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03ウォーキング

「ぷっ……」

「あ゛ぁー?」


 物資調達の途中で立ち寄ったコンビニで、百合は笑い声を漏らした。

レジに立っているゾンビは元店員なのだろう、血に濡れてはいるが制服姿である。

ゾンビになってなおレジカウンターに立つゾンビをみて何だか笑いが零れてしまう。


「520番カートンでください」

「あ゛ぁー」

 ゾンビが一瞬背後のタバコのほうを振り返ったのが余計におかしくて、百合は大声で笑った。


「ひぃー、あぁーウケる。ごめんね、ちょっとタバコ取らしてね」

「あ゛ぁー」


 レジカウンターの内側に入ると慣れた様子でタバコのカートンを探し始める百合。

通いなれたコンビニである。

どこにタバコのカートンが保管してあるかも既に知っている。

自分の吸っているタバコだけリュックに入れてレジカウンターから出る。

まだカートンは残っていたが、次またきたときの楽しみにしようと思ったのだ。

きっとまた来たら、このゾンビ店員が接客してくれることを望んでのことだ。


「5000円ちょうどでお願いします」

「あ゛ぁー」


 トレーに五千円札を置くと百合はコンビニを出た。

もしかしたらレジ対応もしてくれないかと期待したが、店員ゾンビはただレジ前で揺れているだけだった。


(しっかしまぁ……映画の世界とはずいぶん違うなぁ……)


 ゾンビ映画だったら、当然ゾンビは人間を襲う。

見つかったら食べられてしまうかもしれないし、噛まれればそれだけでゾンビなってしまう。

だからこそ緊迫感や緊張感、命の儚さ、人の弱さが描かれる。

なのに今の百合の状況ときたらどうだろう。

ゾンビに噛まれたのにゾンビになることはなかった。

それだけではなく、ゾンビたちは仲間とでも認識しているかのように百合を襲うことはない。

どれだけ近づいても、声をだしても、物音をたてても。

一瞬だけ百合を認識したあとは知らん顔をしてしまう。


(なんとも緊張感にかける。それに……)


 アパートに戻り、持ってきた物資たちを整理する。

食べ物は十分すぎるほどにあるし、近所にスーパーもドラッグストアも複数あるおかげでまだまだ食糧難になることはないだろう。

よく映画なんかだとショッピングモールなどに籠城したはいいものの、やがて食糧難になり仲間割れしたり、新規開拓をせざるをえない状況に陥る。

そういった危機的状況も今の百合にはない。

万が一そういった状況になったとしても、近くに川があるからそこの魚でも釣ればいいだろうと百合は考えていた。


(楽勝すぎないか、終末世界。いや、今の私の状況が特殊すぎるんだろうけど)


 一番危惧していることは今後生存者に出会い、その中で人間同士いがみ合うことだ。

ゾンビ映画あるあるだが、結局一番怖いのは人間だ。

ゾンビも脅威だが、やっぱり人間が一番怖い。


(でも、それもしばらくないだろうな……)


 毎日ベランダから景色を見ているが、ゾンビ以外の人影は見ない。


(なんというか、これはこれで張り合いがないというか。ただ生きているというか)


 世界が終わる前、百合はごくごく普通のOLをしていた。

日々の業務に追われ、お局にいびられ、同期たちで飲みながらお局の愚痴を言いあい。

お給料が入ったら好きなものを買って、そろそろ恋人を作って結婚するのもいいかもしれない。

なんて考えていた。

 ただ毎日、同じことを繰り返していた。


(OLのときと何が違う? どれだけ寝坊してもいいし、会社にいかなくてもいい。

でも、給料は出ないし、欲しいものは……もう買う必要もないな)


 冷えていないビールを開ける。

まだまだ減りそうもないタバコに火をつける。


(でも……)


 隣には梅子ゾンビがいる。

声をかけても『あ゛ぁー』しか言わない存在。


(一人ぼっちは寂しいな。めっちゃ寂しい)


 独り暮らしをしているだけでも孤独感を感じることがあるのに、今はその孤独に拍車がかかっている。

喋れる人がいない。

それがこれほど寂しいことだとは思わなかった。


(もしかしたら、もう喋れる人はいないのかもしれないな……)


 そう考えると余計に孤独感が増す。

もしかしたら世界はもうゾンビだけの世界になっていて、人間らしさを持っているのは自分だけなのではないかと思えてくる。

喋れる人はおらず、ただ毎日食って飲んで吸ってるだけの生活。


(そんな毎日意味ある? 希望なんもなくね?)


 メンタルが落ちていきそうで、百合はドラッグストアから持ってきた安定剤をビールで流し込んだ。


(明日からは生きてる人いないか探してみよう。もしかしたら一人くらいはいるかもしれない。

私みたいに噛まれても大丈夫だった人もいるかもしれない。

そうだ、駅の方なら誰かいるかもしれない。うん、そうしよう。そうしましょ)


 夜が明けると、百合はさっそく行動を開始した。

車がないために自転車ではあるが、住宅街を抜け川沿いのサイクリングロードを進む。

川沿いは駅に近づくにつれて建物が多くなり、次第にマンションや大型施設なども見えてくる。


「誰か―生きてる人いませんかー!」


 できるだけ大きな声で叫ぶ。

誰か生きている人はいないか、生きている人がいたならばその人に届くように。


「だーれーかー、生きてる人はいませんかー!」


 自転車をこぎながら叫ぶ。


「お話しましょー! 百合をひとりにしないでぇー!」




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