11アブナイ人たち
寝付くことができなくて百合は仁菜と一緒に寝ていたベッドから身を起こした。
寝息を立てている仁菜を起こさないようにそっとベッドから出ると上着を羽織ってベランダに出る。
タバコの火をつけて外を見れば薄暗い闇がそこにあって、ただ月明りが下界を照らすとぼんやりとその形を浮かび上がらせている。
夜風が髪や頬を撫でていく。
涼し気な香りに混ざるかすかな匂いに、百合の鼻が反応した。
(一瞬、美味しそうな匂いが……)
百合の鼻は生きた人間、特に男性の香りに強く反応する。
恐らくは変異型になってしまったせいではあるが、生きた男性は百合にとって餌の認識になってしまっている。
匂いのするほうをみる。
目を凝らすと暗闇の中に何かが動いている。
月明りだけでははっきりと正体までつきとめることはできないが、何かよくないものが近づいている気がして胸がざわつく。
(そういえば内山さんはどこの階に行ったんだろう?)
上の方の階を見てみる。
姿はみえないがベランダが空く音がすると人影が見えた。
このマンションに百合たち以外の人物は内山しかいないから、内山なのだろう。
内山は百合の存在には気づかず、持っていたライトを数回点灯させた。
すると暗闇で動いていた何かがライトに反応して、同じようにライトを数回点灯させる。
(なにか合図を送ってる……?)
内山はグループに所属しているといった。
となれば、今反応した光はそのグループのものだろう。
(グループと連絡を取り合っている? やっぱ怪しすぎるだろ内山)
ライトの位置から内山が今いる場所はわかった。
仁菜といた部屋から出ると百合は階段を昇って内山がいた部屋へと向かった。
(内山、何をしてたんだろ。場合によっちゃ……死んでもらうからね)
内山の部屋へと続く廊下を歩きながら、長い尾がゆらりと動く。
尾の先についた刃が以前よりも大きく成長している。その形はより生き物を狩りやすい形に進化していた。
場合によっては死んでもらおうと考えていたが、すでに百合の意識は半分薄れていた。
部屋には鍵がかかっており、数回ノックすると内山の声が帰ってきた。
「だれ?」
「ゆ、百合で、す」
「百合ちゃんか、今開けるね」
鍵が開いたと同時に扉を思い切り開けると、尾をしならせて内山の身体を突き飛ばした。
いきなりの突きに内山は身体を転がしながら倒れたが、なんとか立ち上がるとライトで百合の顔を照らした。
「あなたも変異型だったのね」
「そ、そそうなの。う、うちやま、う、うそついたたた。
なか、なか、仲間いいるでしょ」
片言でとぎれとぎれの言葉に百合がすでにまともではないと判断した内山は躊躇することなくホルスターから銃を引き抜いた。
「意識はまだあるけど、もうダメね百合」
「かかか、かも、かもね」
銃声が一発響いた。
銃弾は百合の太ももにヒットすると穴が空いて血が流れだす。
だが、それに怯むこともなく百合は内山向かってゆっくりと距離を詰める。
「もう人じゃないわね」
「い、い、い痛い、いた、痛い? ん、あれ、い、痛くな、ない」
「バケモノが」
迫る百合向かって引き金を引く。
足へのダメージは皆無。ならばと銃口は百合の頭部や胸などの急所向かって銃弾を吐き出す。
一発、二発、三発、四発、五発。
すべての銃弾を百合の身体に沈めてもなお、百合が倒れることはない。
「や、やっぱり、い痛い。い、一瞬、一瞬ね。ち、血が血が、あ?
も、もうとま、止まってる」
指先で撃たれた場所をなぞると、撃たれたはずの傷はない。
血ばかり残っているがすでに傷は再生しており、何も変わらず綺麗な肌がそこにある。
「くそ!」
銃弾を装填しようとした内山の手を、百合の尾が叩きつけた。
「あああ!」
「あ、あれ、あれ、あ、し、尻尾がが」
尾先の刃はまるでノコギリのような形状に変化していた。
ノコギリ上の刃は内山の手首から甲までを撫でると大きな裂傷となって血を噴き出している。
健や筋まで切れたのだろう、内山の左手は力をこめることもできず、もう銃弾を装填できるような状態ではない。
「う、う、う、内山。なな、なにを、し、し、し、しようと、してたの」
尾が内山の首に巻き付くと締めあげながら持ち上げた。
「がは! うー!」
「わ、わ、わかんない」
右手で尾を掴んで足をばたつかせるが、次第に内山の顔は赤くなっていく。
「なに、なに、なにを、しよーとととして、たの」
言葉を発する代わりに、意識の途切れそうな内山は中指を立てる。
締めあげていた内山の顔が少しだけ嘲笑った。
「え?」
背後から急に香った美味しそうな香りに百合が振り向く。
背後には大きな筒状のものが百合の顔を狙っていた。
「あばよ」
先ほどの銃よりも大きな発砲音が響く。
向けられていたのは熊や猪狩りに使われる猟銃の銃口だった。
銃口は百合の頭部に風穴を開けると、百合の身体がその場に力なく倒れた。
「はぁ! はぁ! はぁ! あんたたち遅いのよ!」
尾から解放された内山が首を抑えながら銃の持ち主を睨んだ。
銃を持っていた男を筆頭に、数人の男達が顔を揃えている。
「助けてもらっといてありがとうの一言もないのかよ。こいつ変異型だろ。俺たちがいなきゃもう死んでたぞ」
男が百合の身体を蹴飛ばしながらいう。
「それより状況は?」
「はぁ、女の子が二人いたけど……今のがそのうちの一人」
「おいおい、もう一人も変異型じゃねーだろうな」
「もう一人は普通の子よ。恐らく今の子が護ってたんでしょうね」
「ならいいけどよ。じゃ、もう一人の女の子はさっさと連れてこう」
「えぇ」
男たちに内山が加わり、マンションの階段を下っていく。
百合と仁菜がいた部屋からは悲鳴があがったが、すぐにでも悲鳴はやむと気を失った仁菜が男に抱えられながら部屋から連れ去れらていった。