12破壊
頭を撃ちぬかれれば大抵のゾンビはその活動をやめる。
百合の場合も同じように、顔面から頭部にかけて風穴を開けた状態では身体を動かすことはできない。
散らばった血や肉片、脳漿がまるで意思を持ったかのように動き始めた。
主のもとに戻る様に散らばった百合の欠片たちは頭部に集まると、再び元ある姿へと百合を戻していく。
頭部の風穴がふさがり、顔面が元の形に戻ると指先が電気信号を受け取って動く。
(……生きてる)
まるで寝起きのようにゆっくりと上体を起こす。
呼吸はあるし、自分の胸に手を充てても鼓動を感じる。
(死んだかと思った……ゾンビって頭撃ちぬかれたら死ぬんじゃないの?
変異型はまた違うのかな)
視界に内山たちの姿はない。
若干痺れを感じる身体を立ち上がらせ、おぼつかない足取りで部屋を出る。
(仁菜は……)
階段を下り、自分たちの生活の場へと戻る。
そこに仁菜の姿はない。恐らくは内山とその仲間たちによって連行されたのだろうと考えていると、核心させるように外から車のエンジン音が聞こえてきた。
(仁菜……)
一切光のない暗い街で、ヘッドライトをつけた車など簡単に見つけることができる。
(……仁菜)
軽く身体をストレッチする。
もう痺れはほぼなくなっている。頭を吹き飛ばされたせいか、いやに思考がクリアだ。
(なーんかよくわからないけど、すっきりしてるな)
走り去っていく車を目で追いながら、百合はベランダから飛び降りた。
着地と同時に百合の身体は人ではないものへと変化していた。
刃のついた尾、獣のような爪、硬貨した肌。爬虫類のような瞳。
(仁菜を助ける、そして……)
もう食欲はない。
代わりに唸り声をあげると、長く伸びた犬歯が光った。
(全員殺す)
暗闇に、一匹の獣が走った。
◇
途切れていた仁菜の意識が大きな衝撃によって無理やり覚醒させられた。
声は出せなかった。仁菜は自分が拘束されていると分かると周囲に目をやる。
車の中。左右には若い男が二人、助手席には内山、運転席には男がいる。
口にはガムテープが張られ、手は後ろで縛られている。
大きな衝撃が再度車に浴びせられた。
「撃っても無駄よ! 今は逃げることだけ考えて!」
「うるせぇ! 少しでも撃たないとすぐにでも追いつかれるんだよ!」
内山と男が怒鳴り合っていた。
背後から押し寄せた衝撃に仁菜も振り向く。
巨大なワームだった。
車一台吞み込めそうな大きな口と長すぎる胴体。
暗くて全体像はわからないが、大きすぎるほどの巨大なミミズのようなバケモノが車に向かって大口を開けて迫っていた。
銃声が何度も響く。
運転手もアクセルを踏み続け、ものに当たろうがゾンビに当たろうが構わずに車を走らせ続けた。
ワームは大きな円形の口に何本もの細長い牙を生やし、その大きな口で車を飲み込もうと迫る。
「こんな変異型みたことない! なんなんだこいつ!」
猟銃を構えていた男が叫んだ。
大口向かってさらに銃弾を浴びせるがワームの進行は止まることがない。
弾を装填しようと銃撃をやめた瞬間、ワームが口を開けながら突進すると銃ごと男の腕を食いちぎった。
「あああああああああああ!」
片腕をなくした男が身体をよろけさせた瞬間、さらに押し迫ったワームが男の上半身に食らいつくとそのまま車内から身体を引きずりだした。
「だめだ! こっちももう弾が尽きる!」
咀嚼しながらも追うことをやめないワーム。
残った一人がなんとか食い止めようと銃弾を浴びせるが、効果はまるで見られない。
「ん-! ん-!」
仁菜が叫ぼうと声なき声をあげると、それに気づいた内山がナイフを差し向けた。
「今はあんなに構っている暇はないの!」
「その女を捨ててワームに食わせよう! 少しは時間が稼げるだろう!」
声をあらげ仁菜を餌にしようといいだす運転手。
「ダメよ! この子はリーダーのエサなんだから」
「くそ! ワームに食われるか、リーダーに食われるか、どっち道喰われるしかねーのかよ!」
「ん-!」
衝撃が走る。
銃撃を続けていた男が窓から転がり落ちると、ワームがすかさずに口へと運ぶ。
もう応戦する人間はいない。
即座に咀嚼を終えたワームが体当たりすると、車はハンドルを切ることができずにそのまま建物へと正面から突っ込んだ。
クラクションが暗闇に鳴り響く。
頭部から血を流した仁菜が起き上がって確認すれば、運転手が多量の血を流しながらハンドルに身体を預けている。
内山もエアバックによってダメージは軽減されているが、意識を失っている。
なんとか縛られていた手を前にもってくると車のドアを開けて外へと出る。
ガムテープをはがし振り返ることもせずに走り出した。
「もう嫌、こんな世界! 百合、百合はどこ! 百合ー!」
車が走ってきたであろう道を引き返す仁菜。
叫び声をあげたせいか、周囲から暗闇からいくつも影が蠢いた。
周囲を囲むようにゾンビたちがフラフラと仁菜へと近づく。
「はぁ、はぁ、はぁ、もう、もうこんな世界嫌。とても人間の生きられる世界じゃない」
その場にへたりこみ、仁菜は夜空を見上げた。
ゾンビたちがすぐ傍へと迫る中、仁菜は昔を思い出していた。
(夜空をみて喜んだのはいつだろう――、デートしたとき、友達とごはんにいったとき、皆で花火をした帰り道)
楽しかった想い出たちを反芻する。
少し前まではあんなに楽しかった日々はもう戻ることがない。
生きるか死ぬか。
喰うか喰われるか。
単純な世界に生まれ変わっていた。
強いものが生き、弱いものが死んで逝く。
「あは、なんだ」
考えながら仁菜は言う。
「強い人が生きて、弱い人が死ぬ。なんだ、ゾンビが現れる前となにも変わらないじゃん」
ゾンビの影が重なる。
「あーあ、どうせ死ぬなら楽しい世界のうちに死んでおけばよかったー」
近づく足音に、仁菜は目を閉じた。
きっと噛まれて死ぬのは痛いだろう。
噛まれた瞬間叫び声をあげるだろう。
でも、叫んでも誰も助けてくれないし抗っても結果は変わらない。
「あーぁ……」