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06帰宅

 自宅へと自転車で戻りながら百合は考えた。

まさか生存者とこうやって逢えるなんて思ってもみなかった。

毎朝みていたラプンツェル姫は仁菜という女性。

歳は聞いてはいないが恐らくそう離れた歳ではないだろう。


(彼氏さん、死んじゃったんだろうなぁ……)


 物資を取りにいくといって帰らぬ人となった彼氏。

ゾンビに食い殺されたのか、もしくは悪い人たちに殺されたのか。

 きっと仁菜は一人彼氏の帰宅を待ち続けていたのだろう。

心ではわかっていても、いつかは帰ってくるのではないかと諦めがつかないでいたのだろう。

そしてやっと諦めがついた結果、首をくくろうとした。


(そりゃ辛いよな……こんな世界で最愛の人がいなくなったら私だって辛い)


 百合にそういった仲の人はいない。

だがもし仮にいたとして仁菜のような状況になったら、百合も同じような選択肢を選んだかもしれない。


(ゾンビに食われるんじゃなくて、悪い人たちに殺されるんじゃなくて、自ら命を絶つ。

なんて残酷な世界なんだろう。今の世界は死に直結しすぎじゃないか)


 自転車をこいでいるとゾンビたちとすれ違う。

相変わらず百合にはなんの関心もしめさないが、もしこれが通常の人間だったならゾンビたちは一目散に追いかけるのだろう。


(私はなんで生きてるんだろう?)


 ゾンビに噛まれてもゾンビになることはなかった。

食べ物に困ることも、精神的においやられることも、誰かに狙われることもない。

度々高熱を出したり体調不良になることはあるが、それでも数日すれば復活している。


(生きる理由……)


 頭には仁菜が浮かぶ。

まだ出会ったばかりだが、もしかしたら生き残った理由はそこにあるのかもしれないと思えた。

 まだ日は高い。

自宅につくとさっさと自室への階段をかけあがった。


(あれ? 鍵かけ忘れたっけ?)


 てっきり締めていたと思った鍵が開いていた。

崩壊したとはいえ、家の施錠は忘れなかった。

だが、出るときにかけたと思っていた鍵が開いている。


(気が抜けてたかな。ま、いいか)


 リュックにありったけの物資を詰め込み、トートバッグにも物資を詰め込んだ。

これだけあれば数日は大丈夫だろうと百合は両手を組むと満足げに鼻息を鳴らした。


(もしかしたら帰ってこなくなるかもしれないな……)


 ぼんやりとだがそんなことを思う。

ここだとバリケードはないし、二人で生活するには少しばかり狭い。

それならば百合が仁菜の元にいたほうがいい生活を送れそうな気がする。

確定していない未来を想い、百合はベランダへと出た。


「ウメ子さんー?」

 いつもならばベランダからウメ子ゾンビが外を眺めていた。

だが、隣のベランダにウメ子の姿はない。


(あれ、いない?)


 身体を前のめりにしてベランダを覗き込むと、そこには倒れたウメ子の姿がある。


「……ウメ子さん!」


 ただ倒れているわけではない。

頭が半分割れており、明らかに誰かから攻撃を受けていた。


 ふと、美味しそうな肉の香りが近づいてきたと思うと同時に百合は頭に重たい衝撃を受けた。

その場に倒れぐわんぐわん揺れる視界には三つの肉の塊が見える。

一つはステーキ、一つは漫画に出てくるようなお肉、もう一つはフライドチキンだ。

人間サイズのお肉たちが手にハンマーや鉄パイプを見ると百合を見下ろしている。


「な、いったろ。女一人でいるって」

「まじだったな。しかも食料もタバコも酒もたっぷり」

「ラッキーすぎるな。大量の物資に若い女までいるなんて」


 ステーキが百合の髪の毛を掴んで顔を近づける。

百合には目の前に肉汁溢れるステーキが近づいて見えて、思わず喉がなった。


「しばらくここ拠点にすんべ。女いるなら遊ぶにこまらねーな」

「でも、先ずは暴れないようにしないとなっと」


 フライドチキンが手にした鉄パイプで百合の頭を殴りつけた。

一撃で意識が遠くなると、真っ暗な視界に肉たちの笑い声だけが残っている。



 気が付いたときには下着だけを残し衣類は全て脱がされていた。

両手足は縛られ動けないようにすると、お肉たちが酒やタバコをやりながらゲラゲラと笑っている。


「お、起きた? じゃ、さっそくヤろっか」

「寝てるままじゃつまんねーからさ。起きてたほうがいい声聞けるからな」


 ジッパーを降ろす様な音が聞こえる。

しかし、百合の目には相変わらず肉の塊が三つにしか見えない。

声質や挙動からあきらかに暴漢三人がいるはずなのだが、何度目を閉じたり開けたりを繰り返しても、百合の目には三つの肉の塊にしか見えなかった。


「じゃ、俺から。どこでしてもらおうかなぁ?」


 漫画肉が近づく。

美味しそうな肉の匂いが近づいてくる。


(なんだろ……絶対悪い男の人がいるはずなんだよなぁ……)


 見上げてみるが、そこには肉汁したたる漫画肉が一つ。

その奥には順番待ちするステーキとフライドチキン。


(あぁ、うまそう。缶詰とかばっかりだったからこんなお肉久しぶりだ……いや、絶対人なんだけど、

肉にしか見えないんだよな。あぁ、でもいい匂い。腹へった)


 目を閉じるとまるで焼き肉屋を通りがかったときのような美味しそうな匂いがする。

目を開ければそこには人の大きさの肉の塊が三つもある。


(おなか、空いたな。し、しばらくちゃんとしたもももおもっもおも、たべてない。

た、たた、ったべ。

あ、ちが、違う。仁菜さんに、でも、おなか……)


「手も足もしばっちゃってるからとりあえず口でしてもらおうかな」


(た、たた、たべ、たべ。まんがにく。む、むみむむむかし、た、たべ? 

うん、たべたきがす、する)


 手を縛っていたロープを引きちぎった。

足を縛っていたロープを引きちぎると、ゆっくりと立ち上がった。

肉たちが一瞬驚いた表情をした気がする。いや、せいかくには肉汁がしたたっているようにしか百合には見えない。


「おーい、ちゃんと紐縛っとけよー」

 喋る漫画肉の頭部と胸倉を掴むと、思いきり力を込めて頭部をちぎりとった。

ちぎりとられた胴体からは肉汁が大量にあふれ出すといい匂いをバラまいている。


「いいい、いた、いただき、ままます」


 がぶり。

千切った頭部はやはり漫画肉の味がする。

ジューシーで歯ごたえがよくて、噛めば噛むほどうま味が口いっぱいに広がってくる。

あまりに美味しくて千切った頭部をすぐにでも食べつくすと、今度は胴体にもかじりつく。


「やべぇ!!! こいつ亜種だ!!!」

「嘘だろ、冗談じゃねぇ!!! さっさと殺せ」


 ステーキとフライドチキンが手に武器を取る。


(す、すす、すてーき。だから。な、ないふとふぉ、ふぉーくがあるとい、いいな)


 ミチミチと音がなって百合の腰のあたりから一本の尾が生える。

蛇のような尾だが、先端が平たく刃のようになっており、尾を鞭のようにしならせればステーキが一瞬にして細切れになった。


「ひぃぃぃ! あ、亜種じゃねぇ! こいつは亜種じゃねぇ!」


 残ったフライドチキンが腰を抜かす。


(おおおお、おにくは、ひ、ひもち、しないから、からから。

え、え、えと、えと。ん、ま、いいや)


 尾をしならせると、フライドチキンが上下真っ二つに割れた。

部屋いっぱいにジューシーなお肉の匂いがして、まるで百合はオードブルの真ん中にいる気分がしていた。

細かくなった漫画肉、ステーキ、フライドチキンを飽きるまで食らいつくす。


(あぁ、ひさしぶりだなぁ。こんなにお、おにくたべるの。にな、ににになさんにも

たべさせて、たべさえたげたいな)


 がつがつと咀嚼する音だけが響く。

夕日が差し込むアパートの一室。

返り血に染まる下着姿の百合が、襲ってきた男たちの肉を貪っている。


(たべたら、はやく、にににになさんもどららないと、と)


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