14思考
廃墟と化した街並み。光は一切なくて夜空の月ばかりが街を照らしている。
仁菜は一人歩いていた。
周囲にゾンビの姿は見当たらない。ワームが辺り一帯のゾンビを食い殺したようだ。
「百合、百合に逢いたい。百合に逢いたい……」
まるで子供のように泣くと両手で目をこすった。
荒廃した世界。
いるのはゾンビや悪い人や得体のしれない変異型ばかり。
今の仁菜には百合だけが心の拠り所だった。
(……ただゾンビや悪い人たちに怯えながら生きていくのかな)
そんな考えが浮かぶ。
(このままずっと色んな脅威に怯えて逃げながら暮らすのかな)
自分の小さすぎる手を見る。
とても筋肉質ではない。
これからサバイバル術に長けていけるとはとても思えない身体と身体能力。
今は百合に守られているが、それもいつまで続くのかは分からない。
(はぁ……また病みそう。もう病んでるのかも)
世界がこうなる前から仁菜は精神的な疾患を持っていた。
感情の起伏が激しすぎるし極端な躁にも鬱にもなる。
少し前までは安定剤などを飲んで抑えてはいたが、この世界になってからは安定剤も底をつきている。
(百合……)
今すぐあって抱きしめてほしかった。
色々あったあれやこれを話したかった。
車で通ってきた道を歩いて戻るには少しばかり距離がある。
考えるよりも先に足が百合との二人の家へと向いてはいるが、その足取りは力なく心細い。
歩いていると、ふと目の前に一体の骸が現れた。
死んでからまだそこまで経っていないのかその姿は人間らしさがある。
おまけに頭を撃ちぬかれているからゾンビではなく、人によって殺されたのだろう。
(ゾンビだけじゃなくて、人が人を簡単に殺しちゃうんだね)
しゃがみこんで手を合わせる。
名もなき骸は手に缶ビールを持っていた。
もうすでに中身がなく缶も潰れているが、骸の背負ったリュックはまだ膨らみがある。
(お酒持ってるのかな)
申し訳ないと思いつつ、でも生きるため、なんでもいいから落ち着けるものが欲しくて仁菜はリュックに手を伸ばした。
出てきたのは缶ビールが数本、それにノートとペンだ。
(いただくね)
ぷしゅっといい音をたてて缶から泡が吹き上がる。
常温ではあるが久しぶりに飲むビールはこんなにうまかったかと、仁菜は一気に飲み干した。
(ノートには何か書いてあるかな?)
遺書的な文面が出てきたら嫌だなと思いつつページを捲る。
「……研究所……? ワクチン?」
ノートには嘘みたいな信じられない字が綴られていた。
研究所があり、そこでワクチンがつくられている最中だという内容だ。
「……本当なのかな」
にわかには信じがたい。
もうすでに世界は崩壊を迎えしばらく経つ。
今更ワクチンといわれも鵜呑みにすることはできない――だが、1%でも希望があるのならば縋りたいとも思えた。
「本当なの?」
「……」
もう喋ることのない骸に答えを願う。
「ワクチンあるの? それがあればゾンビはいなくなる? 私もゾンビにならない?」
「……」
「あると思ってあなたは歩いていたんだね」
「……」
「こんな世界だもん、わずかでも希望にすがりたいよね」
「……」
「私もすがりたい。だからこれはもらうね」
「……」
「ありがとう、さようなら」
背負っていたリュックを骸から外すと、缶ビールとノートとペンを入れて背負う。
「百合と一緒にワクチンを探すんだ。そうしたら、少しは世界が明るく見えるかもしれない……明るくなればいいな」
明るすぎる月明りが、仁菜の影を長く伸ばしていた。
◇