それはどこまでも見解の相違
公爵家なんて、良いものではないと、心底思った。
まさか、王家から、不良物件を押しつけられるとは。
爵位を継ぐのは私だし、婿は誰でも言いと思っているのかも知れないが、なにもできないだけならまだしも、不利益しか与えないものを家に入れろとか、迂遠に家に潰れろと言っているのかと思った。
だから、出来れば白紙に出来ないものかと、恥ずかしながら、直談判に来たのだ。
「陛下。出来ることであれば、この婚約を白紙に戻して欲しいのです」
自分の息子のポンコツさは、父親である陛下が一番理解していると思っていたのだが、むしろ、息子可愛さに目が濁っているのかも知れないと、対峙してようやく気が付いた。
陛下の後ろに控えている父が、無言なのもどうかとは思うが、まあ、既に公爵家は私のものだし、父は関係ないとも言えるから、口出しされても困るが。
「私の決めたことに異議を唱えるというのか」
「わたくしも、これが第三王子であれば、異議を唱えるつもりはありませんでした」
第三王子は評判が良いから、外に出ることになっている。隣国にお婿に出しても恥ずかしくないというか、婿に是非欲しいと望まれているのだ。
そのくらい出来が良い。
第一王子、こと、王太子は、実は第三王子ほど出来は良くない。
けれども、第一王子の方が、この国にはあっているのだ。出来の問題ではなく、後ろ盾と、政策に対する考え方の問題だ。
革新的なことを好まないため、何かと手を加えたがる第三王子は、あまり人気が無い。
家に来てくれれば、改革を手伝って貰いたいと思うが、領が王都と近いため、下手に上手く行きすぎると、第一王子が形なしなので、さすがに第三王子が良いですとは言えなかった。
まあ、もともと、出来のよろしくない第二王子をどうにかこうにか下げ渡したかったのは分かっている。
足下を見て、色々と注文を付けて受け入れさせたのも確かだ。
だからこそ、家で教育したいから、寄越せと言ったのに、突っぱねられた。
王妃様曰く。
「家のボクちゃんを家臣が教育するとは何事か」
と言うことらしい。
そこまで言うなら、きっちりかっちり教育して見せろよと、そこそこ脅しもかけておいたが、喉元過ぎると、すっかり忘れるらしい。
で、結局阿呆が出来上がったが、未だその不良債権を引き取れというのだから、開いた口が塞がらない。
「それも込みで、便宜を図ったはずだ」
「いいえ、陛下。わたくしは、はっきりと申し上げたはずです。第二王子と婚約するのであれば、家で教育を施したいと。
しかし、その際、妃殿下が、王家を教育できるのは、王家のみと突っぱねられましたので、しっかりと、公爵家に相応しく教育をお願いいたしました。
わたくしからすれば、それが確実に不履行となっております」
お前等あれを教育したって言うなら、どんな教育したのかはっきり言って見せろよと、言外に脅しをかけてみるも、狸親父も、うちの盆暗親父も引く気がないらしい。
「それは見解の相違というものだ」
「それはよろしいことを聞きました。見解の相違にございますね」
それって、家とお前んとことでは考え方違うんだから、お前の思い通りになると思うなよって事ですよね。
裏を返せば、お前んとこと家は考え方が違うんだから、それが重なることはないって事だって、気が付いてないのかな。この盆暗共。
まあでも、見解の相違だ。
それはもう仕方ない。
「良いことを聞けましたので、ここで下がらせていただきます。陛下」
ご自身のお言葉、後悔なさらないことですわ。
と、最後を心の中でのみ告げて、臣下の礼を取り、屋敷に戻ることにした。
「なにをやっていたんだっ」
鬼のような形相で、陛下が喚いておられますが、私の知ったことではないかと。
「わたくしどもにおっしゃいましても。わたくしども、野生馬の調教をしていただけでございます」
野生馬が群生していたのを見付け、一匹捕まえてきたのを使い物になるかどうか、調教中だった。
先ずは鞍に慣れさせ、人が乗れるように、人を配置して、人と一緒に居ることに慣れさせるということで、わたくしも参加していた。
鞍はあくまで載せていただけだったし、人も男女が分かるようにと、賑やかしでわたくしが呼ばれていた程度。
わたくしも、調教師も誰も馬に乗る気はなかった。
そこに、わたくしを呼びつけに来た第二王子が、馬に乗ると言って聞かず、何度宥めても無理だったため、致し方なく、鞍に上げたのだ。
調教中で、鞍を載せているだけの、馬銜も噛ませていないため、手綱も無い、ほとんど裸馬に乗りたいなど、正気の沙汰ではない。
すぐに降ろそうとしたのを嫌がり、馬を無理矢理駆けさせてしまわれては、我々にはどうしようもない。
結果は明らかで、幾ばくもしないうちに第二王子は落馬した。
しない方が可笑しいのだから、結果としては妥当だったが、打ち所悪く、ご臨終されてしまったのだ。
「なぜ止めなかった」
「なぜ止めなかったと思われるのかが不思議でございます。わたくしども、誰一人として、乗ることを許容いたしませんでした。しかし、第二王子ご本人が、乗せなければ謀反を起こしたと訴えると、おっしゃられましたので、ああ、これが見解の相違であろうと、わたくしども、第二王子の望み通り、馬に乗せました。
しかし、我々は乗るだけで降りるものと思っておりました。鞍もただ載せているだけで、止めてもおりませんでしたから。
そうしたら、横腹を打ち据えて、走り出されてしまったのですもの。やはり、見解が相違していたのでしょう。
なんと言っても、王家と我が公爵家とでは、どうにも見解が相違しておりますようですから。教育も違っていたのだと思われます」
わなわなと、唇を震わせる盆暗に、にっこりと笑ってやれば。
「お前はっ」
「あら、陛下が仰ったのですわ。わたくしの考えと、王家の考えは、相違しているのだと。
どうも、第二王子は、特に我が公爵家とは、見解が相違しすぎていらしたようですし。
それも踏まえて、我が公爵家で教育をと思っていたのですが、それもまた、陛下が仰るところの見解の相違なのでございましょう」
役立たずなだけならまだしも、なにかと不利益しか持ってこない阿呆は家には必要ないから、白紙にしろと言ったのに。
まあ、それも、盆暗に言わせれば、見解の相違なんでしょう。
ああ、何て良い言葉なんでしょう。
相違。相違えれば、何でも許されるのですから。
「誠に今回の事は、不幸な事故でございました」
なるべくしてなったとも言いますけれど。
「あああ」
やっと、自分のしたことに気が付いてくださったようでなによりです。
あんな血を入れるのも嫌だったので、最終の脅しのつもりではあったのですけど、まあ、結婚して事故に遭うか、程度の差ですし、誤差なのではないかしら。
その後、王妃様にも罵られたが、そこでも。
「公爵家とは、考え方が違ったのでしょう。まさか調教中の裸同然の馬に乗り、あまつさえ駆けさせるなんて、思いませんでしたから。王家では、そう教育なさっていたのでしょう。乗せなければ、謀反だと脅されましたので」
にっこり笑って言っておいた。
ボクちゃんの教育を頑張った結果だったのだと、突き付けてやれば、更にヒステリックに叫んでいたが。
「考え方の違いを埋めるためにも、我が公爵家で教育をしたいと思っていたのですが、溝が埋まることなく終わってしまい、残念でございました」
我が家で教育しておけば、死ぬことはなかったと言ってやれば、血圧が上がりすぎたのか、そのまま倒れてしまわれた。
どうにも今の王家は感情的になりすぎるらしい。あまり良くない傾向だ。
しかし、まあ、王家と公爵家は見解が違うらしいので、仕方ないのかも知れない。
きっと、どう考えたところで、理解は出来ないのだろう。
なんと言っても、私と陛下では、見解が一致することはないのだから、今回の事故も仕方ないのだ。
何しろ、見解の相違だから。
阿呆な血を入れるくらいなら、いっそ事故に遭って貰ったら良いんじゃないかなって思いました。
だって、王族って、命狙われやすいんでしょ。
事故くらいいっぱいあるよね。
と言うか、そんなど阿呆、婿に出したら、殺されても可笑しくないって。
一年経たずに病死か事故死するって。
と言う思いと供に。(笑)