表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

16地図

 朝になるのを待って二人は少しばかりの旅に出る。

ノートに記されていた僅かな希望に縋って歩いた。

ふと、百合が振り返るマンション。

マンションの下にはゾンビたちが相変わらず群れていて天に向かって手を翳してる。

降り注がない希望に、救いを求めるゾンビたちの姿が百合の目に映る。


「もしこのノートが嘘だったら」

 手にしたノートを見つめながら仁菜が口を開いた。

「……うぅん、嘘でも本当でも、百合といられればそれでいい」

 つないだ手に力を籠める仁菜。

 とても目的地を目指して急いでるような足取りではなかった。

ただ二人でお散歩をしているようなそんな足取り。

「生きていく場所もなく、生きていく術もなく、ただ誰かに食われるだけの世界。

そんな世界に生きている意味ある?」

「答えられないよそんなの。でも、私たちは生きてる」

「はは、そうだね」

「仁菜は生きたくないの?」

「生きたいとも死にたいとも思わないや。ただ百合といたいとしか思ってないよ」

「やけに悟ったようにいうね」

「百合は生きたいと思う? 生きてどうしたいの?」

「……」

「光が一切見えない未来。闇しか広がっていない世界で、ただ死をまつ世界で」

「生きてりゃ仁菜といれるし」

「……それもそうだね。でも、あたしは死んでも一緒にいたいと願うよ」


(この子はもう……)


 生きるのを諦めているのだろうと百合は考えた。

確かにただの人間である仁菜に今の世界は生きられるものではない。

完全に人間を上回る存在によって、人類は負けてしまったからだ。

蔓延るゾンビ。そしてゾンビの上位互換たち。

まさに弱肉強食の世界で、仁菜は間違いなく最底辺に位置しているだろう。


「ゾンビ映画だったらさ」

「百合ってゾンビ映画に例えるの好きだよね。そんなにたくさんみたの?」

「話遮らないで。映画だったら希望のあるエンディングだってあるよ」

「例えば?」

「ワクチンで人類が抗体を持つようになって、ゾンビを殲滅するの。そうして人類は再び世界を作り直すの」

「その映画に変異型はいた?」


 答えずに百合はいつの間にかたどり着いていた丘の上から景色を見渡した。

繋いでいた手が離れそうになって、仁菜は急いで手を繋ぎ直す。


「あれ?」

「なぁに?」


 少し離れた場所で、ゾンビの群れが歩いているのが見えた。

だがおかしいことにそのゾンビが襲われているのである。


「あれが亜種かな?」


 仁菜が言った。

ゾンビを襲っていたのは同じようなゾンビである。

ただ襲う側のゾンビたちは全速力で走っているし、手には刃物やバールのようなものを手にしている。

噛みついて殺すのではなく、効率よく頭をカチ割ったり、刃を突き刺して殺していた。

動かなくなったゾンビを、亜種が食らう。


「ゾンビがゾンビ襲ってる」

「これも映画にあった?」

「さすがにないかな」

「百合はあの亜種よりも強いんだから、生態系の頂点だね。私は底辺だけど」

「頂点であっても、もうすぐ死ぬんですけどね」

「あはは、そうかもしれないね。ワクチン打っても私と同じように底辺の人間に戻るだけかもだし」


 百合もそれは考えていた。

もし仮にワクチンがあったとして、それを打ったら百合はどうなるのだろうか。

元の人間に戻れるのか。もし戻ったら今のような超人的な能力は残るだろうか。

残れば生きれいけるかもしれないが、残らなければ圧倒的弱者になって逃げまわる人生が待っている。


「仁菜はワクチン打ちたい?」

「正直、もういいかなって。別に打ったところでどうなるわけでもないでしょ。

百合は?」

「もしワクチンを打って元の人間に戻ったら……もう仁菜を護れない」

「……今まで護ってくれてありがとね」

「うぅん、こちらこそ一緒にいてくれてありがとう」

「百合、帰ろう。途中お酒とかの物資がないか探しながら」

「そういえば」

「なに?」

「まだお酒の残ったお店あった気がする」

「まじ!? え、寄ってこ酔ってこ!」


 希望にすがる足が、元来た道へと向いた。

希望に向かって歩いていたときよりも軽快に、そして二人の表情も明るい。

背後ではまだゾンビの群れが亜種によって襲われているが、ゾンビたちは少しずつ数を減らしていく。

ゾンビを喰らう亜種が叫ぶと、さらに上位の変異型が現れて亜種たちを殺していった。



「あっ」


 立ち寄ったリカーショップで、百合は声をあげた。

仁菜が覗き込むと、百合の手は静かに震えながら干からびたように粉を散らしていた。


「……仁菜」

「百合、ずっと一緒にいるからね」

「うん」


 ありったけのアルコールをリュックにも手にもぶらさげて二人はもう長く過ごしたマンションへと帰った。

まだ日が高かったから昼頃だろう。

二人は乾杯すると次から次へとアルコールを胃へと流し込んだ。


 空き缶が転がっていた。

割れた瓶が散らばっていた。

アルコールの匂いももう薄れていた。

脱いだ衣類もそのままに、二人は寄り添っていた。


「百合」

「なぁに、仁菜」

「最後にひとつだけわがままを言ってもいい?」

「うんいいよ」

「最期は好きな人の腕の中で死にたい」

「わかった」

「ありがとう。百合、好きだよ。愛してる。今まで護ってくれてありがとう」

「こちらこそ、仁菜のおかげで世界が明るかったよ」


 夜、マンションの全ての部屋から明かりが消えた。

散り行く身体のまま、百合は目を閉じて仁菜を抱いていた。


「仁菜。愛してるよ。天国で幸せになろうね」


 もう言葉を発さぬ彼女だが、その表情は笑っている。


「映画だったら、うぅん、もういい。これが現実」


 徐々に垂れる頭部からは多量の粉が散り行く。


「あなたがいない世界なんて」


 笑う仁菜の身体を包むように、百合の身体が崩れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 完成おめでとうございます [一言] 多くの可能性を秘めていたのに、ほとんど誰も読んでいなかったのは残念だ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ