13再会
ゾンビの影にさらに巨大な影が重なった。ワームだ。
「あ……」
地面から這いずり出てきたワームは巨大な身体をまざまざと見せつけた。
巨大な口からは涎に濡れた細長い何本もの牙が見えた。
「ゾンビじゃなくて、そっちに食べられるのか」
ゾンビたちに食べられるよりは、この大きな口で食べられたほうがすぐに死ねそうだ。
そんなことを考えながら虚ろな目でワームを見る。
大きな口がゾンビたちとともに迫る。
「来世は幸せになれますように」
祈るポーズをしながら仁菜は目を閉じた。
ばくんと口が閉じる音がして、血が飛び散った。仁菜の血ではない、ゾンビの血である。
目は開かない。そこで何が起きているのか仁菜には知りえない。
だが、口が閉じる音がするたびに血が飛び散り、祈る仁菜へと降りかかる。
震えながら祈った。
何が起きているのかわからないが、ただただ腐敗臭のする血をその身に受け続けた。
ワームがゾンビたちを食い散らしていた。
その姿はまるで仁菜を護るかのように、仁菜に近づいたゾンビから次々に大口で噛みついている。
目の前にある腐っていない新鮮な肉には目もむけず、ただただ仁菜に迫るゾンビたちをその口で喰い続けた。
やがて飛び散る血もなくなった。
未だ震えながら祈る仁菜に、やっとワームが近づく。
(やっぱり、私も食べられちゃうんだ)
ワームが口を閉じる。
巨大な口先が少しだけ仁菜に触れた。
「び、びな……」
「え?」
急に聞こえた言葉ともいえぬ言葉。
だが、確かにワームから発せられた声に仁菜は目を開いた。
「ぼ、ぼべんね……」
「え、な、なに?」
「ぼべんべ、い、び、びっしょに……」
「……!」
巨大なミミズのような身体がずるり音を立てながら後退しはじめた。
仁菜に牙を剥けることもなく、少しだけの言葉を残して消えていくワーム。
姿形は違うのに、理解しずらいその声とは思えぬ声も、どうしてか仁菜にはいつか愛した人の姿を思い起こさせていた。
物資をとりにいくと行って帰らなくなった人。
崩壊した世界で、唯一の希望だった人。
もう二度と逢えないと思った、逢えないならもうこの世界から消えてしまおうとまで思えた人。
「ま、まって……ねぇ待って」
這い出た穴の中へと戻っていくワームへ声をかける。
だが、仁菜の制止を聞き受けることなくワームは穴の中へともぐっていく。
最期に一度だけ小さく潤んだ瞳で仁菜の姿を見ると、ワームはそのまま地面奥深くへと消えていった。
「待ってよ! あなたでしょ、あなたなんでしょ! ねぇ、待って、置いていかないで……」
闇だけが見える穴に駆け寄り、その奥を見つめる。
姿は違えど確かに感じたあの頃の感覚。
世界が崩壊したとき、仁菜は恋人と二人で生きようと決めた。
二人でどうにか生活を送ってきた。
愛する人がゾンビに噛まれ変異型になっても。
住んでいるマンション内で生きた人々による抗争が起こっても。
二人ならやっていける気がした。生きていける気がした。
『じゃ、行ってくる』
そういって帰らなかった人。
日に日に変わりゆく姿に、いつか目の前から消えてしまうと思えた。
(おかえりって、言いたかった)
もう見えない闇の向こう。
また逢えるだろうか、二度と逢えないのだろうか。
色んなものが押し寄せてきて、整理がつかなくて、ただただ流れる涙。
「……おかえり」
◇
車を追いかけていた百合は道中、巨大な穴を見つけていた。
コンクリートに開けられた不自然な穴。とても人が開けられるようなものでもないし、かといって重機を使用したようなものではない。
早く仁菜を追いかけなければならない。
穴から離れようとしたが、百合を引き留めるように中から巨大なワームが顔を出した。
ミミズが巨大化したようなバケモノ、対峙する百合も同じように人という原型はあるものの少しずつ人から離れている。
(君も変異型なんだね)
「……! こいつ直接脳内に」
(はは、変異型同士だとお互い周波数が合うみたいなんだ)
這い出たワームの長い身体が行く手を塞ぐように百合の周りをぐるりと周回しはじめる。
(なにか用? 急いでるんだけど)
(匂いでわかるよ、君、仁菜としばらく過ごしていただろう)
(仁菜を知っているの? 仁菜は今どこにいるの?)
(この道をまっすぐいった先にいるよ)
(早く見つけないとゾンビに食べられちゃうかもしれない)
(安心して、この辺のゾンビたちは全部僕が倒した。ついでに悪い人たちもね)
(それは良かった……でも、私を引き留めて何が目的なの?)
(君は変異型の行く末を知っているかい?)
(行く末?)
(君の少し成長した姿が僕、そしてその先の話さ)
仁菜を思う気持ちが足を進めようとさせる。
ワームが振った自身に関係ありすぎる話がその足を止めさせる。
(どうなるの?)
(よかった耳を傾けてくれて)
周回していた胴体が動きを止める。
(悲しいけれど、僕たちの寿命は短すぎる)
(どういうこと?)
(僕は数日中に死ぬだろう、そして君も1,2か月の命だ)
(……!)