2022/12/20 葬儀場、真希
真希が喪主を務めたのは十二月の末、冷たい雨が降る日のことだった。
死因は老衰。齢九十二の大往生だ。
高齢もあって故人――由紀子の知己は少なく、葬儀はしめやかに執り行われた。
「おかあさんのことは残念だったね」
「気を強くもってちょうだいね」
真希自身とはほぼ初対面の参列者たちは、けれど口々にいたわりの声をかけてくれる。ありがたいことだった。
「お姉ちゃん」
妹の真衣も、真希を心配したひとりだ。
ふたつ年下の妹は今年、二十九となる。一昨年嫁いだ彼女は、生まれたばかりの娘の子守で忙しい合間を縫って駆けつけてくれた。夫の手前大した手伝いができないことを詫びていたが、真希からすれば来てくれるだけでありがたいと思う。しきりに姉の身を案じこちらを振り返る妹に手を振り、ようやくひとりきりになった真希は、大きく息をついた。
縁者の死は悲しい。小さな壺に収まってしまった故人を思えば、どうしてもこみ上げるもので視界が潤む。
けれどこれは単なる別れではない。生前の彼女曰く、新たなはじまりでもあるという。真希は鞄の中の背表紙をそっと撫でた。
『あの霊園の樹木葬が良いわ。永代供養だし、桜やハナミズキから選べるんですって』
歌うようにつづられた言葉を思い出す。由紀子が書き貯めていたエンディングノート。真希の手が加わったそれは、ここまでの、それからこれからのことをつぶさに記している。
『☑ 葬儀社に連絡する』
『☑ 参列者に連絡する』
『☑ 忌引き休暇を申請する』
終活という言葉が身近になったとはいえ、当時は遺品ともなるそれに手を加えることに複雑な心持だった。しかしいざ同居人を亡くしてみれば、己が身は風穴が開いたように心もとなく、ともすれば何をしたら良いのか分からなくなる。よりどころとなるものがあるのはありがたかった。ひょっとすると、由紀子はそんな真希の弱さまで分かっていたのかもしれなかった。
『☑ 旅行雑誌を買う』
『☐ 外貨を用意する』
『☐ 郵便局で手紙を出す』
・・・
『☐ 出発する』
気付けば旅立ちの日はすぐそばに迫っている。真希は今後の予定を改めて確認すると、
気合を入れるべく伸びを一つした。