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10生存者

 暗闇に浮かび上がった一点の灯り。

もしかしたら生存者かもしれないと思った百合はマンションを出て夜の闇へと一人飛び出した。

仁菜が危ない人かもしれないと百合のことを止めたが、百合はそれでもよかった。

危ない人かもしれない。ということは美味しそうな料理が向こうから向かってくるということ。


(なんだかやけにお腹が減るというか、食べたい欲求があるな……)


 もし生存者ならば迎え入れてもいいかもしれない。

もし危ない人だったならば、その場で食べてしまおうと思っていた。


(あぁ、でも、前見たいに服を血で汚したくないな)


 すでに尾が主張している感覚があった。


(危ない人というか男だったらその場で首切り落として食べよう。

あぁ、でも首だと血が噴き出るか、かな。え、えと、じじじゃぁ心臓、うん心臓)


(だ、だめだ。あたまお、おか、おかしい。やっぱりやっぱり、やっぱ、り、うん。

半分、はは半分、ゾンビゾンビ、ビビなてる、かかも)


 思考が食欲に支配されていく。

まだ半分残った理性が、生存者が女だった場合を考えることでなんとか湧き上がる食欲と衝動を抑えている。


(いや、いいや女の人かもしれない。女の人だたら食べ食べれない)


 そう頭では考えているのに、まるで血に飢えた獣のように涎を垂れ流しながら走る百合の姿があった。

闇にまぎれたその姿はゾンビと同じか、それ以上に恐ろしいものに見える。

 少しずつ距離を詰める松明に百合の目は血走っていた。


 先に声をあげたのは松明を持った人物だった。

松明を持つ人物は中年の女だった。

走ってくる百合の姿に女は冷静に構えている。

「止まりなさい!」

 挙げられた声に百合の動きが止まる。

「人間、ね? 人間なら返事をして」

(へ、へんじへんじへんじ)

 言葉を返さずに涎を拭う百合。

 挙動不審な百合に女は松明を足元に置くと、太ももにつけていたホルスターから拳銃を引き抜いた。

「3秒以内に返事をして。しなかったら撃つ」

「え、あ、ま、待って。撃たないで」

 松明の灯りは銃を構える女を照らす。

銃社会ではない日本なのに、いきなりゾンビチックな世界観を出されて百合はおどけた声をあげた。

「……まさか生存者がこんなところにいたなんて」

「う、撃たないで」

「貴女噛まれたりはしてない? 貴女一人?」

「噛まれては……ない。今は一人」

「……そう、ごめんなさい。ちょっとイライラしてたの。ところで会っていきなりなんだけど」

「?」

「食料は持ってない? 昨日からろくなものを食べてなくて」

「……あるけど、あなた名前は? アブナイ人じゃないでしょうね」

「私は内山加奈。とあるグループに所属してるけど、私も今は一人よ」

「うぅん、食べ物なら……ありますよ」

「よかった……お願い、少し分けて……」


 言葉を切らし、内山はその場に倒れた。

かけよってみると右足からは血を流している。もしや噛まれたのではないかとズボンをめくってみたが、噛まれたのではなく裂けたような傷跡が見える。


「出会っていきなり倒れるとか……あぁーしょうがないなぁ」


 仕方なしに内山を担ぐ。

ほんのり美味しそうな匂いがして一瞬喉がなる。

「……まぁいいか」


 二人の家まで内山を担いで帰った。

 数時間後に目を覚ました内山は二人と言葉を交わすよりも先に用意されていた料理をがっついていた。

箸もスプーンもフォークも使わず、手づかみでひたすら口へと押し込んでいく。


「凄い食べっぷり」

 仁菜が若干引いた顔をしているが、百合には内山の気持ちがわかってしまい乾いた笑い声をあげた。


「ごめん、ここしばらく虫とかそこらへんの草ばかりだったから。まさかこんな料理が出てくるなんて思わなくて」

「えへん、そうでしょう。百合が鳥とか取ってきれくれるし調味料もいっぱいあるから私が丹精込めてお料理しているのよ」

 鼻高々にいう仁菜に(その調味料も私がとってきたんだけどな)と喉まで言葉がでかかった。

「内山さんはどうして松明なんて持って歩いていたの? あんな灯りがあったらゾンビが寄ってきそうなのに」

 口いっぱいに詰め込んでいた料理を水で流し込んで一息つくと内山は話はじめた。

「確かにゾンビは寄ってくる。でもあれば亜種よけのためよ」

「亜種?」

「あなたたち亜種を知らないの? 亜種っていうのはね見た目はゾンビだけど走ったり道具を使うやつらのことよ。

亜種は火を怖がるから松明を持っていたの」

「そんなゾンビがいるの?」

「えぇ。亜種は見た目はゾンビそのものだけど、生存者を見つけると走って襲ってくるわ。しかも生前の意識が少し残っているのか、道具を使うこともあるの。といっても簡単なことしかできないけどね。

物を掴んで振り回すとか、投げるとか」

「こわ、そんなのいるの」

「私も見たことなかった……」

「今この世界には大きくわけて三種類の人間だったものが存在しているわ。

ゾンビ、亜種、そして変異型」

「え、亜種のほかにもいるの?」

「えぇ。あなたたち何も知らずに今この世界を生きていたの?」

 百合と仁菜は揃って頷いた。

「亜種は完全に見た目がゾンビだけど……そうね、変異型は見た目が人間のゾンビといえばいいかしら」

 その言葉に百合は自分のことを言われたようで呼吸が止まる。

「一番恐ろしいのは変異型かもしれない。その特徴は見た目は人間なんだけれど常人離れした能力を持っていること。

筋力の異常発達、驚異的な運動能力、あとはその個体にもよるわね」

「内山さんは見たことがあるの?」

「うちのグループにも一人いるの。その人は意識が残っているから人間らしく振舞えているけど……

他に見た個体はそうじゃなかった。意識がほとんどなくて、最初生存者かと思って声をかけたらいきなり襲われたわ。

グループの人が何人も殺されて喰われた。銃を持ってなかったら今頃全滅していたかもしれない」

「いろいろ情報が溢れすぎてパンクしそうだよ。え、内山さん銃持ってるの?」

 仁菜が興味深そうに聞くと、内山はホルスターにしまっていた銃を見せた。

リボルバー式の小銃である。

「警官のゾンビがもっていたのをいただいたの。日本でもこんな簡単に銃を見つけらえるなんて思ってもなかった」

「内山さんのグループは皆銃を持っているの?」

 さらに聞く仁菜。

「えぇ。といっても警官が装備していたものを何丁かと、猟銃を数本ね」

「凄い」

「タバコ一本いただくわね」

 返事を待たず内山はテーブルにあったタバコを咥えると火をつけた。

そのあとも仁菜がグループのことや今世界がどのような状況かを聞いていたが、百合はいずれの情報も右から左に抜けていた。


(私も変異型なんだ……この状況、まずいのでは?)


 内山は銃を持っている。

さらに内山の所属するグループにはまだ銃があるという。

先ほどの話を聞けばグループが変異型を脅威だと思っているのは間違いないだろう。

内山の話もどこまで信じられるのか疑問だった。

もし、百合が変異型と知れてしまったなら内山やそのグループは容赦なく銃口を向けてくるかもしれない。

ましてや今百合の意識は徐々に食欲が大きくなっている。

内山を担いだときに感じたあの美味しそうな香り。あれは内山が近い日に男とあっていたことでついた香りだろう。


(あの匂いを嗅いだら……食欲を抑えらえれる気がしない)


「実はね私は生存者を探し出してうちのグループに案内しているの。どう、良かったら二人もこない?

グループには護衛もいるし、食料の備蓄やインフラも整っているのよ。水道も電気もある」

「えぇ、凄い! どうする、百合」

「うぅん、少し二人で話し合いたいな……」

「えぇ、いいわ。二人でゆっくり話して。このマンション内ゾンビはいる?」

「いや、いない」

「そ、ならよかった。せっかくだし他の部屋に休んでいるわ。明日になったら返事を聞かせて」

 内山は片足を若干引きずりながら二人の部屋から出ていくとマンション内のどこかの部屋へと消えていった。

 聞いた話が信じられなかった。

やはり家にあげなければよかったと後悔するがもう時すでに遅し、だ。


「私は行きたくないな。行ったら私絶対殺されるって」

「それは思ったな。百合はたぶん変異型でしょ? バレたら殺されそう」

「だよねー」

「それになんだかんだ今の生活で満足だし、内山さんの話、美味しすぎない?

まるでマルチか宗教に勧誘されている気分だった」

「ちょっと美味しいとこだらけだったよね」

 百合がタバコに火をつける。

百合自身、今の生活に不満はない。

ある程度の生活の質は保てているし、心許せる仁菜がいる。

今他のものは信じることができないし、法も秩序もない世界だ、女二人がどう扱われるか分かったものではない。


「明日の朝断ろうか」

「うん、そーしよ」

「仁菜が同じ気持ちで良かった」

「それどういう意味?」

「え、行きたくないって気持ち」

「うん、そうだね」

 仁菜がやけに棒読みで百合は疑問符を頭に浮かべる。

ただ、そのやりとりがどういうものか百合がわからないわけでもない。

「仁菜ー」

「なにー」

「ずっと二人でいようね」

「どういう意味?」

「そういう意味」



 内山が移動したのはマンション最上階だった。

持っていたライトを遠くに向かって点滅させると、遠くからも同じようにライトが点滅している。


「女の子が二人……楽そうな仕事でよかった」


 リボルバーに弾が装填されているのを確認しホルスターにしまう。

 ライトが反応した辺りから車のエンジン音が聞こえてくる。


「……生きるためだから」


 服の内側に隠していたナイフを握り、内山は部屋を出た。

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