08ふたり
一緒にベッドに入っているうちにしばらく寝てしまった。
起きたときまだ外は暗かったが、二人一緒に持ってきた物資をつついた。
百合は腹がいっぱいだったし、仁菜も精神的にあまり食べることはできなかったがそれでも誰かと一緒に食卓を囲むのは楽しかった。
まだ少し冷えるのか仁菜は毛布にくるまりながらキャンドルの火を見つめている。
薄暗い部屋には小さなキャンドルがいくつか並び、小さな火を揺らしている。
「百合さん、どうやって部屋に入ったの」
「あっ」
仁菜が聞くのも無理はないだろう。
なんせ出た時の地下駐車場は鍵がかかっていたし、正面入り口はバリケードで固められている。
「どうやったの?」
「火事場の馬鹿力的な……」
「……百合さん、もしかして噛まれてない?」
「えっ!?」
核心をつく発言に百合の瞳孔が開く。
背中や額には一気に嫌な汗が流れ、ただキャンドルを見つめる仁菜を見つめたまま固まってしまった。
「前このマンションのグループにも噛まれた人がいたんだけど、何故かその人はゾンビにならなかったの。
ゾンビにはならなかったけど、人間離れした能力が開花していたわ。
まるで映画とか漫画みたいだった。遠くまでジャンプできたり壁を殴って壊したり、なにより羨ましかったのが
ゾンビたちが一切その人のことを気にしなくなったの。
ゾンビがすぐ真横にいても素通りしていくのよ? 試しにゾンビの集団に入っていったこともあったの。
集団の中に入っていっても、その人はただ人ごみを避けて歩いただけ。ゾンビたちは噛むことも襲うこともなかった」
今百合に起きていることがそっくりそのまま仁菜の口から出た。
どう反応しようかと悩んだが、仁菜がすでに知っている以上隠し通すことはもう難しいだろう。
黙っていようと思ったが、ここまで知っているのならと打ち明けようと諦めた。
だが、最期にひとつだけ百合は聞きたいことがあった。
「その人はどうなったの? もうここにはいないんでしょう」
「生きてる人たちと一緒にここを出たよ。あの人がいるならって余計に希望が湧いたんだろうね。
今どうしているかはわからない」
「そっか」
「で、百合さんはどうなの?」
「……噛まれた」
「やっぱり」
「私もその人と同じで、噛まれたけどゾンビにならなかった」
「いいなぁ。ねぇ、百合さん私のこと噛んで」
「えぇ」
「ゾンビにならなかった百合さんに噛まれたら、私もゾンビにならない身体になるかもしれない」
「それはちょっと……痛いし、もしかしたらゾンビになっちゃうかもしれない。
仁菜さんがゾンビになるのは嫌だな」
「私もゾンビにはなりたくないな」
せっかくの生存者を自らの手で死に追いやるようなことはしたくなった。
もし仁菜のいうようにゾンビにならない身体を得るかもしれない。
しかし、もしかしたら百合が噛むことでゾンビになる可能性も否めない。
「じゃぁ噛むのがダメならキスは?」
「なんでキス?」
「ゾンビウィルスの元ネタになったって言われる狂犬病は唾液を介して感染を広げるんだって。
だからキスすれば口の中のウィルスが私にも唾液越しに移るかもしれないでしょう?」
「だから、ゾンビにしたくなって」
「……はは、そうだったね。ごめんね」
「うぅん、いいよ」
「……」
「……」
重たい沈黙に、百合は何を話せばいいか迷う。
今日あったことはとても人に言えるようなことではないし、言ったところで仁菜に余計な心配をかけるだけだろう。
ましてや不安からリストカットし錠剤を何錠も飲んで再び自殺未遂を繰り返すくらいだ。
物資をとりに戻って男たちに襲われた、なんていえば仁菜は再び自責の念に潰されることは火を見るより明らかだ。
「そ、そうだ。あのさもう自宅に物資もないからさ、一緒にここに住んでいいかな?
ここを拠点にして私が物資を取りにいったりするからさ」
「……いいよ。でも、物資を取りにいくなら私も行く」
「いや、それはダメ。仁菜さんゾンビに襲われちゃう」
「……足手まといになるよね。ごめんね」
「いいの。もしかしたら私が生き残ったのは百合さんに逢うためかも」
「そう? 嬉しい」
「私が物資を取ってくるから、そうだな……」
「じゃぁ私はお料理をして、ガーデニングするよ。野菜とか育ててさ。料理得意だから百合さんにちゃんとしたご飯食べさせてあげる」
「はは、ありがたい」
「あと、ちゃんとお掃除もしないとね。ごめんね、みっともない部屋で」
そういって背後を見れば誰かが暴れたように室内はちらかっている。
それは仁菜が荒らしたものだが、百合もなんとなく分かっていた。
精神的に参ったときに仁菜が大暴れして部屋をめちゃくちゃにしたのだ。
「百合さん、明日は物資とりに行かないでゆっくりしようよ」
「うん、私もそうしたい」
「まだうちコーヒーがあるんだ。朝一緒に飲もうよ」
「うん、ありがとう。そうしよう」