ドルオタの本気と、小さな未来
「では参りますか、戦場へ」
「参りますか」
俺と片蔵と横山さんは準備を整えて車に乗りこんだ。
デザロズは朝十時に出演があるので、そこに間に合わせなければならない。
会場は軽井沢の山の中で、最寄り駅からはバスで30分以上かかる。
でもすぐ近くにアウトレットもあり、映像はそちら側にも流れていて、食事しながら気楽にみる人も多い。
お店も多く食事にも困らないし、限定のショップも多数出るし、コラボ商品も多い。
青空組の仕掛け人はラリマー艦長とも仲がよい鬼頭さんという方だが、アイドルと商売の繋げ方がすごく面白いと俺は思っている。
駐車場に車をとめて、リストバンドを装着する。
会場に入るためのものと、アーリーインのもの、ふたつだ。
このアイドルフェス、基本的には青空組のライブだ。そしてデザロズは2曲しか歌わない。
このアーリーイン制度にお金を払うと、目当ての地下アイドルが歌う時だけ最前列に入れるのだ。
しかしこのアーリー券、1万円する。
この1万円という金額が絶妙だ。
当然高い。
デザロズのライブが一回1500円なのを考えると6回分以上。高い。
高いが、ここで思う存分ダンスをして自分が応援しているグループを応援したいファンは皆購入する。
応援してもらうアイドルたちも嬉しいし、俺たちも嬉しい。
なんのために働いてるんだ、オタクをするためだ!
会場には青空組の曲が流れていて、アウトレットの野外会場には朝からビールを飲みながら歌っている人たちがいる。
広がった青空に高原の少し冷たい風が心地よい。
大きな公園もあって、そこにテントをはり、子どもを遊ばせながら音楽を楽しむ家族も見える。
こういう気楽に来られるフェスは貴重だ。
有名な野外フェスはものすごい山奥で開催される。だから子どもを連れて行くのは大変なのだ。
長く歩くことを要求されるし、毎年信じられないような悪天候に見舞われる。
数年前に行った時は、土砂降りでテントが流れた。
地面が雨で緩みすぎて、ピグが抜けてしまったのだ。あの時は片蔵とふたりだったが「はあああ?!?!」と叫びながら外に飛び出したら、他のテントも雨でズルズルと斜面を落ち始めていたのだ。結局土砂降りの中テントを畳んで、安全な場所まで移動したが、すべての荷物が濡れてしまい、大変だった。
本気のフェスはあまり行きたくない。
「よろしくお願いします!」
俺たちは準備を済ませて気合い十分でアーリーイン横のテントに向かった。
野外フェスでしか見たことがない巨大なスピーカーから、爆音で青空組の曲が流れてくる。
俺はポケットに入れておいた耳栓を入れた。これは耳に負担をかける領域のみカットしてくれるフェス専用の耳栓だ。
これがないと一日で耳が悪くなってしまう。フェスに多く通い、耳を悪くする人は多い。
外でも聞こえるのが大切なのでかなり大きな音で流しているから、すぐ横で聞くと耳が壊れる。
この耳栓を使う前は、フェスに行って数日間耳の調子が悪かった。他のドルオタ仲間から耳栓のことを聞いて助かった。持つべきものはドルオタ仲間だ。
スマホを見ると、インスタにデザロズの子たちが「いくぞーー!」と写真をアップしていた。
ものすごくワクワクする!! 俺たちデザロズオタ、総勢30人はそれを見て一斉にテンションを上げた。
「ではデザートローズのアーリーイン、始めます!」
「よろしくお願いします!!」
俺たちはいっせいに最前列のスペースに移動を始めた。
今日フェスに来ている人数はこの午前中だけで7000人をこえたとさっき公式が発表していた。
その観客たちの歓声が後ろから声の塊のようになって襲い掛かってくる。
正直この瞬間、気持ちよくて仕方がない!!
青空組が歌っている間に腰を低くして最前列スペースに入り、デザロズの出番を待つ。
その間になんとなく……ドルオタスペースのカメラ位置を確認する。右側とセンターにひとつずつ。
そこにはみんなと話し合った結果、デザロズオタの中でも若い子を行かせた。
その子はデザロズオタとしては新規の子だが、自分でYouTubeチャンネルを持っていて、顔出しで発信しているのだ。
最近の若いドルオタは顔出しをして自分の推しを見せていくことに迷いがない。
片蔵たちと「俺たちもそろそろインターネット老人会なのでは……」と話していた。顔をネットに出すのは怖いままだ。
座って最前列で青空組のパフォーマンスを見る。俺もアイドル好きなのでメンバーはすべて分かる。
メインの乙花ちゃんは今17才、今が一番輝いていて元気印だ。
昔から動画を自分で作っていて、話す能力に長けており、女性人気が高いのが特徴だ。
それを象徴するように、俺の真後ろの最前列は半分以上女性な気がする。
そして曲が終わった。
大きなドン……という音と共に俺たちは立ち上がる。
はじまった。
囁くような小さな声で歌いながらのんちゃんが後ろから出てくる。
それに気が付いた乙花ちゃんが手を伸ばす。
このふたり、プライベートでも一緒に遊ぶほど仲がよく、たまに一緒に甘い物を食べている写真がアップされるのでSNS巡りが止まらない。
乙花ちゃんのファンの子が撮った写真の中に偶然のんちゃんが写っていたりするのだ。
乙花ちゃんとのんちゃんが声を合わせて一緒に歌い始めた。
美しいユニゾンと共に青空組の掛け声のテンションが上がって行く。
いつも他の子が歌うパートをのんちゃんが歌うようで、そこの部分の掛け声が「のんちゃん!」に変わっている。
ああ、もうこの瞬間が楽しくて仕方がないのだ。
他のメンバーも飛び出してきて、一気に曲が流れ始めた。
それに合わせて俺たちも踊り始める。声掛けは基本的に後ろにいる7000人のファンたちがする。
俺たちデザロズオタは、今日のために考えたコラボダンスをして曲を盛り上げていく。
のんちゃんの声はいつもより遠く、そして伸びてゆく。
伸びやかで迷いがない、それでいて太陽のような声が会場を包み込み、降り注ぐ。
ああ、気持ちが良い!!
大声援の中コラボは終わり、デザロズは手を振りながら戻って行った。
それに合わせて俺たちも腰を屈めてテントに戻る。心臓が1500mを一気に駆け抜けたように苦しい、吐きそうだ。
この日のために体力を付けようとなるべく歩いたりしてるが、4分全力で踊るのは本当にしんどい。
そして今回からメガネだけではなく黒いマスクもした。だから、尚更しんどい!
「うおおお、おつかれさまでしたーーー!」
俺たちは会場から遠く離れた場所で座り込んだ。
全身汗だくでメチャクチャ疲れた。でもすごく気持ちが良い!!
「滝本さん、カメラに抜かれてますよ!」
「ええ、ちょっとまって、見せて」
俺はズルズルと地面を移動してついさっきの中継の録画を見た。
すると俺が一心不乱で踊っているのが、かなり長く抜かれていた。
「やっぱり滝本さんのダンスは本番になると一味も二味も違いますね!」
「いやいや、サイリウム振り回してるだけだよ」
「キレが良いんですよ、キレが!」
横山くんとYouTubeをしている若い子は、今さっきの映像を見ながら楽しそうに笑っている。
俺と片蔵は……動けない。もう疲れてしまって腰も膝もカクカク言う。無理だ。
三十分ほどその場所で青空組のライブを満喫して、アウトレット内にある温泉に向かった。
ここでお風呂に入って着替えて、夕方にある出番に備える。
それまで大きなモニターがある店で他の組のライブを見るのだ。
ああ、ものすごく楽しい。これだからドルオタは止められない。
この踊り狂った俺の映像をワラビさんが発見して、相沢さんが見るのは、まだ先の話。
そしてこのフェスに一緒にくるのは、もっともっと先の話だ。