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2021/11/21 東京、真希

「エンディングノート、ですか?」

「そう、何かと情報はまとめておいた方が良いでしょう。書いてみたの」


 故人の――当時は存命だった同居人である――由紀子は齢九十を迎えてもピンクと花柄が似合う、そんな可愛らしい人だった。

ちょっとした日記くらいの厚みの冊子を差し出した彼女は、どことなくいたずらっぽく笑っている。

 数年前に手術を終えて以来大きな病気もせず、持病を除けば健康そのものの彼女に死の影は無く、ともすればそのノートは場違いに感じられた。しかし差し出されたのだからと受け取り、ぱらぱらとめくってみる。


『あの霊園の樹木葬が良いわ。永代供養で、桜やハナミズキから選べるんですって』


 歌うようにつづられたそれは、確かにエンディングノートの特徴を備えているように見えた。

 名前や住所にはじまり、葬儀や納骨について、連絡先について、財産についてと数多のことが記されている。由紀子の知人の連絡先など数えるほどしか分からない。確かに必要な情報ではあった。


 携帯電話の解約について、パソコンの定期スキャンについて―――。ノートは後半に行くほど細やかな内容となっていき、しまいには由紀子の情報から離れ、真希の身の振り方にすら言及されている。由紀子を亡くしたら独りになる真希を度々案じている彼女らしいとも言えた。更にページをめくった真希は首を傾げる。


「『真希の TODO リスト』……?」


 見出しだけが記載されたページを最後に、以降は白紙が続いている。内容からして由紀子の情報を記載する場所ではないだろう。困惑した真希が由紀子を見れば、彼女はボールペンを手渡してきた。真希に追記しろという。それはもはやエンディングノートでは無いのではないか。


「色々と我慢させていることもあったでしょう。私が死んだら、真希さんにはたくさん挑戦してほしいの。それをここに書き出して欲しいのよ」

「そんな、我慢なんて、」

「あら、書かないなんてだめよ。貴女こうでもしないと、自分のために何かをするってことを知らないもの」

「おかあさん」


 私が死んだとき悲しんでくれるのは嬉しいわ。でもそれだけにしないで欲しいの。ひとつの区切りとして、そう、新たなはじまりにもして欲しいのよ。言いながら老眼鏡をかけた由紀子は、テーブルに投げ出されていたタブレットを操作しはじめる。真希のそれよりも数倍文字サイズの大きいそれを、けれど操作する手は淀みない。彼女は年の割に IT 機器に詳しく、機械音痴の真希が教わることの方が多かった。この家の電話や PC、その他周辺機器も彼女がセットアップしたものだ。


「たとえば海外旅行なんてどうかしら。真希さん、学生の頃から行きたがってたでしょう。昔はともかく、今なら何の問題も無しに行けるじゃない」


 ほら、ヨーロッパなんて素敵よ。目当ての旅行情報サイトを見つけたらしい由紀子が画面を差し出し、記載を促す。渋々筆を取った真希の手元――エンディングノートを覗き込む由紀子という不思議な構図は、その後度々見られる光景となった。

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