2023/2/1 パリ=シャルル・ド・ゴール空港、真希
時差というものは厄介だ。ただでさえ缶詰めになっての長時間のフライトは時間感覚を狂わせるのに、到着先の時計は全く身に覚えの無い時刻を指しているのだ。その冷たい文字盤に、どことなく歓迎されていないのではと思えてしまうのも仕方のないことだと思う。
機長曰く、フライト時間は定刻通り、およそ 15 時間だという。現地時間 16:30、間もなく日の入りを迎える西日の眩しい頃合いに、真希はパリ=シャルル・ド・ゴール空港に降り立った。
「What's your purpose for visiting? (渡航の目的は?)」
幸いにして入国審査は英語だった。フランスは英語を好まずフランス語を使う人も多いと聞いていたから、内心ほっとしてしまう。
――to save my dear. (大切なひとを救うため)
ふと、日本で流行っている映画のフレーズを思い出す。言ったならば、なんだこの頭のおかしい旅行客はと思われることだろう。真の目的が世界征服であれ人命救助であれ何であれ、ここでの答えはほぼ決まっているのだ。
「sightseeing (観光のために)」
発音は及第点だったらしい。係員の笑顔と共に何事もなく審査を通り抜け手荷物を回収した真希は、空港と市内とを結ぶバスの停留所に並んだ。摂氏――フランスは日本と同じく摂氏を使うようだ――3 度の空港は、風通しのよさも相まって東京よりも冷たく感じる。真希は指先を擦り合わせながら息を吹きかけて強張りを解き、鞄から冊子とボールペンを取り出した。付箋を貼ったページを開く。
『☑ 成田空港に到着する』
『☑ 搭乗手続きをする』
『☐ パリ=シャルル・ド・ゴール空港に到着する』
『☐ ホテルのチェックインをする』
空港の名が書かれた行の端、白抜きの四角に新たにチェックを入れる。これで今日の予定はあとひとつ、ホテルでの手続きを残すのみだ。真希はそのまま、旅程の書かれた冊子をパラパラと過去に向かってめくってみた。『☑ 外貨を用意する』『☑ 旅行雑誌を買う』『☑ 郵便局で手紙を出す』―――他愛もない TODO が書かれたその冊子は、けれどさらに戻ると毛色を変える。
『葬儀に参列してほしい人について』『預金口座について』『携帯電話の解約について』――真希の行程表ともなっているそのノートは、通称エンディングノートと呼ばれるものだ。本来の目的から逸れた使われ方をするきっかけとなったのは、一年と少し前、故人にそれを差し出されたことがきっかけだった。