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01傷跡

 朦朧とした意識の中、百合は傍らにあったペットボトルを口にした。

伸ばした手に残る歯形からはまだ血が滲んでいる。

 昨夜、百合はゾンビらしき人物に腕を噛まれていた。


 体温計で熱を測ってみれば、40度を超えている。

発熱のせいか尋常ではない汗にまみれている。

衣類もベッドの何もかも濡れていてとても寝心地のいいものではない。

せめて着替えだけでもとベッドから起き上がろうとしたが、あまりの身体の痛みに百合は濡れたベッドに戻る。


(病院……いや、もう救急車呼ぼうかな……)


 最寄りの病院に電話してみたが繋がらず。

 独り暮らしで頼れる相手も身近にはいない。

このままでは死ぬ可能性さえあるなと考えて、百合は119に連絡を入れる。


(……出ねぇ……)


 しばらく待ってはみるが一向に繋がらない。

1,2分と待っても繋がらず百合は通話終了ボタンを押した。


(救急の意味ねーじゃん……急いで救うから救急じゃねーのかよ)


 もう一度電話をかけてみるが、結果は同じである。


(解熱剤も、鎮静剤も……あと少しか)


 頭痛や生理のときの薬は常備してあったが、それもあと少しで尽きてしまう。

一人である孤独感と不安感が、余計に百合を闇へと引きずりこんでいくようだ。


(あぁ、神よ、どうかこの痛みと苦しみから解放してください。

もっといい子になりますから、もう悪いことはしませんから)


 信仰心などこれっぽちもないが、百合はここぞとばかりに神に祈った。

祈りながら視界がぼやけていく。遠くからはサイレンの音が聞こえてくる。


(このサイレンが……私を迎えにくる音ならいいのに……

このまま救急隊の人が私を見つけてくれて、そのまま病院に連れていってくれて、治療を受けたら快復して。

そしたらまた健康なときの日常が……)


 サイレンの音が何かにぶつかるような音に変わる。

叫び声が聞こえてきて、助けを求める悲鳴が聞こえてきて、次第にその声たちもぼやけてきて。


(あぁ、神様……神はいないんだな)



 ため息の出るような目覚めだった。

ベッドも掛布団も枕もまるで雨に降られたかのように濡れている。

おまけに枕元には血の跡すらあって、手鏡で確認すれば固まった鼻血が鼻から顎にかけ流れたあとが残っている。

身体は汗でベッタベタだし、顔は血まみれ、髪は油でぎっしぎし。

どれくらい眠っていたのだろうとスマホを見てみたが、スマホは電源が切れている。

 だが随分と寝たせいか、おかげで熱は引いている。


(めーっちゃ寝た気がする……私は何日寝ていたんだ?)

(3日も寝ていたよ)

(そんなに寝ていたのか)

(映画だったら、きっとそんなやりとりをするな)


 とりあえず汗やら血やらを洗い流したくて浴室へと向かった。

 身体を洗っていると違和感があった。

先日、ゾンビに左腕を噛まれたはずなのだが、その傷跡がないのだ。

もしやあれは夢だったのかと左腕についた泡を拭う。やはりそこには傷などない白い素肌があるだけ。


(ゾンビに噛まれた気がしたけど……気のせいだったのかな。

残業多かったし、お局にいびられてメンタル弱ってたのかもな。

そもそもゾンビなんて本当にいたら、映画みたいに世界が終わってるかもしれんし)


 シャワーを終えると部屋着に着替え、濡れに濡れた掛布団を干そうとベランダに出た。

布団をベランダに干し、枕を日の当たる場所に置き、コーヒーとタバコを用意した。


(んー)


 ベランダからの景色をみながらコーヒーを口にし、タバコを肺に入れる。

空には雲一つないいい天気だ。どこかに出かけたくなるような、ピクニックにでも行きたくなる心地よさ。


「フー……」


 タバコの煙を吐き出しながら景色を眺める。

 百合が住んでいるアパートは3階建ての303号室だ。

周りには2階建て以上の建物がないために景色を広く遠くまで見ることができる。

築40年を超えるボロアパートだったが、この景色に一目ぼれし百合は初めて内覧したときからここに住もうと決めていた。

好きな景色を今日も見渡す。


「……フゥー」


 黒い煙が立ち上る建物が複数。

道には血に濡れた遺体がぽつぽつと倒れている。

そして、道を行き交うゾンビたち。

叫び声などは聞こえず、死体を貪るカラスたちの声がする。


「フゥー……世界終わってたわ」


 目の前に広がる景色に、百合はとりあえず職場に電話してみようかな、なんて考えを巡らせていた。


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