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05紐

 意識が戻った。

血と汗に濡れた掛布団を剥がし、体調を確認する。

(血だらけだけど……もう痛くないな。なんだったんだ?)

血だらけになっていた全身を水に濡らしたタオルで拭う。

本当はシャワーを浴びたかったが、もう動くことのない水道や電気では浴びることはできない。

とりあえず全身を綺麗に拭うと、着ていた衣類をゴミ袋に詰めた。

素っ裸の状態で今まで倒れていた布団を見る。

血と汗に塗れびちょびちょになった布団はもう使えそうにない。


(……新しい布団買わなきゃ)


 敷布団と掛布団をまとめてアパート前のゴミ収取スペースに置く。


(今何時だろ)


 部屋に戻ってまだ動いている時計を見れば、時刻は9時を少し回ったくらいだ。


(ラプちゃん、そろそろ出てくるかな)





 またいつものようにサイクリングロードを通り、マンションの前でラプンツェルの登場を待った。

人が消えて静まり返った街では、鼻歌でさえよく聞こえてくる。

ゾンビたちに紛れて少し待っていると、同じ鼻歌が聞こえた。ラプンツェルの登場だ。


(ラプンツェル)


 ラプンツェルは鼻歌を歌いながらベランダの花たちに水をあげはじめる。

しかし、次の瞬間には手にした如雨露を外に放りなげた。


(ん、あれ?)


 ラプンツェルは少しぼうっとしたようにベランダからの景色を見つめたあと、室内に戻りまたベランダに顔をだした。

手にはロープを持っており、物干し竿にロープを引っかけた。

ロープの先は輪になっており、輪に両手をかけるとラプンツェルは目を閉じる。


(え、やだ……)


 垂れ下がったロープの輪に首をかける。


「やめて!」


 これからはじまる景色を見たくなくて、打ち消すように百合は大声で叫んだ。

閉じていたラプンツェルの目が見開かれると驚きの表情でゾンビの群れを見た。

その中でも特によく映ったのは百合の姿だろう。

叫び声と同時に、百合はゾンビの群れの中から一気にマンション二階にまで飛び上がった。

人並みならぬジャンプ力であったが、そんなことに百合は気付かない。

二階からさらに三階、四階、ラプンツェルのいる五階まで百合は壁をよじ登った。


 はじめて、ラプンツェルを目の前にした。

ラプンツェルも驚きの表情のまま固まると壁をよじ登ってきた百合の姿を見つめている。


 荒くなった息を整え、ロープを手にしたラプンツェルの手を掴む。

「やめて。お願い、死なないで」

「え、あなた誰」

「百合。ごめんね、驚いたよね。大丈夫、人間だから」

「……」

「死なないで。お願い。やっと……あなたはやっと見つけた生存者なの。お願い」

「……」


 ラプンツェルは名を仁菜と言った。

百合を室内に通すと、花が咲き誇るベランダとは違い中は随分と荒れている。

誰かが暴れたように皿や家具が散乱しているし、壁にはいくつも穴や傷ができている。


「物資をとりにいってくるって言って、彼氏はそのまま戻らなかったの」

 切り裂かれたソファで膝を抱え、仁菜は語りはじめる。

「もう何日たつかな。きっとゾンビに食べられちゃったか、悪い人たちに殺されたか。

もう家の中に食べ物も飲み物もなくなっちゃって。

愛する人もいなくなって、本当に何もなくなっちゃって。だからもう生きられない」

 仁菜の絶望に、百合はなんて言葉をかければいいのか分からなかった。

本当は『こんな世界嫌だよね』と共感してあげたい気持ちはある。

だが、百合にはゾンビという外敵がいない。

共感して慰めることが、百合にはできなかった。

「もう嫌、こんな世界。何もできない、誰もいない。どうしてこんな世界になっちゃたの」

「仁菜さん……」

「百合さんはどうやって生きてきたの?」

「私は……」

 噛まれたけど復活しました、とは言えない。

「ずっと家で倒れてて……気が付いたときには世界が終わってたの」

「そうだったんだ……」

「……」

「……」


 気まずい沈黙に、何を話せばいいのかと思う。


「あ、そうだ、仁菜さん物資が足りないんだよね。私持ってくるよ」

「え、いいの?」

「平気平気。うち結構物資貯め込んでいるから。少し待ってて」

「でも、外はゾンビだらけだよ。私が鼻歌うたってたせいか、いっぱい集まっちゃってるから」

「大丈夫、私抜け道しってるから」

「遠慮したい気持ちもあるけど、実はもうちゃんとした食事をしばらく摂ってないんだ。

甘えさせてもらってもいい?」

「まかせて!」

「そしたら地下から外に出るといいわ。案内してあげる」


 仁菜に案内され、マンション地下を目指す。

マンション内にゾンビの姿はなかった。

所々血の跡や争ったような形跡はあるが、今はマンション内は百合と仁菜以外の存在はいないように静まり返っている。


「少し前は何人か人がいたんだけど、そのうちの一人が噛まれててゾンビになっちゃって。

そのゾンビが他の人を噛んでまたゾンビが増えて。あっという間にゾンビだらけになったわ。

ゾンビになってない人もそのうち皆疑心暗鬼になっちゃって、誰を信用したらいいのかわからない状況だった。

そうこうしているうちにグループはバラバラになって、最終的に私と彼氏だけが残ったの」

「そうだったんだ」

 これはいよいよ噛まれたことは言えないと百合は視線を逸らした。

「生き残ってた人たちは安全な場所があるとか言ってたけど、私と彼氏は残ることにしたの。

本当に安全な場所があるかなんてわからないし、また同じことになるかもって。

それだったら今いる場所にいたほうがいいって思って」

「確かに」

「ゾンビになって死ぬか、飢えて死ぬか、本当にあるかどうかも分からない希望にすがって死ぬか」

「……」

「こんなに死が目の前にくるなんて思ってもなかったな」

「死、かぁ」


 地下は駐車場になっており、外へ繋がる出口はシャッターが下ろされている。

人が通れるようの扉も設けられており、バリケードはされているが鍵さえ開ければ通ることができた。

鍵は仁菜が持っており扉を開くとため息をついた。


「……百合さん、本当に大丈夫? 外はゾンビだらけだし、ちゃんと戻れる保証なんてないのよ」

「大丈夫だよ。ちゃんと物資もって帰ってくるよ。仁菜さんだってお腹空いてるでしょ」

「空いてるけど……あまり食べたい気分じゃない。それよりも百合さんが大変な目に遭わないか心配」

「本当に大丈夫だから。ね? 私もせっかく生存者に逢えて嬉しいんだよ。だから、私ができることはしてあげたいの」

「……わかった」

「物資持ってきたらまたここに来るから」

「うん。ベランダからまた見てるね」

「ありがと、じゃ、行ってくるよ」


 開かれた扉から外へと踏み出す。

背後で鍵が閉まる音がすると、百合は外の世界へと足を踏み出した。


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