ミリほどの子グモが8匹いた。孵化率が低下しているのかもしれない。
午前9時。
いつの間にか体長3ミリほどになっていた台所のマダラヒメグモの不規則網に、ユニットバスの中で捕まえた体長4ミリほどのゴキブリ体型の甲虫を落としてみた。この甲虫は近くにあった非常用の電池式ランタンの紐にしがみついてしまったのだが、それを追いかけていった3ミリちゃんは直接牙を打ち込んで仕留めた様子だった。
これは、粘球糸による吊り上げ(プランA)、糸を巻きつけて抵抗を封じる(プランB)に続くプランCであるかもしれない。まあ、不規則網の内部に紐があるというのは珍しい状況だとは思うが、そういう滅多にない状況にも対応できれば、その分生存率が上がるのだろう。不規則網を張り終えた時点で障害物の存在にも気が付いているはずだしな。
※約30分後、3ミリちゃんは甲虫を紐から引きはがして、ガス漏れ警報器の下に運び込んでいた。
午前11時。
玄関のヒメちゃんは下に降りてお尻をコンクリート面に押しつけ、またホームポジションに戻るというのを繰り返していた。これが「不規則網の補修」と呼ばれる行動なのかもしれない(明るさが足りないのでクモの糸までは見えないのだ)。
午後3時。
ちょっと気の毒だとは思ったのだが、玄関のヒメちゃんの不規則網にワラジムシを落とし込んでみた。ヒメちゃんは不規則網に引っかかったワラジムシというほとんどあり得ない状況に対して、獲物に近寄ったりまた離れたりということをしていたのだが、最終的には牙を打ち込んで仕留めていた。まあ、これも本能のプログラムで説明することも可能なのだが、個人的にはヒメちゃんが「この獲物を仕留めるのにはどうしたらいいのかしら?」と考えた結果であると思いたい。
9月23日。曇りのち晴れ。最低21度C。最高27度C。
午後6時。
オニグモの20ミリちゃんがもともとの住居であるプラスチック板の裏に戻っていた。卵囊を守る気がなくなったのか、それとも、少しでも暖かい所を求めた結果なのかはわからない。
玄関のヒメちゃんにダンゴムシをあげた。ヒメちゃんは近くの卵囊の下に避難してしまったが、そのうちに仕留めるだろう。
9月24日。晴れ時々曇り。最低19度C。最高24度C。
午前1時。
オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたので体長25ミリほどのコオロギをあげた。20ミリちゃんはコオロギの上で円網を大きく切り開き、円網の縁からコオロギが垂れ下がっているような状態にしてから捕帯を投げかけ、それから牙を打ち込んでいた。これは、より安全により確実に仕留めようという行動だろう。コオロギは地上を歩くタイプのバッタなので、飛行することも多いイナゴなどに比べて体重があるのだ。
午前11時。
サクラの葉はほとんど落ちてしまった。代わってヒガンバナやコスモスが咲き始めている。
光源氏ポイントにいるジョロウグモたちの円網は全体的に少しずつ広めになってきているようだ。
円網をかすかに黄色くしていた子は20ミリちゃんを含めて4匹だった。体長10ミリから20ミリくらいのガを5匹と10ミリから15ミリくらいの甲虫3匹を配って歩く。
視線を上に向けてみると、ここに立てられている電柱から北西側へ1.5メートルくらいのところに1匹のジョロウグモが網を張っていた。ロードバイク乗りは基本的に前方と路面を見ていることが多いのだが、たまには上を向いてみないといかんな。後に続く子が現れるかもしれないから。
午後1時。
「卵囊を守る」をしているオニグモをまた見つけた。もっとも、この子の場合はたまたま卵囊があった場所を住居にしているだけかもしれない。
午後5時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長12ミリほどのアリを逃げられない程度に弱らせてから投げ込んでみた。ヒメちゃんは左右の第四脚を交互に使って糸を巻きつけている。
9月25日。曇りのち雨。最低18度C。最高24度C。
午前1時。
オニグモの20ミリちゃんは円網の下半分を回収し終えたところだった。多分、夜が明ける前には張り替えるだろう。そして張りっぱなしのまま住居へ戻るはずだ。〔予想すると外れるぞ〕
台所にいる体長4ミリほどのマダラヒメグモ(多分)の不規則網に冷蔵庫に入れておいたアリを落とし込んでみた。アリはすでに力尽きていたので、この子は見当違いの方向へ向かってしまったのだが、なんとかアリにたどり着いて牙を打ち込んだらしかった。
午前3時。
また外した。オニグモの20ミリちゃんは円網を半分だけ回収したところで立ち往生していたのだ。しょうがない。冷蔵庫の中で力尽きていたガを残っている部分に投げ込んでおく。
スーパーの南側に体長5ミリほどのマダラヒメグモ(多分)がいたので、その不規則網に同じくらいの体長のガを投げ込んでみた。獲物に気付いたこの子は、ガが羽ばたく度に近寄っていって糸を巻きつけ始めた。当たり前のプランBだが、吊り上げようとしないということは、獲物がガ、というか、まず糸を巻きつけて抵抗を封じるべき獲物であるということを理解しているわけだ。おそらく、ダンゴムシなどの短い脚による糸の振動とアリの長い脚やガの羽ばたきによる振動の性質の違いで判断しているんじゃないかと思う。
午前7時。
体長10ミリほどのゴキブリの子虫を捕まえたので、玄関のヒメちゃんの不規則網に落とし込んだ。これが不規則網に引っかかったので、ヒメちゃんはプランBに従って腹部側と頭部側から糸を巻きつけ、それから牙を打ち込んだらしかった。
午前11時。
オニグモの20ミリちゃんは円網の残り半分を回収していなかった。
午後4時。
トイレに体長4ミリほどの黒いクモがいた。第三脚が短くないので徘徊性のクモだろうと思うが、何グモかまではわからない。
9月26日。晴れ時々曇り。最低20度C。最高27度C。
午前9時。
今日も冷蔵庫から出してきたガやそこらで捕まえたハエなどを光源氏ポイントにいるジョロウグモたちに配って歩いた。
そして、ジョロウグモの1匹には弱らせた小さめのイナゴをあげてみた。さすがにこんな大物には飛びついてはくれないのだが、2時間後に見た時にはちゃんと食べていた。「暴れなければどうということはない!」である。
午前11時。
稲刈りが済んだ水田近くの電柱の横で体長20ミリほどのオニグモが残業していた。円網には多数の羽虫がかかっているのだが、越冬するのには足りなそうなので、そこらで捕まえたイナゴを投げ込んであげた……のだが、これが落下してしまう。横糸の粘球がかなり劣化しているようだ。3回目でようやく円網に引っかかって、捕帯を巻きつけてもらえた。
なお、粘球が劣化しているかどうかを判断するための世界共通の基準というものは、おそらくまだ存在していないと思う。そこで、作者の場合はアリを投げ込んでも落ちてしまうようなら「劣化している」と判断しているからそのつもりで。論文屋さんが大好きなショウジョウバエがかかればいいという基準を採用すればもっと長持ちすることになるだろうが、それではハエクラス以上の獲物を捕捉できるとは思えないのだ。逆に「ガを捕捉できるか」を基準にすると、せいぜい5時間か6時間で劣化するだろう。まあ、基本的に夜行性で越冬できるオニグモにとってはそれで十分なのだろうが。
9月27日。雨時々曇り。最低19度C。最高25度C。
午前1時。
オニグモの20ミリちゃんは張り替えた円網のこしき部分で横向きになっていた。何か獲物を食べているようだ。お代わりとして、そこらで捕まえた体長15ミリほどのコオロギの子虫をあげる。越冬するにしろ、卵巣内の卵を使い切ってしまうにしろ、残された時間はわずかだろうと思うので特別サービスである。
20ミリちゃんはコオロギの下に潜り込んで捕帯を投げ上げてから円網に穴を開け、そこに入り込んでバーベキューロールで捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んだらしかった。この程度の大きさの獲物なら切り開いた円網を被せる必要もないと判断したのらしい。
午前2時。
玄関のヒメちゃんは体長5ミリほどのガを食べているようだ。
そして、ヒメちゃんの子で生き残っているのを確認できたのは6匹しかいない。どうも最初の不規則網を張ってから獲物を食べて、不規則網分のコストを回収できないと生きていけないのらしい。多数の卵を産むタイプの生物の生存率などこの程度なのだろう。やはり、小バエを駆逐してしまったのは間違いだったようだ。
午前6時。
オニグモの20ミリちゃんは住居の近くで獲物を食べていた。住居に持ち込める大きさではなかったということだろう。
午前7時。
スーパーの南側で小指の先くらいの糸の塊を2個見つけた。片方を引き裂いてみると、脱皮殻らしい物がいくつか入っていたから、出囊済みの卵囊だろう。その近くには糸で内張りされた穴もあったから穴居性のクモがいるのか、いたのかだろうな。もちろん、何グモなのかまではわからないが。
午後9時。
オニグモの20ミリちゃんが横糸を張り始めていた。昨日、コオロギの子虫を食べておきながらこの時間に円網を張るということは、越冬するつもりなのかもしれない。
玄関のヒメちゃんの不規則網にダンゴムシを落とし込んだのだが、知らん顔をされてしまった。お尻もだいぶ大きくなっているから「お腹いっぱいでもう食べられない」というところだろうか?
去年、オニグモの25ミリちゃんが残した2個くっついている卵囊を剥がしてきた。これを2つに切り分けて、片方を水に浸けてみようと思う。クモの糸が古くなると繊維が安定化して水に強くなるという可能性もあるのだが、とりあえずやってみよう。
なお、卵塊のすぐ外側の糸の層は白かった。茶褐色になっているのは、表面の糸だけだ。
※この卵囊の卵塊があったはずの部分には薄桃色と黒色の粒が詰まっていた。25ミリちゃんは8月29日に交接して9月8日には産卵している。さらに2回目の産卵は9月24日だ。というわけで、受精しないまま劣化してしまった卵を捨てるために産卵したという可能性もあるかもしれない。
なぜ無精卵を捨てるのにわざわざ卵囊という形にしたかというと、むき出しの卵塊だと肉食昆虫を呼び寄せてしまうからではないかと思う。あるいは、有精卵だろうが無精卵だろうが、産卵する時は卵囊にしなければならないと決められているのか、だな。こういう部分はきちんと本能にプログラムしておかないと子孫を残すのに支障が出かねないのだ。
午後11時。
オニグモの20ミリちゃんに体長15ミリほどのガを2匹あげた。
オニグモの綿菓子を約2時間水に浸けておいたのだが、変化した様子がまったく見られない。うーん……出囊していない卵囊で実験するわけにもいかないのだが……。
9月28日。曇り。最低22度C。最高26度C。
午前9時。
光源氏ポイント近くで残業している体長20ミリほどのオニグモを見つけた。そこで、円網に体長15ミリほどのガを投げ込んでみたのだが、円網の反対側の端まで避難されてしまった。これではホームポジション経由で駆け寄るまでにガは鱗粉を残して飛び去ってしまう。この時間では粘球が劣化しているだろうと思って、少し強めに投げたのがいけなかったらしい。幸いなことにポケットにはガが残っていたのでやり直す。結局3匹目でやっと牙を打ち込んでもらえた。残業しているオニグモには冷凍してあるイナゴを解凍してからあげた方がいいかもしれない。
その近くにあった別のオニグモの円網には小さな羽虫が大量にかかっていた。秋が来ているのだなあ。
午前10時。
ジョロウグモの20ミリちゃんはカメムシを仕留めたところだった。あえて、その円網にガを投げ込んでみると、20ミリちゃんはガも仕留めてホームポジションの近くに固定してから、またカメムシを食べ始めた。ちゃんと順序よく食べるつもりらしい。
午後9時。
玄関のヒメちゃんの不規則網にアリを落とし込んでみた。しかし、ヒメちゃんはまったく反応しない。おそらく「いいクモ生だったわ」という気持ちになってしまったのだろう。だいたいダンゴムシ1匹で1回産卵。それを20回。卵囊1個の中には最大40個の卵。これがヒメちゃんの限界だったようだ。なお、スーパーの南側には二回りくらい大きいマダラヒメグモの卵囊が3個残されている。
9月29日。曇り。最低21度C。最高24度C。
午前6時。
オニグモの20ミリちゃんはこしき部分に古い糸が残された円網を張ったまま住居へ戻ったらしかった。古い糸を食べるだけの時間がなかったか、あるいは食欲がないのに円網の張り替えを始めてしまったかだろう。
「そんなこともあるさ。オニグモだもの」
午前11時。
玄関にいるマダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に体長5ミリほどのアリを落とし込んでみた。これが正解で、不規則網に引っかかった獲物に少しずつ近寄っていって糸を巻きつけてくれた。この子の不規則網に体長5ミリクラスのダンゴムシやワラジムシを投げ込んでもコンクリート面まで落ちてしまうし、この子の方も獲物が通過したことにすら気が付いていない様子だったのだが、これでやっと育てることができそうな気がしてきた。
台所にいる体長2ミリほどの子の不規則網にも2ミリほどのアリを落とし込んでみると、この子もちゃんと糸を巻きつけてくれたようだった(老眼なので断言はしかねる)。おそらく、この程度の体長のマダラヒメグモの場合はダンゴムシやワラジムシなどの歩行性節足動物は重すぎて吊り上げられないことが多いのだろう(粘球糸の本数も少ないような気がする)。小バエのような小型の飛行性昆虫を狙っているんじゃないだろうか?
ガス漏れ警報器の下にいた子は姿が見えなかったのでライトで照らしてみると、警報器の下側のスリットに入り込んでいた。ネコと同じで、狭いところに入り込むと安心するんだろう。
ただし、台所の2ミリちゃんだけは入り込むような隙間や角がないせいか、空中に浮いているように見える状態で待機している。
午後8時。
オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたので小さめのイナゴをあげた。始業時間がどんどん早くなっていくなあ。
午後9時。
台所にいるガス漏れ警報器ちゃんの不規則網に体長2ミリほどのアリを落とし込んでみた。不規則網に引っかかったアリがもがき始めると、体長3.5ミリほどになっていた警報器ちゃんが駆け出してきて、糸を巻きつけてから警報器の下に運び込んでいた。
ヒメグモ科のクモの場合、獲物が身動きしないと「獲物だ」と認識しないので厄介だ。かといって、暴れすぎると不規則網から脱出されてしまうし……。
9月30日。曇り。最低19度C。最高23度C。
午前10時。
冷凍室に入れておいたイナゴを取り出してみたら、大部分が黒く変色していた。こんなものをクモたちにあげるわけにはいかない。セミもコガネムシもまとめて捨てることにする。
うちの冷蔵庫はドアが1枚しかないタイプなので、ちゃんと冷凍できていなかったようだ。冷凍室が独立している冷蔵庫に買い換えるべきだろうかなあ……。
午前11時。
光源氏ポイントでも体長10ミリほどのオニグモが残業していた。体長15ミリほどの甲虫を咥えていたので手は出さないでおく。
今日もジョロウグモたちにガを配って歩いた。十分に太った子たちに対するサポートは終了してもいいような気もするのだが、作者はイナゴやガを見ると捕まえたくなってしまうのだ。
午後9時。
オニグモの20ミリちゃんが住居から出てきたところだった。作者が寝る前に円網を張り替えるようなら冷蔵庫に入れてあるガをあげよう。
10月1日。曇りのち雨。最低18度C。最高25度C。
午前1時。
オニグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。しょうがないので、そこらで捕まえた体長15ミリほどの甲虫をあげた。粘球が劣化した円網ではガを捕捉し難いのである。
午前9時。
光源氏ポイントでは体長4ミリほどのゴミグモが円網にもやもや型プラス上下に線状という隠れ帯を付けていた。「ゴミがないのなら隠れ帯を付ければいいじゃない」ということらしい。
体長12ミリほどのジョロウグモの雌と8ミリほどの雄が交接していた。ジョロウグモの雌としてはかなり小さい方だが、もう10月だ。大きくなることを諦めて、少数の卵を確実に産むことにしたのだろう。こういう生き方ができる子もいるということがジョロウグモが繁栄する要因の一つなのではないかと作者は思う。
午前10時。
女王様ポイントの近くの陽当たりのいい場所にはジョロウグモが20匹以上いた。どうも、オトナのジョロウグモは陽当たりと風通しがいい場所を好むのが一般的であるような気がする。去年の女王様はよほどの変わり者だったんじゃないかなあ。
ここにいるジョロウグモたちの1匹には雄が4匹同居していた。雌の数でも雄の数でも光源氏ポイントより上である。積極的に獲物をあげるくらいでは環境のハンデを克服できないようだ。人間の力などこの程度なのだろう。
午後8時。
オニグモの20ミリちゃんが古い円網を回収しているところだった。張り替えが終わったら獲物を何かあげよう。
午後11時。
20ミリちゃんはカメムシを仕留めていたのだが、オンブバッタの雌をあげてしまう。疲れているのか、20ミリちゃんはのそのそと捕帯を巻きつけていた。
10月2日。晴れ時々曇り。最低20度C。最高30度C。
午前8時。
オニグモの20ミリちゃんはオンブバッタを円網に固定したまま住居へ戻ったらしかった。そんなにカメムシが好きなのか? オンブバッタは迷惑だったのかよ。
午前10時。
光源氏ポイントの近くで3本脚のジョロウグモを見つけた。体長は17ミリほどで、ちゃんと円網も張っている。枯れ草の下にいた体長7ミリほどの甲虫をあげると、糸を弾いてから駆け寄って牙を打ち込んだ。
いやだなあ……。こんなものを観察してしまうと「クモは脚が減っても生きていける」という与太話を認めざるを得なくなってしまうではないか。体長15ミリ以上のガで実験してやろうかな。それなら多分、「脚が減るのは大きなハンデになる」という結果が得られるはずだ。
午前11時。
堤防の上では小さな羽虫が群れ飛んでいた。口を開けたまま走っているとタンパク質を補給してしまいそうだ。
ジャージやレーサーパンツにひっついている羽虫はポリ袋に入れて持ち帰る。体長2ミリ以下のマダラヒメグモの幼体にあげるのにちょうどいいサイズなのだ。
午後1時。
また外した。玄関のヒメちゃんが21個めの卵囊を造っていたのだ。一時的に食欲をなくしていたのは単なる体調不良だったのかもしれない。
と思っていたら、ヒメちゃんの不規則網に体長3ミリほどのクモがそろそろと侵入してきた。画像を拡大してみると触肢が丸く膨らんでいるから雄だと思うんだが、21回も産卵した雌のところへなにをしに来たんだ?
午後2時。
ヒメちゃんと雄は約5センチまで接近していた。
午後3時。
約2センチだ。ヒメちゃんは追い払おうとしないし、逃げる様子もない。真っ直ぐ向き合わずに体の軸を斜めにずらして対峙している。
あり得る可能性としては、ヒメちゃんの貯精囊が空っぽになったことを察知した雄が精子を補給するために現れた……なんだが、すべての卵子を受精させられるだけの精子をストックしていなかったのか? あるいは、通常は20回以上も産卵することはないので、足りなくなったら補給というシステムになっているんだろうか? その場合は次か、その次の卵囊の孵化率が上がるかもしれないんだが……。
午後4時。
ヒメちゃんは雄に対して横向きになっていた。距離は変化なし。
午後7時。
ヒメちゃんたちの距離に変化はない。ただ、ヒメちゃんは少しずつ時計方向に回転しているらしくて、今はヒメちゃんの右側に雄がいるという形になっている。まったく……クモは何を考えているのかわからん。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕
午後9時。
玄関の脇の郵便受けの上にも体長2ミリほどのマダラヒメグモらしいクモがいた。高さは1.7メートルくらい。その近くには卵囊が3個あったから、けっこう人気のある場所らしい。郵便受けの屋根部分(?)と壁を使えば不規則網も張りやすいのだろう。
10月3日。雨のち曇り。最低20度C最高23度C。
午前2時。
かなりの雨が降っている。
部屋の中に体長7ミリほどの羽アリ(?)が飛んでいたので、捕虫網で捕まえて玄関のヒメちゃんの不規則網に落とし込んだ。
午前7時。
マダラヒメグモの雄(多分)がヒメちゃんの不規則網に戻ってきていた。しかも、ヒメちゃんの目の前で作者があげた羽アリを食べているようだ。どうなっているのかわからないが、これはこれで面白いかもしれない。しばらくの間は放っておこう。
午後1時。
玄関のヒメちゃんに体長7ミリほどのアリをあげた。今回は雄が知らん顔をしていたので、ちゃんとヒメちゃんが仕留めていた。積極的とは言えない狩りではあったが。
午後6時。
玄関のヒメちゃんの不規則網の上から小さな羽虫を数匹ばら撒いた。昨日捕まえた獲物なので冷蔵庫の中で力尽きてしまっているのだが、少なくとも不規則網に引っかかった2匹には糸を巻きつけてくれるヒメちゃんだった。
午後8時。
オニグモの20ミリちゃんが3番目の卵囊の残骸の側にいた。産卵するつもりなのかもしれない。雨がパラついているんだけどなあ……。
10月4日。晴れ時々曇り。最低21度C。最高30度C。
午前7時。
玄関のヒメちゃんは小さな羽虫らしいものをもぐもぐしていた。
雄の姿は見当たらない。
午前10時。
オニグモの20ミリちゃんは卵囊の側から動いていない。産卵し損なったんだろうな。
午前11時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に体長3ミリほどのアリを落とし込んだのだが、右前隅ちゃんと同時に居候らしい体長1ミリほどの子も反応した。さらに、このアリがコンクリート面まで落下すると、別の体長1ミリほどの子が近寄って吊り上げたのだった。マダラヒメグモは居候生活をすることも居候されることもあまり気にしないタイプなのかもしれない。
午後8時。
玄関先に体長5ミリほどの羽アリ体型の昆虫がいたので、ヒメちゃんの不規則網に落とし込んでみた。ヒメちゃんは不規則網に引っかかってもがく獲物に近寄ると、左右の第四脚を交互に使って糸を投げかけた。それからいったん距離を取り、また近寄って糸を投げかけ、さらに間合いを詰めて牙を打ち込み、それからまた糸を投げかけていた。
ダンゴムシのような地上を歩くタイプの獲物を狙っていても、不規則網に飛び込んでくる飛行性昆虫をゼロにできるわけはないのである。
10月5日。雨時々曇り。最低21度C。最高21度C。
体長200ミリほどのネズミがお隣の家の植木鉢に溜まっている水を飲んでいた。明るくないせいかもしれないが、この時間帯に活動するのは珍しいんじゃないかと思う。
午後10時。
なんてこった! 玄関のヒメちゃんが22回目の産卵をしていたぞ。
午後11時。
ヒメちゃんに体長5ミリほどの羽アリ(?)をあげた。産卵祝いである。
10月6日。雨のち曇り。最低18度C。最高25度C。
午前8時。
大変だ! オニグモの20ミリちゃんが魔女の呪いでアマガエルに変えられてしまった。〔んなわけあるかい!〕
実際にはアマガエルが近づいてきたので、20ミリちゃんが下にあったツツジの葉の上に避難したという状況らしい。
午前9時。
光源氏ポイントでは、ジョロウグモの20ミリちゃんが円網の向かって左半分をほとんど無色の糸で張り替えていた。この時期のジョロウグモの食欲は実にわかりやすいのである。体長15ミリほどのガをあげておく。
かすかに黄色い糸で円網を張り替えていた子は他にもいたので、できる範囲で獲物を配って歩いた。
午後1時。
玄関先でアリを1匹捕まえたので、ヒメちゃんの不規則網に落とし込んだ。
もしかすると、ヒメちゃんがダンゴムシを食べなくなったのは作者が掃除をしてしまったせいかもしれない。マダラヒメグモはダンゴムシを噛み砕けないらしくて、掃除をしないとダンゴムシそのものの形をした食べかすが溜まる一方なんだけどなあ……。
今日は小さな羽虫が1匹も飛んでいなかった。どうなっているんだろう?
10月7日。曇りのち晴れ。最低19度C。最高27度C。
午前11時。
玄関の脇でアリを捕まえたのでヒメちゃんにあげた。マダラヒメグモは身動きしないものは獲物だと認識しないので厄介だ。逆に大暴れする昆虫だと粘球糸を引きちぎって逃げてしまうし……。もっとも、手に負えないような獲物など逃げてもらった方が余計な苦労をしなくて済むということなのかもしれないのだが。
ゴミ袋の上に体長5ミリほどのアシナガグモの仲間がいた。悪いけど、明日は燃えるゴミの日だぞ。
天井から吊り下げているLEDライトには体長5ミリほどのハエトリグモの仲間がいた。残念ながら、作者はハエトリグモに獲物を与える方法を知らない。
10月8日。雨時々曇り。最低18度C。最高19度C。
午後5時。
玄関のヒメちゃんの卵囊群の周囲に体長1ミリほどの黒っぽい子グモが29匹いた。もしかすると、12匹なんてのは分散に出遅れたグループだったのかもしれない。24時間体制で観察できればいいんだろうけど、無理があるしなあ……。
10月9日。雨のち晴れ。最低16度C。最高19度C。
午前10時。
玄関のヒメちゃんに体長12ミリほどのアリをあげた。身動きする獲物ならすぐに近寄って糸を巻きつけてくれるのだ。
子グモたちは15匹になっていた。気温が下がった分、分散が遅くなっているのかもしれない。
10月10日。晴れ時々曇り。最低16度C。最高21度C。
午前7時。
玄関のヒメちゃんの子グモたちは全員いなくなっていた。
午後9時。
オニグモの20ミリちゃんのお尻がぺったんこになっていた。産卵したとしか思えないが、卵囊は見当たらない。
午後1時。
隣の空き部屋のドアにサナギが1個付いていた。薄い茶褐色で、頭部からは角らしいいものが前に2本、その後ろに1本突き出ている。これはトリケラトプスのサナギに違いない。〔恐竜はサナギにならない! 角の配置も逆だ!〕
10月11日。晴れ。最低14度C。最高24度C。
午前9時。
光源氏ポイントではジョロウグモの20ミリちゃんとその隣の子のお尻が見事なボンレスハム型になっていた。いつ産卵してもおかしくないというほどのお尻なのだが、円網の半分は張り替えている。食欲があるうちは産卵しないだろうと思うんだが、どうなんだろう?
横糸の間隔が乱れているジョロウグモの円網もあった。その網の主は6本脚だ。左の第三脚と第四脚を失っているせいで横糸の固定位置を安定させられないようだった。
午前11時。
コガネグモの妹ちゃんが円網を張っていた場所の近くで体長7ミリほどのコガネグモの幼体(多分)を見つけた。もちろん、妹ちゃんの子だと断言することはできないが。
午後7時。
オニグモの20ミリちゃんが風に揺れていた。脚先をツンツンしても反応がない。体長20ミリで4回産卵したのなら大往生と言えるだろう。合掌。
10月12日。晴れ。最低15度C。最高24度C。
午後1時。
玄関のヒメちゃんの不規則網にワラジムシを投げ込んだのだが、吊り上げられない。やはり粘球糸が働いていないようだ。ワラジムシは不規則網の中から出て来てしまったので、捕まえた場所にリリースしておく。
代わりに体長15ミリほどのクロオオアリの大顎を折り、さらにまともに歩けなくなるくらいに弱らせてから不規則網に落とし込んだ。これほど大型のアリは危険だろうという判断である。ヒメちゃんは獲物に近寄って糸を投げかけ、腹部の後端に牙を打ち込んだらしかった。
念のためにと用意した体長5ミリほどのアリ2匹が余ってしまったので、それぞれガス漏れ警報器ちゃんと玄関の右前隅ちゃんにあげた。なお、ガス漏れ警報器ちゃんの体長は4ミリほど、右前隅ちゃんは3ミリほどになっていた。
午後2時。
うわああ! とんでもないものを見てしまった。玄関のヒメちゃんがクロオオアリに投げかけた糸の画像を拡大してみたら、その糸に白い点が並んでいたのだ。糸が太くなったり細くなったりしているのがフラッシュの光で強調されているのらしい。
こんなものを粘球糸原理主義者に見られたら「粘球糸に違いない」と言われてしまうに違いない。こういう場合、論文屋さんなら画像を消去して見なかったことにしてしまうんだろうけどなあ……。
とにかく、「この糸の太さは一定ではないようだ」とだけ言っておこうか。触れて確認するわけにもいかないのだし、見た感じでは「粘球」と言えるほど球形でもないようだし、第四脚で引き出す速度が一定でないために太さにばらつきができているという可能性も否定できないだろうし。
午後6時。
玄関のヒメちゃんはまた産卵をしたらしかった。今は23個目の卵囊の側にいる。アリをあげたのは迷惑だったかもしれない。
午後7時。
ヒメちゃんがアリを食べていた。マダラヒメグモの産卵を正確に予測できるようにならないといかんなあ。
午後10時。
台所の壁に体長5ミリほどのアシナガグモ体型のクモがいた。この時期だと越冬するのに適した場所を探しているのかもしれない。
10月13日。晴れ。最低15度C。最高23度C。
午前7時。
玄関のヒメちゃんはまだアリを食べている。食欲があるということは、まだ産卵できるということなんだろうか? この子がいるのに気が付いてから1年くらいにはなるんだけどなあ……。
※渡辺修二氏、藤井忠志氏、鈴木まほろ氏による『岩手県立博物館報告 第34号 2017年3月 9~11ページ』にはマダラヒメグモについての報告がある。その中には「……本種はある程度風や雪が遮られる場所であれば、県内の屋外の環境で越冬できると考えられる。環境が合えば、山地等でも繁殖及び越冬し、定着する可能性がある。……」などと書かれていた。
いつもの、誰によって考えられるのかわからないと思われる気持ち悪い文章だが、マダラヒメグモは寒さに強く、越冬する能力を持っているということらしい。
午前10時。
光源氏ポイントでは、ジョロウグモの雄が1匹、穴だらけの円網に取り残されていた。産卵シーズンが始まったらしい。
ジョロウグモの20ミリちゃんも円網を張り替えていないようだった。とは言っても、イナゴの後脚を投げ込むと駆け寄って牙を打ち込んだから、空腹ではないだけという可能性も否定できない。観察を続けよう。
その隣の子は円網を縦60センチ、横80センチくらいまで広げていた。この子の産卵はまだ先だろう。体長15ミリほどのガをあげておく。
10月1日に交接していた子のお尻はラグビーボール型になっていた。当たり前の話だが、小柄な子は獲物が少なくても太れるようだ。イナゴの雄を弱らせてからあげておく。
午後3時。
玄関の右前隅ちゃんが住居から出てきていた。これは食欲があるというサインかもしれない。体長5ミリほどのアリを少し弱らせてから落とし込んでみると、飛びついて糸を巻きつける右前隅ちゃんだった。
ガス漏れ警報器ちゃんの食欲はよくわからん。不規則網が狭いところに張ってあるので、獲物がかかったのがわかりにくいのかもしれない。
午後11時。
スーパーの南側でオオヒメグモのものらしい卵囊を10個見つけた。いつ産んだのかまではわからない。
そのうちの2個は2メートル以上の高さに取り付けられていたから、オオヒメグモにもアイガーの北壁ちゃんタイプがいるということになるだろう。
10月14日。晴れのち曇り。最低15度C。最高23度C。
午前10時。
光源氏ポイントでは、今日も1匹のジョロウグモの雄が穴だらけの円網にたたずんでいた。もしかするとこの穴は円網にかかっていた小さな羽虫を食べた跡かもしれない。雌がいなくなったら好きなだけ食べられるわけだ。
1匹のジョロウグモの円網にキリギリス体型のバッタを投げ込んだら、それを仕留めた雌に同居していた雄が近寄って交接した。すぐに追い払われていたが。
背骨の両脇が膨らんでいるアマガエルもいた。冬眠に入る前に十分な量の獲物を食べる必要があるんだろう。
今日は涸沼方面へ行ってみようと思う。
午前11時。
自販機の前で休憩していて、ふと上を見ると、半透明の波板の下に体長30ミリほどのジョロウグモがいた。お尻が細いし、円網を張っている様子もないから産卵を終えた子だろう。自販機は夜でも明るいので獲物が多いんだろうな。
その近くには直径5ミリくらいのオオヒメグモの卵囊らしいものが二群に分かれて80個くらいあった。1年でこれだけ産んだとも思えないので、先祖代々、何年も不規則網を張り続けてきた一族がいたんだろう。
涸沼の近くではイチョウの黄葉が始まっていた。カキの実もオレンジ色になっている。秋なんだなあ。
午後2時。
近所に生えているスミレの実が3つに割れて種が見えていた。
スーパーの南側では体長5ミリほどのマダラヒメグモが体長2ミリほどの羽虫を仕留めているところだった。
10月15日。晴れ。最低15度C。最高27度C。
午前1時。
マダラヒメグモのガス漏れ警報器ちゃんの不規則網に体長4ミリほどのダンゴムシを落とし込んでみた。
同じくらいの体長になっていたガス漏れ警報器ちゃんは、いったん警報器のスリットの中に逃げ込んでしまったのだが、丸くなっていたダンゴムシが身動きを始めると、その近くまで降りて行っては戻り、降りて行っては戻りというのを繰り返した。その度にダンゴムシは吊り上げられていくのだった。
※多くの論文屋さんは、この狩りに対して「釣り上げ」という表記を使うのだが、作者はまだ、マダラヒメグモの粘球糸に釣り針が付いているのを確認していない。確認するまでは「吊り上げ」を使うことにする。あしからず。
午前10時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長6ミリほどのダンゴムシを投げ込んでみた。宙吊りになったダンゴムシがもがき始めると、ヒメちゃんはそろそろと近寄っていったのだが、積極的に仕留めようとはしなかった。まあ、そこに獲物がかかっていることを憶えていれば、そのうちに食べてもらえるだろう。
念のために捕まえておいた体長4ミリほどのアリは台所の壁際にいる体長1ミリほどの子にあげた。この子はかなり積極的にアリの周囲をぐるぐる回っている。
※10分くらい経ってから見に行くと、この子はアリの頭部に食いついていた。
午前11時。
ヒメちゃんにあげたダンゴムシが壁際を元気に歩きまわっていた。ヒメグモ科のクモの食欲を見切るのは難しいのだ。
体長50ミリほどのスズメガの仲間を捕まえてしまった。光源氏ポイントへ行かなくちゃ。
午後1時。
念のために、ヒメちゃんの不規則網に体長5ミリほどのアリを落とし込んでみた。ところが、不規則網に引っかかったアリは体長1ミリほどの子グモ4匹に囲まれてしまったのだった。ヒメちゃんは知らん顔である。
どうしてこんなことが起こるのかを推理してみようか。
(1)自分の子はかわいいので盗み食いをされても許す。
こういう哺乳類的な考え方を節足動物の生態学に持ち込むべきではない……とは思うんだが、「まったくない」と言い切れるほどのデータもないのだよなあ。一応、ヒメちゃんの子グモたちなんだし……。
(2)子グモが起こせるくらいの振動では獲物だと認識されない。
例えばジョロウグモだと、円網にかかったのが体長2ミリくらいの羽虫であってもちゃんと感知できるようだ。しかし、不規則網の感度、あるいはヒメグモ科のクモの感度はそこまで高くないような気がする。
(3)ただ単に食欲がない。
今のヒメちゃんはワラジムシもダンゴムシも吊り上げられない。吊り上げ用の粘球糸を張っていないのらしい。食欲は確実に減退しているわけだ。それなのにどうして産卵できるのかがわからない。
例えばオニグモやナガコガネグモだと、産めるだけの卵を産んでしまうと、とたんに食欲をなくして円網を張り替えなくなるのだが……マダラヒメグモは産卵限界が近づくにしたがって食欲が低下していくが、いきなりゼロになったりはしないのかもしれない。まあ、「23回も産卵させる方が悪い」と言われたらそれまでなんだが。
午後2時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていなかったので、お隣ちゃんの円網にスズメガを投げ込んだ。
スズメガは10センチくらい転がり落ちてしまったのだが、お隣ちゃんはそれを追いかけて牙を打ち込んでいた。何度も言うようだが、かかったのがガであれば、ジョロウグモも積極的に捕食するのである。
※「翅の面積が大きい獲物であれば……」と言うべきかもしれない。イエバエなどにガの翅を移植してから円網に投げ込むという実験をすればいいんだろうけど、めんどくさいんだよなあ……。
午後5時。
帰宅してドアを開けたら、玄関のヒメちゃんがアリを食べていた。子グモたちの姿はない。確実に自分の子であっても獲物を譲る気はないのらしい。「母は強し」である。〔……意味が違うんじゃないか?〕
もっとも、ニートの存在を許していたら、分散していく子はいなくなってしまうだろうけど。
10月16日。曇り一時雨。最低17度C。最高27度C。
午前7時。
玄関のヒメちゃんの卵囊群の周囲に子グモが20匹くらいいた。
午前10時。
ヒメちゃんの子グモたちが37匹になっていた。
冷蔵庫に入れておいたイナゴの後脚が1本外れていたので、ヒメちゃんの不規則網に落とし込んだ。おそらく気付いてもらえないだろうな。
午前11時。
光源氏ポイントではジョロウグモの20ミリちゃんがいなくなっていた。その他に少なくとも2枚、主のいなくなった円網があるようだ。
お隣ちゃんは今日もスズメガをもぐもぐしている。食べきるまでに3日以上はかかるんじゃないかと思う。
午後1時。
玄関先で体長15ミリほどの細身のガを捕まえたので、少し弱らせてからヒメちゃんの不規則網に投げ込んだ。ヒメちゃんは知らん顔をしていたが、30分くらい経ってから確認すると、ちゃんと牙を打ち込んでいた。なお、イナゴの後脚に手を付けた様子はない。
子グモたちは42匹になっていた。ただし、一つ前の卵囊から出囊して居候をしていた子が混じっている可能性も否定できない。
今日はサドルの角度を少しだけ(固定ボルトを4分の1回転)高速型にしてみたのだが、30キロくらいで胸の筋肉に痛みが出てしまった。情けない。帰宅した後に元のセッティングに戻した。
10月17日。晴れ時々曇り。最低19度C。最高24度C。
午前2時。
玄関のヒメちゃんはガを食べ続けている。
ヒメちゃんの子グモたちもまだ分散していない。
午前9時。
ヒメちゃんの子グモたちは23匹になっていた。
午前10時。
また外した。光源氏ポイントにいるジョロウグモのお隣ちゃんがスズメガを食べ終えていたのだ。円網の向かって左半分も張り替えたらしいので、冷蔵庫に入れてあったイナゴを弱らせてからあげておく。
円網を張り替えていないジョロウグモは、17ミリちゃんを含めて少なくとも3匹はいるようだった。
今日はジョロウグモのお尻をじっくり撮影した。というのも、論文屋の新海明氏はジョロウグモのお尻の背面の色を「黄色と青だ」と言っているのだが、作者には「黄色とグレー」に見えるのである。
結果はというと、「黄色と青灰色」というのが正解のようだ。作者は「青」と言われると空の青や海の青を連想してしまうのがいけないらしい。日本では「灰色のサギ」という意味の学名を付けられている鳥の和名が「アオサギ」になってしまうくらいだから、「灰色」が「青」に見えるくらいは当たり前なんだろう。
そして、今日は雨が降るほどではないものの、かなり厚い雲が広がっていたのだが、この雲の色が作者にはジョロウグモのお尻の青灰色の横帯と同じような色に見えたのである。ということは、新海氏にとっては曇り空も青空なんだろうか?〔…………〕
まあ、どうでもいいや。今後は「黄色と青灰色」を使うことにする。あしからず。
なお、ジョロウグモのお尻の黄色の横帯との境界部分では青灰色の横帯の青みが強くなっているようだ。よく目立つようにコントラストを上げているんだろう。
※ウィキペディアでは「黄色と緑青色」としているし、『昆虫エクスプローラ』というサイトでは「黄色と暗青色」としている。さらに「黄色と黒」だというサイトまであった。それはまあ、ジョロウグモの幼体の腹部背面は黄色と黒のまだら模様だが、ジョロウグモはオトナになるとパンツを穿き替えるんだぞ。とはいえ、言論の自由は日本国憲法で保障されているのだから「黄色と赤」だと言っても「赤と白」だと言っても問題はないのである。困ったもんだ。
10月18日。雨時々曇り。最低18度C。最高23度C。
午前8時。
玄関のヒメちゃんの子グモたちは8匹になっていた。
10月19日。曇り時々雨。最低20度C。最高29度C。
午前7時。
玄関のヒメちゃんの子グモたちはいなくなっていた。
体長5ミリほどのダンゴムシを不規則網に落とし込んだのだが、ヒメちゃんはピクリと反応しただけだった。ダンゴムシも吊り上げられていない。
午前8時。
ダンゴムシは右前隅ちゃんが吊り上げていた。
午前10時。
ヒメちゃんがお尻ぺったんぺったんをしていた。24回目の産卵である。しかし、これでは買い物に出られない。まいったね。
午前11時。
ヒメちゃんは出囊済みの卵囊を1個、最初の7個の近くに移動しようとしているようだ。産卵を終えてから卵囊が密集していることに気が付いてスペースを確保することにしたような感じがする。先にじゃまな卵囊をどけてから産卵すればいいだろうにとも思うが、これほど多くの卵囊を造ることは考えていなかったんだろうな。
午後1時。
ヒメちゃんはできたての卵囊を空いたスペースに運び込み、今は、その前の卵囊に取り付いて何か作業をしている。産卵後にこれほど活発に動きまわるクモは初めてだ。
午後2時。
ヒメちゃんはいつ落とし込んだかも忘れてしまったイナゴの後脚を食べていた。いくら産卵後で空腹だからって、そんなもんまで食べるかよ! さっさと取り除いておけばよかったんだが、不規則網の中から獲物を取り出すというのも難しいのだ。
ガス漏れ警報器ちゃんには体長5ミリほどのアリをあげた。
午後3時。
ヒメちゃんがイナゴの後脚から離れていたので、後脚を箸で取り除いて、代わりに体長5ミリほどのアリを落とし込んでみた。ヒメちゃんは卵囊の陰に隠れているが、安全だと判断すれば仕留めるだろう……と思ったら大間違い! ヒメちゃんはまったく反応しなかったのに、体長1ミリほどの子グモがアリに近寄って吊り上げようとしているのだ。しょうがないのでもう1匹落とし込むと、これにも別の子グモが近寄ってきた。
もしかすると、この2匹の子グモはエリートなのかもしれない。何故かと言えば、母親の不規則網に居候している間は食べる物には困らないはずだからだ(不規則網の糸を食べることもできる)。それによって少しでも成長できれば、その分生存率も向上するだろう。そういう少数のエリート以外の鉄砲玉たちは一か八かでさっさと分散していくのだろうという仮説である。
こういうシステムが存在すれば、母親がオトナになれた環境を無駄にせずに生息域を広げることが可能になる。多数の卵を産むことが出来る節足動物ならば、こういう役割分担もできるだろう。
10月20日。晴れ時々曇り。最低13度C。最高19度C。
午後1時。
玄関のヒメちゃんに体長5ミリほどのアリをあげた。ヒメちゃんは食欲がなさそうな様子だったのだが、獲物がもがき始めると近寄って糸を巻きつけていた。こういうところはネコに似ていると思う。
午後8時。
玄関の左前隅で体長2ミリほどのマダラヒメグモ(多分)が活発に動きまわっていた。不規則網の手入れをしているようだ。ということは食欲があるのかもしれない。。後でアリをあげよう。
午後11時。
左前隅ちゃんの不規則網に冷蔵庫に入れておいた体長4ミリほどのアリを落とし込んだ。獲物を冷やせば、その分暴れられなくなるだろうし、体温が上がっていけば適度に暴れる領域が現れるのではないかという判断である。
結果はというと、左前隅ちゃんは不規則網に引っかかって暴れ出したアリに対して2回だけ吊り上げようとしたのだが、その後はちゃんと糸を巻きつけて牙を打ち込んだらしかった。
このやり方は悪くない……とは思うのだが、暴れ出す前に落とし込めるのは玄関までだなあ。
10月21日。曇り時々晴れ。最低9度C。最高19度C。
午前7時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長25ミリほどのオンブバッタの雄を落とし込んだのだが、ヒメちゃんは3センチくらい逃げてしまった。
午前11時。
ヒメちゃんがオンブバッタの雄に食いついていた。オンブバッタは脚を動かしているから、牙を打ち込んでからの時間はそう長くはないと思う。
午後3時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモのお隣ちゃんは円網の4分の1くらいの範囲を無色の糸で張り替えていた。
「これは産卵が近いことを意味するのか? 否! 低温なのだ!」〔…………〕
「諸君らが愛してくれたお隣ちゃんは円網の四分の一しか張り替えることができなかった。何故だ!」〔変温動物だからさ〕
変温動物は気温が下がれば動きが鈍くなるし、消化能力も低下するだろう。それに合わせて円網の有効範囲を小さくしたのだろうと思う。
舗装路と水田の間では体長17ミリほどのオニグモが円網を張っていた。日の出が6時頃だとすると、すでに9時間残業していることになる。もしかすると24時間営業をしているのかもしれない。まあ、十分な量の獲物を食べることさえできれば、すぐに休眠に入ってしまうつもりだろうとは思うが。
10月22日。晴れ時々曇り。最低13度C。最高23度C。
午前4時。
玄関の左前隅ちゃんが住居から出ていた。何かあげなくちゃいかんなあ。
午前9時。
ヒメちゃんはオンブバッタから離れていた。不規則網から外したわけではないから食休みかもしれない。見た感じではダンゴムシの方が食いでがありそうなんだけどなあ。
午前10時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモのお隣ちゃんは円網の向かって右半分を張り替えていた。今日はあまり冷え込まなかったからだろう。
オニグモの仲間のものらしい円網も2枚あった。直径30センチくらいの円網には小型の羽虫が18匹かかっている。円網を張りっぱなしにして昼間にかかる小型昆虫を狙う季節になったということなんだろう。
オニグモの17ミリちゃんは道路標識の裏にいた。アルミの板は熱伝導率が高いから冬は冷える。越冬する場所としては良くないと思うのだが……。
この標識の裏に取り付けられているオニグモの卵囊群の1個が剥がれかけていたので、剥がして持ち帰ることにする。
午前11時。
光源氏ポイントの向かい側のガードレールの表側の凹んだ部分にマダラヒメグモ(多分)が10匹いた。体長は6ミリから3ミリくらい。間隔を開けて、縦が10センチもない不規則網を張っているようだ(ガードレールが白いので糸が見えない)。
その隣には体長4ミリ以下くらいのゴミグモの幼体が8匹、ほぼ一列に並んで円網を張っていた。
念のためにガードレールの裏側もチェックしてみたのだが、そちら側には何もいない。これはどういうことかと考えてみると、このガードレールの裏側は南に向いているので陽当たりがいいためではないかと思う。
小型のクモの場合、少しくらい気温が下がっても動きが鈍くなる程度で済んでしまう。しかし、直射日光を浴びて体温が上がりすぎると、ゆで卵の白身のようにタンパク質が熱変性してしまって生命活動が維持できなくなる危険性が高いわけだ。それならガードレールの北側の気温が安定している場所に網を張った方がより安全なのだろう。大型のクモなら体温の変化も穏やかになるだろうし、徘徊性のクモなら日なたに出たり日陰に入ったりして体温調節することもできるんだろうけど。
午後5時。
買い物のついでに捕まえた体長4ミリほどのアリを左前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだ。
台所の壁にカが1匹いたので、叩き殺して右前隅ちゃんにあげた。
10月23日。曇りのち雨。最低16度C。最高25度C。
午前8時。
近所の喫茶店の看板に直径20センチくらいの円網が残されていた。横糸の間隔が広いからオニグモのものだろう。
さてさて、円網を張りっぱなしにして住居に引き上げる子と残業する子の違いはどこにあるのだろう?
まず、小さな羽虫が円網にかかったならばおそらく脱出できない。この場合は日没後に円網ごと食べてしまえばいいわけだ。それなら円網だけを張っておけばいい。それに対して、大型の獲物だと大暴れするので円網から外れてしまうこともある。したがって、大型の獲物まで確実に捕食しようと思うのなら残業することが正解になるのだろう。残業している子は体長15ミリ以上の場合が多いこともこれで説明できると思う。
午後7時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長13ミリほどのクロオオアリを少し弱らせてから落とし込んだ。そこで初めて気が付いたのだが、ヒメちゃんの不規則網には子グモが24匹いたのだった。不覚。
しかも、ヒメちゃんも子グモたちも獲物に寄ってこない。ヒメグモ科のクモの食欲のあるなしを判断するのは難しい。今のうちに食べてもらわないと、獲物が手に入らなくなってしまうんだけどなあ……。
10月24日。曇り一時雨。最低18度C。最高24度C。
午前8時。
玄関の左前隅ちゃんが住居から出ていたので、体長4ミリほどのアリをあげた。この子の食欲はわかりやすい。
ヒメちゃんは卵囊の下に入り込んだままで動いた様子がない。オンブバッタを不規則網から外していないし、クロオオアリも食べていないようだ。
午前11時。
右前隅ちゃんにも体長4ミリほどのアリをあげた。
マダラヒメグモの成体は一年中見られるらしいのだが、冬の獲物が少ない時期をどうやって乗り切っているんだろう?
午後2時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網を張り替えていなかった。
やはり、20ミリちゃんよりもオトナになるのが遅かった分、産卵も遅くなるんじゃないだろうか? そういうことであるのならば、ジョロウグモの場合、いつ産卵するかは交接した後の温量指数によって決まるということになる。もちろん最低限の獲物を捕食する必要はあるだろうが、それ以上はいくら食べようが食べまいが産卵する日には影響しないという可能性はあるだろう。
この仮説を検証するためには、内部の温度を一定にできる飼育箱を多数用意して、比較的高温と比較的低温、獲物が多いと少ないを組み合わせた4グループに分けて室内実験をすればいいんじゃないかと思う。ただし、ジョロウグモはすでに北アメリカに定着しているらしいから、アメリカ人研究者よりも先に論文を発表する必要はあるだろう。
午後5時。
玄関のヒメちゃんにあげたオンブバッタの位置が少し下がっていた。ヒメちゃんがやったのなら、やっと食べ終えたということなのかもしれない。
10月25日。曇りのち晴れ。最低17度C。最高22度C。
午前1時。
ガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。しかし、この子の場合、獲物をあげても食べてもらえない確率が高いのである。さて、どうしたものやら……。
午前8時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長7ミリほどのゴキブリ体型の昆虫を落とし込んでみたのだが、獲物がもがいてもヒメちゃんは卵囊の陰から出てこない。もしかすると、これがマダラヒメグモの老いの形なのかもしれない。
人間の雌は産卵……もとい、出産することができなくなった後も長期間生き続けるのだが、これは見方を変えれば、子供たちの食べ物を奪っているということでもある。生物の目的は自分の命を次の世代に繋いでいくことだと仮定すると、あってはならない形質なのである。それに対して、作者が今まで観察してきたクモたちのほとんどは産卵能力を使い切ると円網を張り替えなくなった。おそらく、これが地球型生物本来の生き方なのだろう。
※人間の雌が閉経後も長期間生き続けることの利点を説明するために「おばあさん仮説」というものが提唱されている。要するに閉経後の雌が子どもたちの世話をしたり、他の仲間たちに知識や技術を教えることが子孫を残す上で有利に働くということらしい。
午前11時。
また外した。玄関のヒメちゃんがゴキブリ体型の昆虫を食べていたのだ。今まではただ単に食欲がなかっただけのようだ。気温が下がってきているせいもあるかもしれない。
午後11時。
ヒメちゃんは卵囊の陰に戻っていた。ゴキブリ体型の昆虫は食べ終えたらしい。
10月26日。晴れのち曇り。最低15度C。最高22度C。
午前11時。
玄関のヒメちゃんの不規則網からクロオオアリを箸でつまんで取り除いた。
午後1時。
光源氏ポイント近くの草地に体長7ミリほどのコガネグモの幼体がいた。円網を張り替えた様子はないので、手は出さない。
刈り払われた草地でカマキリの卵囊を見つけたので、木の枝に引っかけておく。作者はバッタの顔よりもカマキリの逆三角形の顔の方が好きなのである。
ジョロウグモの17ミリちゃんはいなくなっていた。産卵だと思う。
その近くにいるお隣ちゃんはお尻の太さが半分くらいになっていた。産卵したんだろうと思うのだが、なんと、円網の向かって右半分が張り替えてある! この子は2度目の産卵を目指すタイプだったのらしい。体長35ミリほどのバッタを円網に投げ込むと飛びついてきた。
さあ、大変だ。お隣ちゃん用の獲物を用意しなければならない。とりあえず、オンブバッタの雌1匹とイナゴの雄3匹を捕まえた。円網をどれくらい張り替えるかを見ながら2日か3日おきにあげようと思う。
直径30センチくらいのオニグモの円網には小さな羽虫が大量にかかっていた……と思ったら、広葉樹の葉陰から体長12ミリほどのオニグモが駆け出してきて1匹の羽虫に食いついた。もちろん越冬の準備なのだろうが、体長15ミリ以上だと円網のホームポジションで残業するのに対して、10ミリ以下の子は張りっぱなし、その間の子は円網の外で待機というパターンがありそうな気がする。
午後2時。
また間違えた。22日に見つけた「10匹のマダラヒメグモ(多分)」はオオヒメグモだったのである。2個だけあった卵囊らしいものの表面がオオヒメグモのそれのような和紙状だったので、改めて撮影したお尻の部分を拡大してみたら、オオヒメグモ特有のつぶつぶパターンがあったのだ。しかし、こんな所に高さ10センチくらいの不規則網を張るのはいいとしても、いったいどんな獲物がかかるんだろう?
小さな羽虫が大量にくっついているジョロウグモの円網を見つけた。手のひらくらいの面積に35匹の羽虫がかかっているから、円網全体では500匹から600匹くらいになるだろう。
10月27日。晴れのち雨。最低14度C。最高23度C。
午前10時。
出掛けようと思ったらドアの脇に体長35ミリほどのバッタがいた。捕まえて冷蔵庫に入れておく。
午前11時。
産卵を終えたらしいジョロウグモの17ミリちゃんが帰ってきていた。円網の向かって右半分を張り替えている。まあ、同じくらいの体長でお尻が細めの子と入れ替わったという可能性も否定はできないがね。
とりあえず、冷蔵庫から出してきたオンブバッタの雌をあげておく。17ミリちゃんは素早く駆け寄ったものの、そこで大型の獲物だと気付いたらしくて、慎重にチョンチョンを繰り返して、数分経ってから牙を打ち込んでいた。
ジョロウグモのお隣ちゃんの近くに円網を張っている体長20ミリほどのソーセージ型のお尻のジョロウグモ(以後「20ミリBちゃん」と呼称する)は円網を張り替えていなかったので、そこらで捕まえた体長5ミリほどの昆虫をあげた。安全に仕留められるような獲物なら、あまり食欲がなくても仕留めてくれるのである。「小型の獲物は別腹」ということらしい。イナゴクラスだと知らん顔をされるだろうな。
オニグモの13ミリちゃんの姿はなかった。円網も小さな羽虫だらけの数本の糸しか残っていない。このまま越冬するんじゃないかと思う。
主がいないジョロウグモの円網にも小さな羽虫はかかる。そこで、羽虫だらけの円網を破って丸めて、体長15ミリほどのジョロウグモの円網に投げ込んでみた。するとこの子は、羽虫ボールを2回ほど味見してから捕帯を巻きつけてホームポジションに持ち帰った。「食べ物だ」と認識してもらえたらしい。
午後3時。
コンクリート張りの用水路の中をカワセミが飛んでいた。きれいなのは確かだが、さほど珍しい鳥ではない。
午後5時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長5ミリほどのゴキブリ体型の昆虫を落とし込んだのだが、コンクリート面まで落ちてしまった。そこで改めて体長7ミリほどのワラジムシを落とし込んだ。これはちゃんと不規則網に引っかかったのだが、ヒメちゃんは知らん顔をしている。卵囊24個がヒメちゃんの限界なのかもしれない。
本日をもって10月の走行距離が1000キロを超えた。明日は休もうと思う。予報は雨だし。
10月28日。雨のち曇り。最低17度C。最高21度C。
午前10時。
体長13ミリほどのクロオオアリを捕まえたので、大顎の牙を折り、頭部を少し潰してから玄関のヒメちゃんの不規則網に落とし込んでみた。今回もヒメちゃんは知らん顔をしていたのだが、居候していたらしい体長1ミリほどの子グモが不規則網に引っかかっているクロオオアリに近寄って糸を投げかけ始めた。なんとまあ、「通常の13倍です!」という巨大な獲物に果敢に挑んでいくのである。まともに歩けない程度に弱らせてあるとはいえ、これだけの体格差がある獲物まで攻撃するとは思わなかったよ。
クモが小型であれば、相対的に大型の獲物が多くなるのは当たり前だし、宙吊り状態では脚が無力化されてしまうわけだが、作者が観察してきた範囲ではヒメちゃんがここまで大型の獲物に手を出したことはない。1ミリちゃんはそれほど空腹だったのか、あるいは、多数の卵を産む節足動物の幼体は「私が死んでも代わりはいるもの」と考えているのかもしれない。
玄関の左前隅ちゃんには体長4ミリほどのダンゴムシをあげた。
午前11時。
1ミリちゃんはクロオオアリの頭部に食いついていた。
午後6時。
また間違えた。ヒメちゃんが25回目の産卵をしていたのだ。今はクロオオアリに食いついている。食欲がなくなっていたのも産卵間隔が長くなっていたのも、気温が下がった分、胚の発生が遅くなって産卵までの時間が長くなったというだけのことなのかもしれない。まいったね。
10月29日。曇りのち雨。最低13度C。最高18度C。
午前10時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網の向かって左半分を張り替えていた。イナゴの雄をあげると、そのお尻の背面に黒い班が2つあるのが見えた。死期が迫っているんだと思う。産卵できるんだろうかなあ……。
17ミリちゃんは姿を消していた。何があったのかわからない。産卵ではないだろうが。
17ミリちゃんのために持ってきたオンブバッタの雌は近くにいた20ミリBちゃんにあげた。この子のお尻はソーセージ形だし、円網全体を張り替えているから産卵前だろう。
10月30日。雨のち晴れ。最低13度C。最高21度C。
午前11時。
またハチに刺された。買い物用に使っているバックパックで翅を休めていたらしいハチに触れてしまったのだ。とりあえずポリ袋で捕まえた。クモにあげることも考えたのだが、クモが刺された場合、致命的な大けがになる可能性もある。しょうがない。「森へお帰り」をさせてもらう。
10月31日。晴れ時々曇り。最低11度C。最高21度C。
午前10時。
ジョロウグモのお隣ちゃんにイナゴの雄をあげた。
で、その時に気が付いたのだが、お隣ちゃんの円網のすぐ裏に円網を張っているのが17ミリちゃんのようだ。小型の獲物が多くなる季節になったので、円網を大きくするために開けた場所に引っ越したのらしい。しかし、お隣ちゃんの円網と20センチくらいしか離れていないので獲物を投げ込めない。引っ越すことが常に正解になるとは限らないのである。
アオバハゴロモを食べていた20ミリBちゃんにもイナゴの雄をあげた……のだが、一応仕留めておいて、アオバハゴロモを先に食べるつもりらしい。先入れ先出しは食品製造の基本なのだ。〔ジョロウグモは食品を造らない〕
午後1時。
森の中に少し入った所でウズグモの仲間の円網を6個見つけた。5個は渦巻き型の隠れ帯で、残り1個が直線型だった。
午後6時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長8ミリほどのゴキブリ体型の昆虫を落とし込んだのだが、ヒメちゃんには知らん顔をされてしまった。
午後7時。
ゴキブリ体型の昆虫はヒメちゃんの反対側(左奥)にいる体長2ミリほどのマダラヒメグモの幼体が吊り上げていた。
11月1日。晴れのち曇り。最低11度C。最高22度C。
午前9時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長8ミリほどのゴキブリ体型の昆虫を落とし込んだのだが、例によってヒメちゃんは知らん顔をしている。
その隙に不規則網に居候していたらしい体長1ミリほどの子グモが寄ってきた。獲物がもがく度に逃げているが、獲物が疲れたら捕食できるかもしれない。
午前10時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモのお隣ちゃんに体長20ミリほどの太めのガをあげた。
今回は背面側を向けてくれたのでしっかり観察できたのだが、お隣ちゃんのお尻には黒い斑が3個、縦に並んでいた。前回は見落としたのか、それとも増えたのかはわからない。お隣ちゃんは通常腹側を見せているのだ。藪の中に入り込んでまで確認する必要があるとも思えないし。
お隣ちゃんの円網の後ろに手を入れて、17ミリちゃんの円網にそこらで捕まえたオンブバッタの雌を投げ込んだのだが、17ミリちゃんは怖がって円網の端まで逃げてしまった。今の17ミリちゃんは6本脚なので、その分獲物に対して消極的になっているのらしい。
平屋の天井くらいの高さに網を張っている体長20ミリほどのジョロウグモの円網一面にかかっていた小さな羽虫はきれいさっぱり消えていた。張り替えを終えた直後だったようだ。で、その円網にどんどん小さな羽虫がかかっていくのである。ジョロウグモにとっては豊かな季節と言えるだろう。
体長20ミリほどのナガコガネグモが地上20センチくらいの高さに張っていた円網に体長50ミリほどのトンボが1匹かかっていたのだが、見ているうちにトンボがもう1匹かかってしまった。片方のトンボに捕帯を巻きつけていると、もう1匹が大暴れするという状態で苦労している様子だったが、最終的には2匹とも仕留めてしまった。たいしたものである。
ここには体長3ミリほどのコガネグモの幼体もいた。お姉ちゃんの子だと思う。
体長5ミリほどのお尻の背面が白いゴミグモの幼体は引っ越してきたばかりらしくて、ゴミの代わりにこしき部分にもやもや型の隠れ帯、さらに、その上下にも直線型の隠れ帯を付けていた。
ナガコガネグモやコガネグモはもちろん、ジョロウグモもバリアーに食べかすを真っ直ぐ並べることがあるから、直線は昆虫の目に付きやすいのかもしれない。
午後3時。
17ミリちゃんがオンブバッタの雌に食いついていた。雨が降り出す前に仕留めてもらえたらしい。
ガードレールのオオヒメグモの1匹は体長5ミリほどの甲虫らしい獲物を咥えていた。産卵した子もいるのだから、何かしらの獲物はかかるわけだ。
午後5時。
帰宅してみると、玄関のヒメちゃんがゴキブリ体型の昆虫の近くにいた。他の子が食べていると自分も食べたくなるのかもしれない。なお、1ミリちゃんは不規則網の端の辺りまで避難している。
11月2日。雨時々晴れ。最低15度C。最高20度C。
11月3日。晴れ。最低13度C。最高22度c。
午前9時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは縦も横も60センチくらいの円網の全面を張り替えていた。昨日は雨だったので2日分を一気に張り替えたんだろう。古い円網を適当にまとめたらしい糸の塊がホームポジションの上に取り付けられている。
なお、その塊の中には獲物らしいものは一切含まれていない。これは小さな羽虫を1匹1匹外してからまとめたか、あるいは、雨のせいで獲物が掛からなかったので網を食べなかったかのどちらかだろう。ジョロウグモは糸の塊を残していないこともあるから、糸だけを食べるのはいやなんじゃないかという気がする。おそらく、繊維状になったタンパク質は消化しにくいんだろう。「網の糸がないのなら獲物を食べればいいじゃない」というわけだ。オニグモは庶民派らしくて、回収した網も毎日きちんと食べるんだけどね。
お隣ちゃんのお尻はボンレスハム型を通り越して冬瓜型と言いたくなるほどに太くなっていた。そこらで捕まえたオンブバッタの雌をあげてしまったのだが、これ以上獲物をあげても産卵する日が早くなることはないんじゃないかと思う。獲物をあげるのは今日限りにして、明日からは観察するだけにしよう。なお、お隣ちゃんのお尻の3個の黒い斑は繋がって短い縦帯になっていた。
その近くにいる20ミリBちゃんには冷蔵庫から出してきた体長35ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげた……のだが、少し弱らせ方が足りなかったので、20ミリBちゃんは暴れる獲物に手こずっていた。この子のお尻もボンレスハム型になっていたのでサポート中止。
17ミリちゃんには体長10ミリほどのヒラタアブをあげた。この子もお尻がラグビーボール型になっているのでサポート中止。
冷蔵庫の中に残っているイナゴ3匹は他のジョロウグモたちにあげてしまおう。
午前11時。
ジョロウグモの卵囊を3個見つけた。いずれも落葉広葉樹の幹に取り付けられている。1個は太い枝を折り取られた痕の凹みに、2個目は出囊済みのイラガの繭の隣に、3個目は枝分かれしている股の部分にあった。
というわけで、また間違えたかもしれない。とりあえず仮説を修正する。
(1)ジョロウグモは産卵に適した場所が見つかれば、そこで産卵するようだ。ただし、直接雨が当たらないような場所を好む傾向があるような気もする。
(2)産卵した後、そこが木の幹であれば囓り取った木くずなどを卵囊に取り付けることもある。
(3)常緑広葉樹の葉の表面で産卵した場合は、近くの葉を被せて多数の糸で綴り合わせる。
(4)落葉広葉樹の葉に産卵した場合は、葉を何枚か被せて綴り合わせた後、葉が枯れても落ちないように多数の糸でそれらの葉柄を枝に固定する。
なお、サンプルが少ないので断言はできないのだが、常緑広葉樹の葉は枝に固定されていなかったような気がする。ということは、ジョロウグモは常緑広葉樹と落葉広葉樹の葉の違いを認識しているということになるかもしれない。触ってみればわかるだろうしな。
11月4日。晴れ。最低9度C。最高22度C。
午後1時。
ジョロウグモのお隣ちゃんと17ミリちゃんは円網を張り替えなかったようだ。この季節としては大型の獲物を食べたのだし、今朝の最低気温は9度Cだったしな。
20ミリBちゃんは円網に開いた大穴にぶら下がった状態でバッタを食べていた。今日は走り出すのが遅くなったのでよくわからないが、強い風が吹いたのかもしれない。
午後3時。
最近、晴れた日の堤防上の舗装路で腹部の後端をアスファルト面に付けているトノサマバッタをよく見かける。作者はこの行動を舗装路に産卵しようとしているのだと思っていたのだが、それにしては同じことをしている個体が多すぎる。というわけで、これは暖まったアスファルトを利用して体温を上げようという行動なのかもしれない。
変温動物は体温を一定に保つ能力はないわけだが、動いたり、食べたものを消化するのに適した体温の範囲というものはあるだろう。もちろん、体温を上げることだけを考えれば、体の下面全体をアスファルト面に当てた方が効果的である。しかし、危険を感じてジャンプするのには、いったん通常の姿勢に戻る必要があるのだとしたら、そのわずかな時間のロスを嫌って腹部後端だけを下げているのではないかと作者は思う。……あるいは、脚の構造上、体全体を地面まで下げることはできないという可能性もあるかもしれない。わからんな。
11月5日。晴れのち曇り。最低11度C。最高19度C。
午前11時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんと右前隅ちゃんの不規則網にアリを落とし込んだのだが、完全に無視されてしまった。気温が下がったせいだろう。ここまでは予想通りだ。
問題はヒメちゃんである。最近のヒメちゃんは卵囊の陰に入り込んでいることが多くなって、獲物を落とし込んでも知らん顔をしているのだ。これが産卵能力を使い切って「いいクモ生だったわ」という気持ちになっているのか、それとも、ただ単に気温が下がってきたので越冬の準備に入っているのかがわからない。「後悔先に立たず」ではあるのだが、ヒメちゃんが産卵していることにもっと早く気が付いていれば、積極的にダンゴムシを与え続けて産卵能力の限界を確定できたはずだ。残念である。とはいえ、このまま越冬して、春が来てからまた産卵を再開するという可能性もないとは言えないかもしれない。とりあえず観察を続けようと思う。
そして、まだ出囊していない卵囊内の子グモたちはどうするのかも気になる。この季節に出囊したところで寒いし、獲物も少ないのだから、卵囊内で越冬して来年の春に出囊するのがベストだとは思うのだが……。まあ、気にしたところで観察以外にできることはないな。
午後1時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網の向かって右半分を張り替えていた。
その後ろの17ミリちゃんは円網全体を張り替えていたが、その面積はお隣ちゃんの円網の3分の1くらいにしかならない。
20ミリBちゃんの円網の残骸にはバッタが吊り下げられたままだった。まだ食べ終えていないらしい。大型の獲物だし、気温も下がっているから消化するのにも時間がかかるんだろう。
光源氏ポイントの少し先で体長25ミリほどのバランスのいい体型のジョロウグモを見つけた。手の届く高さに網を張ってくれているし、ちょうどイナゴの雄を捕まえたばかりだったので円網に投げ込んでおく。なお、この子の円網の横糸は薄めの黄色だった。以後、この子を今年の「女王様」として観察を続けることにする。
午後4時。
陽当たりのいい空き地でホトケノザが咲いていた。春なんだなあ。〔まだ冬にもなってないぞ〕
11月6日。雨のち晴れ。最低12度C。最高16度C。
午前7時。
ユニットバスの中でチャバネゴキブリを捕まえた。今日はほとんど1日雨らしいから、明日にでも女王様にあげよう。
午後8時。
玄関にヒメちゃんの子どもたちらしい子グモが5匹現れた。もう11月だというのに……。
11月7日。晴れ。最低8度C。最高16度C。
午前7時。
ヒメちゃんの子グモは23匹になっていた。
午前11時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網の向かって左半分を張り替えていた。
20ミリBちゃんは全面を張り替えて、バッタは背面側のバリアーに取り付けていた。一般的に、クモがこれほどの大物を食べ終えた場合、食べかすは捨てることが多かったような気がするんだが……。もしかして、獲物が少ない季節なので先に張り替えたのか?
体長25ミリほどの女王様も円網の左半分を張り替えていた。そこにチャバネゴキブリを投げ込むと、駆け寄って牙を打ち込んでくれた。
落葉広葉樹の太い枝の下面にはジョロウグモが1匹たたずんでいた。お尻が細いから産卵後だと思うが、その近くにある卵囊は去年産み付けられたもので、すでに表面のシート状の糸が剥がれて垂れ下がっているのだ。次に近い卵囊は1メートルほど根元側にある2個しかない。
午後4時。
玄関のヒメちゃんの不規則網に体長4ミリほどのアリを落とし込んだのだが、ヒメちゃんも子グモたちも反応しない。
うちの玄関にいるマダラヒメグモはほとんど全員、同じ時期に獲物を食べなくなった。ということは、同じ時計を使って越冬の準備を始めたということになるかもしれない。
午後6時。
ヒメちゃんの子グモたちは34匹になっていた。
ヒメちゃんは壁と卵囊の間に入り込んでいる。少しは暖かいんだろうかなあ……。
11月8日。晴れ。最低6度C。最高15度C。
昨日95キロ走ってしまったので右手首が痛い。今日は少し抑えて走ることにする。
午前9時。
光源氏ポイントの近くでナカムラオニグモの住居らしいものを3個見つけた。それぞれの住居から伸びている糸の先には直径20センチ前後の円網もある。だいぶ草が枯れてきたので見つけやすくなっているのだ。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網の向かって左半分を張り替えていた。
その後ろの17ミリちゃんの円網には大穴が開いている。寒いので張り替える気になれなかったのか、あるいは産卵が近いのかもしれない。
20ミリBちゃんはバッタを円網に戻していた。やはり食べ終えてはいなかったようだ。
午前10時。
光源氏ポイントの先でイナゴとジョロウグモの死骸を1個ずつ見つけた。
スイバの葉に取り付いているイモムシが3匹いた。食草さえあれば季節に関係なく育つことができるようだ。ただし、歩きまわっていたのは1匹だけで、残り2匹はヘビのとぐろのように丸まっていた。気温の方が活動限界ギリギリだったらしい。
ジョロウグモの女王様は円網を張り替えていなかったのだが、カメムシをもぐもぐしていた。見ているうちにそれを落としたので、ほとんど羽ばたくこともできなくなっていたトンボを円網に投げ込んだ。
女王様は慎重に獲物に近寄って右後ろの翅に牙を打ち込み、抜き牙差し牙で胸部にたどり着いたらしかった。面白かったのはそれからで、捕帯を少し巻きつけてからトンボの翅の外側で円網の糸を噛み切り始めたのである。体長10ミリくらいまでの獲物なら強引に引き抜いてしまうのだが、これだけの大物だと翅に貼り付いている横糸の本数も多くなるので手間がかかるのらしい。
11月9日。晴れ。最低5度C。最高17度C。
午後2時。
今日は確実に円網を張り替えたと言えるジョロウグモは1匹もいなかった。さすがに最低気温が低すぎたらしい。
光源氏ポイントの先には束になった糸の下にぶら下がっているジョロウグモがいた。お尻はソーセージ型だし、脚に触れてみると反応するから産卵を終えた子だろう。
糸で綴り合わされた2枚の常緑広葉樹の葉があったので隙間から覗いて見ると、中にいたのはコメツキムシのようだ。『千葉県立中央博物館 房総の山のフィールド・ミュージアム』というサイトによると、コメツキムシの成虫も越冬するのらしい。
ジョロウグモの女王様にはそこらで捕まえたイナゴの雄をあげた。ジョロウグモの円網は横糸の間隔が狭いので、粘球が少しくらい劣化していても多数の横糸で獲物を捕捉できるのだ。
三分の一くらいの範囲に獲物がかかった様子のない円網を張っているジョロウグモもいたので、落ち葉の下にいた体長5ミリほどのゴキブリ体型の昆虫をあげた。なお、この昆虫の正体はいまだに不明である。ゴキブリの子虫なら翅が未発達のはずだから成虫なのは間違いないと思うのだが、こんな小さなゴキブリは図鑑に載っていないのだ。多分、落ち葉の下のような環境に合わせて収斂進化した昆虫だと思う。
11月10日。晴れのち雨。最低8度C。最高17度C。
午前10時。
玄関のヒメちゃんの不規則網の中にいる子グモたちは17匹になっていた。
気温が下がった分、旅立ちが遅くなっているようだ。なお、不規則網に引っかかっているアリの周囲に子グモが3匹いるが、食べている様子はない。
出かけようと思ったら路面が濡れていた。この気温で雨に降られるのは危険だ。先に買い物を済ませよう。
午前11時。
部屋の隅の床から50センチくらいの場所に体長1.5ミリほどのマダラヒメグモの幼体(多分)がいた。
午後1時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網の6分の1くらいの範囲を張り替えていた。その張り替えた部分に小さな羽虫が数匹かかっている。これはもしかして、小さな羽虫が飛べるような気温になることを予想して張り替えたということなんだろうか? 同じ節足動物なのだから、同じ温度計を使っていても不思議はないと思うんだが……。まあ、そのうちに誰かがちゃんとした室内実験をしてくれるだろう。
その後ろの17ミリちゃんは20センチくらい引っ越していた。ただし、円網は張っていない。
20ミリBちゃんには前回と同じキリギリス体型のバッタをあげた。20ミリBちゃんは前回よりもはるかに手際よく牙を打ち込んでいたのだが、これが2度目だからなのか、バッタの抵抗が弱かったせいなのかはわからない。
なお、この子のお尻はいまだにソーセージ型のままだ。バッタ1匹ではボンレスハム型になれないのらしい。
その近くには体長4ミリほどのコガネグモの幼体(多分)も円網を張っていたので、体長4ミリほどのアリを投げ込んであげる。
女王様は円網を張り替えた様子がなかったのだが、落ち葉の下にいた体長7ミリほどのワラジムシを投げ込むと、ちゃんと牙を打ち込んでいた。
11月11日。雨のち晴れ。最低14度C。最高22度C。
午後9時。
玄関のヒメちゃんと右前隅ちゃんが住居から出てこないので、これ幸いと食べかすを掃除させてもらった。左前隅ちゃんだけは不規則網の中にいるので手を出さないでおく。獲物を落とし込んでも食べないんだけどね。
なお、子グモたちは姿を消していた。
11月12日。晴れ時々曇り。最低9度C。最高20度C。
午前10時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網の向かって右半分を張り替えていた。今日は暖かいからそのせいだろう。なお、お隣ちゃんのバリアーには体長7ミリほどで7本脚の雄が同居していた。
その後ろの17ミリちゃんは後方へ1メートルくらい引っ越して円網を張っていた。円網にかかる獲物を増やすならそれが正解である。
20ミリBちゃんはまだバッタを食べている。
女王様は縦も横も60センチくらいの円網全体を黄色い糸で張り替えていた。とはいうものの、そこらで捕まえたオンブバッタの雌を投げ込めば、ちゃんと仕留めてくれる女王様だった。
午後1時。
帰宅して、玄関のドアを開けたらヒメちゃんが卵囊の間に逃げ込んだ。
作者がいままで観察してきたクモたちは、いずれも産卵能力を使い切ると食欲も元気もなくして「いいクモ生だったわ」状態になった。これは子どもたちが食べる獲物を横取りしないようにする方向への進化だろう。
それに対してヒメちゃんは不規則網の補修はしないものの、元気に動きまわっている。ということは、ヒメちゃんはまだ産卵能力を失っていないということになるかもしれない。つまり、冬が近づいたので越冬の準備に入っただけというわけだ。ヒメちゃんが力尽きるまで観察するようだなあ。
※『クモ生理生態辞典 2019(編集中)編集/池田博明』というサイトの「マダラヒメグモ」の項には「産卵は秋と春にみられ、4~15日間隔で3~10個の卵囊を作成、卵数は15~72個。出囊まで29~44日〔畑守、いと20〕」中略。「6月26日から11月8日までに18回。翌年5月から9月までに11回の合計29個の卵囊を作成した。産卵から孵化まで11~18日。1卵囊あたり6~25個の卵。翌年の6月の第22卵囊以降は無精卵だった。8月24日に出囊した第8卵囊の子グモは4回脱皮して翌年6月16日に雌成体となる〔福島彬人、蜘蛛30〕」などという記述があった。
というわけで、越冬して、翌年も産卵を続けるのは間違いないようだ。ただ、卵の総数はどちらも最大で700個台なんだが……。ちゃんと室内で飼育して、十分な量の獲物を与えたんだろうか?
午後3時。
堤防上の舗装路ではカナブンの幼虫が数匹、仰向けになって這い歩いていた。気を付けないと轢いてしまいそうだ。
11月13日。晴れ。最低10度C。最高19度C。
午前10時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網を張り替えなかったようだ。
17ミリちゃんは全面張り替えをしていた。まったく……獲物が少なくなる季節になってから積極的になるなんて、いったい何を考えてるんだ?
同じく全面張り替えをしていた20ミリBちゃんには体長40ミリほどのイナゴを少し弱らせてからあげた。これだけの大物だと安全確認に時間をかけるので、仕留める前に逃げられてしまう可能性が高いのである。
女王様も円網を張り替えていなかったのだが、オンブバッタの雌を投げ込んでしまう。力尽きてしまう前に食べてもらわないとまずいのだ。
11月14日。晴れのち曇り。最低9度C。最高19度C。
午前8時。
気が付いたら今月は687キロ走ってしまっていた。疲れているわけだなあ。クモ観察をしなければその時間の分走れるし、午後になっても気温が上がらないから走り続けることができるわけだ。とりあえず今日は休み。明日も路面が乾くまでは走らないことにしよう。
午後1時。
街路樹のプラタナスの多くが真っ赤に紅葉していた。というか、もう散り始めている。
その根元には赤紫色のイモカタバミも咲いていた。
11月15日。雨のち晴れ。最低13度C。最高20度C。
午前2時。
腿の筋肉痛はあるのが当たり前なんだが、骨盤の背面側も肋骨の腹面側も痛い。軽めの負荷で少し走っておいた方が楽だったかもしれない。
11月16日。晴れのち曇り。最低11度C。最高20度C。
午後1時。
ジョロウグモのお隣ちゃんは円網の向かって右3分の2を張り替えていた。
17ミリちゃんと20ミリBちゃん、そして女王様は全面張り替えである。
うーん……、円網を張り替える面積と食欲が連動していると仮定しての話になるが、ここに来て食欲が回復しているということになる。いままでに食い溜めしてきた分を使い切ってしまったということなんだろうか?
今日は街灯の土台近くで「卵囊を守る」をしているジョロウグモを見つけた。体長は17ミリほどで7本脚である。見たいと思っていれば見られるものなのだなあ。
11月17日。雨時々晴れ。最低14度C。最高23度C。
午前11時。
路面は乾き始めている。
スーパーの近くでは蝶が2匹と体長5ミリほどの甲虫(?)が飛んでいた。暖かいのだなあ。
午前11時。
スーパーの東南の角の25ミリちゃんの卵囊があった場所にオニグモのそれのような綿菓子状の卵囊があった。しかし、これが白いのである。いつ産んだのか、何グモの卵囊なのか、そもそもクモの卵囊なのかすらわからない。クモの世界にはまだまだ謎が多いのである。
午後8時。
玄関先で数匹のズグロオニグモが円網を張っていた。獲物が飛べるような気温なら円網を張る意味もあるわけだ。
11月18日。雨のち晴れ。最低11度C。最高15度C。
午後4時。
いつの間にか路面が乾いていたので、とりあえず光源氏ポイントまでは行ってみた。
ジョロウグモのお隣ちゃんと17ミリちゃんは円網を張り替えた様子がなかった。
面白いのは20ミリBちゃんで、馬蹄形円網の内側の半径20センチくらいの範囲を張り替えていた。そして女王様も円網の3分の2くらいの範囲の内側部分だけを張り替えていたのだった。
もしかすると、気温が低い時期には円網の内側だけを張り替えるのかもしれない。獲物を捕獲する効率よりもエネルギーを節約することを優先している、とか?
20ミリBちゃんには体長35ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげた。この獲物をあげるのは3回目なのだが、仕留めるまでの時間がさらに短くなったような気がする。もちろん、空腹度を一定にして比較したわけではないのでデータの信頼性は低いのだが、学習によって手際がよくなったという可能性もないととは言えないかもしれない。
※このバッタは、キリギリス科・クサキリ亜科のクビキリギスだと思う。同じような体型のバッタにはカヤキリ、クサキリ、ヒメクサキリなどがいるのだが、口の周囲が赤いから間違いないだろう。
11月19日。晴れ。最低3度C。最高13度C。
午前2時。
エアコンの電源コードに体長3ミリほどのマダラヒメグモの幼体(多分)がいるのに気が付いた。高さは床から1.7メートルくらい。獲物をあげた覚えはないんだが、けっこう食べていけるものらしい。
午前11時。
スーパーの東側でマルゴミグモの円網を1個だけ見つけた。小型のガも1匹飛んでいたから、獲物がいないわけではないのだろう。
午後1時。
また間違えた。光源氏ポイントにいる20ミリBちゃんの円網でクビキリギスがもがいていたのだ。20ミリBちゃんは牙を打ち込んだように見えたのだが、翅に打ち込んだところで獲物が暴れ始めたので、疲れて動けなくなるまで待つことにしたのかもしれない。本来、こんな大物がかかるような季節ではないしな。
17ミリちゃんは姿を消していた。産卵だと思いたい。なお、女王様の近くにいた体長20ミリほどのジョロウグモもいなくなっていた。
お隣ちゃんは今日も円網を張り替えた様子がない。多数の小さな羽虫がかかっているから食欲がないのだろう。この子も17ミリちゃんとほとんど同じ日に産卵したはずだから2度目の産卵が近いのかもしれない。
※過去の観察記録をチェックしてみると、17ミリちゃんは9月2日に成体になって交接し、10月26日頃に1回目の産卵をしたようだ。交接から1回目の産卵まで54日。それから2回目の産卵まで23日ということになる。産卵そのものは観察していないが、妥当な数字だと思う。
午後2時。
女王様も円網を張り替えていなかった。その円網には大きな穴が9個あったから、空腹ではないので張り替えなかったということだろう。
そこらにいた体長10ミリほどのハエ(イエバエ?)を捕まえてしまったので女王様の円網に投げ込んでみたのだが、さすがに劣化した横糸では捕捉できない。落下したハエを拾ってまた投げ込んでもはね返されてしまう。3回目にやっと円網にかかったので仕留めてもらえた。やれやれ……。〔迷惑だろうな〕
11月20日。曇りのち雨。最低4度C。最高12度C。
午前10時。
小雨が降り始めている。ジョロウグモのお隣ちゃんが産卵したかどうかが気になるんだが、出かける気にはなれない。光源氏ポイントまで5キロだから、歩いて往復しても2時間半なんだが……。まあいいや。来年になったらジョロウグモを観察できないというわけでもあるまい。
11月21日。雨のち晴れ。最低10度C。最高16度C。
午前11時。
サンダルを履こうとしたら、マダラヒメグモの左前隅ちゃんが住居に向かって5センチくらい逃げた。住居にこもっていなかったということは獲物を捕食する気があるのかもしれない。そこで体長7ミリほどのワラジムシを落とし込むと、ちゃんと牙を打ち込んで、吊り上げようとするのだった。それに対して、ヒメちゃんも含めて他の子たちは11月初め頃から食欲をなくしている。
つまり、この子はまだ越冬の準備を終えていなかったということになるようだ。
おそらくマダラヒメグモの場合は、越冬体勢に入るのを遅らせるという個体変異を持っている子が存在した方が、特に暖かい環境では有利になるということなのだろう(もしかしたら、休眠しないという可能性もあり得るかもしれない)。
翅を持つ昆虫を基準にすると、クモは移動能力が低いという点でかなり植物寄りの生物である。こういう「置かれた場所で咲かなくちゃ」という生物の場合は、多数の子どもたちの中のごく一部がそういう変わり者であった方が命を繋いでいく上で有利になることもあるのだろう。「私が死んでも代わりはいるもの」だしな。
※不規則網は基本的に張りっぱなしにできるので、いちいち張り替える必要はない。したがって、その分コストが少なくなるのだが、円網に比べて糸の本数が多いので、網を捨てて引っ越しをする場合には逆にコストが増えるのらしい。
午後2時。
小雨の中を光源氏ポイントまで行ってみたのだが、ジョロウグモのお隣ちゃんはまだそこにいた。大ハズレである。もちろん、円網を張り替えた様子もない。
20ミリBちゃんはクビキリギスを仕留めたらしいのだが、食べてはいない。気温が下がった分、消化能力も低下しているので、大型の獲物は休憩しながら食べるんだろう。
なお、主のいないジョロウグモの円網(お留巣)が1枚増えていた。
ジョロウグモの女王様は円網の向かって左側3分の2をに縦糸を4本だけ残して回収していた。張り替えの途中で雨に降られたのか、そもそも気温が低いのでこまめに休憩しながら作業を進めているのかだろう。そして、本来のジョロウグモの円網は縦糸がもっと多いのだが、この4本だけは残しておかないと円網の外形を維持できないということなのかもしれない。
横糸が残っている3分の1の部分に体長12ミリほどのワラジムシを投げ込むと、女王様はちゃんと牙を打ち込んだ。ジョロウグモは通常、飛行性昆虫が手元にある時にはワラジムシなど外して捨ててしまうのだが、「お菓子がないのならパンを食べてもいいわ」ということらしい。
大型の獲物は暴れ疲れておとなしくなるまで手を出さないし、コメツキムシは鞘翅が硬くて牙で貫けないから捨ててしまう。そんなお姫様のような生き方をしていても個体数を維持できているというのはたいしたものである。
11月22日。晴れ。最低6度C。最高19度C。
今日は暖かかったのでレーサーパンツで走ってしまった。上は長袖の裏起毛下着に夏用の半袖ジャージ。念のためにウインドブレーカーも持って行く。これでも走れるのだが、さすがに午後4時以降は寒かった。膝を出していい季節ではないな。
午後1時。
光源氏ポイントには体長4ミリほどのお尻が白いゴミグモがいた。ゴミが手元になかったらしくて、もやもや型の隠れ帯を付けている。
ジョロウグモの20ミリBちゃんの円網にかかっているクビキリギスの右前脚の付け根辺りには囓った痕があった。ただ、20ミリBちゃんはホームポジションにいるから誰が囓ったのかはわからない。もしかすると、この子も産卵前の食欲減退が始まっているのかもしれない。
お隣ちゃんは今日も円網を張り替えていない。産卵が近いのは間違いないと思うんだが……。
女王様は円網の3分の2を張り替えていた。そして、昨日残されていた4本の縦糸がはっきりわかる。他の縦糸よりも太いようだ。また、「ジョロウグモの縦糸は途中で二股に分かれる」という論文が発表されているのだが、この4本だけは二股になっていない。当たり前だが。
女王様には体長12ミリほどのワラジムシをあげた……のだが、女王様はホームポジションに持ち帰ったワラジムシを捨ててしまった。円網も黄色いから、さほど空腹でもないんだろう。「空腹でないのならパンなんか食べなくてもいいじゃない」ということらしい。
と思ったその時、作者の目の前に現れたのが1匹のイナゴであった。これこそはクモの神様のお導きである。感謝を捧げながら捕まえて、女王様の円網に投げ込んだ。昆虫であればちゃんと食べてもらえるのである。牙を打ち込めれば、あるいは産卵前でなければという条件は付くのだけどね。
気になったので、他のジョロウグモの円網も観察してみたのだが、縦糸の太さは一定のようだった。ただし、部分的に張り替えた時の境界線にあたる縦糸は二股にならないのは確かなようだ。これも当たり前だが。
11月23日。晴れ。最低6度C。最高16度C。
午前10時。
光源氏ポイントではジョロウグモのお隣ちゃんが姿を消していた。2度目の産卵だと思う。
20ミリBちゃんは相変わらずクビキリギスに手を出していない。これだと3日以内、いやいや、気温が下がってきているから1週間くらいはかかるかもしれない。
女王様は茶色に変色したイナゴを咥えていた。おそらく今日中に食べ終えるだろう。また、「産気より食い気」という状況だから、産卵はまだまだ先になると思う。
午前11時。
帰宅してみると、マダラヒメグモの左前隅ちゃんが不規則網の中にいた。食欲があるのかなと思って、そこらで捕まえた体長7ミリほどのゴキブリ体型の昆虫を落とし込んであげたのだが、住居にこもったまま出て来ない。フェイントに引っかかってしまった。
午後5時。
左前隅ちゃんは獲物の近くにいた。食欲はともかく、今のところ休眠する気がないのだけは確かなようだ。
と思っていたら、糸を巻きつけ始めた。というか、お尻の動きが大きいから「左右の第四脚の間に引き出した粘球糸を投げつける」の方だな。
11月24日。晴れ。最低4度C。最高15度C。
午前5時。
玄関の左前隅ちゃんは獲物を住居の前まで運んで口を付けている様子だった。なお、今の気温は12度Cくらいだ。
午後1時。
また間違えた。光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリBちゃんが円網を張り替えていたのだ。直径は30センチくらいだが、ちゃんとカゲロウのような昆虫もかかっている……と思ったら大間違い! 20ミリBちゃんはこの獲物が羽ばたいても牙を打ち込もうとしないのだ。念のために、そこらで捕まえた体長7ミリほどのアリを円網に投げ込んでみても知らん顔である。つまり、この円網は獲物を捕らえるためのものではないのだ。ではこの円網はどういう機能を持っているのだろう? 実は昨日は恐怖の強風が吹き荒れていたのである。〔…………〕
そのため、午後1時頃にはこの子の円網は壊れてしまっていたのだ。もつれて太い紐状になった糸の束にしがみついていても、クモは自分の体を安定させられない。風が吹く度にクルンクルンとポールダンスをすることになってしまうわけだ。つまりこの子は、落ち着いて産卵の時を待つために必要な最小限の円網を張ったのだろうというのが作者の推理である。
「初歩的なことだよ、ワトソン君」
なお、光源氏ポイントには産卵を終えたらしいジョロウグモも1匹いるのだが、この子はほぼ水平に張り渡した数本の糸からぶら下がっている。お迎えを待つだけなら円網まで張る必要はないのらしい。
女王様は円網を張り替えていなかった。イナゴ1匹を食べきるのに2日かかるという季節なのである。
昨日まで光源氏ポイントで円網を張って日光浴をしていたコガネグモの幼体は姿を消していた。休眠に入ったんだろう。
11月25日。晴れ。最低3度C。最高15度C。
午前1時。
左腿の内側が痙攣した。疲れが溜まっているようだ。光源氏ポイントまでは行かなくちゃならんのだが……。
午前8時。
玄関の左前隅ちゃんは食べ終えたらしい獲物をコンクリート面に落として住居にこもっていた。今度こそ休眠だろうか?
午前11時。
スーパーの東側で糸で綴り合わされた3枚のツツジの枯れ葉が不規則網の中に吊り下げられているのを見つけた。そこらで捕まえた体長7ミリほどのアリを不規則網に投げ込むと、体長3ミリほどのオオヒメグモかマダラヒメグモらしいクモが枯れ葉の下から飛び出してアリに糸を巻きつけ始めた。
ここは昼頃まで太陽光が当たる場所なので、この枯れ葉は主に日よけとして取り付けられているのだろう。小型のクモは体温が上がったり下がったりしやすいのだ。
ただし、光源氏ポイント近くのガードレールの北側にいるオオヒメグモのうちの2匹も不規則網の中に枯れ葉を吊り下げているから、隠れ場所という機能もあるのかもしれない。
ああっと、うちの玄関のマダラヒメグモたちが早めに越冬体勢に移行したのは、特に寒いせいなのかもしれないな。昼間の室温は外の気温より2度くらい低いのだ。
11月26日。晴れのち雨。最低4度C。最高17度C。
午前8時。
「クモはなぜ自分の糸に絡まないの」で検索してみたら、「クモ(蜘蛛)は粘着性のない縦糸を辿っているから」などとしているサイトが多かった。実に嘘くさい。
作者が観察してきたクモたちは、ガなどが円網にかかった時には素早く駆け寄って牙を打ち込んでいた。そうしないと鱗粉を残して逃げられてしまうのだろう。こういう場合に、のんびり縦糸だけを選んで歩いているようには見えないのだ。
ところが、その先には『クモ博士にきいてみよう! 中田謙介』というサイトがあったのである。このサイトでは実際に観察した結果を基に以下のように書かれている。
「……たて糸の上を歩いていても、時々脚が横糸に触れてしまうことがあります。なぜそれでもクモは困らないのでしょう? これを最初に調べたのが「昆虫記」で有名なファーブルで、油でクモの脚を洗うと横糸がくっつくようになると書いています。また脚には途中に枝分かれのある毛が生えていて、万一横糸がくっついても粘球が枝分かれの部分で引っかかることが最近わかりました。このおかげで、ネバネバに触れるのはわずかな面積で済み、クモは横糸に触れた脚を毛の根元方向に引き抜くように動かすので、粘球がスッと毛から離れて、それ以上絡まなくなるようです」
つまり、この枝分かれしている毛はチョウ目昆虫の鱗粉と同じ機能を持ち、しかも再使用ができるシステムだというわけである。うんうん。これならば作者にも納得できる。
ついでに言っておくと、ジョロウグモやコガネグモ科のクモが円網の上を歩いてからホームポジションに戻った場合には脚先を順に口元に持って行くことがよくある(個人的に「爪のお手入れ」と呼称している)。これも脚先に残っている粘液を舐め取るためなんじゃないかと思うのだが、どうなんだろう?
※ファーブルがヤクザから……もとい、クモの足を洗うのに使ったのは「油」ではなく。有機溶剤(硫化炭素?)だそうだ。
午前11時。
近所のヨモギの葉の下で体長8ミリと6ミリほどのメタリックなダークブルーの甲虫がいちゃいちゃしていた。早く交尾しないと冬が来てしまうのだ。
午後1時。
光源氏ポイントの少し先でU字形に曲げられた常緑広葉樹の葉の中にあるジョロウグモの卵囊を見つけた。なんとまあ、柏餅タイプである。こういう産卵の仕方は初めて見た。まあ、散らない枯れ葉で包んであるとか、木の幹にむき出しで産み付けられているとかのように見つけやすくないというだけのことで、ちゃんと探せばもっと見つかるかもしれないんだが……。
森の中に少し入ったところには全長(頭部先端から尾びれの後端まで)60センチから70センチほどのアンコウが3匹捨てられていた。いつだか送電線の鉄塔の下で見つけた頭部もアンコウのものだったのかもしれない。迷惑だとは言えないが、やめて欲しいなあ。
午後3時。
また間違えた。帰宅してみたら、玄関にいるヒメちゃんと左前隅ちゃんと右前隅ちゃんが住居から出ていたのだ。なんと、この3匹は休眠していなかったのである! どうやら昨日までは室温が低いので働く気になれなかっただけのようだ。今日は暖かかったので「獲物がかかるかも」と思ったんだろう。確かに陽当たりのいい場所の落ち葉の下ならダンゴムシやワラジムシくらいはいるからなあ。
11月27日。雨のち晴れ。最低13度C。最高20度C。
午前2時。
玄関では右前隅ちゃんだけが不規則網の中で待機していた。玄関と繋がっている台所の室温は約15度C。うちのマダラヒメグモは、室温と空腹度によって住居にこもるか、不規則網で待機するかを決めているような気がする。
午前11時。
今は左前隅ちゃんとガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ている。
11月28日。晴れ。最低7度C。最高17度C。
午前10時。
室温14度C。マダラヒメグモの左前隅ちゃんと右前隅ちゃんが住居から出ていた。ちょうど玄関先で体長15ミリほどの緑色のカゲロウを捕まえたところだったので、右前隅ちゃんの不規則網に落とし込んでみた。
右前隅ちゃんは知らん顔をしているのでカゲロウを指先でツンツンする。これで数歩カゲロウに近寄ってきた。さらにツンツンすると、また数歩。そこでまたまたツンツンすると、今度は進路を直角に曲げて数歩だった。「こんなに暴れる獲物は危険だ」と判断されてしまったのらしい。なにしろ作者の人差し指の幅は右前隅ちゃんの体長の5倍もあるのだ。また、気温が低い分、捕食能力も低下していることを認識しているのかもしれない(もちろん、ただ空腹ではないだけという可能性もあり得る)。
とりあえず、そこに獲物がかかっていることはわかったはずだから、放っておけば仕留めるだろう。
午前11時。
買い物から戻ると、右前隅ちゃんがカゲロウの周囲を歩きまわっていた。カゲロウは腹部後端を上下に動かしているから、牙を打ち込む前に糸を巻きつけて動きを封じてしまおうということらしい。
で、これが実に撮影し難いのだ。フラッシュを使うと背後の壁に影ができてしまう。かといって、レンズの周囲のLEDを使おうとすると、光量が少ないので近寄る必要がある。その結果、不規則網の糸に触れてしまって、右前隅ちゃんは住居に逃げ込んでしまうのである。とりあえず記録として使える画像が得られただけでよしとする。
台所の隅の床から1.7メートルくらいの所に体長1ミリほどの黒っぽい子グモがいた。この部屋はゴミ屋敷ならぬクモ屋敷になりつつあるなあ。
午後1時。
光源氏ポイントではジョロウグモの20ミリBちゃんが姿を消していた。産卵だと思う。
女王様は黄色、というか、金色の糸で縦35センチ、横40センチくらいの円網を張っていた。そして、円網の角度がドアを開けたように90度変わったので、お尻が丸見えになっている。〔やめんかい! それはセクハラだぞ〕
多分、雨か風かで円網が破れてしまったので最初から張り直したんだろう。ああっと、20ミリBちゃんもどこかで円網を張っているという可能性もあるなあ。次回はもう少し注意して観察することにしよう。
その円網にそこらで捕まえた体長10ミリほどのワラジムシを投げ込むと、女王様はちゃんと牙を打ち込んで、ホームポジションに持ち帰った。円網を張った分空腹だったのかもしれない。
今日は「卵囊を守る」をしているジョロウグモを2匹見た。1匹は街灯のセンサーの根元、もう1匹は木の幹だ。こうも簡単に見られるとありがたみがないな。
ガードレールには大きさの違う2匹のオオヒメグモが並んでいた。おそらく大きい子が雌で、その後ろにいる小さいのが雄だろう。もうすぐ冬だという時期にオトナになることはないだろうに……。
午後7時。
玄関の右前隅ちゃんはカゲロウを住居の前まで運んでいた。ただし、食べている様子はない。もしかしてマダラヒメグモは、食欲に関係なく、暖かいと住居から出てくるのかもしれない。さらに獲物がかかれば仕留めてしまう……が、食べようとはしない、と。難儀なクモだなあ。
11月29日。晴れ。最低3度C。最高16度C。
昨日「卵囊を守る」をしていたジョロウグモ2匹は動いた様子がまったくない。
なお、光源氏ポイント周辺には産卵後らしいが「卵囊を守る」をしていないジョロウグモも4匹いた。
街灯の根元の不規則網では、体長8ミリほどのハエに体長3.5ミリほどのマダラヒメグモかオオヒメグモが左右の第四脚を交互に使って糸を投げかけていた。
午後2時。
常緑広葉樹の葉に取り付けられたジョロウグモの卵囊を1個見つけた。予想通り、葉柄を枝に固定していない。まだデータが少ないのだが、今のところは、ジョロウグモは落葉広葉樹の葉と常緑広葉樹の葉の違いを認識している可能性があると言えそうだ。ああっと、雨だ。帰ろう。
11月30日。晴れ。最低2度C。最高14度C。
午前7時。
ガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。その側には脱皮殻もある。越冬できれば、来年にはオトナになれそうだ。
疲れているので今日はまる1日休むことにする。どうせ女王様の産卵は12月6日以降だろうしな。
午前11時。
うちの近くで体長20ミリほどのジョロウグモを見つけた(以後「20ミリCちゃん」と呼ぼう)。お尻は太めのソーセージ形だ。スーパーへのルートから外れているので、今まで気付かなかったのである。
とりあえず、そこらで捕まえた隊長7ミリほどのアリを円網に投げ込んだのだが、捕食してくれない。獲物をツンツンしても知らん顔である。ただ、継続して観察してきたわけではないので、これが産卵が近いせいなのか、それとも気温が低いので動けないのかがわからない。
午後1時。
台所の流し台の高さ70センチくらいの所に体長1ミリほどの黒っぽい子グモがいた。多分、ヒメちゃんの子がそこに不規則網を張ろうとしているんだろう。
マダラヒメグモの場合、50匹から100匹に1匹くらいはアイガーの北壁ちゃんタイプが含まれているのかもしれない。
午後3時。
玄関の右前隅ちゃんがカゲロウを食べていた。なんとまあ、時間がかかること。
12月1日。晴れ。最低2度C。最高16度C。
午前11時。
スーパーからの帰り道で緑色のカメムシが歩いているのを見つけた……のだが、この子は翅を広げて羽ばたいても飛べずに転がってしまうのだった。飛翔筋の温度が飛べるほど上がっていないのらしい。
ジョロウグモの20ミリCちゃんはアリをもぐもぐしていた。しばらくの間は産卵することはなさそうだ。
午後1時。
女王様は今日も円網を張り替えていなかった。困ったことに、これは産卵が近いことを意味するのか、空腹ではないというだけのことなのか、寒いので動きたくなかっただけなのかがわからない。観察を続けるようだなあ。
プラスチックの看板の裏側にはコガネグモの幼体(多分)が3匹とオオヒメグモかマダラヒメグモらしいクモが1匹いた。アンコウの死骸にはハエが群がっていたし、小さな羽虫も飛んでいたから獲物がいないわけでもないようだ。
作者が円網を揺らしたのかもしれないが、コガネグモの幼体(多分)の1匹がくるりと円網の裏側にまわって、お尻の腹面を見せてくれた。
午後3時。
枯れ草色のオンブバッタの雌1匹と雄3匹を見つけた。雄は3匹もいらないだろうということで、1匹だけ持ち帰ることにする。
アンコウの死骸に群れていたハエも1匹捕まえた。オンブバッタの雄とともに、後で20ミリCちゃんにあげるつもりだ。
午後4時。
帰宅してみると、玄関のヒメちゃんが住居から出てウロウロしていた。引っ越しをしたいようにも見える。卵囊が25個もあると新たに産卵する場所に困るということなのかもしれない。しかし、何も12月に引っ越しすることはないだろうに……。
12月2日。晴れ。最低6度C。最高16度C。
午前1時。
玄関のヒメちゃんは住居に戻っていた。何がしたかったんだ? 散歩か?
午前9時。
気が付くとヒメちゃんが姿を消していた。
「わたし……捨てられたのね……」〔やめんかい!〕
作者は、オニグモが3回目の産卵を終えた後に姿を消したのを観察したことがある。ヒメちゃんも産卵能力を使い切ったのだと考えることは可能ではある。しかし、その場合、なぜ1ヶ月もの間そこにいたのかという疑問が残る。……わからんな。
午前11時。
この時間なら気温が十分に上がっているだろうと判断して、ジョロウグモの20ミリCちゃんの円網にオンブバッタの雄を投げ込んだ。さすがに安全確認に時間をかけていたが、ちゃんと腹部後端に牙を打ち込む20ミリCちゃんだった。
12月3日。晴れ時々曇り。最低4度C。最高19度C。
午前9時。
ジョロウグモの20ミリCちゃんは円網の向かって左側3分の2を張り替えていた。なお、この子の今のお尻はラグビーボール型だ。アンコウの死骸に群がっていた体長10ミリほどのハエを投げ込むと、飛びついて牙を打ち込んでいた。不法投棄もよいものだ。〔いやいや、だめだろ、それは〕
午後1時。
女王様の円網には全面積の4分の1になるくらいの大穴が開いていた。この季節に大型の獲物がかかるとも思えないから、枯れ枝などが落ちてきたんだろう。
円網を張り替えた様子もないのだが、念のためにそこらで捕まえた体長5ミリほどのアリを穴の脇に投げ込んでみても女王様は知らん顔である。そこでアリをしつこくツンツンすると、さすがに反応したのだが、見当違いの方向へ歩いて行って、その先にかかっていた小さな羽虫を咥えるとホームポジションに戻ってしまった。おそらく、産卵前の絶食に入りかけているんだろう。だいぶ気温が下がってきているから、産卵するのは12月8日以降になるんじゃないかと思う。
午後2時。
アンコウの死骸に群がっていたハエを大小合わせて5匹捕まえた。20ミリCちゃんに食べさせる必要もないとは思うのだが、念のために冷蔵庫に入れておく。
12月4日。曇りのち晴れ。最低7度C。最高16度C。
午前10時。
ジョロウグモの20ミリCちゃんは円網の向かって左側3分の2くらいを張り替えていた。体長8ミリほどのハエを投げ込んでおく。
午後1時。
また外した。女王様が縦30センチ、横25センチくらいの円網を張っていたのだ。昨日張り替えなかったのは、ただ単に空腹ではなかっただけのことなんだろう。そこらで捕まえた体長5ミリほどの昆虫を円網に投げ込んでみたのだが、これは外して捨てられてしまった。「お菓子がなくてもパンなんか食べません」というわけだ。しょうがない。これがジョロウグモだ。
ハエなら食べるだろうということで、アンコウの死骸に群がっているハエを捕まえに行こうかと思ったところで体長20ミリほどの行き倒れのバッタを見つけた。後脚が滑らかに動くから死んだばかりのようだ。これもまた、クモの神様のお導きであろう。感謝を捧げながら女王様の円網に投げ込むと、ちゃんと腹部後端に牙を打ち込んでくれた。
なお、草地にはトノサマバッタもいたのだが、この季節のジョロウグモには大きすぎるだろうと判断して見逃した。
午後4時。
帰宅してみると、玄関の左前隅ちゃんと右前隅ちゃんが住居から出ていた。小さめのダンゴムシを1匹ずつ落とし込むと、2匹ともちゃんと吊り上げていた。やはり休眠はしていないようだ。
12月5日。曇りのち晴れ。最低5度C。最高16度C。
午前10時。
ジョロウグモの20ミリCちゃんが円網の向かって右側の3分の1を張り替えていたのでハエを1匹投げ込んだのだが、20ミリCちゃんは一歩逃げた。獲物をツンツンしても知らん顔である。この季節に2日続けてハエを食べたのだから消極的になってもおかしくはない。まあ、円網を張り替えたのだから食欲がないわけでもないのだろう。
午前11時。
20ミリCちゃんがハエを咥えていた。明日は円網を張り替えていても無視してあげよう。
12月6日。晴れ。最低3度C。最高16度C。
午後1時。
女王様の円網は破れて帯状になっていた。円網は風に弱いのだ。張り替えもしていないだろうし。
12月7日。晴れ時々曇り。最低2度C。最高11度C。
午前10時。
いきなり寒くなった。
20ミリCちゃんは円網の向かって右の3分の1を張り替えていた。そこらで捕まえた体長15ミリほどのハエを投げ込んであげる。
なお、このハエは細めの体型で、お尻が白と黒の横縞模様というハチのような見た目だったのだが、花が少ない季節に活動するハチがいる確率は低いだろうし、翅も2枚のように見えたので「ハエだ」と判断した。作者もたまには正しい判断をするのである。
12月8日。晴れ。最低2度C。最高11度C。
午後1時。
女王様は帯状になってしまった円網にしがみついていた。というわけで、女王様は12月5日頃から産卵前の絶食に入っていたのかもしれない。残る問題はこの寒さの中で産卵できるところまで卵が成熟するかどうかだなあ。この先、12月21日まで最高気温は13度C以下。14日には雪が降るらしいのだ。
12月9日。晴れ。最低0度C。最高11度C。
午前7時。
車の屋根には霜が降りていた。
当然、ジョロウグモの20ミリCちゃんが円網を張り替えた様子はない。
午前11時。
20ミリCちゃんの円網に冷蔵庫の中で力尽きていたハエを投げ込んでみたのだが、20ミリCちゃんは獲物に向かって一歩踏み出しただけだった。そこでハエをツンツンすると、ちゃんと歩み寄って牙を打ち込んだ。この時期でもまだ食欲をなくしていないというわけだ。今年中に産卵できるんだろうか?
午後2時。
今日も小さな羽虫が群れ飛んでいた。とは言っても10月頃ほど多くはない。
光源氏ポイント周辺にいる産卵前らしいジョロウグモは女王様を含めて3匹しかいなかった。今年は暖かかったので、この時期でもすでに産卵を終えてしまったジョロウグモが多いようだ。
その他に「卵囊を守る」を続けている子が2匹、していない子が5匹いた。
落葉広葉樹の葉で包まれたジョロウグモの卵囊を4個見つけた。だいぶ葉が落ちてきたので見つけやすくなったのだ。木の幹に取り付けられた新たな卵囊も3個。
午後3時。
不思議なことに針葉樹の葉に取り付けられた卵囊は見当たらない……と思ったら大間違い! 光源氏ポイントの奥でスギの葉に取り付けられた小指の爪サイズの卵囊らしいものを見つけてしまった。とは言っても、ジョロウグモの卵囊だとは限らないし、そもそも卵囊なのかどうかもわからない。論文屋さんなら破いて中身を確認して、論文のネタにするんだろうけどねえ……。
午後4時。
帰宅してみると、玄関の左前隅ちゃんが住居から出ていた。室内だと暖かいから休眠する必要もないということなんだろう。
12月10日。晴れ。最低0度C。最高13度C。
疲れているので今日は休み。見逃したくないイベントが起こる予定もないし。
12月11日。晴れ時々曇り。最低0度C。最高13度C。
午前10時。
左前隅ちゃんとガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。食べるかなと思って左前隅ちゃんの不規則網に体長7ミリほどのワラジムシを落とし込んだのだが、案の定、住居へ逃げ込んでしまった。何というか、自宅の庭までは出てくる引きこもりという感じだなあ。
しばらくしてから見に行くと、ワラジムシは不規則網の外へ出ていた。しょうがない。湿った落ち葉の下へリリースする。春になったら食べられておくれ。
午後1時。
今日も小さな羽虫が飛んでいた。3ミリ以下の体長で真夏に飛行すると、すぐに筋肉の温度が作動限界に達してしまうんだろう。秋から冬にかけての時期に快適な環境になるというわけだ。
スギの葉に取り付けられたジョロウグモの卵囊を新たに2個見つけた。どちらも表面に枯れ葉が取り付けてある。「探せよ。そうしなければ見つけられん」である。〔「求めよ。さらば与えられん」だが……似たような意味になるかもしれない〕
産卵後らしいジョロウグモの1匹は直径20センチくらいの円網を張っていた。これは獲物を捕らえるためのものではなく、「座して死を待つ」ための座布団だろう。もう産卵はできないにしても、お迎えが来るまでは快適に過ごしたいということなんだろうな。
12月12日。晴れ。最低0度C。最高9度C。
午後1時。
ちゃんと探してみたら、光源氏ポイントの奥に生えている4本のスギの枝葉に取り付けられているジョロウグモの卵囊は6個だった(その他に正体不明の糸の塊が2個)。なお、この4本のスギは用水路の向こう側に生えているので、こちら側から見える範囲で6個である。サイクリング用のシューズで森の中に踏み込んでいく気にはなれないのだ。
12月13日。晴れのち曇り。最低マイナス1度C。最高9度C。
午前8時。
20ミリCちゃんが体を水平近くまで傾けていた。体の側面を太陽の方向に向けているから日光浴で体温を上げようという姿勢だと思う。ちなみに今の気温は1度Cらしい。
12月14日。晴れ時々曇り。最低3度C。最高11度C。
午前7時。
20ミリCちゃんはお尻を上に向けていた。昨日ほどの冷え込みではなかったということだな。
12月15日。晴れ。最低マイナス3度C。最高12度C。
午前8時。
今日も寒い。
20ミリCちゃんはお尻を腹側に傾けて後端を円網にあずけていた。この寒さではお尻の重さを支えきれないらしい。
午前10時。
20ミリCちゃんがお尻を上に向けていた。珍しく脚を動かしたりもしている。まだまだ元気だ……と言っていいんだろうかなあ……。
午後1時。
プラスチックの看板に取り付けられたジョロウグモの卵囊を1個見つけた。
女王様は破れた円網の残骸で、2匹のジョロウグモは張り替えた様子のない円網で待機している。
「卵囊を守る」をしていたジョロウグモの1匹が歩道の上に落ちていた。合掌。
午後5時。
玄関の左前隅ちゃんとガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。食べるとも思えないので獲物はあげない。なお、ガス漏れ警報器ちゃんについては対照群として今後とも獲物をあげないことにする(本音を言えば食べかすを落とされたくないからだ)。
12月16日。晴れ。最低0度C。最高12度C。
午前7時。
洗濯物が凍っていた。
20ミリCちゃんは体全体を背面側へ水平近くまで倒している。これがお尻だけ倒すようになったら、力尽きる日が近いということになるだろう。ジョロウグモは気温が下がっていく時期に産卵するので、こうなることもある。ハイリスク・ローリターンな生き方をするクモなのである。
午後1時。
女王様は今日も破れた網にしがみついていた。ちょっと心配になったので脚先に触れてみると、ごくわずかに反応する。この子がいる場所はあまり陽当たりがよくないので、体温を上げられないんだろう。うちに連れ帰って、室内で産卵させるのが一番確実かもしれない。それとも「産卵できませんでした」というデータを得た方がいいのか、だなあ。
他の2匹のジョロウグモは陽当たりのいい用水路脇にいるので、もう少し反応が大きい。
午後3時。
クサグモの卵囊を見つけた。4枚くらいの常緑広葉樹の葉が不自然に重なっていたので、それをめくってみたら、卵囊があったのだ。
なお、作者は見たことがないのだが、トンネル状の住居内で産卵することもあるようだ。「クサグモ 卵囊」で検索してみたら、そういう画像が1枚だけ出てきた。
12月17日。晴れ。最低0度C。最高13度C。
午前10時。
近所で第四脚の爪を糸に引っかけてぶら下がっているジョロウグモを見つけた。体も脚もだらーんと投げ出しているから、力尽きているのかもしれない。
爪を糸に引っかけている分にはほとんど力を使うことはないと思うのだが、それすらできなくなったらクモ生の終わりである。
12月18日。晴れのち曇り。最低0度C。最高11度C。
午前7時。
大変だ! 20ミリCちゃんが円網を張り替えようとしている。外側の5センチくらいの部分に横糸を張り終えて、今は休憩中だ。この時期に食欲が復活したということは年内に産卵ということはないかもしれない。
午前11時。
20ミリCちゃんの円網は横糸を張ってある範囲が10センチくらいになっていた。そこに落ち葉の下にいた体長5ミリほどのゴキブリ体型の昆虫を落とし込んだのだが、20ミリCちゃんは1度だけ糸を弾いただけで知らん顔をしている。気温が低いために捕食能力も低下しているのをわかっていて、安全に仕留められると判断してから手を出すつもりなんだろう。
午後2時。
光源氏ポイントの近くで痩せたジョロウグモを見つけた。縦糸と足場糸しかない円網を張って、そこにいる。もちろん産卵を済ませた子だろう。
午後5時。
20ミリCちゃんは横糸張りを中断したままだった。作者があげた獲物も食べていない。これはもしかして、フェイントだったんだろうか?
12月19日。晴れ一時雪。最低1度C。最高8度C。
寒い。今日は外へ出たくない。
12月20日。晴れのち曇り。最低-3度C。最高10度C。
午前7時。
20ミリCちゃんは左の第二脚以外の脚を使って、お尻の後端を斜め下に向けていた。腹面全体を太陽に向けようということらしい。
午後1時。
今日も「卵囊を守る」をしているジョロウグモを見つけた。ただし、問題が2つある。第一に、この子がいたのは12月15日に地上に落ちていたジョロウグモの卵囊の側だった。第二に、お尻がやや太めのソーセージ形だったのだ。というわけで、この子は産卵に適した場所を探し歩いているうちにここにたどり着いたか、あるいは疲れたので休憩しているだけのことだろう。明日は気温が上がるらしいから産卵するとしたら明日の夕方までだろうな。
1枚の常緑広葉樹の葉には小さな羽虫が7匹とまっていた。常緑樹の葉は凍結しないのかもしれない。で、気温がある程度上がったら飛び立つわけだ。
午後4時。
今日も玄関の左前隅ちゃんとガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。獲物をあげてもどうせ食べないんだから、じっとしていればいいのに……。
12月21日。晴れ時々曇り。最低-1度C。最高14度C。
20ミリCちゃんは不揃いな間隔の横糸を円網の直径の半分くらいの範囲まで張っていた。それでいて、作者があげた獲物は食べていない。
この子が何を考えているのかわからないが、とりあえず、あとで冷蔵庫に入れてあるハエをあげてみようかと思う。
午前11時。
とっくに力尽きているハエを20ミリCちゃんの円網に投げ込んだら飛びついてきた。何なんだ、この食欲は? もしかして……まだ交接していなかった、とか?
12月22日。晴れ。最低2度C。最高10度C。
午後1時。
12月20日に「卵囊を守る」をしていたジョロウグモは別の卵囊をまたいでいた。お尻も細くなっているから産卵したんだろう。
「卵囊を守る」をしていたもう1匹のジョロウグモの姿は見当たらなかった。
12月23日。晴れ。最低-2度C。最高9度C。
午前7時。
20ミリCちゃんは今日もお尻を下げていた。
12月24日。晴れ。最低-1度C。最高10度C。
12月25日。晴れのち曇り。最低-2度C。最高11度C。
腹式呼吸をすると血圧が20ミリ水銀くらい下がるので、もう少し下がらないかと繰り返していたら腹筋が筋肉痛になった。
「認めたくないものだな。自分自身の老いたがゆえの衰えというものを」
午後5時。
20ミリCちゃんがバリアーの中で手探りするような動作をしていた。ジョロウグモのこういう行動を観察するのは3回目だ。2回目の時は産卵場所を探している様子だったのだが、20ミリCちゃんはホームポジションに戻ってしまった。何だかわからん。
12月26日。晴れ時々曇り。最低0度C。最高15度C。
午後1時。
20ミリCちゃんと女王様を含めて、まだ産卵していない4匹のジョロウグモは網に最低限の補修をして、安定した姿勢を保てるようにしている。ただ、やり方はそれぞれで、女王様は小規模なバリアーのように糸を引きまわしているし、他の3匹は横糸がない円網にしている。共通しているのは脚先が届く範囲より少し広めになっているというところだ。
これは長期戦を覚悟して、できるだけ快適に過ごせるように座布団を用意した……ように見えるのだが、ジョロウグモはもともと絶食する時には座布団を用意するクモであって、絶食期間が長くなると網も傷むので、そういう行動が目に付きやすくなったというだけのことかもしれない。見たものや感じたことを信じてしまうのは、とても危険なことなのである。
本日をもって今月も走行距離が1000キロを超えた。この時期は風邪をひかない程度に走るべきなんだが、ついつい欲望に負けてしまうのだ。
12月27日。晴れ。最低0度C。最高11度C。
午前7時。
20ミリCちゃんはお尻を上に向けていた。冷え込みがキツくなかったからだな。
12月28日。晴れ。最低-2度C。最高10度C。
午前3時。
20ミリCちゃんは水平よりやや下まで傾いていた。ジョロウグモの姿勢で、だいたいの気温を知ることができるかもしれない。実用性はないだろうけど。
12月29日。晴れ。最低-4度C。最高11度C。
午後1時。
用水路の脇にいた2匹のジョロウグモは姿を消していた。産卵だと思う。
女王様は常緑広葉樹の枝葉の下にバリアー風に糸を張り渡してそこにいる。
12月30日。晴れのち曇り。最低-3度C。最高11度C。
午前7時。
20ミリCちゃんはお尻を下に向けていたのだが、今日は左右の脚を対称に使ってその姿勢を維持していた。脚の使い方が変わったのは、試行錯誤しているということだろう。もっと早く産卵してしまえば日光浴も必要無いのだから、本能にプログラムしておく必要はないはずだ。
12月31日。晴れ時々曇り。最低1度C。最高14度C。
午後2時。
「卵囊を守る」をしていなかったジョロウグモは、右の第二脚と左の第四脚を糸に引っかけたまま力尽きていた。合掌。
クモをつつくような話 2024 完