2023/2/2 パリ、真希
世界三大料理と名高いフランス料理は、けれど朝食は割かし簡素と言われている。もちろん観光都市であるから豪勢なモーニングを提供する店は多々あるし、ホテルのバイキングで存分に食べることもできる。真希は郷に入ってはとの言葉に従い、パリ、シャンゼリゼ通りの有名店でバゲットを片手にカフェオレを傾けていた。裕福そうな老人や質のよいスーツに身を包んだビジネスマンと並んで朝食をとっているだけで、不思議とハイソサエティな人々の仲間入りをした気分になる。真希はどこか誇らしく――そんな自分をおかしく――思いながらノートを開くと、二日目のページ、一番上のボックスにチェックを付けた。
『☑ おしゃれなカフェでモーニングを食べる』
『☐ ルーブル美術館に行く』
『☐ フードコートでランチを食べる』
『☐ ノートルダム大聖堂に行く』
シャンゼリゼ通りは凱旋門から放射状に伸びる通りのうち、もっとも有名なひとつだ。交通量はもちろん多く、加えて車道ほどもある歩道を観光客や住民が行き交い、洒落た街に彩を添えている。食事を終えた真希は人々と街並みを眺めながらスマートフォンの地図アプリを開いた。
今日向かうルーブル美術館まではおよそ 3km ほど。歩けないことも無い距離だが、美術館自体が広大で一日ではとても回り切れないらしいことを思えば、体力は温存しておくべきだろう。地下鉄の料金確認を最後に店を発ち、最寄りの駅に足を向けると、間もなく構内に入ろうというタイミングで頬に冷たいものが滑り降りた。雨が降り出したのだ。その冷たさは、由紀子を見送った、あの日を思い起こさせた。